隠し扉の向こうは地下へ降りる階段が続いていた。

 先頭を行く中森警部が持つ懐中電灯の明かりが狭い通路を照らし出す。

「なんだ、ここは?」

「抜け穴とちゃうか?古いお城にはよくあるやんけ。外敵に襲われた時なんか抜け穴通って外に逃げるっちゅうのんが」

 今時外敵も何もねえだろうがよ、と小五郎がうそぶく。

「やっぱり、この館には何か謎があるんだよ。なんかワクワクするなあv」

「そういや、自分が出てたドラマにもこないな話あったんとちゃうか?」

「あったあったvアレはさあ、謎の招待状が届いて出かけた古い洋館で殺人事件が起こって・・・」

 縁起でもねえこと言うんじゃねえ!と小五郎は緊張感のカケラもない少年たちをどやしつける。

 ったく、なんでついてきやがんだ!

 残ってりゃいいもんを!

 足手まといもいいとこじゃねーかと小五郎はブツブツ文句をたれる。

「うわっ!」

 突然何かにつまずいて転倒しそうになった小五郎は、思わず壁に手をついた。

 だが、その壁が手に押されるように奥へとめり込んだため小五郎はそのままバランスを崩しひっくり返った。

 えっ?

 丁度小五郎の真後ろを歩いていた平次と光の足下が突然崩れ、二人はポッカリ開いた穴の中へ消えた。

おいっ!大丈夫かっ!

 驚いた小五郎と中森が穴の中を覗き込んだ。

 懐中電灯の明かりで穴の中を照らしたが、スロープになっているのか底は見えなかった。

 しばらくして平次の声が穴の奥から聞こえてきた。

「オレたちは大丈夫や!それよりこっちにも通路があるで!どうせ上には上がれそうにあらへんから、オレたちはこっち行ってみるわ!」

「おい!勝手なことを・・!」

「心配いらんて。懐中電灯もあるし、おっさんらはそのまま先いっといて。もしかしたら、どっかで繋がってるかもしれへんし」

 う〜ん、と彼等は唸る。

「しょうがない。このまま行くか」

「そうですな。ホントにこいつが抜け穴なら、出口があるわけですし」

 大人二人はそう言うと、気にはなりはしたものの先へ進むことにした。

 

 

 

「おまえ・・どこでこんなの覚えたんだよ?」

 あっさり地下のコレクションルームの扉を開けた快斗を見て、コナンは脱力するほど呆れてしまった。

「手先が器用でないと一流のマジシャンにはなれねえからな」

 日夜、血の滲む努力をした結果なんだと快斗は微笑んだ。

「その努力を犯罪に使っていいのかよ。間違ってると思わねえのか」

「思わないなあ。だって、オレの本業は怪盗じゃねえもん。今はまだ修行中だけど。いずれは一流のマジシャンになって世界を飛び回るつもりだからさ。そのための努力は惜しまない!」

