蒼の館へ行く前に相談したいことがあると礼子から電話を受けた小五郎は、すぐにタクシーを拾って指定されたビルへ向かった。

 丁度学校から戻ってきた蘭とコナンも一緒だ。

「なんでおまえらもついてくんだ?」

 せっかく彼女と二人っきりで話をするつもりだった小五郎は、当然お邪魔な二人の存在が気に入らなかった。

「いいでしょ、別に。それとも、わたし達が一緒だとマズイわけでもあるわけ?」

「そ、そんなもんあるわきゃねえだろが!」

「・・・・」

 おっちゃん、それってバレバレだっつーの。

「だったらいいじゃない。それに、たまには外で食事したいわよねえ、コナンくん」

 うん!とコナンは蘭に向けて大きく頷いた。

 しょうがねえな、と小五郎は小さく舌打ちする。

 まだ高校生の蘭に家事全部をまかせているという負い目がある小五郎は、そう言われると何も言えないのだ。

 礼子が待ち合わせに指定したビルは、一階にイタリア料理店と喫茶店が入り、二階以上には事務所と貸しホールが入っていた。

 タクシーを降りた三人を待っていたのは、野球帽を被った西の高校生探偵、服部平次だった。

「なんだ、おまえ。まだいたのか?」

 小五郎はさらに邪魔者が増えたというように渋い顔で平次を睨む。

「当たり前やん、おっさん。一応、府警本部長であるオヤジに彼女のこと頼まれとんのやから。なんもなかったんならともかく、キッドが現れ、意味ありげな予告を残されちゃ帰れるわけあらへんわ」

「ガキのくせして、ボディガードのつもりかよ」

 ますます面白くない。

「おっさんがボディガードをやりたいんやったら構へんで。できたらおっさんに頼みたい言うてたしな」

「礼子さんがっv」

 平次の言葉に渋い表情を一変させた小五郎は、目にハートマークをとばしながら脱兎のごとくビルの中へ飛び込んでいった。

「ちょっと、お父さん!恥ずかしいことはやめてよね!」

 慌てた蘭が小言を言いながら小五郎の後を追っていった。

 全く・・・相手が美人だとすぐ調子にのるんだから。

 おい、とコナンは平次の袖を引っ張った。

「いいのかよ?おっちゃんに彼女のことまかせて」

 もし本当にあの組織がかかわっているとしたら、今回の件はかなりヤバイ事件に成りうるかもしれないのだ。

「しゃあないやろ。そう言われてもうたんやから」

 ホントに?とコナンは首を傾げる。

「やっぱりオレみたいなガキより、有名な探偵の方が頼りになる思たんとちゃうかあ?キッドが現れてから彼女、えろうオレのこと気にしてくれてたし」

「え?」

「オレは探偵やねんから気にせんでもええて言うたんやけど、彼女、高校生を危ない目にあわせられん言うて」

 成る程、とコナンは納得できたというように頷いた。

 双子の兄の突然の失踪と、正体の見えない組織の存在に加え、怪盗キッドまでかかわってくれば、そりゃあ彼女の心配も無理ないかもしれない。

 いくら探偵として多くの事件に関わってきたといっても、結局は高校生・・・

 彼女にとって服部は、まだ親の保護下にある少年でしかないのだから。

「おまえにいたっては“小学生”やもんな」

 からかうような平次の顔に向け、うるせえよとコナンは睨み付ける。

 それに対して平次は肩をすくめて笑った。

「ま、そう言われてもお役御免ってわけでもあらへんし、途中で投げ出す気もあらへんけどな」

「じゃ、やっぱりおまえも行くのかよ、蒼の館?」

「決まってるやろ。こんな謎が一杯の事件、かかわらへんなんてもったいないやん」

「おまえなあ・・・」

「不謹慎とかは言われへんやろ。おまえかて気になっとる筈や。妙な男たちのことも、キッドのこともな」

「まあ・・な」

 確かに否定はできない。

 ずっと気になっている。

 キッドが口にしたあの“ミステリアスブルー”というのも。

 何故か引っかかる・・・・・

待ちなさ〜い!

 突然聞こえてきた少女の大声に、コナンと平次は何だぁ?と振り返る。

 見ると、高校生らしい髪の長い少女が、逃げ出そうとしている少年の襟首を掴んで引き戻そうとしている所だった。

男らしくないわよ快斗!ここまできてやめるなんて絶対に言わせないんだからあ!

 少年はそれに対して何か言い返しているようだったが、どうも少女の方は聞く耳をもたない様子だ。

 どちらも背を向けているのでコナンたちには二人の顔はわからなかったが、何故か他人事と思えない気分になってしまったのは、彼等を自分たちと重ねたせいかもしれない。

「快斗なら絶対に大丈夫だって!ハワイよハワイ!ファイトよおぉぉぉっ!」

「・・・・・・」

 少女はとにかく呆気にとられるくらい元気いっぱいだ。

 反対に少年の方はかなり暗い雰囲気である。

「なんやろな、いったい?」

「知るか」

 コナンはツンと彼等から視線を外すと、さっさとビルの中へ入っていった。

 

 コナン達がビルに入った後も、高校生二人の言い合いは続いていた。

 そして彼等より先に入った小五郎も、ロビーで蘭の小言をくらいむっつりと立っていた。

 こっちや、と平次が彼等をイタリア料理店へうながす。

「二時に予約してんのやけど」

「山根さまですね。どうぞ」

 従業員が平次たちを店の奥の予約席へと案内した。

「礼子さん、ちょー人と会う約束があって遅れてくる言うから先に食事すませとくか?」

 おい!と小五郎が反対の席についた平次を睨む。

「ああ心配いらんで、おっさん。ここの払いは三雲家の弁護士さんがしてくれるそうやから。遠慮のう食べてや」

 えっらそうに!と小五郎はフンと鼻を鳴らす。

「どうして弁護士さんが?」

「依頼料の一部やろ」

「依頼って?」

 コナンが訊く。

「そりゃ決まってるやろ。いくら礼子さんが山根家の養女でも三雲家の当主の実の妹なんやで。なんかあったら大変やから、おっさんを雇おうっちゅうことや。ま、断ってもここの支払いをせえとは言わんと思うけど」

