その絵は不老不死を意味した。

若く美しく穢れのないままの姿をその場所に留め
永遠をその中にこめた想いは描いた者の狂気でもあったのか・・・
それとも、オスカー・ワイルドの小説のように
絵の中の少女と現実の少女の時間の逆転を願ったのか。

そこからは、あまりにも禍々しい想いが感じられた。 

 


 そこに描かれた少女は本当に類まれな美少女と言っても良かったが、自分に似た顔だとわかっていて、そういう感想を口にするのはどうかと、さすがに新一もためらいを覚える。

 だが、快斗の方はというとそういうことには全く無頓着なのか、平然と感じたままの感想を口にした。

「ヒュ〜vマジで美少女じゃん!」

「・・・・・・」

 新一は複雑な表情で、喜ぶ快斗を見つめる。

 ったく、こいつは・・・・

 確かにな、と芳人も肖像画を眺めながらニヤついていた。

 少女美貴は、初めて見た生みの母親の顔にいろいろな思いが複雑に交差して茫然となっている。

 絵の中の美登利は、美貴や新一たちより少し年上かもしれない。

 案の定、右下にサインと共に書かれてあった年月日を見た正人が、19歳の頃の彼女だと言った。

「19歳の秋・・ということは、この絵が描かれてまもなくだな。美登利さんがこの家を出ていったのは」

「家を出た?」

 正人の呟くのを耳にした新一が瞳を瞬かせる。

「彼女はずっとここから出たがっていたんだ。君たちのお父さんが、アメリカの大学に留学してからは特にね。私や他の兄弟も大学や仕事でここには住んでなかったし」

「じゃあ、この家にはお祖父さんと美登利さんしかいなかったわけ?」

「ああ。住み込みのお手伝いさんが二人いたがね」

 本当の父娘のように仲が良かったんだが、やはり若い娘にはこんな閉鎖されたような場所でずっと暮らすことはできなかったんだな、と正人は言った。

 確かにそうかもしれない。

 こんなに若くて美しい女性が、いくら引き取ってくれて何不自由のない生活を送らせてくれたとしても耐えられるものではないだろう。

 第一、ここでは友人と語らうことも恋愛もできはしない。

「もしかして、じいさん、光源氏とおんなじことをしようとしてたんじゃないのか?」

 芳人がそう言うと、すぐにその意味に気づいた潮が彼の頭を殴りつけた。

「あんたね!美貴ちゃんがいる所でなんてこと言うのよ!」

 ホントにデリカシーがないんだから!

「ってーな!思いっきり殴ることねえだろが!」

「手加減して欲しけりゃ、もうくだらないことは言わないことね!」

「でもさあ、それってある意味、男の夢なんじゃ・・・」

 と、言いかけた快斗だが、言い終わる前に新一の黄金の足に蹴り飛ばされていた。

 そのあまりの早業に一同は唖然となった。

「バカが」

 静まり返った部屋の中で、ひたすら冷たい新一の言葉が響く。

「シンちゃん、ヒドイ〜〜」

 快斗は床に懐いたまま、よよよ・・と泣き崩れる。(勿論真似だが)

「なんか・・・・あんた達って似てるわね」

 潮が、芳人と快斗の二人を見ながら感想を述べる。

 顔立ちや雰囲気はまるで違うが、リアクションが似ているのだ。

 それに、わりと意見も一致するようだし。

「そりゃ、やっぱり従兄弟同士だからv」

 快斗はケロッとした顔でにっこり笑う。

 逆に嫌そうに顔をしかめた芳人に対して、快斗は面白そうに絡んだ。

「これからお兄ちゃんって呼ぼうかな〜v」

 シンちゃん、冷たいし。

 やなこった、と芳人はふんとそっぽを向く。

「あら。可愛い弟でいいじゃない」

 芳人は眉をしかめて潮を睨む。

「ほんとにおまえは俺への嫌がらせが好きな女だな」

 可愛くねえ。

「性格があわないと言ってほしいわね」

 あんたに、可愛いなんて思われたくはないわよ。

「ねえ潮さん。光源氏って、ジャニーズでしょ?お祖父さんって、そういう趣味があったの?」

 は?

