十八階でエレベーターをおりたオレと高木刑事はイベントホールと書かれた方に向かって歩いた。 この階には大小のホールがあって、一般でも申し込んで借りることができる。 結婚式も可能で、友人たちがお金を出し合って結婚式をセッティングした例もついこの間あってニュースになっていた。 そういや、ここを借りて自分達で計画した独自の成人式をやらないかと言ってた奴もいたっけ。 クラスの大半が結構乗り気だったが。 そりゃまあ、市長だけでなく議員の紹介や退屈な話を延々と聞かされるより、同窓会みたいに自分達だけで成人を祝う方がずっと楽しいだろう。 それに、選挙目当ての大人より、一足先に成人した先輩たちの話を聞く方が意義はあるかもしれない。 まあ、オレには二年後の成人式なんて全く意味のないものだが。 「そういえば、黒羽くん。どうして僕が刑事だってことがわかったんだい?」 高木刑事はそう首を傾げてオレを見た。 オレが”事件”と口にした時は別に変に思わずに聞き流したようだが、よく考えれば初対面で、自分が刑事だとは言ってない。 ギュウギュウ詰めのエレベーターの中で高木刑事は、ふとその疑問に思い当たったらしい。 「実はオレ、事件現場であなたを見かけたことがあるんです」 「事件現場って・・・もしかして工藤くんと?」 「いえ、オレは新一とは現場には行きません。っていうか、新一そういうのを嫌がるから。見かけたのはキッドの事件の時。ずっと怪盗キッドを追ってる中森警部を知ってるでしょ?あの人とは家が隣同士で、その一人娘はオレと同級生だから」 ああ、青子ちゃんだね!と高木刑事は言った。 「そうだったんだ」 納得できたとばかりに頷く人のいい刑事に、オレはクスッと笑った。 まあ、一応納得できる理由を上げたのだから当然だが、新一だったら絶対に納得せず矛盾をついてくるだろうなとオレは思って首をすくめる。 あいつの真実を見抜く目と追究は、嘘をついてる人間には恐ろしい。 「で、オれは何をしたらいいんですか?」 それは・・と彼が言いかけたその時、右側の扉が開きショートカットの若い女性が廊下に出てきた。 「佐藤さん!」 「遅かったじゃない、高木くん。白鳥くんは?」 「警視庁です。職質かけた男が脅迫状を書いた男の仲間だってことは間違いないんですが、ずっとダンマリで・・・白鳥さんが意地でも吐かせるって頑張ってるんですけど」 そう・・と答えた佐藤刑事はオレに気付きびっくりしたように大きく目を見開いた。 「工藤くん?」 「あ、違いますよ佐藤さん。僕も間違えたんですけど、彼は黒羽くんといって工藤くんとは別人です」 「え、そうなの?」 警視庁のアイドルである女刑事佐藤美和は、オレの顔をマジマジと見つめた。 「そういえば髪の感じが違うかしら。それに、背がちょっと高い?」 数センチですけどね、とオレはニッコリ笑って答えた。 「印象も違うわね。でも顔はよく似てるわ。双子みたい」 「よく言われます。新一と並んで歩いてたら絶対に双子だって思われるし」 「新一って・・・もしかして親戚なの?」 「全くの他人です」 友達だけど、とオレが言うと、佐藤刑事はへえ?と大きな瞳を瞬かせた。 「でも本当にソックリですよね」 高木刑事がそういうと、佐藤刑事はハハ〜ンというような目で彼を見た。 「そういうことね」 まあ・・と高木刑事は肩をすくめハハと笑う。 「彼には悪いとは思ったんですけど、益田氏は全然僕たちの言うことを聞いてくれないし」 「そうね。ほんとに困ったものだわ」 佐藤刑事はふっと息をついた。 「見て」 佐藤刑事が開いたドアの向こうではお料理教室が行なわれていた。 ガラスに仕切られた向こうでは五人ほどのエプロン姿の女性がチョコレートケーキを作っている。 (益田って・・・そうか、ジェローム・益田!フランスで修行し、渋谷に店を出したっていうあの・・!) 「黒羽くんって言ったわね」 はい、とオレは佐藤刑事に向けて頷く。 「実はあそこで指導してる、ジェローム・益田っていうんだけど、彼に三日前脅迫状が届いたの。二度とケーキを作れないようにしてやるってね。渋谷に店を出すときに暴力団ともめたっていうからその関係らしいんだけど、何故か彼、すごい警官嫌いで」 「警官嫌い?」 「彼がまだ学生だった頃、警察に誤認逮捕されてひどい目にあったらしいの。やっと無実だとわかった時には、彼はもう高校を退学になっていて。しかも彼の妹は学校でイジメにあって登校拒否になっていたし、警官を嫌うのもわかるんだけど」 「警官の護衛はいらないって断られたんだけどね、でも放っておくわけにはいかないだろ?」 「わたし、彼のケーキって大好きなのよね。その彼のケーキを食べられなくなるなんて、絶対に許せないわ!」 