「じゃ聞くけど・・・怪盗キッドはおまえにとってなんなんだ?」

「趣味v・・・と言ったら怒るよな?」

「あったりまえだ!ふざけてんじゃねえよ!」

 快斗はニッコリ笑ってコナンの頭をポンポンと軽く叩いた。

 おい・・・

 当然のことながらコナンは目尻を吊り上げて快斗の顔を睨み付ける。

 しかし、その顔は高校生の工藤新一に似ているからコナンの心境としてはかなり複雑なものがある。

 快斗が地下の明かりをつけた。

 見た所、さっき来た時となんら変化はない。

 しかし何かが引っかかるのだ。

 コナンはそれがなんなのかを探すためにコレクションルームになっている地下室を念入りに調べた。

 気になるのは壁だ。

 ホールの壁の一部も隠し扉になっていた。

 コナンは積み上げられた木の箱を一つ一つどけて地下室の壁を調べてみる。

「・・・・なあ名探偵」

「なんだよ?ぼさっと突っ立ってんだったら、おまえも探せよ!」

「探してもいいけどさあ。この写真の洋館のこと、なんか思い出した?」

「え?」

 壁に背をもたれさせて立っている快斗の右側には例の洋館の写真がかかっている。

 じっとその写真を眺めていたコナンは、何か思いついたことがあるのか、まっすぐその壁の方へと歩み寄った。

 コンコンと壁を叩いてみると、確かに返ってくる音が他の場所と異なっていた。

「その写真、外してみてくれ!」

 快斗はコナンに言われた通り写真を額ごと外した。

 額を引っかけていたフックがスイッチの役割をしていたのか、壁に正方形の金属板とアルファベットのボタンが現れる。

「額の重みがなくなると開く仕掛け、ね。やけに単純な仕掛けだけど問題はこっからか」

「そう。この先はパスワードが必要だ」

「そんじゃまあ、一番ありそうなのを入れてみますか」

 快斗はアルファベットのボタンを人差し指で一つずつ押していった。

《M・I・S・T・E・R・I・O・U・S・B・L・U・E》

 最後の“E”を押し終えたが地下室は何も起こらず静かなままだった。

「・・・・変化なし。さて何か思い当たることは?」

 快斗が、顎に手を当てて考え込むコナンに問いかける。

 今の所、この他に思いつくパスワードはなかった。

 いや、これ以外にあるとは思えない。

「その金属板・・・」

 これか、と快斗は指先で光沢を放っている金属板に触れてみるが、やっぱりなんの変化も起こらない。

「オレがやってみる」

 そう言ってコナンは踏み台になりそうな木箱を引きずって壁の下に持っていった。

「そんなもん持ってこなくても抱っこくらいしてやるのに」

「もうおまえの世話になる気はねえよ」

 快斗は肩をすくめると、意地っ張りな探偵に場所を譲った。

 コナンは小さな指でもう一度ミステリアスブルーと押すと、その上にある金属板に触れた。

おわっ!

 突然目の前の壁が横に滑るように開いた。

 金属板に触るため、踏み台の上で背伸びをしていたコナンは支えを失いバランスを崩し前につんのめった。

「工藤ーっ!」

 驚いた快斗がコナンの身体を捕まえようと手を伸ばしたが間に合わず、子供の小さな身体は壁の向こうに飲み込まれた。

「工藤!おい、大丈夫か!」

 快斗が再び閉じてしまった白い壁を拳で叩いていると、その壁の向こうからコナンのではない声が聞こえてきた。

 大人の、それも快斗がよく知っている男の声だった。

「レイ・・ジ・・・レイジなのか!何ふざけたことしてんだよ!」

 くそっ!

 やっぱりこの金属板は指紋を照合するためのもんだったってわけか!

(ということは、レイジが選んだもう一人は工藤新一だったってわけだ)

 そうではないかと思ったこともあった。

 確信をもてなかったのは、レイジと工藤新一の繋がりがよくわからなかったためだ。

 あの野郎、オレと同じようにガキの頃にナンパしやがったか。

「レイジというのは“三雲礼司”のことかな」

「・・・・・・・・・」

 快斗はゆっくりと後ろを振り返った。

 声ですぐに誰なのかわかっていたので別に驚くことではなかったが、その手に握られた銃には僅かに眉根が寄る。

「たいして驚かないんだな。さすがはあの男の知り合いというだけはあるか」

「あんたが思うほどの知り合いじゃないよ、羽瀬さん」

 男は宝石店を経営していると言っていた羽瀬だった。

「三雲礼司はその壁の向こうにいるのか」

「らしいね。けど、オレたちじゃこの壁は開かないよ」

「いることさえわかればいい。いくら我々から逃げ続ける天才でもこの館が吹き飛べば出てこないわけにはいかないだろうからな」

「吹き飛ぶ?それは物騒な話だなあ」

 快斗は首を縮めて笑った。

 今度は羽瀬が眉をひそめる。

「・・ただのガキじゃないな。何者だ?」

「オレ?何者だと聞かれるような人間じゃないけどね。それよりいいの?もう時間がないよ」

 快斗はそう言いながら手に持っていた腕時計を羽瀬に向けた。

「時間?何を言ってる、まだ・・・」

 パシュッと小さな発射音と共に時計から飛び出した針が銃を持った羽瀬の手に突き刺さる。

 なっ!と羽瀬は目を瞠ったが既に遅く、彼はドオッと床の上に倒れた。

「さすがに威力抜群だね」

 快斗はニッと笑った。

 それは地下室に降りる前にコナンから失敬したものだった。

 下手に使われちゃたまんないと掏摸とっておいたものだが、思いがけず役にたった。

(さあて・・・)