「断るわけねえだろが!」

「ほうかあ。ほな、気にせず食べよか」

 平次はニコニコ笑いながらさっさとテーブルの上に並べられた料理に手を伸ばした。

「一杯食べろや、ぼうず」

「うん!」

 平次に向けて大きくうなずいてみせたものの、内心では大きな溜息をついたコナンだった。

 ごまかしのうまい奴とは思っていたが、ここまできたら殆ど詐欺じゃねえか。

「ええやろ。このおっさんが動いてくれなきゃ、おまえ事件に参加でけへんのやから」

「わかってるって。だから、おまえの手持ちの資料は全部見せろよな」

「へ〜へ。共同戦線張るんやから隠し事なしや」

 こそこそと何か小声で言い合っているコナンと平次に、蘭が何?と首を傾げる。

「あ・・いや、このぼうず。イタリア料理初めてやって言うから、苦手なもんあるか聞いてたんや」

「あれ?そうだったっけ?」

「ピザやスパゲティは知ってるよ、蘭ねーちゃん」

「そうね。でもイタリアの本格料理っていうのはわたしも初めてかな」

 4人はまず食べようということで意見が一致した。

 そして料理を食べ終え4人とも満足した顔でデザートをつついている時、山根礼子が一人の男と一緒に店に入ってきた。

「遅くなってすみません。お食事すまれました?」

「はい。とっても美味しかったです」

 蘭が答えると、それは良かったと彼女は微笑んだ。

「貴方が名探偵の毛利小五郎さんですか」

 礼子と一緒に現れた男は、興味深そうに小五郎を見る。

 あなたは?と小五郎が尋ねると、男はすぐに名刺を差し出した。

「松永周峰(しゅうほう)と言います」

「えっ!松永さんって・・あのカメラマンの松永さんですか?」

「なんだ蘭。知ってんのか」

「やだ!お父さんも持ってるじゃない!」

「え?」

「ほら、この間出た沖野ヨーコさんの写真集よ。お父さん、予約して買ったでしょ?

 その写真を撮ったのが松永さんよ!」

 小五郎はさらに、え?という顔になる。

 コナンは苦笑した。

(無理だって。おっちゃんがカメラマンの名前まで見てるわけねえだろ)

 それにしても、結構若かったんだなとコナンは席についた松永周峰を見て思った。多分30代でも前半だ。

 コナンも名前だけは知っていた。

 とにかく芸術と呼べるくらい美しく撮るというので、今人気NO1の売れっ子カメラマンだ。

 しかし、当人は自分が撮りたいと思える被写体しか興味がないらしく、その気がなければどんなに金をつまれても承諾しないという。

 ま、彼くらいの実力があればそれでも仕事がなくなるようなことはないだろうが。

「実は、彼も三雲の血を引いているんです」

 ええっ?と小五郎たちはびっくりして礼子と松永を見た。

「俺の祖母が三雲家の人間だったそうですよ。なんか親の反対を受けて男と駆け落ちしたんで、三雲家とは完全に縁がきれたみたいですが。実際、俺の両親もそのことを知らなかったし」

「兄の行方がわからなくなってから、祖父の代より三雲家の弁護士をしてくれている矢部さんが血縁者を探したそうなんです。曾祖父は天涯孤独だったらしく、身内が全くいなくて、生まれた子供は姉弟の二人だけ。姉というのが松永さんのお祖母さまで、弟が祖父でした。で、祖父の子は父だけでしたので三雲家の血を引いているのは兄とわたし、そして松永さんの3人だけなんです」

「松永さんにはご兄弟はおられないんですか?」

「弟が二人いますよ。腹違いですけど。実の母は俺が小学校に上がる前に事故で亡くなり、その後父が再婚したんです。祖母の血を引いていたのは母なんで、弟たちは三雲家との繋がりはありません」

「それじゃ、もし礼子さんのお兄さんが見つからなければ、あなたが次の当主ということですか」

「それは、ミステリアスブルーの謎を解ければのことですけどね」

「ミステリアスブルー?」

「それって、怪盗キッドが言ってたやつでしょ?謎を解く鍵になるものだって」

 コナンがそう言うと、松永はああとうなずいた。

「なんなんや?その“ミステリアスブルー”って」

「さあ・・兄が残した遺言状には何も書いてありませんでしたから。ただ、その謎を解いた者には三雲家の財産と永遠が与えられると」

 永遠?

「ま、それを知りたければ蒼の館へ行ってみるしかないというわけですが」

「松永さんも行かれるんですか?」

「勿論。あの館は今回受けた仕事をするには最高のロケ地ですからね」

「えっ!それって、もしかしてジャックスの?」

 思わず身を乗り出す蘭にコナンは顔をしかめた。

 ジャックスだあ?

 確か、この前園子と二人で騒いでた時に出た名前だったよなとコナンは思い出す。最近人気の出たアイドル系の美少年二人組だ。

 まさか、そんなのを撮るのかよ?天下の松永周峰が?

「ねえ、松永さんって女の人専門じゃなかったの?」

 彼の作品はどれも話題になっているが、確かどれも女性の写真ばかりだった筈だ。

「無名時代に世話になった人の頼みだから断れなくてね。それに、俺は別に被写体を女性に限定してるわけじゃない。ただ、仕事じゃなきゃ、あっち系は撮ることはないだろうがね」

「あんまし気乗りせん仕事なんか?」

 いやいや、と松永は首を振ると平次ぎを見てニッコリと笑った。

「受けた仕事に気乗りするしないはないよ。それに、ちゃんと自分の楽しみは用意してあるからね。それより・・ちょっと立ってみてくれないかな」

「え?オレですか?」

 平次は言われた通りに立ち上がる。

「横を向いてみて」

 はあ?と平次は訳がわからないまま横を向く。

「なんかスポーツをやってる?」

「?・・・剣道をやってますけど?」

 そりゃいい、と松永は満足そうに微笑んだ。

「何がです?」

「君の名前は?」

「え、服部平次いいます」

「服部君か。君、モデルをやる気ない?」

 はあああああ

 

