「いいかあ!奴はどんな手を使ってくるかわからん!絶対に油断するなよ!」 またも届いた怪盗キッドからの予告状。 もはやキッド逮捕は自分の刑事生命全てを賭けた使命だと思っている中森警部の声が博物館内に大きく轟いた。 今夜キッドが狙うと予告したのは“グリーンドリーム”と呼ばれるエメラルドだった。博物館の館長がフランスのオークションで落札したというビッグジュエル。 京都でエナシス夫人のダイヤを狙って以来ずっとなりをひそめていたキッドだが、再び活動を開始したことで中森警部は燃えていた。 「キッドめ!今度こそ捕まえてやるぞ!」 炎を吹き上げんばかりに吠える警部がふと視線を向けた先には、金茶の髪をした若い男がいた。 年の頃はまだ20才そこそこという男は、ガラスケースに収められた宝石をじっと眺めていた。 中森は渋い顔でその男を見つめる。 日本に宝石を持ち帰る館長をガードする役目でフランスからきたその男は、身元もはっきりしており信用のおける男だというふれこみだったが、中森はいま一つ信用できなかった。 一応キッドの変装でないことを確かめてはいたが。 気に入らない理由の一つに、この男が名探偵ともてはやされ、キッドの事件にも首を突っ込んできた警視総監の息子でロンドン帰りの若造に似た所があることだった。 忌々しいのは、警官やマスコミがその白馬探を頼りに思っていることだ。 なんで、世界に誇る日本警察が一高校生に頼らにゃならんのだ! 一課にも日本警察の救世主だと頼りきっている高校生がいるらしいが冗談ではない!俺は絶対に認めんぞ! 「中森警部、ちょっといいですか?」 なんだ?と中森は眉をしかめたままフランスから来た男を見た。 外見は白人なので話しかけられるとつい引いてしまいがちだが、彼は少しなまりはあるものの日本語を話した。 彼の家の隣に日本人一家が住んでいたんで覚えたというのだが。 まあ、それで彼が選ばれたのだろう。 ちなみに、金茶の髪に金茶の瞳、まだ幼さが残っている整った顔立ちの彼は婦人警官たちの間では可愛いと大人気だ。 「少しお訊きしたいことが・・・・怪盗キッドがこの日本で活動を再開してから狙われるのはビッグジュエルばかりというのは本当でしょうか?」 「ああそうだ。俺が知る限り宝石以外を狙ったことはねえよ」 そうですか・・と男は首を傾げる。 「パリに初めてキッドが現れた時、私はまだ幼児でしたしよくは知らないんですが、資料を見る限り彼は美術品も標的にしていました。なのに、日本で活動を再開してからは狙うのは宝石だけというのはどうもよくわからないんですが」 「何がいいたい?」 「我々が知る怪盗キッドと、日本に現れた怪盗キッドは別人なのではないかと」 「バカ言え!あんな気障で格好つけで派手好みの泥棒が他にいるもんか!第一、模倣犯ならとっくにボロがでている筈だ」 現にキッドが復活して以来、キッドを真似るバカ者は何人も現れている。 しかし、どうしたって本物にはなりきれず全て捕まっているのだ。 「では、姿を消していた十年の間に彼に何かあったのかもしれません」 「何かってなんだ?」 「それはキッド自身に訊いてみないと分かりませんが・・・ただ、盗んだ宝石を返したりしている所から考えると、彼の行動には何か深い意味があるのではないかと思うのです」 「ほお〜、深い意味ねえ(泥棒にんなもんあるのか?)ま、そいつは奴を捕まえてから吐かせればいいってことだ」 「そうですね。私も彼にはどうしても訊きたいことがありますから」 男はそう言ってニッコリ笑った。 自分はそのためにフランスからこの日本に来たのだ。
