「あ、やっぱり直通エレベーターが使えたな」 野次馬は時間がたつほど増えていったが、危険ということで警察や消防隊員がロープを張り関係者以外は誰一人炎上しているホテルに近づくことはできなくなっていた。 当然快斗もフォックスもホテルに近づくことができなくなっている。 ま、それは当然の処置であるから彼らは早めに野次馬たちの中から抜け出し、ホテル近くのビルに潜り込み勝手に空き事務所に入ってそこから様子を見ていたのだが。 真っ暗な事務所の中からは、炎とライトの明かりで米花プリンスホテルの全貌が見える。 双眼鏡でずっと様子を見ていた快斗は、ホテルの西端にあるエレベーターがゆっくりと最上階目指し上がっていくのを見て肩をすくめた。 火災が起きた時、二台とも一階におりていたため救出には使えないと思われていたエレベーターである。 実際に消防士が上がれるかどうか試したようだが、動かなかったようだ。 でも快斗は、あのエレベーターなら配線をちょっといじるだけで使えるんじゃないかと考えていた。 もし誰もそれをしなければ自分がやるつもりだったが、どうやら上にいた誰かがそれを行えたらしい。 「ま、使えるのは往復一度切りだろうけど」 「エレベーターで脱出させるのは女子供ですね」 「そりゃそうだろ。たとえお偉い人がいたとしても、女子供を押しのけて大の男が乗っちゃったら後で非難ごうごうだぜ」 マスコミが集まってる中、そりゃマズイでしょ。 「ミスティは無理ですか」 「たとえ乗れるとしても辞退するだろうな、あいつは」 そう断言できるだけに、快斗は諦めの息を吐く。 どんな危険な場面にあおうと、自分の身の安全は二の次にしちゃうからなァ。 快斗は最上階に上がっていったエレベーターがおりてくるのをずっと双眼鏡で覗いていた。 無事に二台とも一階に着き、扉が開いて中から人がおりてくる。 ワッと警察や救急隊員が彼らをとり囲むように集まっていった。 「やっぱ蘭ちゃん一人だな。抱いてる金髪のカワイ子ちゃんは誰だろう?」 金髪の巻き毛に赤いワンピースの小さな女の子。 最初見た時は人形を抱いてるのかと思った。 快斗は双眼鏡を下ろすと、携帯電話を耳に当てた。 「・・・新一?降りてきた蘭ちゃんを確認したよ・・・・うん、みんな大丈夫。そっちは無事?」 快斗は新一の今の状態をなんとか探ろうと耳をすましながら尋ねる。 「怪我はしてないね?・・・ああ、フォックスもいるよ。これからそっちへ行くから待ってて」 快斗がそう言うと新一が何か言ったのか、え?と瞳をパチパチさせた。 「うん・・・ちょっと待って」 快斗は隣にいたフォックスの方に顔を向けると、持っていた携帯電話を差し出した。 「新一が代われって」 「私にですか?」 フォックスは快斗から携帯を受け取る。 「はい・・・なんですか、ミスティ?」 しばらく新一の話を聞いていたフォックスの顔が僅かに曇った。 ふっ・・とフォックスの口から小さな吐息が漏れる。 「駄目ですよ、ミスティ。それが出来ないことはあなたにもわかっているでしょう。いくら私でも、彼に黙ったまま共に動くことはできません。それに、忘れてませんか?私もあの男とは因縁があるんですよ」 「・・・・・・!」 フォックスの口から出た言葉で即座に事情を察した快斗が表情を変えた。 「ここまで来て、ただあなたがそこから救出されるのを黙って見ていろというのは無理な話です」 スッと快斗が手を伸ばすのを見たフォックスが携帯を彼に手渡した。 「新一・・・・すぐに行くから」 快斗はそれだけ言うと通話を切った。 そして眉間を寄せた快斗は、その性格を表しているようなはねっ毛をさらにぐしゃぐしゃにかきまわした。 ・・・・・くそおっ! 「アッシュがいるのか!?」 「そのようですね」 快斗はしばらく黙り込んだ後、素早く消防士の防火服を身につけた。 「行くぞ」 身を翻し暗い事務所を出て行く快斗の後を、やはり消防士の格好をしたフォックスが続いた。
絶対に新一をあの男に会わせてなるものかあ!