「・・・・・・・・・・・」

 ふか〜い沈黙が部屋に満ちる。

「美貴ちゃん、あなたね・・・・」

 ブハッ!とまず吹き出したのは芳人だった。

 まさか、そういうセリフがオチになるとはさすがに彼も想像してなかったのだ。

 年代の差というほどのものはないが、やはり女子高生というのは面白い生き物だと思う。

「ねえ、お兄ちゃん、結局オレたち、殴られ損?」

 快斗は笑い転げる芳人の肩にもたれて一緒になって笑っている。

 まあ、当人がまるで意味に気がついてなかったのなら、確かに殴られ損、蹴られ損だろう。

「な、何??」

 わけがわからない美貴は目を丸くして二人を見ている。

 潮はというと、説明すべきかどうかを迷って考え込んでいた。

 当然知ってるものとして芳人を責めたのに、これでは何もしない方が良かったと思う潮だ。

「美貴ちゃん。光源氏というのは、紫式部が書いた”源氏物語”の主人公の名前だよ」

「源氏物語?それって、古典の?」

 正人の言葉にやっと間違いに気がついた美貴は真っ赤になった。

「叔父さん、わたしが説明するから」

「あ、ああ・・そうだね。じゃあ、部屋に戻ろう。どうやら、君たちが見た人影はどこにもいないようだし」

「でも叔父さん!あたし達、本当に見たのよ!」

「わかってる。しかし、家の中には誰もいないし、といって外を探すのも危険だからね。とにかく明るくなってから探してみよう」

 本当にこの島にもう一人いるのかどうか。

 彼らは部屋の明かりを消して廊下に出ると、一緒にかたまって用心しながら二階へあがっていった。

 まず、潮と美貴の部屋に誰かが潜んでいないか確認する。

「大丈夫のようだ。鍵はしっかりかけて寝るんだよ」

 鍵開けが趣味な人がいる中では無駄なような気がするけど・・と潮が言うと、芳人はフンと鼻を鳴らした。

「間違っても覗かねえから安心しろよ」

「その言葉、忘れないでよ」

 潮は言って、芳人の鼻先でバタンとドアを閉じ、中から鍵をかけた。

「オレたちは大丈夫ですから」

 快斗はそう言って新一と一緒に部屋の中へ入る。

「鍵を忘れないようにな」

「はい。おやすみなさい」

 快斗はドアを閉め鍵をかけた。

 芳人ではないが、この程度の鍵ならクリップ一つで即効で開けられる。

 閉鎖された島では、厳重な鍵など必要ないから、この程度で十分なのだろうが。

(何か起こったときには無防備だよなあ)

「快斗・・・あの肖像画、偶然だと思うか?」

「あの部屋に絵があったのは偶然だろうけど、それがオレたちにそっくりだというのは、なんか作為を感じるよなあ」

「・・・・・・・・」

 偶然じゃない。

 では、自分たちをここへ来させた工藤優作は最初から知っていたということになる。

「本当に父さんは何も言わなかったのか?」

 なんにも、と快斗は肩をすくめると新一の右手を掴んでから、もう一方の手を額に当てた。

「熱出てるぜ。微熱だけど、シャワーはやめてこのまま寝た方がいい」

「熱?」

 自覚がない新一が眉をひそめて快斗を見つめる。

「疲れが出たんだよ。どうせ、明日から動くつもりだろ?だったら今夜はおとなしく寝ろよ」

 なvと快斗は掴んでいた新一の手を持ち上げると、その白い甲に口付けた。

「・・・おまえは?」

「新一が寝たらオレも寝る」

 ムッと新一の眉間が寄る。

 快斗は苦笑した。

 だって、先にオレが寝たらおまえ何するかわかんねえじゃん。

「それは、おまえも一緒だろうが」

「大丈夫。今動く気はねえから。少なくとも、今夜は何もしない」

 新一のそばから絶対離れねーよ。

 快斗のその言葉をとりあえず信じた新一は、パジャマに着替えるとベッドにもぐりこんだ。

 発熱してる気はしないが、やはり疲れは出ていたのだろう。

 横になると身体はすぐに重たくなって眠気が襲ってきた。

「おやすみ、新一」

 ベッドの端に半分腰かけた快斗が、新一の目元に唇を押し当てると、魔法にかけられたように彼の瞼はおりていった。

 新一が完全に眠ったのを確かめた快斗は、ブランケットを肩の上まで引き上げそっとベッドから離れた。

 窓際まで歩き、カーテンを少しだけ開けた快斗は外を眺める。

 真下に見えるのは暗い海。

 そして、見上げれば薄く雲がかかった空が広がっている。

”そこへ行けば君と新一の共通な秘密が一つわかると思うよ”

「・・・・・・・・・」

 命がけで守りたまえ、ミステリアスブルーを。

 君が最後まで、白の魔術師の役目を貫いて生きていくつもりなら・・ね。

(碧のプロフェッサーはオレを試すつもりか?)