 

 

 小五郎が運転する車は一路“蒼の館”と呼ばれる三雲家の双子の母親の生家へと向かっていた。

 運転する小五郎の隣には案内役の平次が座り、後部座席には蘭と園子、そして渋い顔のコナンが座っている。

 なんでこいつまで来んだよ・・・・

 こんなうるさい女が一緒だと面倒なだけじゃねえか。

 女同士のおしゃべりをずっと聞かされ続けているコナンは少々うんざり気味だ。

 車の中では逃げ場はないし、目的地に着くまでこれかと思うと溜息が出る。

「あ、こやつ、いっちょまえに溜息なんかついちゃって〜何?そんなに退屈?」

 ちょっとね、とコナンは首をすくめる。

「もう少しだから我慢してね、コナンくん」

「うん」

 コナンは蘭に向け笑顔でうなずくと、通り過ぎていく景色をぼんやりと見つめた。

 ここらへんは別荘地なのか、建物はまばらで木が多くのどかな景色が続いている。

(三雲礼司・・か)

 

 知ってるわよ、と灰原哀はあっさりうなずいた。

「まさかこんなに早く彼の名前を耳にするとは思わなかったけど」

 それも、あなたの口から。

「やっぱり組織に関係のある人間だったのか?」

「いいえ。彼はまだ組織には入ってない筈よ。彼は組織が最も必要とする頭脳だったんだけど、拉致する前に姿を消したの。実はわたし、三雲礼司のことを調べるために彼がいたアメリカの大学に入ったのよ。研究室にはまだ彼の研究データが消されずに残っていたわ。彼にとって、残しておいてもそうたいしたものではなかったんでしょうね。でも、わたしには驚くようなものだったわ」

「・・・・・」

「アポトキシン4869・・・あの薬は彼が残したデータを参考に作ったものなのよ」

「なんだって!」

「だから・・・わたし達の身体を本当に戻すことができるとしたら、彼、三雲礼司かもしれないわ」

 

 

(どんな奴なんだろう?)

 天才と呼ばれる優れた頭脳の持ち主だというのはわかるが、どうも彼に関するデータが少なすぎて人物像がはっきりと浮かんでこない。

 第一、何故キッドまで絡んでくる?

「なあに?今度はむつかしい顔しちゃってえ」

 園子は蘭の隣に座るコナンの頬を指先でつんつんとつつき回す。

「しょうがない。あたしが暇つぶしの相手をしてやるか」

「い、いいよ園子ねーちゃん。ボク、平気だから。それよりねえ・・・松永さんが言ってたモデルってどういうことかなあ」

 こうなったら話題を変えて園子の関心を自分からそらすしかなかった。

 いきなり話題の矛先が自分に向いたので平次がゲッとなるのがわかったが、そんなのはとりあえず無視を決め込んだ。

「ああ、松永さんが服部くんにモデルをしないかと言ったことね」

「それって、あれじゃない?ジャックスを特集してた雑誌に載ってたやつ」

「え?なんかあったっけ?」

「やだあ、見てないの蘭!ほら、発行十周年を記念して表紙のモデルを募集してたじゃない!それも、推薦者付きでないと駄目だっていうの。確か、選ばれると推薦者と二人でハワイに行けるってことだったわよね」

 ハワイ?

 コナンと平次は松永と会った日に見た少年と少女のことを同時に思い出した。

 そういえば、少女の方がハワイがどうとか言ってたような・・・

「松永さんも審査員の一人だったんじゃないかな」

 園子の言葉に二人は成る程なと思った。

 つまり、あの時の少年がかなり抵抗していたことからすると、少女が勝手に申し込んだって所だろう。

「じゃあ、平次兄ちゃんがそのモデルになるわけ?でもオーデションがあったんでしょ?」

「いい男がいなかったんじゃないの〜?」

「で、こいつかあ?どういう基準なんだ」

「どういう意味や、おっさん。オレが写真のモデルやるんは変や言うんか」

 平次が太い眉をしかめ、ジトっと運転席の小五郎を睨む。

「いいじゃない。服部くん、格好いいもの」

 おおきに、と平次は後ろの少女たちにニッコリと笑いかける。

 確かに顔立ちは男らしく整っているし、人好きのする笑顔は魅力的で十分人の目を引く。

 モデルにスカウトされても不思議ではないだろう。

「けどオレ、モデルやるつもりあらへんから」

「え〜!断っちゃうの!なんでえ?」

「オレは探偵やからな。そんなんで顔売りたないんや。ガラでもないしな・・・あ、おっさん、そこ右や」

 平次が手元の地図を見て小五郎に道を指示する。

 いつのまにか、まわりに家がなくなり、深い森の中にでも紛れ込んだような背の高い木しか見えなくなっていた。

「おい・・ホントにこれであってんのかよ?間違えてねえだろな?」

 小五郎がそう不安そうな声で訊く。

「心配いらんて。地図通りや」

「でも、なんか地図にも載ってないような所って感じがするね。舗装もされてないし」

 コナンがそう言うと、二人の少女は不安そうに互いの顔を見合わせた。

「こらこら。不安を煽りなや。地図に載ってなくたって方向は合ってんのやから。それにこの先には蒼の館しかあらへんって話やし」

「ねえ蘭・・・なんかブレアウイッチって映画思い出さない?」

「やだ・・!怖いこと言わないでよ園子!」

 あのなあ、と平次は困ったように眉をひそめる。

「おっ、見えてきたぞ。あれじゃないか?」

 小五郎が言うと少女たちは、どこ?と身を乗り出して前を見つめた。

 彼等の視線の先に、蒼い屋根の大きな洋館が見えてきた。

 まわりを囲む門はないが、そのかわり生い茂る背の高い木々が囲いの役目を果たしている。

 館の壁は深い海のような濃い藍色で、屋根はそれより少し薄い青色だった。

 まさしく“蒼の館”だ。

「な〜んか、この館の造りって“シャイニング”か“ヘルハウス”を連想するわね」

「ねーちゃん、ホラー映画好きなんか?」

 少し呆れたように平次が言うと、

「あら、女の子って結構好きなんじゃないの?」

 と、園子は答える。

「そうそう。怖いもの見たさって感じなのよねえ」

「・・・蘭ねーちゃんも好きなんだ、ホラー映画」

 視線を流しながらコナンが言う。

 新一だった時、一緒に映画へ行くことはよくあったが、ホラー映画は一度もなかった筈だ。

 ってことは、園子と見に行ってたってことかあ?