「・・・・・・」 新一は、はあぁぁ・・と肩を落とし一つ溜息をつくと、通話の切れた携帯をポケットに突っ込んだ。 ま、言っても無駄だとは思ってたけどな。 本当はあの二人には何も言わず、みんなと順番に救出を待ってるから来なくていいと言うつもりだった。 だが快斗はハナっからそんなことは聞く耳もたなかったようで。 何が待ってて・・だ。 ま、フォックスも一緒だから大丈夫だよな? (っても・・新宿で非常識な真似をしたフォックスがどこまで信じられるかも問題なんだよな・・・・・) ったく、なんで自分のまわりにあんな非常識な力を持った連中ばかりが集まっちまったんだ! キッドだけでも手ぇ焼くってーのに! 「どうしたんだい工藤くん?」 黙りこくっている新一を心配した高木刑事がふいに顔を覗き込んできた。 「あ、別になんでも・・・・今、下に来ていた友人から様子を聞いてたんですよ」 「エレベーターはちゃんと無事に着いたようだね。ホッとしたよ。でね、救出用のヘリがもうすぐ到着するからと目暮警部から連絡があったんだ」 「そうですか」 見ると、白鳥警部と佐藤刑事がホテル従業員と一緒に今度はヘリに乗る順番を決めていた。 「ほら、君もすぐに行って」 「いえ。ボクは一番最後でいいですから」 そう言って首を振った新一とこちらを見た白鳥警部の視線が合う。 どうやら白鳥警部は、まだ高木刑事と佐藤刑事にアッシュのことを話してはいないようだ。 「最後って・・・だって君は高校生じゃないか!」 「白鳥警部の了解は得ています」 「は?」 高木は意外なことを聞いたというように目を瞬かせる。 いつもなら、真っ先に未成年である彼をヘリに乗せようとするだろうあの白鳥警部が? 「何をしてる!屋上に上がるぞ!」 「ハ・・ハイ!!」 白鳥警部に怒鳴られた高木は、大慌てで新一のもとを離れていった。
火災現場であるホテルに近づくにつれ、混乱振りがハッキリしてきた。 高層ホテルでの火災であるのだから、それは当然のことだがそれにしても人が多い。 ジョシュアが現場にきた時は既に立ち入り規制がかなり強化されており近づくことができなくなっていた。 彼がテレビのニュースで一瞬見たキッドとフォックスの二人が立っていた場所は遥か先である。 消防車の数も時間ごとに増えていってるようだ。 消防隊員が火災消火にあたるために続々入っていくのが見える。 おっ!と彼は視線の先に見知った顔を見つけ目を輝かせた。 こうなれば利用できるものはなんだって利用しなきゃ損だとばかりにジョシュアは野次馬の間を通り抜け、現場に来たばかりという様子の男に大声で呼びかけた。 「警部!目暮警部!」 現場は耳鳴りがしそうなほどの喧騒に包まれていたが、幸運にもあの恰幅のいい警視庁の警部がその声を聞きつけ、トレードマークのシャッポをのせた頭を巡らせてくれた。 「おお!ベネットくんじゃないか!」 ジョシュアは目暮警部の許可を得て張られたロープの向こう側へと入っていった。 「どうして君がここへ?」 「実は知人がこのホテルに来ていたようなので」 「ほお、そりゃ心配だな。調べてあげたいが、この状況なもんでな。知人というのは女性かね?」 「いえ、男です」 「そうか。女性なら先ほど最上階に避難していた全員がエレベーターで無事に降りてきたんだが」 その中に蘭くんもいてな、驚いたよと目暮は言った。 「蘭・・・って毛利探偵のお嬢さんですか?」 「ああ。新一くんと最上階のレストランに来ていたらしい」 「・・・・・・!」 「全く、よく事件に巻き込まれる二人だよ」 そう言って目暮は深々と息を吐き出した。 ミスティがこのホテルに? だからか!だからキッドとフォックスが・・・・! 「それで彼は?」 「まだ最上階だよ。五十二人があそこに残っている」 そう目暮がホテルを見上げて言った時、近づいてくるヘリの音が彼らの耳に入ってきた。 「お〜、やっと来たか!これで全員を救いだせる!」 目暮警部がホッとした表情を浮かべた。 しかし、火災の状況は一定ではない。 時間がたつごとにどう変わっていくのかわからない以上、まだまだ安心はできなかった。 「ところで今回の火災はやはり事件なのですか?」 「いや、それはまだわからないが・・・・ベネットくんはインターポールと懇意だったかな?」 懇意・・・ジョシュアは苦笑する。 実は犬猿の仲である。 とにかく、ジョシュアが所属している軍とはよく衝突しているが・・・・ 「兄がインターポールに所属しているんです」 「ああそうっだたのか」 なにか?