誰も訪れることのないその島は
ある意味秘密が守られるには適していたのかもしれない。

かつて島には海の事故から人々を守る神の住いがあり
船の上から、安全を祈願する漁師の姿は珍しくなかったという。
だが今は・・・・・
それを知る者はなく、古い文献として残されているだけだった。
そして、その島が
かつては『巫女之島』と呼ばれていたことを
知る者は少ない。

  


 大型の冷蔵庫には、一週間は大丈夫なように食料が詰められていた。

 とりあえず、潮と美貴の二人がこの日の夕食を作ることになった。

 二人が大皿に盛られた数種類の料理をテーブルの上に並べると、芳人の目が丸くなる。

「なんというか・・初日の晩餐にしては大雑把な野生料理が並んでんな」

「うるさいわね!ここ数年スタッフと一緒の団体生活しかしてないから、お上品な料理には縁がないのよ!」

「あ、でもこのパエリア美味しそうv」

 快斗が目の前で湯気を出している大皿を見て嬉しそうに言うと、潮はニッコリ微笑んだ。

「これは、ヨーロッパを回った時に本場のシェフから習ったものだから味は保障付きよ。一杯食べてね」

 潮は慣れた手つきでパエリアを小皿に取り分けていく。

「サラダは美貴ちゃんが頑張って作ったんだから、残さないように!」

 わかったわかった、と芳人はうんざりしながら頷く。

「あ、そうだ。芳人、あんた嫌いなもんある?」

「俺は骨つき肉嫌いだなあ」

 そお、と潮がニッと笑うのを見て、芳人は自分の失言に気づいた。

「じゃあ明日はフライドチキンね」

 骨つきの。

 やっぱり・・・と芳人は顔をしかめる。

「おまえなあ!」

「嫌なら明日はあんたが作れば?料理は女の仕事とは決まってないんだからね」

「俺は料理なんか作れねえよ!」

「いばって言うことじゃないわよ!今時、料理も作れない男は役立たずって言うのよ!」

「な〜んだとお!」

「あ、じゃあ、明日はオレが作るね〜v」

 は〜いvとばかりに手を上げた少年に皆の視線が移る。

「カイくん・・だっけか?料理できるの?」

 そっくりな顔の二人が並んで座っていたが、髪の感じと雰囲気が違うので潮はなんとか見分けることができた。

 これまで双子を見たことがないとは言わないが、しかしこんなに綺麗な顔の双子は潮も初めてだからやはりちょっと扱いに戸惑う。

「朝食くらいなら作れるよ、オレ」

「ケッ、トーストとコーヒーくらいならオレだって出来るぜ!」

 芳人がそう嘯くと、潮はジロリと睨んだ。

「あらそう。じゃあ、明日の朝はあんたもやってよね」

 墓穴だったか、と芳人は渋い顔でパエリアを口の中に突っ込んだ。

 本職に習ったというだけあって、確かに食べられない味ではない。

「なに?」

 じーっと双子を見つめる少女に気づいた新一が瞳を瞬かす。

「あ、ごめんなさい!」

 美貴は、新一に見つめられ真っ赤になって俯いた。

「・・・・?」

「あんた達が亡くなったお母さんに似てるって聞いて気になってるのよ、美貴ちゃん」

 え?

 新一と快斗は潮の言葉に驚いたように顔を見合わせた。

 初耳だった。

「オレたちが、彼女のお母さんに似てるって言うんですか?」

「あんた達のお父さんは何も言ってなかった?あたし達も、初めて聞いたんだけど」

 そこにいる正人叔父さんからね。

「本当にそっくりだよ君たち」

 正人は双子の顔を見ながら、そう言って頷いた。

 ねえ、と快斗が美貴に話しかける。

「オレたちが君のお母さんに似てるって、叔父さんに聞くまで知らなかったわけ?」

「ええ。わたし、母の記憶はないし、家には母の写真が一枚もないから」

 写真がない?