キッドだあ〜〜! 白煙の中に翻る純白の輝き。 一瞬の間に忽然と消えたビッグジュエルは、今、かの怪盗紳士の手の中にある。 「逃がすかあ!」 中森警部の号令と共に、警備していた警官たちはいっせいにキッドの後を追った。 パトカーやヘリがやかましく街中を駆け回る。 警官たちが全てキッドを追っていき、ガランと人の気配がなくなった展示室に一人残っていた男は、宝石の消えたガラスケースを覗き込んでいた。 警報装置つきのガラスケースであったが、それは警報を鳴らすことなく、しかも割られることなく宝石だけがまるでマジックのように消えていた。 確かにこんなことが出来るのは本物の怪盗キッドだけかもしれない。 ふいに男の目に白いものが映った。 鳥の羽ばたきが聞こえ顔を上げれば、真っ白な鳩が飛んでいてその向こうにある窓の所に立つ白い人影が見えた。 「キッド!」 資料で見た通りの真っ白なシルクハットにスーツ、白いマントに顔にはモノクルをつけた稀代の怪盗が異国からきた男を見下ろしていた。 その唇には薄く笑みが刻まれている。 白い手袋をはめた手に白い鳩を止まらせたキッドの姿はすぐに男の視界から消えた。 「まっ、待ってくれ!おまえに訊きたいことがあるんだ!」 男は急いで博物館の外に飛び出した。 白いハングライダーが闇の中に浮かび上がっている。 さっき、中森警部たちが追っていったのはダミーだったのだろう。 しかし、何故自分の前に姿を見せたのだろう?と男は首を捻る。 前もって用意してて良かった、と男は博物館の駐車場にとめていたバイクに飛び乗った。 ヘルメットをかぶっているものの、見ただけで仕立てのいいスーツを着た男がバイクを飛ばしている姿は妙に違和感がある。 だがそんなことはキッドを追う彼にはどうでもいいことだった。 絶対に捕まえなければ! 「へえ〜、頑張るなv」 空の上から自分を追ってくるバイクを眺めていたキッドはクスッと笑う。 中森警部と交わしていた男の会話を盗聴器で耳にし、少しばかり興味を持ったのだが、必死にくらいついてくる様子はなかなかに楽しい。 フランスから来たばかりなら、こっちの道は困惑ものだろうが、それでもキッドを見失うまいとくらいついてくる。 「あ〜あ、ついにやっちまったか」 キッドの目に、車と接触し乗っていたバイクを転倒させた様子が映る。 だが男は諦めず、今度は走って後を追い始めた。 「おっもしれえ〜v」 キッドは声を上げて笑うと、男が見ているのを承知で貸しビルの屋上に舞い降りた。 この時間帯では当然ビルの入り口はシャッターが下りている。 ここまでくるには非常階段しかない。 十二階のビルだ。 ま、頑張ってくれとキッドは意地悪く肩をすくめ、今夜の獲物を月に翳した。 思ったより早く男は屋上に姿を見せた。 駆け上ってきたのか、男の息は荒く顔色も悪い。 しかし、それでもしっかり立っているのを見ると、見かけよりもずっと鍛えているようだ。 男は呼吸を整え口を開く。 「・・・おまえが怪盗キッドか」 男がフランス語で訊いてきたので、キッドもフランス語で返事を返す。 違和感のないフランス語にやっぱり噂通りキッドはフランス人なのかと男は思ったが、一応確かめるために今度はドイツ語で話かけると、きっちりドイツ語で返ってきた。 「・・・・・・・」 言葉を失った男にキッドはクククと喉を鳴らす。 「今度は日本語を使いましょうか?ムッシュウ」 「日本人なのか?」 さあ?とキッドは肩をすくめてみせる。 キッドの背後に月があるため、それが逆光になってキッドの顔がはっきり確認できない。 しかし、見た印象は考えていたよりもずっと若かった。 資料を信じるならキッドはもう40才以上の男の筈なのだが。 「じゃ、ここは日本だから日本語を使おう」 了解、と答えるとキッドは男をまっすぐ見た。 金茶の髪に金茶の瞳。 白人にしては小柄で、まだ幼さが残る顔立ちであることもあって学生に見えなくもない。しかし、男は学生ではなかった。 「ジョシュア・圭・ベネット。日系クオーターで、表向きはパリの新聞記者だが本業は・・・・・」 唐突に本名を呼ばれた男は眉根を寄せた。 「調べたのかっ!?」 「なかなかにユニークな経歴ですね。見かけに騙されて油断すればひどい目にあいそうだ」 キッドはそう言って肩を揺らす。 何が油断だ!微塵も隙をみせない男が! ジョシュアはチッと舌打ちする。 確かに一筋縄でいく相手ではない。 「で?