携帯電話の着信音が耳に入り、新一は胸ポケットに入れていた自分の携帯を手に取った。 『あ、新一、今どこ?』 「学校出たとこだけど、なんだよ?」 『うん、今日新一んとこ行くつもりだったんだけどさあ、用事できちゃって行けなくなった』 「ふうん、わかった。用件はそれだけか?」 『あ、こら!まだ切るなって!くれぐれも言っとくけど、オレがいないからって夕飯抜くなよな新一』 「わあーってるって」 ったく、おまえはオレの母親かってんだ。 まあ、世話を焼く快斗がいないと面倒でよく夕飯抜いてる新一だから殆ど信用がないのはわかるが。 「誰?もしかして、黒羽くん?」 新一と一緒に歩いていた蘭が聞いてくる。 と、その声をしっかり聞き取った快斗がおお〜vと嬉しそうな声を張り上げた。 『蘭ちゃんが一緒なんだ!ちょっと代わって代わって!』 いきなり大声を出され新一は思いっきり嫌そうに顔をしかめた。 「なんだよ、いったい」 『いいからいいから』 早く早くvとせかされ、新一は渋い顔で携帯を蘭の手に渡した。 「黒羽くん、久しぶり〜!・・・ええ、元気よ。え?今夜?・・・大丈夫よ、まかせといて!」 快斗から何か頼まれたらしい蘭は、笑みを浮かべながら頷くと電話を切った。 蘭から携帯を返された新一は、なんだよ?と眉をひそめる。 「黒羽くんから今夜の新一の食事頼まれちゃったvもう!相変わらず面倒くさがって食事抜いてるのね」 「一食くらい抜いたって死にはしねえよ」 「一食ですまないから黒羽くんが心配するんじゃないの!」 そう蘭に叱られた新一は反論できずに黙り込む。 だいたい小さい頃から知ってる蘭が相手では、いい加減な返事でごまかしがきく筈もない。 「丁度いいわ。新一、家に来ない?お父さん、今夜仕事で泊まりだから遠慮いらないわよ」 そりゃマズイって・・・と新一は肩をすくめた。 父親の留守に男が家に上がり込んじゃな・・・それがいくら幼馴染みだとしても。 蘭に心配かけて面倒ばかり焼かせる父親だが、彼が一人娘の蘭を溺愛していることは新一もよく知っている。 (バレたらおっちゃんに殺されちまうって・・・) 「あ、そんじゃさ、外で食事しねえか?」 「え?」 「この前、食べそこねちまったからさ。米花プリンスホテルの最上階レストラン」 いいだろ? 「いいけど・・・また事件起きるんじゃない?」 あんなあ、と心配そうな蘭の顔に新一は溜息をつく。 「んな、毎度毎度事件に遭遇するわけねえだろが」 「あんまり当てになんないなあ」 前科があり過ぎる。
新一の携帯に電話を入れた快斗は、とりあえず毛利蘭という心強い人間を新一のそばに置くことが出来、ホッと息をついた。 彼女がそばにいれば、新一も勝手に動いたり無茶をしたりはしないだろう。 「さあて、行くか」 快斗は携帯電話を皮ジャンの内ポケットに入れると、ヘルメットを被り暮れ始めた街へとバイクを走らせた。
「じゃあマスター、すみませんけど帰りますね」 肩にすれる程度にまっすぐ切りそろえた黒髪の少女が、カウンターの中にいる男に声をかけた。 「ああ、お疲れさん。コンパ楽しんでおいでよね」 「いい男捕まえてこいよ、萌ちゃん!」 店の奥、いつもの席に座っている既に顔馴染みになっている長髪の男の掛け声に、まだ幼さの残る可愛い顔をした少女はや〜んvと首をすくめて笑った。 「セイさんみたいないい男見つけてきますね〜v」 萌が楽しそうに店の奥へと返事を返した時、カランとカウベルの音が鳴り一人の少年が入ってきた。 バイクで来たのかヘルメットを小脇に抱えた高校生らしい少年。 とっさにいつもの癖で”いらっしゃいませ”と口を開きかけた萌だが、その少年の顔を見た途端そこで固まった。 初めて見る少年だが、何故かどこかで見たような気がした。 一瞬芸能人かと思ったが、それならすぐに名前が出てくるはずなのに思い出せない。 しかし、美少年ばかり集めて売り出している芸能プロダクションの歌手やタレントとはまとう雰囲気が違っていた。 (わあ〜・・綺麗な子!) それに、黒の皮ジャンにジーンズ姿の少年はスタイルも良くかなり恰好いい。 「あれ?快斗・・・くんだね?