相手がキッドとなればこれが当然だと言わんばかりに、米花博物館周辺は物々しい警備網が敷かれていた。

 事情を知らない人間が見れば、いったい何事かと目を丸くする所だ。

 空にはヘリコプターが、そして地上には機動隊までが出動しているのだから。

 まさにネズミ一匹侵入できない厳重な警備体制であった。

 だが、それがたった一人の泥棒を警戒してのことであるのだから、これもまた知らない人間には税金の無駄使いにしか思われないだろう。

 しかし、その泥棒が怪盗キッドだとわかれば事情は一変する。

 誰もが、この警備体制を納得できる相手・・・

 18年前、パリに現れ現代の怪盗アルセーヌ・ルパンと呼ばれ、パリっ子達を熱狂させたマジックを扱う華麗な泥棒。

 数年のブランクの後、今度はこの日本を舞台に活動を再開した。

 今時予告状なるものを送りつけ、宝石のみを盗んでいくというレトロな泥棒が厳重な警備をものともせずに、鮮やかに盗んでいくその手口と、普通では考えられない、とてつもなく目立つ真っ白なコスチュームにその身を包んだ怪盗に喝采を送る一般人も多い。

 その一人が、今度キッドに狙われているらしい宝石の持ち主、鈴木財閥の令嬢なのであるから呆れるばかりだ。

 こう自分にかかわってくれば、さすがに泥棒には興味ねえやとも言ってられずこうしてコナンも現場に足を運ばざるおえない。

 奴とは2〜3度顔を合わせているが、まだ正体は謎のままだ。

 18年前に現れたというには、意外と若い気がした。

 もしかしたら、10代かと思えるほどであったが、しかしそれが真実の姿であればということになる。

 とにかく、奴は変装の名人で、姿や声はおろか、性格までも完璧にコピーしてのけるのだ。

 だから、あの姿が本当にキッドの素顔だとは言い切れないことになる。

「キッドめ!今度こそ、必ず奴を捕まえてみせるぞ!」

 小五郎と蘭について米花博物館に着いた時、物々しい警備の中でひときわ大きく響き渡る声に、コナンは苦笑した。

(相変わらず、熱血してんなあ・・あの警部)

 キッドがこの日本で仕事を始めた時からずっと追い続けているというあの中森警部と最初に会ったのも、やはりキッド絡みの事件の時だった。

 さすがに長くキッドを追っているだけあって、他の刑事に比べて読みも鋭かったが、しかしいつも裏をかかれ逃げられている。

 奴との戦いは、互いの読みがいかに相手を凌駕するかにかかっているが、キッドの先を読む力はまさに天才的。

 その天才の裏をかくというのは、たとえ日本警察の力をもってしても至難の業かもしれない。

(オレも最後の詰めでしてやられ、まんまと逃げられちまってるからなあ・・)

 ようやく追いつめても、奴の突飛な作戦にのせられ逃げられているのだ。

 たとえ、奪われた宝石を取り戻せても、悔しいことには変わりない。

 次はねえぞ!と言いたい所だが、どうも殺人事件の時のような突っ込みに欠けるのは否めない。

 キッドとの戦いは、真実を暴く探偵と、それを隠そうとする犯人とのやりとりというのではなく、どっちがより優れているかを張り合うゲームのような感覚がどうしてもあるのだ。

 意地でもそれを認めたくないが、しかし密かに奴との頭脳戦を楽しむ自分を否定できない。

 だから、自分は徹夜もいとわずにキッドの暗号めいた予告状を解くことに必死になってしまうのだ。

(結局、オレも奴に振り回されてる一人かもなあ)

 そう考えると、やはり悔しくなる。

 キッド担当は捜査二課なので、工藤新一時代を含めコナンとも顔見知りの刑事は少ない。

 知ってるのは茶木警視と、キッド逮捕に情熱を燃やしている中森警部の二人くらいだ。それも顔を知っているという程度。

 小五郎も探偵ではなく捜査一課の刑事のままであれば、この場に来ることなどなかったに違いない。

「ほお?これがキッドの狙っている宝石ですか」

 鈴木会長自らの案内を受けて、ビクトリア王朝ゆかりの宝石が納められたガラスケースを小五郎はやや腰をかがめて覗き込んだ。

 さすがに由緒ある高価な宝石というべきか、真っ青なその輝きと大きさは目を瞠るものがある。

「いや、怪盗キッドがこの宝石を狙っているとは言い切れませんが、まあ警部さんたちの話では、展示されている宝石の中ではこれが最もキッドの好みに合っていると」

「決まってんじゃない!大きさも輝きもそして気品も他とは全然違うわ!」

 そう力一杯主張する園子に向け、コナンは鼻を鳴らす。

(そりゃあ、狙ってくれなきゃ困るよなあ。おまえの目的は怪盗キッドなんだからよ)