「女って、キャアキャア騒ぐわりには血がドバーッと出ててもわりと平気なんやな。オレは映画でもそういうのんは全然駄目やねんけど」

「へえ、そう?」

 コナンは平次の顔を上目使いで見ながら首をすくめた。

 ま、わかる気もするが。

 5人がそれぞれ荷物を持って車から降りると、蒼い館の中から年配の女性が出迎えた。

 礼子の母親が出ていくまで住み込みの家政婦をしていたという女性で、今は息子夫婦と一緒に町に住んでいるということだった。

 今回、礼子に頼まれ掃除と食事の世話にきたのだという。

「本当に遠い所からお疲れさまでした。ここまで来るのは大変でしたでしょう?先ほど礼子お嬢さまから、こちらに着くのは夕方になると連絡がありました」

「あ、そうなんスか」

 小五郎はちょっとガッカリした顔になった。

「松永さんはもう来られてるんですか?」

「いえ。まだお見えになっておられません」

 な〜んだ、と園子は溜息をつく。

 ハ・・・おめえの目的はやっぱそれだけだよなあ・・・・・

 コナン達が館へ入ろうとしたその時、こちらへ向かってくる車のエンジン音が耳に入った。

「えvもしかしてvv」

 振り返った園子の頭上には既にハートマークが飛んでいる。

 館まで続く細い地道を走ってきたのは、ダークグリーンの四輪駆動車。

 そして、園子が待ちこがれた松永の車だった。

「やあ、毛利さん。無事にこられたようですね」

 松永がニコヤカな笑みを浮かべながら顔を出すと、後部のドアが開いて二人の少年が降りてきた。

 一人は金色に、もう一人は薄茶に髪を染めていて、どちらもロゴ入りの黒いシャツに迷彩柄のジャケットを羽織っていた。

 年頃は平次と同じくらいだろう。

 身長も同じくらいだが、確実に体重は向こうの方が軽いとわかる細さだ。

 顔立ちはまあまあ、女の子に好まれるくらいは整っている。

(ま、工藤みたいなタイプの美形は芸能界にはおらんもんな)

 キャアアアアアアア

 二人の姿を見た途端、園子が歓喜の声を上げた。

 目もキラキラだ。

「嘘!嘘!本当にジャックスよお〜!」

 嘘ってなんだ?

 来ることがわかっててついて来たんじゃねえのかよ?

「・・・・・」

 そっと盗み見た幼なじみも、嬉しそうな顔で二人のアイドルを見つめていることにコナンはガックリ肩を落とした。

 おいおい・・・蘭もやっぱりアイドルが好きなんかよぉ。

「へえ〜、ホントに“蒼の館”なんだあ」

 ジャックスの一人が目の前の館を見て口笛を吹くと、もう一人が蘭と園子に向けて、やあと笑いかけた。

 当然ながら、園子はもう涙を流さんばかりの喜びようだ。

(アレ?)

 コナンは、松永が運転してきた車の助手席からもう一人降りてきたのに気づいて瞳を瞬かせた。

 平次も予想してなかったのか、コナンと同じように意外そうな顔を向ける。

 それは平次たちやジャックスの二人と同じくらいの少年だった。

 濃紺のブルゾンにカーキ色のジーパン。

 ごく普通の高校生に見えたが、驚いたのはその少年の顔立ちだった。

 うそっ!

 その少年を見た蘭は大きく瞳を瞠り、平次もポカンと口を開ける。

 く、工藤?

 最後に車から降りてきた少年は工藤新一にそっくりだったのだ。

 コナンも、大きめのデイバックを左肩にかけてこちらへ歩いてくる少年をみて思わず眉をひそめた。

 工藤新一本人であるコナンの場合、蘭や平次とは驚き方が少し違っている。

 自分に似ているとは思えるものの、そっくりだとまでは感じない。

 あくまで別人という意識が働くせいかもしれないが。

 だが、新一をよく知る者にとっては、まさに本人かと疑ってしまうほどの驚きがあった。

 

 黒羽快斗。

 それが松永の連れてきた少年の名前だった。

 じっくりと眺めて見ても、顔立ちは新一と双子のように酷似していた。

 違う点を上げるとしたら髪型くらいだろうか。

 新一のまっすぐに整った綺麗な黒髪に対し、黒羽快斗の方はいささか癖のある猫っ毛でふわふわした感じだった。

 初めて声を聞いた時もそっくりだったので驚かされた。

 コナンだけはちょっとわからなかったが。

 他人の耳に入ってくる声と、自分の耳に入ってくる声は元来違うものだから。

 蒼の館に着いてすぐに松永は、夕日を狙いたいからとジャックスの二人を連れて森の中へ入っていった。

 森の奥に小さな湖があるのだという。

 当然ながら園子は蘭を引っ張って彼等の後を追っていった。

 館に残ったのは小五郎とコナン、平次と快斗の4人だけだった。

 小五郎は長時間の運転で疲れたのか、いつのまにかソファの上で寝てしまい、結局子供3人が顔をつきあわせての談話となった。

 手伝いの女性(牧野さんという)が3人に紅茶のおかわりとクッキーを持ってきてくれた。

「カイトって名、どっかで聞いたことある思たら、この前やたら元気のええ彼女に引っ張られてたんは自分ちゃう?」

「ああ、それってオーディションの時のことか」

 やなとこ見られてんだ、と快斗は短く舌打ちした。

(・・・・・ふ〜ん)

