ふ・・と、佐藤刑事に一番伝説の大女優に似ていると言われた美少女が、視線を感じたのかガラスの衝立の向こうに立っているオレたちの方に顔を向けてきた。 彼女は、刑事二人と一緒にいるオレの顔を見た途端、綺麗な眉を思いっきりしかめた。 その露骨さにはつい、おいおい・・・と内心で苦笑さえしてしまった。 オレは気配を消してないから、ドアから入ってきた時からあいつは気がついていたのだろうけど。 ”探さないで下さい”ね。 納得、とオレが首をすくめると、美少女はムッとした顔になって背を向けた。 怒ってるだろうなあ、うん・・絶対怒ってる。 どうしようかなあ、と困るオレには全く気づかない二人の刑事を見た。 あいつは、脅迫状のことを知ってるんだろうか? 知ってたから、ここに来た? 「あの・・今回の企画の募集が出された時はまだ脅迫状は」 出てないわよ、と佐藤刑事はあっさり答えた。 そうなると、ちょっとわからなくなってくる。 なんで、あいつがあそこにいるのか。 出来上がったケーキを白い箱に入れ、可愛くラッピングする様子をオレたちはじっと眺めた。 楽しそうな女性たち。 彼女たちにはこのケーキを贈る相手がいるのだろうか。 (いるんだろうなあ) じゃあ、あいつは?とオレは親の仇みたいな顔でリボンを結んでいる美少女を見つめため息をついた。 「終わったみたいね」 ジェローム・益田の指導のもと、最高級のチョコレートケーキを作った女性達は嬉しそうに箱を抱えて出てきた。 彼女たちはオレたちの方を見たが、別に気に留めることなく部屋を出て行く。 まあ、佐藤刑事や高木刑事は警視庁の刑事にはちょっと見えないし、オレにいたっては高校生だから当たり前かもしれない。 彼女たちにちょっと遅れて出てきた藤峰有希子似の美少女は片手にケーキの箱を抱え、もう一方の手は立っていたオレの二の腕をガッチリ掴んだ。 ・・・・ゲッ! その綺麗な顔はオレを見ずまっすぐ前を向いたままだ。 オレはそのまま廊下に引きずり出された。 あまりの唐突さに、二人の刑事もポカンとしたまま声をかけられなかったようだ。 「もしかして、あの少年は工藤新一くんですか?」 最後に出てきたジェローム・益田が彼らに問いかける声が聞こえたが、オレにはもうどうすることもできない。 「あ・・あのさあ、新一・・・」 オレは恐る恐る美少女に声をかける。 と、そこにオレたちを呼び止めるジェローム・益田の声が聞こえ、それに気をとられた時、エレベーターから下りてきた男と丁度すれ違った。 エプロンをつけ、大きな花束を抱えているのを見ると花屋の店員らしかったが、オレたちは一瞬でそいつが危険だと悟った。 オレはスルリと手をふり解くと、花屋の店員の後を追い、滑り込むようにして足を出し相手の足を思いっきり払った。 ふいをつかれたそいつは、ウワッと声をあげて仰向けにひっくり返った。 その手から花束が吹っ飛び、床に落ち、少し遅れてカチンと金属が床に落ちる音が廊下に響いた。 見ると、それは軍用のサバイバルナイフだった。 人を殺傷する目的だけのナイフ。こんなもので刺されたら命はない。 つまり、殺す目的で所持していたと思われても言い訳できない代物だった。 佐藤刑事と高木刑事はすぐに男を取り押さえた。 「助かったわ、工藤くん」 立ち上がったオレに向けて佐藤刑事が感謝の言葉を口にする。 いえ、と苦笑を浮かべて肩をすくめたオレは、振り向けばあいつがエレベーターに乗り込む所だったので慌てた。 「じゃ、オレはこれで!」 オレはクルリと向きをかえるとエレベーターに向かってダッシュした。 閉じかけた扉をこじ開けオレは中に乗り込む。 扉が閉じて下降を始めたエレベーターの中でオレたちは気まずげに押し黙った。 「え・・と、オレバイクで来てんだけど、乗ってく?」 「・・・・・ケーキ潰れない程度に安全運転するならな」 返事を返してくれた相手にオレはホッとする。 「いつも、新ちゃん乗せてるときは安全運転でしょ?」 地下駐車場までおりると、オレたちは並んで歩いた。 オレたちがおりた時は駐車場に人の姿はなかった。 もし誰かいて並んで歩くオレたちを見たら、どう思うだろうな。 恋人・・・いや、顔が似てるからやっぱ兄妹だろうなあとか思うとついオレの口から吐息が漏れる。 それをどう解釈したのか、新一は足を止めると眉間を寄せた顔でオレを見つめた。 「書置きを見てねえのか?」 「”探さないで下さい”ってやつ?見たけど、そんなの”はいそうですか”ってオレが納得できると思うか?