 新一は眉をひそめる。

「あんた達も知らなかったみたいだから、当然そっちにも写真なんかないんだろうね」

 潮が言うと、二人はチラリと目を合わせてからコクンと頷いた。

(どういうことだ?そんなこと、母さんはひとっ言も言ってなかったぞ!)

 いや、頼みにきた弁護士の森田もそんなことは言わなかった。

 

 

 

 夕食を終えると、彼らはそれぞれ割り当てられた部屋へ入っていった。

 何故かこの家にはテレビがなく、リビングにいても何もすることがないから早々に寝てしまおうということになったのだ。

 それぞれの部屋にシャワー室とトイレがあるので、部屋に入れば朝まで出ることはない。

「ああ、サッパリしたv」

 先にシャワーを浴びた快斗が、黒のタンクトップにジーパン姿で出てきて、まだ水滴が落ちる髪をタオルでゴシゴシ拭いた。

 新一は・・と見ると、彼はベッドの端に仰向けに横になっていた。

 快斗はクスリと笑うと、ベッドに近づき、瞳を閉じている新一に顔を寄せていった。

 そっと唇を重ね、何度か啄ばむようなキスをしてからゆっくりと舌を差し挿れていく。

 歯列を割り、柔らかく舌を絡めじゃれるようにして吸い上げると、新一は瞳をうっすら開けた。

「・・・・ここではやらねえぞ」

 わかってるって、と快斗は喉を鳴らす。

「でもキスはいいだろ?オレのエネルギー源だもんv」

「飯食ったろ」

 人の2倍。

「アレはアレ。コレはコレ」

 快斗はクスクス笑いながら、新一とのキスを楽しむ。

 確かに今の快斗に情欲は感じられない。

 だいたい快斗が新一を本気で抱く気になっているときは、どんなに拒絶しても無駄なのだ。

 そして、自分を抱こうとする時の快斗の心情がなんとなくわかるから、新一もつい抵抗をやめてしまうのだが。

 他人にどう見えようと、それは自分たちに必要なことであったから。

 ま、いいかと新一は諦め、まだ湿っている快斗の髪に指を絡めるとキスに応えた。

 快斗は、角度を幾度か変えながら新一に口付ける。

「んっ・・・・」

 濡れた音と重なる身体、快斗の足が下肢にこすれるとさすがに意識に関係なく身体が反応するので新一は眉をひそめて快斗の頭を引き剥がした。

「もう十分だろ。オレもシャワー浴びてくる」

「うん」

 快斗はこれで終わりというように白い額にキスを落としてから、身体を捻って新一の隣に仰向けになった。

「おい。もうちょっと拭かねえとベッドが濡れるぞ」

「ん、いい。こっち、オレのベッドにするから」

 なんだそれ?と新一は呆れながら身体を起こした。

 そして、小さく欠伸を漏らす快斗の顔を見下ろす。

「なあ、おまえ・・・知ってたか?」

「何を?」

「あの子の母親がオレたちに似てたってことだ」

 いんや、と快斗は首を振る。

「なんで、オレが知ってんだよ。今回のことって、新一が受けた依頼だろ?」

 オレは単なる助手だぜ?

「この件は父さんも噛んでるみたいだからな。となると、おまえもなんらかの形で絡んでると思っても変じゃねえだろ」

「うんv変じゃないね」

 実は・・・と快斗が言いかけると、新一は目の色を変えてガバッと彼の胸倉を掴んだ。

なんだ!言え!

「優作さんから、何やってもいいから新一に無茶させるなって言われた」

「・・・・・・」

「ホント、新ちゃんってば優作さんに溺愛されちゃってるねv」

 快斗がそう言ってニッコリ笑うと、新一は嫌そうに顔をしかめた。

 と、その時だった。

 突然部屋の外から少女の悲鳴が聞こえてきた。

 なっ・・!

