「新ちゃん、おみやげ〜v」

 やたらご機嫌な笑顔を振りまきながら、二階のベランダに立っている彼に手を振る快斗に新一は眉をひそめる。

「なんだよ、快斗?自宅に戻ったんじゃねえのか」

「ご機嫌伺いだよv用がすんだら帰るからさあ」

 そう言って快斗が別荘の扉を開けて中へ入ってくる。

 今朝別れたばかりでご機嫌伺いはねえだろが、と新一は呆れた。

 ま、こういう奴だってことはわかってるから何も言う気はないが。

 新一が階下のリビングに降りていくと、丁度快斗が持ってきた重そうな荷物がテーブルの上に置かれた所だった。

 快斗がみやげだと言ったものだが、中を見なくても箱のデザインで何が入っているかは推理するまでもない。

 ・・・・ったく、いったいいくつ買ってきたんだよ。

 喜々とした顔で箱を開ける快斗の手元を覗き込んだ新一は、ぎっしり詰まったケーキの山にうげっと顔をしかめた。

 嫌いというわけではないが、どっちかといえば甘いものは苦手の部類に入る。

「こんなに誰が食うんだよ」

「オレとおまえに決まってんじゃん。ここのケーキ、絶品なんだよなあv」

「・・・・・・・・」

 マジか、おまえ?蘭だってこんなに食わねえぞ?

「おや、これはこれは。美味しそうなケーキですねえv」

 突然もう一つの顔が箱の中のケーキを覗き込んで歓声を上げたので、快斗はギョッと目を見開いた。

「げっ!フォックス!なんでおまえがいんだよ!?」

「そりゃ、あなたがここを離れたからに決まってるでしょう」

 そう言ってニッコリと笑う甘い美貌の怪盗シルバーフォックスに快斗は思いっきり鼻の頭に皺を寄せた。

 自分がこの別荘を出たのは今朝だというのに、いったいどうやって知ったんだ?

「神出鬼没はおまえと一緒だよ。てっきりおまえが連絡したのかと思ったんだが、その様子じゃ違ったわけだな」

 ふっと新一は溜息をつく。

 シルバーフォックスも快斗に負けず劣らず、新一に対しては過保護なのだ。

「グッドタイミングですね。丁度ティータイムにしようと用意していた所だったのですよ。ご心配なく。わたしもケーキは大好物vとくに日本のほどよい上品な甘さのケーキはいくつでも食べられます」