 こうして会話してみると仕草や雰囲気、表情などが工藤新一とは違っているのがよくわかった。

 当たり前だ。

 いくら顔や声が似ていても別人なのだから。

 じーっと見つめてくる平次に、快斗は何?と首を傾げた。

「なんかオレの顔気になる?」

「あ、わりぃ・・おまえの顔、知ってる奴によう似とるもんやから」

「ふ・・ん。それって工藤新一?」

「なんや、知っとんのか」

「当たり前だろ。オレ、米花町の隣町に住んでんだぜ。工藤新一がマスコミに騒がれだしてから、よく間違われて声かけられてんだよな」

「ああ、そうやな。オレでも一瞬工藤かと思ったくらいやから、新聞でしか知らん奴やったら間違うのも無理ないわ」

「オレ、まだ本人に会ったことねえんだけどさあ、そんなに似てる?」

「ああ、よう似とるで。でもまあ、世の中には自分に似た顔が3つあるいうしな。オレの身近にも工藤に似た奴がおるし」

 つまり、おまえにも似とるっちゅうことやな、と平次が快斗に言う。

 初耳だったコナンは、え?と持っていたカップを置いて平次の方に顔を向けた。

「オレとおんなじ剣道をやってる奴やねん。そいつ京都の学校やねんけど、似てるんは顔だけで、性格や印象はまるでちゃうからそんなにソックリいうほどやないねんけど」

 どっちかといえば、快斗の方が新一とよく似ているかもしれない。

 へえ〜と快斗は平次の話に瞳を丸くした。

「でも、似た奴がおる言うてもそう会えるもんやないやろ?オレなんか一度も会ったことあらへんし。なのに、こうして会えるっちゅうのんも、なんやおかしなもんやな。だいたい工藤みたいな顔の奴はめったにおらん思とったのに、こうポンポン出てくるとありがたみ(?)が薄ぅなるいうか・・」

 なんだよ、それ?

失礼な奴だな!

 コナンと快斗の声が見事にハモり、二人は、ん?と互いの顔を見合わせる。

「あれ?そういやおまえ・・・」

 快斗が今気が付いたというようにコナンの方に顔を寄せた。

 じっと見つめられたコナンは、何?とたじろぐが、それでも目を逸らさずにいると、今度はいきなり相手が手を伸ばしてきた。

 ハッとして避けようとしたコナンだが、快斗の手はあっさりとコナンの眼鏡を取り上げた。

「あ、やっぱ思った通り!おまえ、オレのガキの頃にソックリじゃんv」

 コナンはギョッとなった。

 そりゃあ、コナンは工藤新一なのだから似ていてもなんら不思議のない話であるが。しかし、それは誰にも言えない秘密事だ。

「なに?おまえって、もしかして工藤新一の身内?」

「あ・・ああ、そうなんや。だから、こいつも結構鋭い推理しよるから工藤のかわりに連れてきたんや」

「推理って?なんかあんの?」

 マズッタ!

 コナンがじろりと冷たい瞳を平次に向ける。

「い、いや、ちょっとな・・・おまえ聞いてへんのか?」

 別に、と快斗は首をすくめる。

「あ、そういやおまえオーディション受けたんか?」

 すかさず平次は話題をすり替える。

「受けてねえよ。その前にあの人に捕まったから」

「あの人って、松永さん?」

 快斗はコクッとうなずく。

「あの人、来年ニューヨークで個展開くらしいんだ。で、そのためのモデルをずっと探してたってわけ。だから、さして興味のないアイドル雑誌の表紙のオーディションにも顔を出してたんだよ」

「で、結局おまえがスカウトされたってえわけなんか」

「なんかイメージがあってたらしいぜ、オレ。でも服部っていったっけ?おまえも、あの人に誘われたクチだろ?」

「ま・・な。ここへ来たってことは受けたんか?」

 ん、まあね、と快斗は頭の後ろを抱えるように右手を回し俯いた。

「雑誌の方はさあ、勝手に申し込まれたんだよなあ」

「あの時一緒にいた女の子か」

「そ。オレの幼馴染み。ハワイに目が眩んじゃってさ。オレに黙って写真まで入れて申し込んでやんの。おまけに写真審査が通ったとかで無理矢理引っ張っていかれるしさあ」

 ホントまいったぜ・・・と快斗は深々と溜息をついた。

「おまえも幼馴染みには頭上がらんって感じやな」

 快斗に親近感を覚えた平次がそう言って笑うと、ん?という視線が返った。

「も、ってことはおまえにもいるってわけか」

 頭の上がらない幼馴染みが。

 快斗の口元がニンマリと笑う。

 そうすると、快斗は人好きのする懐っこい印象になる。

 多分、学校でも友達の多い人気者だろう。

「なあ、結局オーディション受けんかったんやろ?むくれたんやないか、彼女」

「いや、喜んでるぜ。なにしろ、モデル料は2家族がハワイに行ってもまだお釣りがくるからさあ」

「えーッ!ホンマかあ!」

 ホンマvと快斗はコクコクとうなずいた。

「おまえ、誘われたのに聞いてなかったの?」

「そんなん聞いてへんわ!」

 つまり100万以上はあるってことか?

「モデルって、そないに儲かるもんなんか」

「探偵よりは儲かるんじゃないの?」

 快斗はそう言うと、ソファの上で大鼾をかいている小五郎にチラッと視線を流した。

 かもな、とコナンもそれには思わずうなずきかけた。

 

 