ここまで私を追ってきた理由はなんでしょうか?まさか、私を捕まえるためというわけではないのでしょう?」 ああ、とジョシュアはうなずく。 「おまえに訊きたいことがあってここに来た」 「なんでしょう?答えられることでしたらお答えしますよ」 「訊きたいことは一つだ。アッシュはどこにいる?」 「は?」 キッドの瞳がキョトンと見開かれた。 「アッシュ・・・ですか?」 「そうだ!世界最高とも言われるスナイパー、アッシュだ!関係ないとは言わせないぞ!」 「・・・・・・」 う〜ん、とキッドは困ったように首を傾けた。 「どこにいると言われても・・・一度、アッシュの標的になったことはありますが」 「だがおまえは生きている!あの男の標的になって助かった者などいないというのにだ!あの男と何か関係があると思っても当然だろう!もしかして、奴と何か契約でもしたのか?」 「契約?そんなものあるわけないでしょう。仕事の依頼主の心変わりで標的からはずれはしましたが、機会があれば今度こそ天国に送ってやると言われているんですよ。つい先日も暇つぶしだと撃たれてしまいましたからねえ」 「撃たれた?やっぱり奴はこの日本にいるのか!」 さあ?とキッドは首をすくめる。 「目立つくせに、姿を隠すのは天下一品ですからね、あの男は。まあ、二度と会いたくはない人間ですよ。そんな男にいったいなんのようですか?まさか本業の関係とは言わないでしょうね?」 からかうようにキッドが問うと、ジョシュアはムッとした顔になった。 (オイ・・・マジかよ?) 顔には出さないがちょっと呆れた。 「いい度胸してますね。というより・・・バカ?」 「なんだとお!」 「相手は国際手配されている超がつくほどの殺し屋ですよ。それを相手にしようなんて、コワイもの知らずのバカでしょう?」 「うるさい!これは仕事だけでなく僕自身のことでもあるんだ。泥棒にバカ呼ばわりされる覚えはない!」 それはそれは・・・とキッドは笑った。 「深いご事情がおありのようで」 「それはおまえもだろう、キッド。何故、宝石ばかり狙うんだ?」 フッとキッドの瞳が細くなる。 「質問は一つだけなんでしょう?私はアッシュの居所は知らない。でも、あの男はちょっとばかし私に執着しているような所があるので、見張っていたらひょっとして会えるかもしれませんよ」 「見張る?おまえをか?」 神出鬼没の怪盗を見張れだって?それこそ至難の業ではないのか。 そう溜息をつきかけたジョシュアの耳に聞き覚えのある微かな音が聞こえてきた。 なに?携帯電話の着信音? 目を瞬かせる男の前で、キッドが上着の内ポケットから取り出した携帯電話を耳にあてた。 そして次の瞬間ジョシュアの目が見事に“点”になった。 「あっれえ?どうしたの?ああ、用事すんだんだあv何?ええっ、本?そういや頼んでるって言ってたっけ。うん、わかった、帰りに貰ってくるから」 突然変わった声。いや、声の質は変わってないのだろうが、少し高めに、そして明るい口調に変わったキッドの声。 冷静な落ち着いた怪盗紳士の突然の変貌にジョシュアは声を失った。 そして、そんな彼の驚きなど目に入らないというように会話は続く。 「もうご飯食べた?え?まだ?何時だと思ってんだよ!そのまま寝ちゃう気だろう!いつも言ってんじゃん。ちゃんと食事だけはとれって。んー、わかった。ついでに食料も仕入れてくるから。オレが帰るまでベッドに入っちゃ駄目だよ。わかった?返事は?」 しばらく沈黙したのは、電話の相手からの返事を待っていたためだろう。 「よしよしvわかりゃあいいんだよ。疲れてんだったら、横になってていいから。ああ、本は読むんじゃないよ。おまえって読み出すと止まらなくなるんだから。TVでも見てたら?」 最後に幸せそうな顔でニッコリ笑うとキッドは携帯を切った。 そして、失礼、と言ったキッドはもうさっきまでの雰囲気は微塵もなく、再び怪盗紳士の顔に戻っていた。 いったい、今のはなんだったんだ?? ジョシュアの目にはどう見てもさっきのキッドは大人の男には見えなかった。