 誰もおまえに食えって言ってないじゃん。

 フォックスはすぐにキッチンからカップとティーポットを持ってきた。

 そうして、快斗が持ってきたケーキを前に、奇妙な繋がりを持った3人のティータイムが始まった。

「オレ、チーズケーキだけでいいから」

 では、わたしは・・とフォックスは早速自分の分のケーキを選び出した。

 フォックスもどうやら快斗と同様甘党らしい。

「あ、ちょっと待てえ!それはオレも好きなんだってばっ!」

 フォックスが取ろうとしたケーキに快斗が待ったをかける。

「あなたは食べたことがあるのでしょう?だったら、初めてのわたしに譲りなさい」

「そんな理屈は通じねえよ。こいつはオレが持ってきたの!」

「おみやげというのは、まず、客に選ぶ権利があるのではないのですか」

「てめえは客じゃねえだろ!」

「つまり、ミスティがチーズケーキしか取らないことを知っていて後は自分が食べるつもりで持ってきたと」

「・・・わりいかよ」

「開きなおんなよ快斗。理屈はフォックスの方が正論。諦めな」

 うんざりした顔で新一が言うと、そんな〜、と快斗は泣きそうな顔になった。

 あんなあ・・・・・

 ケーキの一つや二つで男が泣くんじゃねえよ・・・

 快斗はブツブツ文句を言いながらも、新一に逆らう気はないらしく諦めて自分のケーキを取り分けていった。

「・・・ほんとにそれ全部食うのかよ、おまえら?」

 新一は心底呆れた表情で二人の前に並ぶケーキを眺める。

 二人の怪盗は、当然とうなずくので新一は、そうかよ・・ともう何も言わずに自分の分のケーキを食べた。

「オレ、上に行ってるから。帰る時は声かけろよな、快斗」

 さすがに見てるだけで胸やけしそうになった新一は、食べ終わると早々にリビングから退散した。

「さすがはマジックのお勧めのケーキですねぇ。本当に美味しいですv」

「そうだろうvあと、ここはシュークリームもいけるんだよなあ」 

 幸せそのものという顔でケーキを頬張る怪盗二人。

 彼等を必死に追いかけている警官たちには憤死ものの構図だろう。

「で?彼との交渉はうまくいきましたか?」

 おまえさあ・・と快斗はガックリして吐息を漏らした。

「なんで知ってんだよ?新一のそばにいたんなら、見てたってわけじゃねえだろ?」

「そりゃあ、怪盗歴はわたしの方が先輩ですからねえ。トウイチならともかく、マジックはまだまだヒヨッコですよ」

 快斗はムッとなった。

「悪かったな。どうせオレはおまえに比べたら無謀なヒヨッコだよ」

「いえいえ、素質十分のヒヨッコですよ、マジック。無謀でもちゃんと切り抜ける力をちゃんと持っていますからね」

「ふ・・ん。それって、誉め言葉?」

 勿論、と美術品をこよなく愛する怪盗はうなずいた。

「ま、いいか。交渉はまだ途中。今日は取り引きを持ちかけただけ」

「考える時間を与えたってことですね。でもまあ、結論はとっくに出てるでしょうが」

「あいつと会ったことある?」

「ないですけど、コードネームは一応知ってますよ。闇の世界では結構有名人でしたからね。数年前にパッタリと名前を聞かなくなったんで死んだとばかり思ってましたけど」

「アッシュとの関係、知ってるか?」

 さあ?とフォックスは肩をすくめる。

「でも、あの二人を会わせたら血の雨が降るかもしれませんねえ」

 このことを知ったら、ま〜たミスティが怒るでしょうが、とフォックスは楽しそうに笑った。

「アッシュとやりあったのはおまえじゃん」

 オレは関係ねえもん。

「今だにテロリストの仕業だと警察は思い込んでるぜ。とんだ社会の迷惑だったよなあ」

 テレビの中継を見た時、新宿で戦争が起こったのかと思ったくらいなのだ。

 死人が一人も出なかったことが奇跡という他ない。

 その原因がアッシュにミステリアスブルーを知られたことによるのだから、ただですむわけはなかった。

 災いはまだ続く。

「だからさあ、力のある人間が必要だってわけ」

 フォックスは薄く笑みを浮かべた。

「わたしもその一人ってわけですか」

「おまえは押し掛けじゃん」

 だから、せいぜい働いてよね、新一のために、と快斗はニッと笑う。

追跡(その後のその後)

 

 怪盗キッドに取り引きを持ちかけられてから数日が過ぎたある日、ジョシュアは警視庁で中森警部に声をかけられた。

「え?警部のお宅にですか?」

 てっきり嫌われているとばかり思っていた彼は、中森警部から食事の招待を受け驚いた。

「ん、まあ、その・・だ。せっかく日本に来たんだ。いつも外食じゃつまらんだろうし、日本の家庭の味をだな・・」

「喜んでお受けします、警部」

 ジョシュアがニコッと笑って答えると、中森は照れたように顔を赤くした。

 無骨そうな印象だが、根はいい人間なんだろう。

 確かに日本に来てまだ一般家庭というものを知らない彼には興味深い誘いだった。

 中森警部の家は、ごく普通の住宅街にあった。

「お帰りなさい、お父さん!」

 中森が家のドアを開けて中へ入ると、高校生くらいの可愛らしい少女が出てきた。

「娘の青子だ」

「はじめまして、青子です」

 少女はペコンと頭を下げた。

 頬を少し染めた少女は実に可愛くてつい笑みがこぼれてしまう。

 こちらこそ、とジョシュアも自己紹介した。

 と、続いて・・・・

「おかえりなさい、おじさん」

 キッチンからヒョコと顔を出した少年を見たジョシュアは思わずギョッとなった。

 キッド・・・いや、本物のクロバカイトか?

「ああ、来とったのか快斗くん」

「あたしが引っ張ってきたの。おばさん、今夜遅くなるって言うから」

「じゃあ、今夜は刺身なしか」

 溜息をつく中森に、快斗はハハ・・と苦笑する。

「そのかわり、おばさん手伝ってオレも腕ふるうからさあ」

「快斗、すっごく料理うまいんだからあ」

「ほお、それは楽しみだな」

 快斗はジョシュアの前に立つとニッコリ笑った。

「黒羽快斗です。よろしく!」

「あ、ああ・・よろしく」

 ジョシュアは複雑な表情で挨拶を返した。

 見る限り彼は、あの日自分の前に現れた少年とそっくりだった。

 違う所など、探すことが不可能なくらいに。

 中森警部から聞いた所によると、キッドは一度彼に変装して警察を翻弄したことがあったらしい。おまけに娘の青子にまで化けよったと中森は怒っていた。

 確かに変装の名人なら、キッドを追う中森警部の身近にいる人間に化けることもあるかもしれない。

 一種のフェイントだ。

 少女と無邪気に会話を交わす少年は、どう見ても犯罪者とは無縁の普通の高校生だった。

 いったい何故、キッドは中森警部も知っているこの少年に変装して現れたのか。

「ねえねえ、快斗。噂通り素敵な人よねえv」

 青子がうきうきした顔で、キッチンに入った快斗に囁く。

 実は、今回の招待は青子が最初にねだったのだ。

 噂の素敵なフランス人に会いたくて。

「そうかあ?白馬とあんまし変わんねえじゃん」

「白馬くんも素敵だけど。やっぱりあの金茶の瞳がいいわあv」

「ほお、そうかい」

「あ、快斗、やきもち焼いてる〜」

「悪いかよ。だって、オレの方がいい男だと思わねえ?」

 ズイと顔を寄せられた青子は、カッと顔を赤くした。

「バ・・バカねえ!そんなの比べものになんないじゃない!」

 青子はそう言うとスリッパをパタパタさせてキッチンから飛び出していった。

 比べもんになんねえって・・・おい、それってどっちがだよ?