「なんだ!?」

 二人が何事だと廊下へ飛び出ると、やはり悲鳴を聞いた正人と芳人も部屋から出てきた。

 だが、潮と美貴の姿はない。

「下だ!」

 新一は言ってすぐに階段を駆け下り、3人も後に続いた。

「どうしたんです!?」

 新一は、玄関ホールで美貴にしがみつかれて立っている潮を見つけ声をかけた。

「あたし達が浴室へ行こうとした時、足音がして黒い影が目の前を横切っていったのよ」

 あんたじゃないでしょうね?と潮が睨むと芳人は、なんで俺がと顔をしかめた。

「彼はずっと私と一緒だったからそれはないな」

 正人がとりあえず芳人のアリバイを証明する。

「オレたちも覗きなんかしないよ」

 快斗がそう言って肩をすくめた。

「あなた達じゃないことはわかってるわ。でも・・・芳人じゃないとするといったい誰が」

「おまえ〜〜オレのことをなんだと思ってんだ!」

「もう一人が来たんじゃないの?」

 快斗の言葉に彼らびっくりしては目を瞬かす。

「もう一人って?」

「オレたち、森田弁護士からこの家に集まるのは7人だって聞いたんだけど」

 えっ?と正人は驚いた顔になった。

 芳人も変な顔で首を捻る。

「なんだよ、それ?もう一人って、いったい誰だよ」

「来ることになっていたのは、ここにいる6人だけの筈だが」

 他に・・と言っても・・・・・・

「そいつの名前、聞いてないのか?」

 芳人が問うと、快斗はいやと肩をすくめた。

「オレたち、名前は聞いてない」

 なあ、と快斗が同意を求めると、新一も頷いた。

 確かに名前は聞いてない。

 だが、その人物も相続人の一人の筈だった。

「けど、変じゃないか。もしもう一人いるとして、なんでオレたちに声をかけないんだ?」

 芳人の疑問はもっともだった。

 だいたい、こんなに遅くなるなら島に来るのは明日の朝にするのが普通だろう。

「その人、遅れてきたんじゃなく、あたし達よりも前にここへ来ていたのだとしたら」

 潮がそう言うと、その場にいた全員は一瞬押し黙る。

「潮さん!そんな怖いこと言わないで!」

 いや、その可能性がないとは言えないぜ、と芳人は呟く。

 そして、どういうつもりなのか彼は、なあ?と新一の方に顔を向けて笑った。

 しかし、新一には芳人の思惑に構ってる暇などなく、まずはやらなければならないことを口にした。

「とにかく、ここにオレたちの知らない誰かがいるなら探した方がいいんじゃないですか」

「そうだな。それほど部屋数が多いわけでもないし・・・・探してみよう」

「二階へあがる階段がここだけなら、上は探す必要はないんじゃない?」

 快斗が言う。

 悲鳴が聞こえてすぐに彼らは廊下に出たのだ。

 廊下の端から端を見たが誰の姿も見なかったし、階段を上がってくる者もなかった。

 つまり、誰かがいるとすれば、この一階にある部屋のどこかだ。

「黒い影はどっちへ走っていったんですか?」

 新一が尋ねると、女性二人はリビングとは反対の方を指差した。

 彼女たちも一緒に行くというので、彼らは6人一緒に黒い影が消えたという方へ歩いていった。

 まず最初のドアを開け、明かりをつけ中を確認する。

 恐る恐るドアを開けた正人に対し、双子の少年たちは手際よく中に人がいないかを確認していった。

 カーテンを開け、ガラス戸の向こうに誰かが隠れていないかを確かめる。

 自分よりも年若くてもやっぱり男の子だな、と潮は感心した。

 我侭なお坊ちゃんという感じの芳人も、動きは機敏で一応頼りにはなりそうだ。

「大丈夫よ、美貴ちゃん。彼ら、結構頼りになりそうよ」

「・・うん」

 美貴は、まだショックが抜けないのか潮にしがみついて離れなかった。

 まあ、確かにいきなり目の前に見知らぬ誰かが横切っていけば驚くなという方がムリだ。