「来て良かった〜!こんなに近くでジャックスを見られるなんて、もうサイコーよ!」

 とりあえず邪魔にならない所にいれば見学を許された二人の少女は、木の陰から嬉しそうに撮影を眺めていた。

 園子はもう有頂天だが、蘭は何故かうかない顔でぼんやりと立っていた。

「どうしたのよ、蘭?」

「え・・うん・・・・」

「せっかく憧れのジャックスの二人が近くにいるってのに、もっと嬉しそうな顔しなさいよ蘭」

「うん、そうだね・・」

 気のない返事に園子は、はぁ・・と溜息をつく。

「新一くんにそっくりなあの子のこと考えてんでしょう」

「・・・・・・」

「ホント、よく似てたわよねえ。一瞬新一くんが来たのかと思っちゃったわよ」

「ねえ、園子。前に新一に見間違えた高校生がいたじゃない?」

「あ、そういや・・・そうかあ。彼、あの時の男の子なんだあ」

 多分、と蘭は頷いた。

 以前渋谷で彼を見かけた時、本当に新一だと思ったのだ。

「確か、彼女が一緒にいたわよね」

 言ってから園子は舌打ちする。

「いい男って、みんな女がいるんだから」

 面白くない。

「何言ってるの。園子には京極さんがいるじゃない」

「めったに会えない本命だけでは、わたしの寂しい乙女心は満たされないのよ!なんたって十七才!二度と来ない青春まっただ中にいるんだからあ!」

 もう、園子ったら・・

 いつもの事ながら、蘭は苦笑いするしかない。

「それって本命はちゃんと捕まえてるから浮気するって聞こえるよ」

 悪い?と園子はしれっと答える。

「わたしは蘭みたいに、新一くんがいたら誰もいらないなんて気にはならないのよねえ。わたしにも、離れていても不安にならないだけの時間ってものが必要なのかも」

「そんなことないよ・・・」

 不安だらけよ、わたしだって・・・・

「新一が関わる事件は、いつだって人の生き死にが関係してるから・・長い間連絡がなかったりすると、わたしの知らない所で何かあったんじゃないかって、とても不安になるもの」

 蘭・・・・

「最近、新一くんから連絡あった?」

「うん。先週。なんか、ややっこしい事件にかかわっちゃって困ってるって。だったら、さっさと切り上げて帰ってきたらいいのにね」

 蘭がそう言って笑うと、園子は処置なしという顔で眉間に皺を寄せた。

「あいつってさあ、中途半端で手を引くのって嫌いみたいじゃない?」

 だったら、今の蘭との関係も中途半端にしないできっちり告白しちゃえばいいのに、と園子は思わずにいられなかった。

 実は、蘭から聞いた話ではそういう展開になりかけた時があったようなのだが。

 当人は全然気づいていないというのがなんとも・・・

 男が彼女を高級ホテルのレストランに誘うなんて理由は一つっきゃないじゃない。

 どうしてわからない?ホント信じらんないわよ!