また来てくれたんだ」 いらっしゃい、とカウンターの中から慎二が嬉しそうに声をかけた。 彼が最初にこの店にやって来た時、何か不機嫌になることがあったのか、もう一人を連れてすぐに店を出ていってしまい、慎二はずっと気になっていたのだ。 「こんにちは、マスター。この前はコーヒーを飲まずに帰っちゃったんで今日はゆっくり飲ませてもらおうかと思って」 「ああ。じゃ、とっておきのを入れてあげるよ。新一くんは一緒じゃないの?」 「新一はデートv」 「へえ〜。それはそれは」 快斗は人のいい笑みを浮かべるマスターに微笑を返すと、奥の席にいる長髪の男の方に視線を向けた。 男は面白そうに快斗の視線を受け止める。 「あの!マスターの知り合い!?」 「え、いや・・この前店に来てくれたお客さんだよ。それより、時間いいのかい萌ちゃん?」 マスターに言われ、彼女はあっ!と声を出して腕時計を見る。 彼女の胸の中は今、迷いに迷っていた。 こんな、めったに見ない美少年を振り切ってコンパに行っていいのか? でも、スッポかしたら誘ってくれた友人に悪いし。 そもそも、彼女が言い出して計画されたコンパなのだ。 (米花大のカッコいい男をとるべきか、それとも目の前の美少年をとるべきか・・・) これって、究極の選択? 「あ、あの!わたし、ここでアルバイトしている五十嵐萌って言います!わたし、今日は帰っちゃうんですけど、また来てくださいね!」 いきなりぐっと迫られそう言われた快斗は瞳をパチクリと見開いたが、すぐにニッコリと笑って頷いた。 「ええ、また来ます。今度はあなたがいる時に」 萌はその返事にきゃあ〜vとハートマークを飛ばして喜ぶと、跳ねるように店を出ていった。 ハデスは自分の方へと歩いてくる少年をおかしそうに見つめた。 「さすがは怪盗紳士の異名をとるだけあるな。女性のあしらい方がうまい」 「うるせえ」 くくっと喉で笑うハデスを快斗はジロリと睨み、彼の向かいの椅子をひいて腰を下ろした。 「それにしても、そっちからコンタクトをとってくるとはな」 いや、驚いたとハデスは少しもそんな風をみせないで笑う。 「あの夜は新一がいたからな」 一秒だっておまえのそばにいさせたくなかったんだ、と快斗は言った。 「成る程な。おまえにとって、そこまで大事な存在だってわけだ」 まあ、わからないでもないがな。 あの蒼い稀有な宝石が相手なら。 「ところでコードはどっから知った?あのコードを知ってる人間は数えるほどしかいないんだぜ?」 「らしいな。さすがのオレも見つけるのにちょっと手こずった」 ったく、クソ意地の悪いダミーまで作りやがって。 おかげで、パソコン一台おシャカにしちまった。 「そんな面倒なことをいしなくたって、オレに会いたきゃここに来りゃいい」 「いつもいるってわけじゃねえだろ。オレも忙しい身だからさ。のんびりあんたを待ってられやしないんだ」 それに・・・調べていたのはコードだけじゃなかったしな。 「ふ・・ん。おまえを消したがる筈だな」 闇の組織にとってはインターポールよりも目障りな存在だというわけだ。 この確保不能とされる、不世出な謎の怪盗”キッド”は。 しかも、目の前にいるこいつは20年前に現れた怪盗キッドではない。 それなのに、そのことを全く感じさず本物のキッドを演じているのだから、その才能は驚異的なものだろう。 自分に仕事を依頼した組織が始末したがっているのは間違いなく、初代キッドではなくこいつだ。 が、連中はそのことを知らず、ずっと最初のキッドだと思っているのが愉快だ。 「この間は悪かったね、快斗くん。セイちゃんが何を言ったか知らないが、気にしないでよね」 コーヒーを運んできた慎二が、そう言って快斗の前にカップを置くと、ハデスはムッとしたように眉をひそめた。 「全部俺のせいだと思ってんだな、慎二」 「当たり前だろ。昔っから、おまえは遠慮ってものなしでものを言うからトラブルメーカーだったじゃないか」 おかげで僕がどれだけ苦労したか。 幼馴染みというだけで。 それでもずっと友達でいたのは、彼のことが好きだったからなのだが。 15年前、突然姿を消したこの友人は死亡したとされ、慎二は彼の葬式に参列までしたのだ。 