 吐息を一つついた快斗は、その向こうにコナンとそして三雲礼司がいるだろう壁にコンと額をすりつけた。

 

 

 

「いてえ・・・」

 いきなり壁が開いて転がり落ちてしまったコナンは、痛む腰をさすりながら身体を起こした。

 いったい・・・・

 背後の壁は閉じていて快斗の姿は見えない。

 自分が中へ飛び込んですぐに閉まったようだ。

 見上げた壁には同じような金属板があったが、踏み台がなければとても届きそうになかった。

 たあ〜〜まいったなあ・・・

『ようやくたどりついたね、新一くん。待っていたよ』

 溜息をついたコナンの耳に突然聞こえてきた男の声にハッとなってまわりを見回す。

 たいして広くもない空間には何もなかった。

 コレクションルームと同じ白い壁だけしか見えない。

 だが、壁だと思った正面がふいに揺れて黒い影が浮かび上がった。

「誰だ!」

『これはゲームだよ。要となるのは“ミステリアスブルー”である君と、“白の魔術師”である彼』

「ミステリアスブルー?オレが?」

 なんだよ、それは!

 コナンは黒い影が映っている白い布に飛びついた。

 だが、布を取り去った向こうには誰も立ってはいなかった。

 えっ?

 ばかな!

 影が映っていたのに何故いないんだ!

うわっ!

 わけがわからず瞳を瞬かせたコナンは、突然刺すような強い光に襲われ悲鳴を上げた。

 ふいをつかれまともに瞳に光を受けてしまったコナンは、何も見えなくなり頭の中まで白い光に被われたようになって気を失った。

 

 な・・なんだ?

 いったい、なんなんだーっ!

 

 

 

 