「さ・・佐藤さん・・・・」 高木刑事は、なんか問題が違うというように困った顔で、怒る彼女を宥めた。 だが。 「あ、オレもそれ同感!みんなに愛される美味しいケーキを奪う権利なんて誰にもないんだ!」 拳を握って主張したオレに佐藤刑事は、あら?という表情を浮かべる。 「黒羽くんも甘いもの好き?」 「大好きですv」 おお、同志!とばかりに彼女はオレの手を握り締めた。 「佐藤さ〜ん〜〜」 泣きそうな顔の高木刑事を無視して彼女は話を続ける。 「それでね、彼、警官は嫌いだけど探偵だったらそばにいても構わないって言うのよ」 「探偵?」 なんか話が見えてきた。そういうこと・・か。 「そう、高校生探偵。彼、藤峰有希子の大ファンだったらしいわ」 そういや、ジェローム・益田は三十五歳。 彼が十代の頃、藤峰有希子は女優として全盛期だった筈だ。 「つまり、オレに工藤新一としてジェローム・益田のそばについて欲しいと」 そうなんだ、と高木刑事は答える。 「危険な頼みだけど、僕たちは彼の近くにいられないから」 「・・・・・・」 新一だったら絶対に断らないだろうなあ、とオレは内心で息を吐く。 「警官が一般の人に頼むことじゃないのはわかってるんだけど、他に方法がないの」 工藤くんがいてくれたら、話は簡単だったんだけど。 「新一も探偵とはいっても一般人ですよ」 「ええ、そうね。わたしたちの甘えだってことはよくわかってるわ」 日本警察の救世主だとか持ち上げて、わたしたちがあの子に頼りすぎているのも。 う〜ん・・その通りなんだけど、結局新一は頼られなくても事件に首突っ込んでいく性格だからなぁ。 他人が文句を言うことじゃないし、だいたい親である優作さんがアレなのだ。 新一の話では、子供の頃から優作さんの後について事件現場にいってたというし。 まさに環境が才能を開花させたという見本だろう。 あれ?と中を覗いていたオレは瞳を瞬かせた。 佐藤刑事の話では、応募者の中から抽選で選ばれた五人の女性が、ジェローム・益田の指導のもと、最高級のベルギーチョコを使ってケーキを作るという企画だったらしい。 さすがにバレンタインデーが近いこともあって、二十倍近い競争率だったようだ。 抽選といってもランダムに選んだとはちょっと思えないくらい、ケーキを作っている女性は美人ばかりのような気がする。 (そういや、女との噂が絶えないプレーボーイだって記事が週刊誌に載ってたっけ) そんなことを思い出したオレの目に、意外な人物の顔が映った。 一人だけジェローム・益田の影になって見えていなかった彼女はまだ少女だった。 他の四人の女性が皆二十代であるのに、彼女はどう見てもまだ十代という幼さだった。 肩にかかるくらいまっすぐに切りそろえた、やや茶系のボブカット。 彼女達の中では一番長身で、すらりとした体型はモデルのようだ。 少女は、フレームのない眼鏡をかけ、シンプルなブルーのエプロンをつけていた。 その下は白いシャツにジーパンだ。 上から下までブランドものできめ、気合をいれておしゃれをしてきた他の女性たちと比べると見かけは質素だが、プロポーションのよさと、さらに目を引く美しい顔立ちが飛びぬけた印象をみせている。 「やっぱり目がいっちゃうわよね」 綺麗な子だものねえ、と佐藤刑事はニッコリ笑ってオレを見た。 え、まあ・・とオレは苦笑で返すが、内心では動揺しまくりだった。 こういう時、ポーカーフェイスの得意な自分がありがたいとさえ思ったくらいだ。 「ところで、彼女達を見て何か気付いたことない?」 高木くんも、と問われて彼はえ?となる。 「そういや、なんか似てますね、五人とも」 オレがそう答えると佐藤刑事は、その通りと指先だけで音をたてずに拍手した。 「この五人、どうやって選択されたかというと、顔立ちが藤峰有希子に似てるってことなのよね」 「はあぁ?」 あ、そうかと高木刑事は今気がついたというようにガラスの向こうでケーキを作っている女性達を見た。 確かに藤峰有希子にどこか似ている。 彼女たちが似てるのは、そのせいだったのだ。 「そして、一番似てるのがあの少女」 眼鏡のせいで印象はかすれてるけど、顔の輪郭や目鼻立ちが藤峰有希子にそっくりなのよね。 「それでいったら、黒羽くんも藤峰有希子似かしら?」 「え〜?そうですかあ?」 自分ではそう思ったことはないが、新一が母親似なら確かに自分も似てるのかもしれない。 しかし、工藤新一に似てると言われても、彼の母親に似ていると言われたことは一度もなかった。 単に身近に藤峰有希子ファンがいなかったせいか。
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