それがいきなりひょっこり現れて・・・まさしく人騒がせで友達泣かせの男だった。 「トラブルメーカー・・ね。友達に迷惑かけちゃ駄目だよ”セイ”ちゃんv」 からかうように言う少年の口調が明るいのでついつられかけた慎二だが、ゆっくりとカップを口に運ぶ快斗の瞳が少しも笑っていないのに気づき息をのんだ。 怒っている瞳ではない。 それは冷ややかで、まるで鋭いナイフの切っ先のような瞳の色だった。 そんな瞳をまともに向けられている彼の幼馴染みはというと、気づいていない筈はないのに面白そうに笑っているのだ。 (な・・なんだっていうんだ?この二人いったい・・・・) おい・・ちょっと怖いぞ〜〜 思わず引きそうになった慎二がふと向けた視線の先に席を立った客がいた。 「あ、ありがとうございました!」 慎二は慌ててレジの方へと走っていく。 「あんまり、あいつを怖がらせるなよ。暢気そうに見えても、結構鋭いんだぜ?」 そうハデスが肩をすくめるのを見て、快斗はフンと鼻を鳴らす。 自分を標的にしている超一流の殺し屋を前に平然としていられるほど、快斗も楽天家ではない。 客を見送ってから慎二は、もう他に客がいないのを見て閉店の札を出すとカーテンを閉めた。 「今夜は萌ちゃんもいないし、ちょっと早いが店を閉めるよ」 「はあ〜?いいのかよ」 まだ8時前だからちょっと早いという時間ではない。 「いいんだよ!だから今日は早めにいつもの作ってやるから」 待ってろ、と慎二は言ってすぐにカウンターの中へ入っていった。
「今夜はちゃんと座れたわね」 蘭は夜景が広がる窓際のテーブルにつくとホッとしたように笑顔を浮かべた。 「ちゃんと・・ってなんだよ。前もって席を予約してたんだから座れるのは当たり前だろ」 蘭と食事に行くことを決めてから新一はすぐにホテルのレストランに予約の電話を入れたのだ。 金曜の夜は連休前ということもあって普段より混むからテーブル予約は必須なのだ。 幸い新一の父優作が一度客として来たことから、当日の夕方だったにもかかわらずテーブルを予約できた。 しかもこのレストランでも一番人気のテーブルに座れたのだから幸運というべきだろう。 こういう時、有名な父親がいるというのは便利なものだ。 「どうする?ワイン頼むか?」 「何言ってんの!わたし達未成年じゃない」 駄目よ、と蘭が言うと新一はクスッと笑って首をすくめた。 「あと2年・・か」 成人し、大人と認められるまで・・・・ だが、オレは・・・と新一は瞳を伏せる。 三雲礼司が作った薬を投与されたオレと快斗は、2年たっても今と同じで成人することはないだろう。 本当に灰原の言うとおりなら・・・・蘭と一緒に年をとることができないのだ。 「新一。ここ、ホントにいい席ね!夜景がすっごく綺麗v」 まるで黒いビロードの上に宝石が散りばめられてるみたい。 新一は嬉しそうに歓声を上げる蘭に微笑みながら、眼下に広がる美しい夜景を眺めた。 それから二人は運ばれてきた料理を食べながら、学校のことや友達のことを喋っては笑った。 そして食後のデザートが運ばれてきた頃、ふと蘭が見知った顔を見つけあら?と声を上げた。 「ねえ新一、あの二人・・・」 え?と新一が蘭の言う方へ顔を向けると、そこには丁度テーブルにつこうとしている若いカップルの姿が見えた。 「高木刑事と佐藤刑事?」 「わあvやっぱりデートよね?」 「そう・・だな」 そう答えてつい回りを見回したのは、警視庁のアイドル的な存在である佐藤刑事が高木刑事とつきあうことを歓迎しない人間がそれこそ山といることを知っているからだった。 密かに二人がデートを計画しても、嫉妬にかられた刑事たちが己の情報網をフルに活用し徹底的に邪魔をするのだ。 一度は見合いにまでこぎつけながら振られてしまった白鳥警部などは特に執念深い。 そう簡単にくっつかせてなるものかとばかりに邪魔をしているようだ。 (ホント・・気の毒だよなァ) だが困難だからこそ、余計に愛情が深まっていくのだろうが。 問題は・・・自分が警視庁内でどれだけ人気者であるかを全くわかっていない佐藤刑事の鈍さだ。 