 遊んでいて見つけた赤茶けたレンガのその建物は、なんだか大好きなホームズが今にも窓から顔を出しそうな印象ですぐに気に入った。

 つい間近で見たくなって僅かに開いていた門をすり抜けた少年は二階の窓から出ていた白い手がまるで自分を招くように揺れたのをみて瞳をしばたたかせた。

 風邪に揺れる白いレースのカーテン。

 その向こうに誰かがいて自分を呼んでいると思った少年は、きょろきょろとあたりを見回し、丁度その窓の方へと伸びている木に飛びついた。

 木登りは得意中の得意だ。

 幸い窓の方に伸びた枝は、少年くらいの体重なら十分支えられそうなくらい太くしっかりしていた。

「こんにちは。オレのこと呼んだ?」

 ああ、と頷いたのはまだ年若い青年だった。

 20才を過ぎたばかりだろう。

 まだ少年の面影を残してはいるものの、その顔立ちはとても繊細に整っていて、しかも知的な輝きを放つその瞳は、人の好みにうるさい少年の気に入った。

 しかも心配症で口うるさい大人のように木に登った少年を叱ることもしない。

「オレ新一ってんだ。お兄さんは?」

「私はレイジだよ。ここへは一人で来たの?」

「父さん母さんと一緒。父さん小説家でさあ、オレたち取材旅行にくっついてきたんだ。ここ、お兄さんの家?」

 いや、とレイジは首を振る。

「借りてるだけだよ。君はいくつ?」

「八才!」

 レイジは微笑むと、まだ幼い少年の瞳を覗き込んだ。

「ああ、君の瞳や虹彩は青なんだね」

「あれ?わかるの?もう殆ど青には見えないって母さん言ってたけど」

 生まれた時は、まるで北欧の人間のような澄んだ青い瞳だったのだが、年と共に濃くなってきて今では誰も気付かないくらいになったのだが。

「とても綺麗な色だね。神秘的で・・・そう、ミステリアスブルーと呼ぶにふさわしい瞳だよ」

「なにそれ?」

 キョトンと瞳を見開く幼い少年にレイジは優しく微笑んだ。

「見せてあげようか。この世で最も綺麗な宝石を」

「宝石?」

「たった一つしかないものだけど、君にあげるよ。私が持っていても仕方のないものだから」

「オレだって持っててもしょーがないんじゃない?オレ、宝石よりホームズの本がいいなあ」

「君はミステリィが好きなの?」

「うん!オレもホームズみたいな名探偵になりたいんだ!」

「そう。それじゃ、ゲームをしようか?」

「ゲーム?お兄さんと?」

 そうだよ、とレイジは笑うと新一に向けて右手を伸ばした。

 

 おいで・・・・・

 

 

(・・・・・・・・・!)

 コナンは唐突に覚醒した。

 そして白い布を堅く掴んだままボンヤリと立っている自分に気付き困惑の表情を浮かべた。

 まるで白昼夢でも見ていたような、おかしな気分だった。

 さっきのはオレの記憶?

 八才の時にオレは三雲礼司に出会ってたってのか?

 で、それを今の今までずっと忘れていた?

 オヤジの取材旅行にくっついていった記憶はある。

 確か東北から北海道へ回ったんじゃなかったか。

 コナンは何度か瞬きを繰り返した。

 刺すような光を受けたわりには、視界はハッキリしており視力には問題が起こっていない。

 いったいどのくらい意識が飛んでたんだ?とコナンが腕時計を見るために腕を持ち上げたその時になって初めてそれがなくなっていることに気付いた。

 ない!バカな!

 地下室に来る前まではちゃんとあったし、落とすというのは考えられなかった。

 となると、思い当たるのは一つだ。

あの野郎かあぁぁぁ!

 ふざけた真似しやがって!

 コナンはむかつきながら壁の金属板を睨み上げる。

 高校生の時ならともかく、今のコナンには到底届くことのない高さだ。

 スイッチを押すだけなら簡単だが、指紋を照合させなければ開かないときてる。

 くそっ!

 こうなると・・方法は一つしかない。

 コナンはズボンのベルトのバックルに隠してあったカプセルを手の中に取り出した。

 灰原が白乾児の成分をもとにして作った試作の解毒剤だ。

 少しだけ改良し前より効果が持続するハズだということだが、それでも50時間が限度だという。

 まあ、謎を解くには十分な時間だろう。

 コナンはためらうことなくカプセルを口に含んだ。

 

 

 

 

「お父さん!」

 アリ?と小五郎は目を丸くして蘭を見つめた。

 中森警部も自分たちが出て来た場所が入った場所と同じであることに気付きびっくりする。

「どうなってんだ?我々は先に進んでるつもりが、ぐるっと回ってもとに戻っちまったってのか」

「光は?」

 いっこうに出てくる様子のない相棒に首をかしげた聖児が聞く。

「あ、ああ。途中で床が抜けて下に落ちちまってな」

「落ちた!服部くんも一緒なの、お父さん!?」

 そうだと小五郎は頷く。

「大変じゃないか!すぐに助けにいかないと・・!」

「どうして二人を放ってきたんですか!」

 松永と吉沢が二人を責め立てる。

「大丈夫。彼等に怪我はないし、それに別の抜け道を見つけたようだし」

「でも戻ってきてませんよ!」

「多分、出口は別にあるんだ」

 と中森が答える。

「それで、礼子さんはいたの、おじさん?」

 園子が訊くと小五郎は首を横に振った。

「おかしいじゃないですか。礼子さんがここから入ったんだったら、お二人のように戻ってくる筈でしょう」

「我々が気付かなかった別の道に入る隠し扉があったのかもしれん」

「そんな・・・」

 ふと蘭は、今ここにいない二人のことを思いだした。

 そういえば、コナンくんはここから出ていってどれくらいたつだろう。

 

 

 

 