まさか・・・・ 「キッド・・・・おまえ、もしかして子供・・・なのか?」 若い印象はあった。でも、若いというのも限度があるだろう。 しかし、ついさっき感じたキッドの印象は自分より年下と思えるものだった。20才の自分より年が下・・・それは十代ってことになる。 子供〜〜〜ッ!? 何を今更とキッドは笑った。 「私はキッド(子供)ですよ」 「違〜う!そうじゃない!」 キッドは微笑を浮かべた。 「今、あなたが目にし感じたものが実は偽りだったということもありますよ。世の中には偽りがいくつもはびこっていますからね。でも、私がこの世界で一番大切な姫君はこう言うのですよ。その中に一つだけ真実があるのだと。 あなたも探してみますか?ムッシュウ」 キッドはそう言うと、金色の月を背負うように屋上の手すりの上に立ち、そうしてふわりとその身体を浮かした。 あ!と思わず身体が動いたが勿論相手はキッド。 そのまま地上へ落ちることはなかった。 白い翼をもった怪盗キッドが闇の中へと消えていくのを、ジョシュアは無言で見送った。 後に残ったのは、キッドのメッセージと盗まれた宝石だった。
「ただいまあ」 書店で本を受け取り、深夜営業のスーパーで買い物をした快斗が現在彼等だけの隠れ家に使っている別荘の戸を開けた時、彼の友人はリビングのソファに寝ころんでTVを見ていた。 ひょこっと覗いてみたら、やっていたのはなんかわけのわからないトーク番組で、案の定彼の目もTVには向いていなかった。 はい、と快斗が本を差し出すと新一はゆっくり起きあがって受け取った。 「ちゃんとTVを見てたんだ。なんか面白いのやってた?」 今やってるのはしょうもなさそうだけど。 「別に。ずっとキッドのニュースばっかで面白くもなんともなかった」 「あれ?」 ハハハ・・と快斗は首をすくめて苦笑する。 まあ、久々の仕事だからマスコミも飛びつくよな。 「全チャンネル、特番を組んでたぜ。おかげで見ようかと思ってた映画が潰されちまった」 ありゃりゃ・・・それはまた・・・・ 「あ、食料一杯買い込んできたからさ。今夜は簡単に作るけど、おまえの好きなもんもつけるからv」 だから機嫌直してねv 新一の蒼い瞳が快斗の顔を見つめる。 「なんかあったか?」 「え?なんかって?今夜の仕事のこと?別にいつもと変わらず楽勝だったぜ?まあ、中森警部がいつも以上に気合い入ってたけど」 なんで?と快斗が訊く。 「ニュース画面にチラッとだが新顔が見えた」 「・・・・・・・」 それって、やっぱりさっき会ってきた男のことなのでしょうか? う〜ん、さすが目ざとい! 「何故かそいつだけ浮いてみえたんだ」 「ふ〜ん?多分そいつって、宝石のガードにフランスからくっついてきたって奴じゃない?」 「会ったのか」 「・・・・・・・・・」 やだなァ・・・怖いよ新一く〜ん・・・・ 新一は快斗の腕を掴んだ。 「オレに嘘をつくんじゃねえよ、快斗」 「おまえに嘘なんかつかねえよ。信用しろって」 「信用できるか!おまえは嘘をつくくらいなら黙ってごまかしちまう奴だからな!」 快斗は明るい色をした瞳を瞬かせた。 「うん。そうかも。でも、心配ねえから」 だからさあ・・・・ 快斗は優しく微笑んで新一の額にキスをする。 「無茶はしねえよ。だいたい無茶はおまえの専売特許じゃんv」 「・・・・おまえ、学校は?」 「明日から行くよ。ごまかしもちょっと限界きてるみたいだしさ。青子がうるせえんだ」 「おまえのこと心配してんだよ」 うん、と快斗はうなずく。 わかってる。 快斗は新一の唇に軽く口づけると、買ってきた食料を持ってキッチンに入っていった。 一人リビングに残った新一は快斗からもらった本をソファの上に置くと、リモコンを手に取ってTVを消した。 オレも・・・嘘つきだ・・・・・・ 聖人君子など、どこにもいやしないさ・・・・・
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