 まあ、告白の前に事件が起きてそのままいなくなっちゃったってのが、あいつらしいけど。

 でも、ホントに哀れなのは、鈍い幼なじみを持った新一くんだったりして。

 それでも、園子にとって一番大事なのは、親友の蘭の気持ちだった。


 山根礼子が館に着いたのは、陽も暮れてあたりが闇に沈んだ頃だった。

 その頃には最初の撮影を終えた松永とジャックスの二人も館に戻っていた。

「おじさん!」

 礼子と一緒の車で来て館の中へ入ってきた二人の男のうちの一人に向け、快斗が呼びかける。

 声をかけられた男の方は、びっくりした顔で少年を見る。

「え?快斗くん?なんで君がここにいるんだ?」

 男は怪盗キッド逮捕に執念を燃やしている、警視庁の中森警部であった。

「ハワイですよ、ハ・ワ・イv」

 肩をすくめた快斗が言うと、中森は、ああという顔でうなずいた。

「そういや青子がそんなことを言っとったな」

 みんなでハワイに行くために快斗が写真のモデルになるのだと娘の青子が、ウキウキしながら言っていたのを中森は思いだした。

 どうせ、いつものように青子の我が儘に押し切られてのことだろうが、まさかここで会うとは思わなくて中森も驚いた。

「これは警部」

 小五郎が応接室から顔を出すと、中森は露骨に顔をしかめた。

「やっぱり来とったか」

「礼子さんからじきじきに頼まれましたからね」

 小五郎ももとは警視庁の刑事だった関係で中森とは顔見知りであったが、管轄が違ったことで仲間意識より反発の方がどうも先にたつようだった。

「毛利さんですね。ここへ来たら有名な名探偵であるあなたに会えると彼女から聞いて楽しみにしてたんですよ」

 新顔の男はニコニコ笑いながら小五郎に向けて手を伸ばした。

「あなたは?」

「ああ、申し遅れました。私は羽瀬といいます。銀座で宝石店を経営しておりまして例のパーティにも出席しておりました」

 まさか・・という表情で小五郎は、羽瀬と名乗る紺のスーツを着た四十前後の男の顔を見つめる。

「キッドの言ったゲームに参加するつもりではないでしょうね?」

 そのまさかですよ、と羽瀬が頷くと、小五郎は物好きなというように鼻の頭に皺を寄せた。

「皆さん、お夕食の用意ができておりますので、どうぞ食堂の方へおいで下さい」

 エプロンをつけた牧野夫人が、ホールに集まっていた客たちにそう告げると、彼等はすぐに食堂に足を向けた。

 途中、おいと平次が快斗の肩を叩く。

「おまえ、中森警部と知り合いなんか?」

「子供の頃からのな」

 幼馴染みの親父さん、と快斗が答えると平次はああ、という顔になった。

「それって、おまえの彼女の?」

「いや、彼女ってとこまではいってないんだけどさあ」

 てんでお子様でね、と照れたように笑って快斗が言う。

 しかし、その笑顔はどっちが子供なんだかというくらい無邪気で子供っぽかった。

「おまえの方は好きなんやけど、幼馴染みの彼女ん方はそうやないんってか?」

「いやいや、オレのこと好きなくせに意地張って突っかかってくるってやつ」

「へえ〜」

 なんや、どっかのカップルによう似とるな。

 そう平次が口にしようものなら、おまえだってそうだろうが!とばかりに蹴りが飛んでくるのは必至だ。

 そのコナンは、親しげに蘭の肩に手を回すジャックスの片割れを殺しそうな目で睨んでいる。

 蘭が嫌がっていないので強行に邪魔できずにいるらしい。

 で、もう一人は園子と楽しそうに喋っていた。

「な〜んや、結構人数が集まってもうたな」

 山根礼子と探偵の毛利小五郎に警視庁の中森警部。

 服部平次に黒羽快斗、毛利蘭に鈴木園子、そしてジャックスの美山光と佐久間聖児の高校生6人。

 コナンも本当は高校生であるから7人とするべきなのだろうが、見かけは小学生だからな、と平次は肩をすくめる。

 で、カメラマンの松永と宝石店経営者の羽瀬、そして手伝いの牧野さんを入れて総勢13人だ。

「なあ、これってキッド絡みなのか?」

 え?といきなりの質問に目を瞬かせた平次が快斗を見る。

「さっき、事件とか言ってたろ?中森警部はキッド担当だしさあ。それに、さっき探偵のおっさんがキッドがどうとか言ってたじゃん」

 あ〜・・と平次は困ったように頭の後ろに手を回す。

「まあ、そうなんやけど・・・オレもようわからんのや。怪盗キッドはゲームに参加したいもんはこの館へ来い言うたんやけど、それがどういうもんなんかさっぱりわからへんし」

「キッドのゲームかあ・・・なんか面白そうじゃんv」

「面白いことあるか!犯罪者の考えるゲームなんか、どうせろくでもないもんにきまっとるわ!」

「でも、全く興味がないわけじゃないんだろ?」

 そう快斗が言うと、平次はう〜ん?と首を傾げて唸る。

 確かに興味がないわけではない。

 探偵の性質か、面白そうな事件にはどうしても関心がいってしまうのだ。

 わからないことをそのままにしておけないというか。

 どうしても真実を暴きたくなってくる。

 それがどんなに危険なことであっても。

 殆ど病気やなあ、と平次が溜息を漏らすと、快斗は彼の横でクスクスとおかしそうに笑った。

 

 

 食堂に集まった客たちは、それぞれ好きな席に腰をおろした。

 とはいえ、どうしても身近な者同士が固まることになるが。

 館の食堂はかなり広く、13人が余裕で座れる大きな長方形のテーブルがあっても狭いという感じは全くしなかった。

 白いテーブルクロスのかかったテーブルの上には二つの燭台があり、頭上には大きなシャンデリアがぶら下がっている。

 壁には青を基調とした大きな風景画がかかっていた。

「わあvなんかヨーロッパのお城みたいv」

「この館の内装は全てドイツのお城をもとにしてあるんです。母の父・・・つまりわたしの祖父が建築家で、ドイツの優雅で重厚なお城がとても好きだったそうです」

「もしかして、この蒼の館を建てたのは礼子さんのお祖父さん?」

 コナンが尋ねると、礼子はええとうなずいた。

「これだけのものを建てるとしたら相当金と時間がかかったでしょうな」

「そうですね。おかげで祖父が受け継いだ財産はそっくりなくなったそうですわ」

「まあ道楽としても、これだけのものを残せたらりっぱなものと言うべきですかな」

 小五郎が笑いながらそう言ったが、すぐに若いアイドルの二人が反論した。

「お城を建てても無一文じゃなんにもならないじゃん」

「そうそう。だいたい、ここって今は誰も住む人がいないって話しだし、結局子孫にとっては無駄な道楽だったってことじゃない?」

「そうやな。オレもどうせ残してくれるんやったら、こんな辺鄙なとこに建つ空き家よりもお金の方がええかな」

 小五郎は、ギロッと十代の少年たちを睨みつけた。

「おまえらなあ〜!夢とかロマンを感じんのか!」

「まあまあ、毛利さん。今の子供たちは現実的ですから。金の問題ではないと大きな夢を語るのはある程度年をとってからですよ」

 羽瀬はそう言って小五郎を宥める。

「ロマンといえばですな。もしかしたら、ここに本物の“神秘の蒼”があるかもしれませんよ」

 えっ!とテーブルについた客たちが、意外なことを言い出した羽瀬の方を見る。

「“神秘の蒼”は砕かれたんじゃなかったのですか?」

 確か礼子さんからそう聞いたと小五郎が言うと、彼女もその通りだと頷く。

「それは本物の“神秘の蒼”ではなかったとしたらどうです?」

「・・・・!」

「実は“神秘の蒼”は三雲氏に渡る前に何者かに盗まれたという噂があるんですよ」

「ええ!本当ですか!」

「あくまで噂ですけどね。でも、まんざらでたらめとは言えないかもしれない」

「それって、キッドが言うてた“ミステリアスブルー”やいうんですか?」

「そういや意味は“神秘の蒼”だな」

「キッドは3つの宝石を持ってたよね?で、ボクたちをここへ呼び集め“ミステリアスブルー”が謎を解く鍵になるんだって言ってた。ゲームの内容はまだわからないけど、ただ4つめの宝石を探すだけというのは、なんかおかしな気がするよ」

「そうね。自分が手に入れるつもりなら、わたし達をわざわざここに呼ぶ必要はないわけだし」

「俺たちに探させて横取りしようってんじゃないか?」

「キッド様はそんなせこい真似はしないわよ!」

 キッドファンの園子はプン!と怒った。

「単にギャラリーを集めたかっただけじゃないですか」

 松永が言うと、小五郎と中森は成る程と思った。

 キッドは常に派手な演出で獲物を盗む。

 それこそ観客の前でショーを見せるように。

「誰にも知られずに盗みを働くのは性に合わへんってことなんか?」

「だったら、思う存分騒いでやったら?」

 平次の隣の席についていた快斗が面白そうに言う。

 まるで鼻歌でも出そうなくらい楽しげな表情の快斗に、斜め前、蘭の隣に座っていたコナンが眉をひそめた。

「・・・・・・・」

 別に怪しいところは感じない。

 どこから見ても、ごく普通の高校生だ。

 平次も、工藤新一に似ているというだけで彼に違和感を抱いていないようだし。

 でもなんだろう?