 ピクリと指を動かし、力が戻ってきていることを確かめてから彼はゆっくりと立ち上がった。

 このまま死んでしまうんじゃないかと思うほどの苦痛は少しも変わらなかった。

 何度やっても慣れるものではない。

 なにしろ細胞レベルでの変化なのだから。

 彼は壁にかかっている白い布を引き剥がしてから、壁の金属板に手の指を押しつけた。

 白い壁が静かに開いていくのを見て歩み寄った快斗は思わず瞳を瞠る。

 壁の向こうから姿を現したのは、つい先ほどまで自分と一緒にいた小さな子供ではなく、自分と同じくらいの背格好の少年だったからだ。

 抜けるような白い身体を白い布で被い、不可思議な蒼い瞳で彼を見つめる綺麗な綺麗な少年。

 その顔は第三者が見れば快斗に瓜二つで双子かと思われるに違いなかった。

 よく見れば雰囲気の違いに気付いてすぐに見分けがつくだろうが。

「これは姫君。再びお目にかかれて光栄至極」

 まるで騎士のようにうやうやしく左手を胸の前に持ってきて腰を屈める快斗に、少年は眉をしかめた。

「こら、誰が姫君だ。いつまでもふざけてんじゃねえよ」

 快斗はニッと笑い、下から見上げるようにして希有なる美しさを持った名探偵〈工藤新一〉を見つめた。

 やっぱりこいつはコナンと工藤新一が同一人物であることに気付いていたのだ。

(油断のならねえ奴・・・・)

 新一は倒れている羽瀬に気付く。

「・・・・どうしたんだ?」

「ああ、こいつね。三雲礼司を追ってた奴。少々ヤバかったんで眠らせた」

 役に立ったよ〜vと差し出された腕時計を新一はバッ!と奪い返す。

「てめえな!人のもんを勝手に盗るんじゃねえよ!」

「だって、自分にとって不利になりそうなら前もって対策をとっておくべきだろ?」

「そう考えるのはテメーが犯罪者だからだろうが」

 新一に睨まれた快斗は、しかし少しもこたえてないように肩をすくめてみせた。

「で?レイジは?」

「いねえよ。あいつはもとからいなかった。あったのは妙な仕掛けだけだ」

「ふうん?もしかして思い出した?」

「・・・今回のゲームの発案者は三雲礼司だったのか」

「そうだよ。八年待ったゲームってわけ。オレたちは、これからレイジが残した謎を解いていきながら最終的にあいつを捕まえなきゃならない」

「オレたち?」

「そう。わかったんだろ?おまえが“ミステリアスブルー”でオレが」

「“白の魔術師”か」

 新一が続けると快斗はくくっと嬉しそうに笑った。

「楽しいゲームだろ?」

「どこが!はた迷惑なだけじゃねえか!それに三雲礼司を追うのはオレたちだけじゃない!」

「ああ、そう・・・こいつらもいるよな」

 快斗は眠っている羽瀬を見下ろす。

「・・・・・こいつが何者か知ってんのかよ?」

「さあ。オレも何度か殺されそうになったけど、どういう組織なんだか今だにわかんねえよな」

「・・・・・・・・」

「だけどオレは引くつもりはない。引いちまったらなんのためにキッドを継いだかわかんねえもんな」

「なんでキッドなんだ?」

「殺されたオレのオヤジがさあ」

 初代怪盗キッド、とサラリと答えられて新一は瞳を丸くする。

「その辺のとこ、ゆっくり話したいんだけどさ、そろそろ動かないと時間ない」

「時間って?」

「どうやらレイジをいぶり出すためにこの館に爆弾仕掛けてくれたみたいなんだよな」

なんだとお!

「リモコン持ってなかったから時限式だとふんで、ありそうな場所探して3つほど止めといたんだけど、まだあるなら時間がさあ」

「何暢気に言ってんだよ!蘭たちがいるんだぞ!爆発までどのくらいだ!」

「セットされてた時間は3つとも同じだったから」

 残り5分くらい、と快斗は答える。

 新一は険しい顔で快斗の胸ぐらをつかんだ。

「オレはこのままじゃ動けねえから2階へ行く!おまえはみんなにこのことを知らせるんだ!」

「了解」

 

 

「なっにぃー!爆弾だとお!」

「うそお〜!」

 快斗から館の中に時限式の爆弾が仕掛けられていると聞いた小五郎たちは驚きの声を上げる。

「くそお!橋を爆破しただけじゃなかったのか!」

「ちっ・・違う!ボクじゃない!」

 え?