とジョシュアは問う。 「いや、アッシュ・コクトーという男のことを知ってるかと思ってね」 アッシュ! 何故ここでその名前が!? 平静を保とうとするが、やはり眉間に皺が寄る。 「国際手配されている超A級の狙撃者ですね。それが何か?」 「白鳥くんから聞いたんだが、もしかしたらこのホテルにいるかもしれないんだよ。その男が狙う標的と一緒にな」 「なっ・・・!」 なんだって! 「本当なんですか、警部!アッシュがあの中に!」 「いや・・確実な話ではないがな」 目暮警部が火災を起こしているこのホテルにやってきたのは、白鳥警部からの連絡を受けたからだった。 彼は友人からその相談を受け、そしてこの火災に巻き込まれたのだ。 白鳥だけではなく、丁度食事にきていた高木刑事と佐藤刑事も一緒だ。 (おまけに工藤くんまで一緒とはな・・・・) やれやれ、と目暮は頭を抱える。 今は人命救助の方が優先だとは言っておいたが。 世界最高とも最悪ともいうべき殺し屋がもしホテル内に潜んでいて、今も標的を狙っているのだとしたら。 (なんとしてでも阻まねばならんが・・・・) 「警部!ヘリがホテル上空に到着します!」 わかった!と答えた目暮警部がジョシュアの方に顔だけ向ける。 「スマンがこれで。今の所軽傷者だけだから安心したまえ。もし君の知り合いが最上階に残っていたなら、必ず救出できるから心配はいらんよ」 「ええ」 ジョシュアは自分を気遣ってくれる警部に向けて笑みを浮かべながら頷いた。 だが、その心優しい警部が背を向けて行ってしまうと、ジョシュアの表情は一変した。 金茶の瞳が鋭い光を帯び、優しげな青年の顔が獲物を見つけたハンターのような表情を浮かべる。 「アッシュ・・・本当にあそこにいるなら、捕まえてこの手で決着をつけてやるぜ」 ニヤッと笑ったジョシュアは、まぎれもなく戦場で”紅の牙王”と恐れられた傭兵であった。 (ヒュ〜〜) 誰もが目前のホテル火災に気をとられている中、ただ一人その危険な気を感じ取った者がいた。 「こりゃまた次から次とおもしれえ奴が現れるもんだよなあ」 長く伸ばした黒髪を揺らしながら男はくっくと楽しそうな笑い声を上げる。 平和ボケしたこの国にもなかなかスゲエやつらが潜り込んでやがる。 ゲームってのはこうでなくっちゃな、とハデスは笑いながら首をすくめ、ゆっくりと歩を進め始めた。 「よお、兄さん?」 ハデスが気軽な調子で声をかけると、金茶の髪のジョシュアは眉間を寄せながら顔を振り向かせた。 どう見ても関係者ではなく野次馬の一人という感じの青年に声をかけられたジョシュアが、なんだ?というように首を傾ける。 いったいどうやって張られたロープを越えて入ってきたのか、ひょろりと背の高い青年の出現にジョシュアは胡散臭げに男を見つめる。 「これから中へ入るんだったら、一緒に行かねえか」 「誰かは知らないが、君は消防士ではないだろう」 あんたもだろ?と言い返しハデスはくっと首をすくめた。 「・・・・・・・・」 目が合った瞬間に二人は、互いに同じ種類のプロであることを見抜いていた。 なんでこんな奴が・・・と思うのは、だからこそお互いさまであるが。 「あの中に求める人間がいるってのは同じだろ。だったら一緒に行っても構わねえんじゃないの?」 ジョシュアの眉間に深い皺が寄った。 「仕事か・・・?」 いやいや、とハデスは顔の前にあげた両手を振る。 「俺は単に可愛い身内を迎えに行ってやるだけさ」 「身内?」 「そう。オトートv」 「だったらここで待ってればどうだ。これからヘリでの救助が始まるぞ」 くい、と顎を上げて見た先には二機のヘリコプターがホテル上空を飛び救助にかかろうとしていた。 「あの中にいるとは限らないし、おとなしく待ってたら手遅れになっちまうかもしれねえだろ?」 それなら消防士が既に救助に向かっているが、とジョシュアは言いかけやめた。 何を言ってもこの男はホテルの中へ入ることをやめないだろうから、結局言い合うだけ時間の無駄だ。 この男が一般市民であるならなんとしても止めた。 だが、この男からは自分と同じ匂いがする。 人を殺したことのある危険な匂いだ。 危ないから、と自分が引き止めなければならないような類の人間ではない。 ジョシュアがもう何も言わず踵を返したのを見てハデスはクスリと笑うと、金茶の髪をした、おそらく化け物と呼ばれる種類の人間だろう青年のあとについていった。