 なんか気になって仕方がない。

「それじゃ、記念すべき第一夜はジャックスのミニライブというのはいかが?」

 聖児がそう提案を出すと、園子はキャア〜vと歓声を上げた。

「あ、それなら小さいですけどコンサートホールでどうですか?ピアノもありますし、演奏会用に造られた部屋なので音響効果もいいと思いますわ」

 オッケー、とジャックスの二人はウインクし親指を立てた。

 それがサマになるのも若さとアイドル性か。

「それにしてもすごいですなあ。家の中にコンサートホールまであるとは」

 仕事柄、お屋敷と呼べる邸宅に招かれたこともある小五郎だが、毎度驚かされるのはケタ違いの金のかけ方であった。

「ねえ礼子さん。ここにはいくつ部屋があるの?」

「そうねえ・・屋根裏部屋も入れると13くらいかしら?部屋がどこも広くとってあるから、それほど多くはないの」

 十分多いって、とコナン同様客たちも苦笑を漏らす。

「地下室とかはないの?」

「地下は祖父のコレクションルームになってるわ」

 コレクションルームという言葉に客の何人かが関心を示した。

「それって面白そうやな。見ても構へんか?」

 平次が聞くと、ボクも!と子供らしくコナンが手を上げる。

「あ、じゃあ、これから見に行く?」

 行く!と椅子から立ち上がった平次とコナンに続いて席を立ったのは二人。

 快斗と羽瀬だった。

 そして遅れて蘭も立ち上がる。

「ええ〜!蘭も行くの〜?」

「だって、これだけの館を建てた人のコレクションなんて興味あるじゃない。園子はどうする?」

「どうせ、美術品か骨董品でしょ。そういうのって、あんまし興味ないのよねえ」

「だったらオレたちのライブの準備手伝ってくれるかな?」

「ハイ!ハイ!喜んでお手伝いしま〜すv」

 園子は元気よく手を上げた。

 礼子の案内で地下室に入ったのは、最初の4人と蘭、そして中森警部の6人だった。

 小五郎と松永はというと、牧野夫人が持ってきた年代もののワインの方に関心があってそのまま食堂に残った。

 地下室の入り口はホールの階段脇にあった。

 階段を下りるとすぐに鉄の扉があり、礼子は鍵を鍵穴に差し込んで開けた。

 換気は十分にされているのか、思ったほど黴くささは感じなかった。

 中はそれほど広くはなく、玄関ホールの半分くらいである。

 しかし、そこはまるで美術館のように多種多様の美術品や骨董品に埋め尽くされていた。

 一応大きな彫刻などには白い布がかぶせられていたが、殆どはむき出しで埃をかぶっている。

 木箱に入れられたままのものもいくつかあった。

 羽瀬は、それらを一つ一つ熱心に確かめて見ている。

(まあ、ここで本物の“神秘の蒼”が見つかることはあらへんやろうけどな)

「わあ〜!これってルノアールじゃないっ?」

 蘭が壁にかけてあった絵の一つに驚きの声を上げる。

 美術の教科書にも載る有名なものではないが、間違いなくルノアールのタッチだし、美術全集で見た覚えもあった。

「ホンマや」

 平次は顎に指をあてて蘭の後ろから絵を覗き込み、目をパチクリさせた。

「向こうの壁にはシャガールがかかっとったで」

「本当?これって、やっぱり本物よね?」

「そうやろと思うけど・・・」

 本物だとすると、何千万って値がつくんやろうなあ、と平次は溜息をつく。

(下手したら億がつくんやないか?)

 おそらく一個人のコレクションとしては破格だろう。

 礼子の話では、このコレクションの殆どは市の美術館への寄贈が決まっているらしい。

(財産を食いつぶした理由ってのは、こっちの方が大きいんじゃねえの?)

 値打ちのありそうな美術品や骨董品を眺めながら、そうコナンは思った。

 ふと、コナンは異質なものを壁に見つけ足を止めた。

 それは額に入った一枚の写真だった。

 蔦がびっしりと赤レンガの壁に張り付いている三階建ての古ぼけた洋館。

 これは・・・

 その洋館は、コナンの過去の記憶に何か引っかかるものを感じさせた。

 この家を知っている?

 それとも、似たどこかを見たことがあるのか?

 ・・・えっ?

 突然床から足が離れ身体が浮き上がったので驚いて振り返ったコナンの瞳に、快斗の白い顔が映る。

「こうした方がよく見えるだろ?」

「あ・・ありがとう・・・・」

「どういたしまして」

 ニッコリと微笑む黒羽快斗。

 腕に抱き上げられ、触れるほど間近に見ることができた快斗の顔に、コナンはつと眉をひそめた。

 工藤新一である自分に酷似していることが最初から気に入らなかった。

 他人の瞳から見れば、どうやら双子のようらしい。

 ただ似てるというだけで苛立っているのではない。

 気になるのだ。

 この少年の持つ独特な気配が。

 ・・・・・・・その瞳で確かめてみますか、名探偵?

 何度か対峙はしたものの、あの時ほど近い位置で奴の顔を見たことはなかった。

 顔の輪郭、目鼻立ち、肌の色、わりと華奢な骨格の印象と、不敵な笑みを浮かべる赤い唇の形。

 どれもが、一瞬鏡に映したように思えた。

 腕の中の子供が、壁の写真ではなく自分の顔を凝視するのに、快斗はちょっと苦笑する。

 この子供が何を疑問に感じているのか、快斗には手に取るようにわかっていた。

 まあ、今回正体がバレるだろうことは予想のうちに入ってんだけどね。

 モノクルとシルクハットがないってだけでわからない名探偵ではあるまいし。

 だいたい、あんなに近くで自分の顔を見せたのは後にも先にもあれっきりなのだ。大サービスだったよなあ〜v

 ニッと楽しげに唇を歪める快斗を見て、コナンの抱いた疑いは確信に近くなる。

「おまえ、もしかして・・・・」

「そうだと言ったら?」

 フフン、と快斗が鼻で笑うと、コナンはカッと瞳を吊り上げ小さな手で胸ぐらをつかんだ。

「てめっ!」

「まァまァ、そんなことよりさあ。この写真・・・何が気になる?」

「・・・・・・・」

 ムッとしたようにコナンは口を尖らせると、再び写真の方に向き直った。

 しばらくして、ポツリと呟く。

 

「手が・・・白い手が見える・・・・・・・」

 

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