 突然わけのわからないことを喚きだしたマネージャーの吉沢に小五郎らはびっくりした。

「誰もあんたがやったなんて・・・・」

「ふ〜ん。橋を壊したのはあなただったんだ」

 快斗が言うと、吉沢は崩れるようにその場に膝をついた。

「すみません・・!今度のドラマの話題造りに丁度いいからと事務所の社長に言われて・・・できるだけ派手な方がアピールになるからって橋に爆弾を・・・・」

「一人遅れた理由は、仕事の話なんかじゃなくて爆弾を仕掛けてたからか」

 最も効果的な時間を選んで、さも被害者になりかけたという顔でここにやってきたというわけだ。

 中森は吉沢の腕を掴んで立ち上がらせた。

「話は署でゆっくり聞こう。今は脱出するのが先決だ」

「ちょっと待って!蘭は!」

 コナンの戻ってくるのが遅いからと心配して二階へ上がっていった蘭が、まだ戻ってきてなかった。

「オレが探してくるからみんなは先に外へ」

 快斗は、自分も一緒に行くという園子をジャックスの一人、聖児の手に渡すとホールを飛び出していった。

 その頃、蘭はまだ二階にいてコナンを探していた。

 部屋に行ってみると、そこにコナンの姿はなく、リュックも置いたままだった。

 一緒にいった筈の黒羽快斗も見えない。

「コナンくん!どこなの!」

 またどこかで危ないことをしてるんじゃないかと蘭は気になった。

 いつも事件が起こると、危険な場所であってもすすんで向かってしまうコナンであることを知っていたから。

 どこかに、橋に爆弾を仕掛けた犯人が潜んでいるかもしれないのに。

 姿を消した羽瀬と礼子。

 何かがこの館で起こっているのだ。

 ふいに誰かが自分を呼んでるような気がして、蘭は丁度いた羽瀬の部屋を横切り窓を開けた。

蘭!

 聖児に肩を抱かれるようにして外にいた園子が、窓から顔を出した蘭に気付いて大声で彼女を呼んだ。

「早くそこから脱出して!」

 園子?

「爆弾よ!爆弾が仕掛けられているの!」

「ええっ!でもコナンくんが・・」

「あの子なら大丈夫!黒羽くんが安全な場所に連れてったって言ってたから!」

「早く来い、蘭!」

 園子と父親の小五郎の声に押され蘭は廊下へ飛び出した。

 しかし、蘭が階段に向かいかけたその時、足下を揺るがすような爆音が轟いた。

「きゃあッ!」

 大きく揺れてよろめいた蘭は足がもつれ、衝撃でヒビが入った手すりと共に下へ転落しかけた。

 掴む所もなく、まっさかさまに落ちていこうとした蘭の手を、誰かの手がガッチリ掴む。

 え?

 蘭はまさか、と信じられない思いで瞳を見開いた。

 彼がこんな所にいる筈はない・・・

 だったら・・・黒羽くん?

「大丈夫か、蘭!しっかりしろ!」

「新一?新一なの?」

「オレじゃなきゃ誰だってんだよ」

「新一・・!」

 新一は蘭の身体を引っ張り上げる。

「怪我はねえか、蘭?」

 新一・・・・

 蘭は、思わずすがりつくように新一の濃紺の綿シャツを握りしめた。

「いったいどこに行ってたのよ!いつもいつも急に現れたかと思うと、すぐにいなくなっちゃうんだから!」

「わりぃな、蘭。けど、今はまだ、オメーとずっと一緒にいるわけにはいかねえんだ」

 やっぱり・・・と蘭は潤んだ瞳で新一を見つめる。

「やっぱり何か大変な事件にかかわっているのね!どうして!」

 どうしてよ!?

 新一はまだ高校生なのに、どうしてそんな事件に関わらなくちゃならないの!