だが、新一に対してもまわりが同じことを思ってるなんてことを彼が知るはずもないが。 新一が見回した限り、そういうお邪魔虫がいる様子はない。 ということは、今夜はうまく逃れてデートが出来たということだろうか。 ともあれ、頑張れ高木刑事!である。 「こうしてみるとお似合いのカップルよねえ」 新一と蘭が同じ店にいて自分たちを見ているとは気づかず、二人はグラスを傾け会話を楽しんでいた。 「んじゃ、二人の邪魔にならないうちに出るか。寄りたいとこあるって言ってたろ?」 うん、と蘭は頷くとバッグを手に取り立ち上がる。 壁の方を回っていけば高木刑事たちに気づかれることはないだろう。 そうして新一はカードで精算をすませると蘭と一緒にレストランを出た。 丁度下から上ってきたエレベーターの扉が開いたので新一と蘭はそのまま乗り込む。 「何事もなく食事が出来たねv」 ホッとしちゃったわ、と嬉しそうに言う蘭に新一は溜息をついた。 半分本気で言ってることがわかっているから余計にガックリくる。 確かに事件を呼び込んでるんじゃないかってくらい、新一がどこかへ行くと必ず事件が起きるのだから何も言えないが。 だいたい蘭の父親の毛利小五郎が常に事件に遭遇していたのは、完全に自分のせいだという自覚すらあるのだ。 新一を”歩く事件吸引機”とか言ったのは、蘭の親友で新一のクラスメートである鈴木園子だったか。 エレベーターが42階で止まり扉が開いた時、新一と蘭は驚いたように瞳を見開いた。 その階から乗ってきたのは、なんと白鳥警部だったのだ。 「あれ?君たち・・・」 白鳥警部も、顔見知りの二人を見て驚いた顔をする。 「どうしたんです、白鳥警部?仕事ですか?」 新一が先に問うと白鳥警部は、いや・・と苦笑を浮かべた。 「ちょっとプライベートな用があってね」 まさか、高木刑事と佐藤刑事の邪魔に来たんじゃねえだろうな・・・と新一は勘ぐるが、見た感じではそうではなさそうだ。 第一、二人がいるのは最上階。 しかし白鳥警部がいたのは42階で、しかも下りのエレベーターに乗ってきた。 「それより君たちはどうしてここに?」 「わたしたち、今レストランで食事してきたんです」 「最上階の?それはまた豪勢だね」 笑う白鳥警部の様子は全く普通だ。 ということは、やっぱり偶然ってことか。 新一がそう思った時だった。唐突に乗っていたエレベーターがガクンと停止した。 「え!な、何っ?」 蘭がびっくりして声を上げる。 「故障か?」 白鳥警部が眉をひそめると、今度はエレベーター自体が突然何か衝撃を受けたように大きく揺れ出した。 「キャッ!なんなの!?」 「蘭!」 新一は、揺すぶられて悲鳴を上げる蘭を庇うように肩を掴み腕の中に引き寄せた。 エレベーター内の明かりが衝撃のせいで消え真っ暗になったが、すぐに補助電灯がついてぼんやりとした明かりが中を照らした。 「いったい何が起こったんだ?」 まさか、地震?と新一に支えられた蘭が首を傾ける。 いや・・・と白鳥警部が険しい表情を浮かべた。 「何か心当たりがあるんですか白鳥警部」 「まさかと思いたいがね。ひょっとしたら・・・」 新一は眉間に皺を寄せて何かを考え込む白鳥警部を見つめた。 「ここでのんびり助けを待ってる余裕はないということですか」 「多分・・な」 「蘭、このまま抱え上げるぞ!」 「わかったわ!」 新一は蘭の身体を腕に抱え上げた。 蘭はエレベーターの天井を押し上げ指をかけると上へ上がって外に出た。 よし、と今度は白鳥警部が新一の身体を持ち上げた。 最後に新一と蘭が二人がかりで白鳥警部を引っ張り上げる。 丁度新一の腰のあたりに扉があったので、白鳥警部と二人で扉を開けた。
扉の向こうは、火の海だった・・・・