 

 

「今夜はどうもありがとうございました」

 ジョシュアは玄関で靴をはくと中森たちに心から礼を言った。

 美味しい家庭料理と楽しい会話はジュシュアの心を和ませ暖かくさせてくれた。

 誘いを受けて本当に良かったとジョシュアは思う。

 多分、次にキッドに会えばもうこんな機会はないかもしれないから。

「じゃあ、おじさん。オレが駅まで送るから」

「ああ、頼むよ快斗くん」

 青子が残念そうに外へ出る二人を見送った。

 本当は一緒に行きたかった青子だが、宿題と片づけがあるので諦めたのだ。

「悪いね、快斗くん」

「いいえ。オレも寄るとこあるから構わないですよ」

 少年はジョシュアに向けて微笑んだ。

 少年の笑顔は本当に明るくて、まるで天使のようだった。

 おそらく愛情を一杯に受けて大切に育てられたのだろう。

 あの少女にも思ったが、このままなんの苦労もなく幸せに生きていって欲しいとジョシュアは願った。決して自分のような道を歩まないように。

「それで、結論は出た?お兄さん」

 え?

「な、なんの?」

「やだなあ。取り引きの話じゃない。忘れちゃった?」

「・・・・・・」

「ああ、その前にケーキ代返さなきゃね。美味しかったよv」

 快斗は呆然としているジョシュアの右手を取るとケーキ代をその手にのせた。

「キ・・キッドか!」

「そう言ったじゃん」

「本当だったって言うのか!まさか、最初から入れ代わって騙したんじゃないだろうな!」

 快斗はフッと息をついて、握っていたジョシュアの右手を自分の顔までもっていった。

「変装なんかじゃないぜ。これがオレの素顔」

 滑らかな、作り物の皮膚などでは決してない本物の肌。

「本当に・・・17才だったのか・・・・」

 そんな子供が怪盗キッドだったというのか・・?

 しかも、自分を追いかけている警官の隣に住んで!信じられない!

「真実なんて、結構意外なもんなんだぜ。いったんこうだと思いこむと、後でどんな真実が出てきてもみんな納得しないもんなあ。だから冤罪を生む。姫君はそういうのが許せないから、迷宮って言葉が大嫌いなんだけどね。まあ、怪盗のオレにとっては利用できる勘違いはおおいに結構なんだけどさ」

「・・・・・殺されてもいいのか?」

 あのアッシュに命を狙われたというのに、何故今もキッドを名乗っている?

「キッドじゃないんだろう、君は!」

「偽物といえばそうかもな。跡を継いだといっても、多分初代とは目的が違っているだろうし」

「君の目的はいったいなんなんだ?」

 快斗はくしゃ、と自分の頭に手をやった。

「いろいろあるよ。全部片づけるまではオレも死ぬわけにはいかないしさ」

 だから、オレのことは内緒ね、と快斗は唇に指をあてて片目をつぶった。

 だったら、何故自分に正体を明かしたんだ?

 捕まるとは言わず、死を念頭に入れている少年。

 ごく普通の少年などではない。

 彼は命をやりとりするような世界にいるのだ。

 わかった、とジョシュアはうなずく。

「取り引きに応じよう。ただしこちらにも条件がある」

「条件・・ね。別にいいけどさ」

 何?と少年は首を傾げた。

「君が守ろうとしている姫君に一度会わせて欲しい」

 なんで?と快斗は瞬きさせてジョシュアを見る。

「好奇心・・かな。君が命賭けで守ろうとしている女性を一目見たいと思ってね。それに、君の口振りだとあのアッシュも関心を持った女性のようだし興味がある」

 ふうん?と少年は少し考え込んだ。

 メリットがどの程度あるかを考えているのだろう。

 初めて会った時からわかっていた。

 キッドは恐ろしく頭がいい。

(“女性”・・ね。ま、そう思うのも当たり前か。確実に怒鳴られて蹴りをくらうかもなあ)

 それどころか、口もきいてくれなくなるかもしれない。それはひどく痛い。

 しかし、快斗はその先の先まで読んで結論を弾いた。

「オッケー。オレもあなたの能力をこの目で見ておきたいし。会わせる設定はオレがやるけどいい?」

 ああ、とジョシュアはうなずく。

「では、とりあえず交渉成立ってことで」

 快斗はジョシュアに携帯電話を手渡した。

「これで会う段取りを伝えるから」

 ジョシュアは携帯を見、そして黒羽快斗という少年を見つめた。

「信じるのか?」

「信じるよ。だって、あなたにも果たさなきゃならない目的があるんだろ?」

「・・・・・・」

「駅はすぐそこ。この道をまっすぐ行けばいいからね」

 じゃあね、ムッシュウvと少年は彼に手を振ると夜の闇の中へ消えていった。

 

                              

 

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