「ゴメン・・・いつか、わけを話せる時がくるからさ」

 きっと、その時は笑っておまえに話せると思うから。

 新一は蘭を一度強く抱きしめてから、彼女を支えるようにして立ち上がった。

「行くぞ、蘭」

 うん、と蘭は新一の顔を見つめ頷いた。

 

 

 

「らぁ〜ん!」

 爆発が起こって青ざめた園子だが、火の手が上がった館から蘭が出てくるのを見てホッと息を吐き出した。

「蘭!黒羽くん!無事で良かったあ!」

「ごめんね、園子。心配かけちゃって」

「ほんとに心配したぞ、蘭」

 小五郎は安堵の吐息をついて、ふと娘の蘭の傍らに立つ少年を見、首を傾げる。

 服装がさっきと違っている。

 それになんか雰囲気が・・・

「ご無沙汰してます、おじさん」

 小五郎は驚いて声を上げた。

「おまえ、新一か!」

「ええーっ!」

 工藤新一?

 あの名探偵と呼ばれている?

 その場にいた松永や聖児もびっくりしたように新一を見つめた。

 確かに黒羽快斗という少年と顔立ちがよく似ている。

 だが、全体から感じられる雰囲気がまるで違っていた。

 黒羽快斗が明るく輝く陽の光なら、この工藤新一は青白く輝く月の光といった印象だ。

「なんで、お前がこんな所にいるんだっ!」

「オレも今回のゲームには、ちょっとした関わりがあるもので」

「何?では、おまえも怪盗キッドを追ってきたのか!」

 いいえ、と新一は中森の方を向いて首を振った。

「怪盗キッドもゲームの駒の一つですよ。オレが追わなければならないのは別の人間・・・」

「怪盗キッドがゲームの駒だとお!」

 中森警部は新一の言葉に、信じられないという顔になった。

 

 

 

 くそっ!

 爆発する館からかろうじて脱出した羽瀬は悔しげに舌打ちした。

 あんな子供にしてやられるとは!

 こんなことが仲間に知れたら笑い者になるだけではすまない。

「おやおや、まだこんな所にいたのですか。諦めの悪い方ですね」

「・・・・・っ!」

 羽瀬の目の前に、まるで白い鳥が舞い降りてきたかのように白ずくめの人物が現れた。

「怪盗キッド!」

 羽瀬はキッドに銃を向ける。

「・・・・・・(おや?)」

 地下室で銃はちゃんと取り上げておいたのだが、どうやらまだどこかに隠して持っていたらしい。

 さすがは組織に属する人間だけはある・・てか。

 銃を向けられながら、キッドは苦笑いを漏らす。

「・・・何がおかしい?」

 いえ別に、とキッドは答える。

「やはり、三雲礼司とおまえは組んでたってわけだな」

「そうなるでしょうか。私も三雲礼司もあなた方のことはうっとうしくて排除したいということでは意見が一致していましたからね」

「排除だと?そんなことがおまえ達にできると本気で思っているのか。我々を舐めるのもたいがいにするんだな、怪盗キッド!」

「舐めているのはそちらでしょう。今だに私や三雲礼司を始末することも捕らえることもできないでいるのですからね」

「おまえは今この場で始末してやるさ。三雲礼司も、どうせこの近くに隠れているだろうから、すぐに捕まえる」

「・・・・・」

 キッドが見つめる中、突然銃を向けていた羽瀬が頭から血しぶきを上げて倒れた。

 なっ・・!

 キッドは、バッ!と白いマントを翻すと、ある一点をにらみつける。

 羽瀬が撃たれた位置から即座に割り出した狙撃地点だった。

 だが、キッドの立つ位置からはさすがに狙撃者の姿を捕らえることはできなかった。

 その反対に、羽瀬を狙撃した男は、戸惑うことなく正確に己のいる位置を睨んできたキッドの顔をハッキリ捉えていた。

 ほおう、と煙草を口にくわえていた男の唇が、楽しげに歪んだ。

 

 

 

 