「・・・・・・・・・」 快斗は慎二が作ってハデスの前にドンと置いた代物を声もなくマジマジと見つめていた。 たっぷりとチョコのかかった特別製のチョコパフェ(なのだろう。多分・・)。 「快斗くんも呆れるだろう?こいつ、女でもそうはいないってくらいのチョコレート好きでね」 同意を求める慎二に快斗は返答せず、彼特製のチョコパフェを旨そうに口に入れる目の前の男をじっと眺める。 心なしか瞳が輝いているのを見、慎二はあれ?という顔になった。 「ひょっとして・・・快斗くんも甘いものが好き?」 「あ、好きです!オレ、特にアイスクリームには目がなくってv」 そうハッキリと嬉しそうに答える快斗の瞳には、先ほどの冷たい危険な光は綺麗に消えていた。 そしてうって変わった少年らしい明るい瞳の色を見て慎二はホッとする。 そうだよな。 いい年した男のセイちゃんとは違って、まだ子供なんだし。 「じゃあ、快斗くんのも作ってあげるね」 言って慎二は再びカウンター内に戻っていった。 「チョコ好きの殺し屋って、なんか笑えるよなァ」 甘いもの好きの怪盗ってのは笑えないのか?とハデスが言い返すが頬杖をついた快斗はフフンと鼻で笑う。 「お互い正体知られてねえし、笑い話は互いの胸の中ってか」 「いい性格してんな」 ガキのくせに、とハデスは瞳を細める。 「そう。オレはガキさ。だから大人の事情ってのや、束縛ってのもなしで動く」 遠慮はしねえし、一流だってえあんたも怖いとは思わない。 「死ぬのは怖くないってか?可愛くねえガキだな」 普通の少年の言葉なら単なる強がりだろうが、こいつは信じられないくらいの修羅場をくぐり生き残ってきた人間だ。 こいつの言葉が強がりでもハッタリでもないことをハデスはわかっている。 だからこそ面白いのだ、と彼はニヤリと笑う。 慎二が快斗のために特製チョコパフェを作って持ってきた。 チョコたっぷりで、普通はフレークで埋めるところをすべて三色のアイスクリームで埋められ、上にのったフルーツは薄切りにしたメロンと黄桃、そして真っ赤なチェリーだ。 快斗がわ〜いと歓声を上げる。 「僕の奢りだから遠慮なく食べてね」 「ありがとう、マスター!」 快斗は嬉しそうに笑うとスプーンでアイスをすくい口に入れた。 本当に好きなのだろう、その幸せそうな笑顔に慎二もなんだかほのぼのとした気分でカウンターに戻っていった。 その後で交わされる二人の会話が、ほのぼのとは縁遠いものであることも知らず。 先にパフェを食べ終えたハデスが、テーブルの上に置いてあった煙草の箱から一本抜き取り口にくわえた。 「そういや、おまえを標的にしてるもう一人のことを知ってんのか?」 「ああ、勿論知ってるぜ。奴に仕事を依頼したのはオレなんだから」 「・・・・ハ?」 予想もしていなかったとんでもない快斗の返答に、ハデスはライターに火を点したまま唖然と少年を凝視した。 癖っ毛の、まだ幼さを残す可愛い顔をした少年は、平然と自分の殺しを依頼したと彼に言う。 小さな子供のように無邪気にアイスクリームを頬張る少年の顔とその言葉の激しいギャップ。 「おまえが依頼した?」 「そう、オレがアッシュに依頼した。とにかく面倒だったんだよ。あんたを含めて組織はうるさいくらい殺し屋を送り込んできたし。そのせいで、新一が巻き込まれることも何度かあったしな」 もうキレかけてたんだ、オレ。 「で、殺しを依頼した?いったいどういうつもりだ、おまえ」 ハデスはわけがわからず眉をしかめて少年を見る。 快斗はスプーンを口にあてたまま視線だけ上げた。 「あんたの資料を見たよ。あんたを仕込んだのは”ジャッカル”ってコード名の殺し屋だったんだってな。その男を殺したのがあのアッシュ。依頼された仕事がかちあっての結果だったって?」 「・・・・・・・」 ハデスはようやく煙草に火をつけライターを置いた。 目の前の少年は何故か楽しそうにクスクスと笑っている。 「アッシュの性格を知ってる?奴は自分の仕事を邪魔されることを極端に嫌うんだ」 つまり・・とハデスは口から煙を吐き出した。 「あいつの標的であるおまえにちょっかいを出せばこっちが消されるってわけか」 そういうこと、と快斗はニヤリと笑う。 「だからそこそこの雑魚より、あんたみたいな一流が出張ってくるのはオレとしては好都合だったってわけ」 「一流同士なら、うまくいけば共倒れしてくれるからか」 やなガキだぜ、とハデスは苦笑いを漏らす。 既にアッシュからは忠告を受けてるし、自分が引くつもりはないことも宣言してきている。 