オレをなんだと思ってんだよ」 「・・・・・・・」 「オレな、アレ見てすっごくショックだったんだぜ」 まあ、その姿見られたくなかったんだろうけどさ。 しかも、ケーキなんか作ってるしさ。 「あれ、新一が申し込んだの?」 「ああ・・・」 「優子って呼んでたよな、あのセンセ。それってさあ、優作さんと有希子さんから一字ずつとったわけだよな」 「偽名考えるの面倒なんだよ」 新一らしいよな。 「で、名字は何?」 新一の眉間の皺がさらに寄った。 おいおい・・・相当に不機嫌?それとも照れか? 「なんだっていいだろ。それより、さっきのはなんだよ?」 「さっきの暴漢のこと?なんだ、新一やっぱり知らなかったんだ。あのジェローム・益田が暴力団に狙われてたんだよ。まあ、明らかな殺人未遂の現行犯だからこれから首謀者を検挙するんだろうけど」 「それで佐藤さんたちがいたわけか」 「うん、そういうわけ。で、その益田氏が警官嫌いなもんで、探偵の工藤新一に来てもらいたがってたんだよね」 でも新一とは連絡とれないし。 「ここへ来た時、偶然高木刑事と会ってさ、オレが新一に似てるってんで代役頼まれたんだ」 「だから佐藤さんが”工藤くん”なのか」 そういうこと、とオレは頷いた。 「じゃ、今度はオレが質問する番ね。そのケーキ何?あんなに嫌がる女装までしてやらなきゃならなかったこと?」 新一は俯いて黙り込んだ。 答える気はなしか。 オレはバイクにまたがると、キーを差し込みヘルメットを被った。 新一はケーキを潰したくないため、両足をそろえ横向きに乗ると、膝の上にラッピングされた箱をのせた。 ケーキの箱を押さえる手の反対側は、オレの腰に回る。 オレは身体を後ろにねじって新一の頭にヘルメットを被せた。 うっすらと化粧もしてるので、どこから見ても女性に見えるから、そんな座り方をしても違和感はない。 でもま、安全運転は守らないと。振り落としたりしたら大変だ。 「家に帰ったら、このケーキ、責任もっておまえが食えよ」 ハ?とオレは目を瞬かせる。 「オレが食っていいの?誰かのためのケーキだったんじゃ・・・」 「ああ、そうさ。オレはチョコレートケーキなんか食えねえし。でも、おまえ、ジェローム・益田の幻のケーキ食ってみたいって言ってたろ」 え?とオレはバカみたいにポカンと口を開けた。 「こいつがそうなんだよ。作ったのはオレだけど、レシピ通りに作ったからな。一番うまく出来てるって言われたから安心して食え」 ジェローム・益田の幻のケーキ。 彼が参加したパリのコンテストで審査員を唸らせた絶品のチョコレートケーキ。 コンテスト以外で彼はそのチョコレートケーキを作っていないので、幻のケーキと言われていた。 確かに食べてみたいと言ったことはある。 でも、新一に直接言ったわけじゃない。いったい誰から聞いたんだ? 「募集記事見た時に、そのケーキを作るってわかってさ。でも応募できるのは女だけだってえし」 まあ、バレンタインを狙っての企画だからしょーがねえけどと新一はブツブツ言う。 それで競争率二十倍だったわけか。 でも、どこで募集されてたんだ?その手のことは結構見逃さない青子も知らなかったみたいだし。 よほどマイナーな雑誌にでも掲載されてたか。 「それで女装したってのはわかるけど、よく受かったよなあ。競争率高かったんだろ?」 「ああ、らしいな。で、募集記事載せてた雑誌の編集長がたまたま親父の同級生でさ、その人からジェローム・益田が母さんのファンだってことを聞いて、ちょっと言ってみたのさ。応募した中に、オレの従妹がいるってな」 「・・・・・・」 そりゃ、絶対に選ばれるよな。ったく、やるとなったらホント手段選ばねえよな、新一って。 「それで、オレのために応募してオレのためにケーキ作ってくれたわけ?」 それって、当然愛の告白だよなあ?とオレがニンマリして訊くと、新一はバ〜カと回した腕でオレの腰を締めた。 胃が締め付けられてウゲッと舌を出すオレに、新一はクスクス笑った。 「バレンタインは山ほどチョコをもらう気だろ」 だいたい、バレンタインってのは女が男にやるもんだ。 「それは違うぜ、新一。バレンタインは口に出して言えない告白をチョコにこめて渡す日なんだぜv」 新一は、なんとでも言えとばかりに鼻を鳴らす。 「じゃ、早く食べたいけどケーキの安全のために、交通法規をしっかり守って帰りま〜す」 オレは後ろに新一を乗せてバイクを走らせた。
あ、そういや服部・・・ま、んなの後でいいか。
チョンv
|