「早く車に乗って」

 新一は松永の乗ってきた四輪駆動車に乗り込むよう彼等に指示する。

 定員オーバーはこの際無視だ。

「おい!おまえが運転シートに座ってどうする!無免許だろうが!」

 小五郎は喚きながら助手席側のドアを開ける。

「非常事態ということで目をつぶって下さい」

「なんだとお!」

 しかし、車の持ち主である松永は何も言わずに後部へ乗り込んだ。

 あろうことか、警察官である中森までがおとなしく車に乗ったので小五郎はそれ以上のことは言えなかった。

「お父さん、新一にまかせて!お願い!」

 ええい、くそ!と小五郎はそのまま助手席に乗り込む。

 後部座席には蘭と園子、牧野夫人、それにそう場所をとらない体格の聖児が詰めて座り、荷物を積んでいた場所には松永と中森、吉沢の大人三人が座った。

 新一はエンジンをかけると車を走らせた。

「おい、どうするんだ?橋は壊れて渡れねえぞ!」

 新一は薄く笑っただけで答えない。

 まさか・・・・

 小五郎の喉がゴクリと鳴る。

「本気かおまえーっ!」

 青ざめて喚く小五郎を無視し、新一は後部にいる彼等に頭を下げてしっかり捕まっているように言った。

 夜が明けて明るくなった目の前に、途中で切れている橋が見えてくる。

(うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!)

 小五郎は恐怖のあまり声も出せず乾いた悲鳴を上げ続けた。

 蘭たちは頭を下げ、身体を丸くして衝撃に備える。

 車は勢いよく宙を飛び、一直線に向う側へと着地した。

(ス・・スゲエ・・・・)

 聖児は無事に橋を飛び越えた車の中で思わず感嘆の声を漏らす。

 もしここに光がいれば、どんなに歓声を上げたことか。

「そ、そうだ!光は・・!」

「大丈夫。彼には服部がついてる。あいつなら間違いないから安心していい」

 聖児はそう答える新一を呆然と見つめた。

「すみません、運転を代わって下さい」 

 新一は後部の松永に頼むと、自分はドアを開けて外へ出た。

「新一!」

「悪いな、蘭。話はまた今度だ。そうそう、コナンは黒羽と一緒にいるから心配ないよ」

「おい待て、新一!歩いていける道があるのに、なんでわざわざこんな危険な方法をとりやがったんだ!うまくいったから良かったものの、失敗したら全員お陀仏だったんだぞ!」

「奴らが絡んでいてはそっちの方が危険なんですよ」

 それに、あの距離なら飛び越えられる自信があったと新一は小五郎にいった。

「奴らだあ?まさか、爆弾をしかけた奴のことを言ってんのか?おまえ、いったい何を知ってんだ!」

「・・・・・・行って下さい」

 黙っていた中森までが、気にくわないという顔でにらんできたので、新一は早々に運転席にいる松永を促す。

 車が橋の向こうへと走り去るのを見送ると、新一は静かに向きを変えた。

 橋の向こう側にはいつのまに来たのか、白いシルクハットを被った怪盗が立っていた。

 キッドは新一に向けてロープを投げる。

 新一はそのロープの端を受け止めると、自分の身体に回し外れないようにきつく結ぶと橋の上から飛び降りた。

 キッドの側にあるロープは橋の手摺り部分にきつく縛り付けてあった。

 ロープにぶら下がった新一は、腕の力で上にのぼっていった。

 キッドもそれを助けるようにロープを手繰り寄せる。

「ごくろうさん」

 キッドは上にあがってきた新一に向けニッコリ笑う。。

「服部を見たか?」

「西の探偵?いや、まだ見ねえな」

「・・・・・・そうか」

「心配ないだろ。簡単にへこたれるような可愛い玉じゃなし」

 新一は、そう言って館の方を見つめるキッドの横顔に眉をひそめた。

 ポーカーフェイスにかわりはないが、何故か新一は不安な何かをその白い横顔に感じる。

「何かあったのか?」

 どうして?とキッドは新一に問い返す。

「・・・・・・・」

 何かがあったとしても、新一に直接関わることでなければこいつは何も答えないに違いないと、自分に似たその顔を見て彼は思う。

 キッドはニッと唇に不敵な笑みを刻むと、新一に手を差しのばした。

「さて、行こうぜ。レイジの奴をとっ捕まえに」

 ああ、と新一は差し出されたその手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 

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