キッドを標的にしている以上、あのアッシュとやりあうのは必至だってことだ。 ま、それも悪くはないが。 「おまえ・・・そこまで自分の命をかけて誰を守りたいんだ?」 快斗はその問いには答えず、最後のひとすくいを口の中へ入れた。 共に目的は違えど闇に生きている二人が一歩もひかない目で睨みあっていると、けたたましいサイレンが店の外から聞こえてきた。 消防車? しかも、一台や二台という感じではない。 店の前を十数台の消防車が通りすぎる。 そのサイレンの中にはパトカーや救急車も混じっているようだった。 「なんだ?火事?」 「こりゃ大変だあ!米花プリンスホテルが燃えてるぞ!」 カウンターの中に置いていた携帯テレビを見た慎二が驚いたように叫ぶ。 米花プリンスホテルといえば、ここからそう離れていない。 「40階付近で何か爆発したって言ってるけど・・・・」 萌ちゃんが行ってるコンパの会場が火災を起こしているホテルから近かったんじゃないかな・・と慎二は心配そうな顔になった。 「携帯に電話してみたらどうだ、慎二?」 「あ、そうだな!」 慎二はすぐに電話をとって、萌の携帯にかけた。 「あ、萌ちゃん?僕だけど、大丈夫かい?」 すぐに彼女が出たらしく慎二の顔に安心したような色が浮かんだ。 「うん・・コンパはお開きになったんだね。じゃあ気をつけて帰るんだよ」 慎二はそう言って電話を切った。 「萌ちゃんは大丈夫だったよ。もうホテルの近辺は大騒ぎみたいだな。確かあのホテルはオープンしてそんなにたってないんじゃなかったかなァ」 米花プリンスホテル・・・か。 そういやあ、前に新一が蘭ちゃんとデートの時に行ってたっけ。 (・・・・・・・・・・・・・・) やな予感・・・・ 快斗は、まさかな・・・と思いつつ、ジャンバーの内ポケットから自分の携帯を取り出した。 そして、記憶させている新一の携帯に電話を入れる。 少し待ってから新一が出た。 「あ、オレだけど。今どこにいる?彼女んとこ?」 え? 快斗は瞳を瞠ると椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。 「ちょっと待てえ!米花プリンスホテルにって、どういうことだよ!なんでそんなとこに・・・!」 慎二が快斗の声を耳にし、びっくりしたように顔を向けた。 「んなとこでメシくってんじゃないよ!」 わあぁぁっ!まだ切るなって〜〜! 快斗は通話を切られそうな気配を感じ慌ててグッと携帯を握り締める。 ああ、ちくしょう! 「それで、どこにいるって?42階ーっ!」 わかった!と快斗は通話を切ると別の場所にかけなおす。 「フォックスか?姫が米花プリンスホテルにいる・・・・・ああ、そうだよ!今燃えてるホテルにだよ!なんでって・・・オレが聞きたいって!」 快斗は携帯電話をポケットにしまうとすぐさまテーブルから離れた。 もはや、ハデスに対する興味も姿さえ見えていない様子だった。 「マスター、どうもごちそうさまでした!パフェ、美味しかったです!」 「ああ、コーヒー代は今度来てくれた時でいいから!誰か知り合いがホテルにいるんだろ?」 快斗はコクンと頷いた。 「友人が・・・・オレが行ってもなんにもならないけど、とにかく行ってみます」 「気をつけて行くんだよ。きっと大丈夫だから」 慎二が開けた扉から外に出ると、快斗はバイクにまたがりヘルメットを被った。 そしてエンジンをかけると猛スピードで道路へ走り出て行った。 彼が走り去った方向の空は炎で赤く染まっている。 「こりゃ、マジで大変だ・・・・」 赤い空を見つめていた慎二の目に外へ出てきた幼馴染みの姿が映り、彼は眉をひそめた。 「どこ行くんだ、セイちゃん?」 「火事見物」 ああ〜?と慎二は顔をしかめる。 「野次馬なんて趣味悪いぞ、セイちゃん!第一、邪魔になるだけだろうが!」 じゃあな、とハデスは前を向いたままヒラヒラと手を振り歩き去った。 「まったく・・・・・」 慎二は呆れたように深く息を吐き出す。
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