ヘリによる救助が始まると緊張と慌しさが増したが、危険なこの場所から離れられるという安堵感が広がってか混乱はなかった。 「このまま順調にいってくれればありがたいんだけど」 佐藤刑事がまだ緊張は抜けないものの、なんとかうまくいってることにホッと息をつく。 それは、三人の警視庁の刑事たちやホテル関係者も同じ気持ちだった。 犠牲者を絶対に出したくはない。 (今、一番危険なのは誰だ?) レストランに残っていた新一は、ふと上着のポケットに入れていた携帯からの着信音に気がついた。 手に取ったそれはいつも内ポケットに入れている自分のダークブルーの携帯ではなく、黒の携帯電話。 新一が出ると、電話をかけてきた相手が一瞬息を呑むのを感じた。 『・・・・あなた誰?』 若い女の声だった。 「ボクは工藤新一といいます。あなたは?」 女は警戒しているのか答えない。 すぐに通話を切らないのは、聞こえてきたのが少年の声だったからだろう。 「この電話の持ち主は亡くなりました。発見したのは警視庁の白鳥警部です。ご存知ですか?」 『・・・ええ、知ってるわ。彼、警視庁の警部を知ってるから個人的に相談してみるって言ってたから』 そう・・・やっぱり奴らの仕業なのね、と彼女は低く呟く。 (奴ら?) 新一は眉をひそめる。 どういうことだ? 彼女はアッシュに狙われているという女性ではないのか? 「あなたは、身辺警護を受けていた方ですね?」 『ええ、そうよ。ところで、あなたこそ誰?何故彼の携帯を持っているの?』 「ボクは白鳥警部の知り合いです。たまたま、このホテルにきていて事件を知って。携帯は申し訳ありません、独断で拝借しました。あなたから連絡が入るかもしれないと思ったもので」 『そう。いい判断ね』 落ち着いた声。 声だけの印象では年齢は二十代後半。 殺し屋に命を狙われているというのに、この落ち着きはいったいなんなのだろう? 「白鳥警部は今ここにいません。このホテルに取り残された客たちをヘリで避難させている最中なものですから」 『・・・状況はどうなっているの?』 「怪我人が数人いただけで、現在の所亡くなった方はいません。そして火災の方ですが・・・今も消火が続けられていますが、ボクがいるのは最上階なので消火状況までは残念ながらお伝えできません」 『いい答えだわ。声の感じからすると、あなた高校生?』 「ええ、そうです。ところで、あなたは今どこにいるんですか?まさか、まだホテルの中に」 『その”まさか”よ。三十五階にいるわ』 三十五階・・・・! 「なんとかここまで上がってこられませんか?」 『無理ね。わたしはここを動けないわ』 「どうしてですか」 『奴らが・・・来るからよ』 彼女はそれだけ言うと通話を切ってしまった。 新一は切れてしまった携帯に眉をひそめる。 いったいどういうことなのか。 白鳥警部から聞いた話とは違う。 彼女を狙っているのは”アッシュ”ということだったが、奴らというのは何者なんだ? 「どうしたの、工藤くん?」 最後に残った客数人とホテル従業員を屋上へ誘導するべく高木刑事と戻ってきた佐藤刑事が、新一の様子に気づき問いかけた。 「避難はどうなっていますか?」 「順調にいってるわよ。ああ、高木くん行っていいわよ」 佐藤刑事が言うと高木刑事は残っていた客と従業員を連れて階段の方へと向かっていった。 「さあ、行きましょう工藤くん。彼女が待ってるんでしょ」 そう笑みを浮かべて新一の肩に手をかけた佐藤刑事に彼は瞳を伏せた。 思い浮かぶのは蘭の笑顔。 ”待ってるからね、新一” (蘭・・・・) 新一はギュッと手に持っていた携帯を握りしめた。 「すみません、佐藤さん。ちょっと確かめたいことがあるんです。白鳥警部には、彼女は三十五階にいると伝えてください」 「え?」 佐藤刑事はいったいなんのことかわからず、大きな瞳を見開いた。 「どういうこと、工藤くん?彼女って?」 「時間がないんで行きます!あとはお願いします!」 新一は佐藤刑事の手を振り払うようにして駆け出した。 「ちょ・・!ちょっと工藤くん!待ちなさい!」 「佐藤さん!」 丁度二人を呼びに屋上から降りてくるところだった高木は、下へおりようとしている彼女を見つけびっくりした。 「高木くん!白鳥くんに伝えて!彼女が三十五階にいるからわたしも工藤くんと一緒に行ってみるって!」 「ええっ!彼女って誰のことですかっ?」 「そんなの知らないわよ!」 佐藤刑事は叫ぶように答えるとそのまま階段を駆け下りていった。 「佐藤さん!!」
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