 快斗はフッと不敵に唇を引き上げた。

 だったら、やってやろうじゃん!

 新一を一番間近で守れるのは、白の魔術師であるこのオレだけだってことを証明してやる!

 

 

 

 翌朝、芳人がキッチンに入ると、そこには既に朝食の準備を始めている少年の姿があった。

 いったい何時に起きたのか、調理台には既に冷蔵庫から出され料理の材料が並べられていた。

「よお、早いな・・・・」

「おはようvそっちこそ、早起きじゃん。もっとゆっくり降りてくるかと思った」

「寝坊などしたら、潮のやつがまたうるせえからな」

 なにやってんだ?

「パン焼くとこ」

 快斗はパン生地を手際よく折りたたんで天板に並べると、オーブンレンジに入れた。

「おまえ・・・そこまでやるかあ?」

「焼きたてのパンって美味しいじゃんv材料もあったしさ」

「料理得意なのか?」

 作るのは好きだね、と快斗は答え、今度はサラダ作りにとりかかる。

「俺は何すりゃいいんだ」

「んー。じゃ、野菜洗って。その間にドレッシング作っとくから」

 ドレッシングまで手作りかよ・・・・

「片割れはまだ寝てんのか」

「うん。ゆうべ、ちょっと熱出しちゃってさ」

「熱?ほっといていいのか」

「今は下がってるから心配ないよ。単なる疲れだし」

「もしかして、身体弱いのか?」

「弱くはないけど。結構ムリするんだ、あいつ」

 だから目が離せないんだよね、と快斗は苦笑を浮かべ肩をすくめる。

 芳人はほお?という顔でボールでドレッシングを作っている快斗を見る。

「結構兄貴思いなんだな」

「”二人っきり”だからね」

「そうか・・・・・」

 芳人は水で洗った野菜をザルに上げた。

「他に兄弟はいないのか?」

 うるさいのは一杯いるよ、と快斗は言ってクスリと笑う。

「ああ?なんだそりゃ」

「あいつ見て、構いたいって思う人間がわりといてさ」

 あんたもそうじゃない?と言われ、芳人はフム・・と唸る。

 そうかもしれない。

 なんとなく、あの少年には引き付けられるものがあるのだ。

 それは、今ここにいる少年にも言えることだが。

「けど、あいつには手を出さないでよね」

 おまえなあ、と芳人は疲れたように息を吐く。

「潮みたいなことを言うなよ」

 ったく・・俺にはそんな趣味はないって。

 快斗はくっくくとおかしそうに喉で笑っている。

「オレ、あんたのこと覚えてるよ」

 え?と芳人は唐突な少年の言葉に瞳を瞠った。

「会ったことがあったか?」

 そんな筈はないが・・・と芳人は首を捻る。

「会ったでしょ?香港で。忘れちゃったかな」

 オレ、そんなに印象薄くないつもりだけど。

「香港?」

 そう、と快斗は頷いた。

「ミスター李の所でさ。三人一緒に香港の夜景を眺めたでしょ」

 なんだと・・!?

「ねえ、ドラゴンボーイ?」

「・・・・・!」

 突然強烈な蹴りが快斗に向けて繰り出された。

 普通の人間なら到底避けられないスピードであるが、快斗はあっさりそれをかわす。

 それも、ほんの少しの動きだけで。

怪盗キッド!

 快斗はニッと笑う。

 その表情は、さっきまでの無邪気な少年のものではなくなっている。

 一瞬にして変わった気配。

「何故、貴様がここにいる!」

「ああ、それは私も聞きたいですね。何故、ミスター李の友人であり協力者でもあるあなたがここにいるんです?」

「・・・・・・・・」

「いや、まさか香港でお会いしたあなたと従兄弟同士だったとは。素晴らしい偶然ですね」

「わかってて言ってるのか?」

 快斗はクスクス笑いながら首を振る。

「お互い素性を偽ってここにいるんですから、詮索は無用ということにしませんか」

「それですむというのか!」

「その方が無難でしょ?お互い目的を持ってここにいるわけだし」

 芳人は顔をしかめた。

「何故、自分から正体をバラした?思惑があるんだろが?」

 そうですね、とふてぶてしく腕を組んで立つ快斗は、軽く首を傾けた。

「それはいづれご相談するということで。とりあえず、今は朝食の準備に専念しませんか」

 もうすぐ、皆さんが起きてこられるし。

 時計を見ると、確かに無駄にしている時間はない。

「いいだろう。だが、貴様の目的が何かは知らないが、俺の邪魔はするなよ」

「お互いにね」

 言って快斗は口端を楽しげに引き上げた。

 

 

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