 海側の一番奥の部屋まできた時、正人はアレ?と声を上げた。

 ドアノブを回そうとしたが、ビクとも動かないのだ。

「どうやら、この部屋は鍵がかかってるみたいだな」

 どれ、と芳人が正人を押しのけてドアの前に立つ。

 ノブを掴んで引くと、ガチッとドアは強固な音をたてた。

「鍵はないの、叔父さん?」

 潮が問う。

「さあ・・家の鍵は預かったが、部屋の鍵までは・・・・」

 家のどこかに保管してあるのか。

「別に開ける必要はないんじゃない?鍵がかかってるってことは、誰もいないってことでしょ?」

 美貴が言う。

 成る程とは一応思うが、しかしもともと開いていて中から鍵をかけたのだとしたら、この部屋に何者かが潜んでいる可能性が高い。

「まあ、このくらいの鍵ならチョロイもんだぜ」

 え?

 鼻歌でも歌いそうな芳人の自信たっぷりなセリフに目を丸くした彼らは、カチッという音とともに目の前のドアが開くのをみてびっくりした。

「芳人、あんた!」

 鍵を開けたくらいで睨むなよ、と芳人は肩をすくめる。

「このくらいの鍵開けなんて、遊びで十分できるもんなんだよ」

「うん、そうだね。オレも、このくらいなら開けられるよお〜v」

 快斗もそう無邪気に答えたので、潮もそれ以上のことは何も言えなかった。

 それよりも。

 開いたドアから先に中へ入ったのは新一だった。

 ドア横にあるスイッチを手探りで押す。

 パッと部屋の中が白い光に照らされた。

 中は12畳ほどの広さがある洋室で、正面のベランダへ続いているだろうガラス戸には厚いカーテンが下がっていた。

 ベッドがない所をみると、ゲストルームではないだろう。

 ソファもテーブルもなく、フローリングに絨毯が敷かれ、右奥に机が、左の壁には大きな書棚があった。

 書斎か何かかなと思ったが、それにしては妙な作りだという気がしないでもない。

 ふと、右側の壁になにかがかけられているのに気づく。

 多分、絵画か何かだろうが、布がかぶせられているので何が描かれているのかわからない。

「誰もいないな」

 とりあえず、部屋の中を確認し、外へ通じるガラス戸にもしっかり鍵がかかっているのを確かめてから彼らは部屋の真ん中へと集まった。

「結局、どの部屋にも誰もいなかったってことか」

「そんな!じゃあ、あたし達が見た人影はどこへ消えたって言うのよ!」

「そんなの知るかよ。ホントに人影を見たのか?」

 なんかの見間違えとか。

「確かにいたのよ!人影だけじゃなく、走る足音もちゃんとこの耳で聞いたんだから!」

「ホントよ!わたしも聞いたし、人影を見たわ!」

「じゃあ、どこ行ったんだ?」

 消えたのか?幽霊みたいに。

「ねえ、コレ何かな?」

 いつのまにか壁にかかっている絵の下へと行っていた快斗が、かかっていた布を引っ張った。

 わずかに埃が舞い上がりながら布が滑り落ち、その下にあったものを彼らの眼前にさらした。

「・・・・・・!」

 彼らは現れたその絵に驚き息を呑んだ。

 それは、多分リビングにあった大きなソファだろう。

 鮮やかな薔薇の模様のソファに座った一人の少女の等身大の肖像画であった。

 長いストレートの黒髪に白く整った小さな顔はまるで人形のように美しい。

 赤紫のビロードのように光沢のある生地のワンピースを着た少女は、モナリザのような微笑を浮かべて彼らを見つめていた。

「これは・・・・美登利さんだ」

 放心したような表情で正人がつぶやく。

 美貴の亡くなった母親。

 そして、真上有人氏が引き取って可愛がっていたという美登利という名の女性。

 その顔は正人が言ったように、新一と快斗に瓜二つであった。

 

 

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