 コナンもケースの中の宝石を見ようとするが、僅かに身長が足りなくて蘭の世話になる。

 あ〜ホント情けねえ・・・

 さすがに見ただけで宝石の価値やら、本物か偽物かの判断ができるほど精通しているわけではないが、しかし、この大きさや深みのある蒼い輝きが本物なら数千万の単位は楽につくだろう。

「こりゃまたでっかい宝石やなあ。キッドはこんなん好きなんか?」

 突然耳に入ってきた関西弁に、コナンはえ?と瞳を瞬かせる。

 振り返ると、キャップを被った色黒の少年が白い歯を見せた。

「よお」

「服部・・くん?」

 蘭も意外な人物の登場にびっくりする。

「なんだ、おめえ!なんで、おめえがこんな所にいるんだ?」

「オレ?決まってるやろ、し・ご・と。おっちゃんと一緒や」

 な〜に言ってやがる!と小五郎は不機嫌な顔で平次を睨んだ。

「てめえは高校生だろうが!学校はどうしたんだ、学校は!」

「何言うてんねん。月の第二土曜は学校は休みやで。ほんでもって、月曜はオレんとこ創立記念日で休みやねん。ホンマうまくできてるわ。もっとも、今回はオヤジに頼まれた仕事やから休んでも別に構へんねんけど」

「あ?オヤジって・・大阪府警本部長か?」

「当たり前やろ。オレにオヤジは二人もおらんわ」

 平次がそう小五郎に答えた時、彼の背後から濃いグリーンのスーツを着た女性が姿を見せた。

 その女性は小五郎に向けて軽く会釈してから、鈴木会長の方へ歩いていった。

(びっ・・びっじ〜ん!)

 スラリとした体型と、彫りの深い顔立ちはハリウッドの美人女優にもヒケをとらない。はっきりした二重に通った鼻筋。

 栗色の髪は柔らかくウエイブがかかりながら肩へと流れている。

 年は27〜8才というところか。

「これは礼子さん!いつ、こちらへ?」

 顔見知りらしい鈴木会長が驚いたように彼女に問いかけた。

「今朝早くです」

「え?ロンドンから?」

「いえ・・ロンドンにはもう・・去年帰国して今は大阪に住んでます」

「あ、そうだったんですか。ちっとも知りませんでした。もしかして、例の遺言状のことで」

(遺言状?)

 二人の会話を耳にしたコナンは眉をひそめた。

 西の名探偵として関西でもその名を知られる服部平次が同行し、それが父親の府警本部長の依頼だとすれば、よほどの事情が察せられる。

 だからこそ、コナンの好奇心はうずく。

 おい、とコナンは待ち切れないように平次のGジャンの裾を引っぱった。

 すぐに平次が楽しそうに振り返った。

 わかってるくせに、とコナンはムッとなる。

「よお、ボウズ。久しぶりやなあ。元気しとったか?」

 好奇心一杯なことをとっくに承知していながら、嬉しそうに笑いながらしゃがみ込んで頭を撫でる平次に、さらにコナンの機嫌が悪くなる。

「ハハ・・」

 お愛想で笑ったその顔は、少しも子供らしくなく渋い。

「んな顔すんなや。ちゃんと説明したるよって、ちょー待ち」

 機嫌を悪くした子供に向けてそう宥める平次に、コナンは当然だと言うように頷いてみせる。

「ねえ、服部くん。和葉ちゃんは?」

 なんや、それ?と平次は顔をしかめて蘭を見ながら立ち上がった。

「オレと和葉でワンセットとちゃうで。なんでいつも和葉を連れてなあかんねん」

 いつも一緒だろうが、とコナンは内心で言い返す。

 幼なじみの二人はしっかり気の合ったコンビだ。

 気が強くて、お姉さんぶってて、おっかないくらい腕っぷしが強いというのは、ここにもいるが。

 もしかしたら、自分たちも平次たちの目にはそう映っているかもしれないかとコナンは思う。だったら、互いに余計なお世話というものだろう。

「あ、毛利さん。ご紹介しましょう。彼女はこの“神秘の蒼”を私に譲ってくれた知人の娘さんで山根礼子さんです」

「“神秘の蒼”?」

「この宝石の別名ですわ。ビクトリア王朝時代、ある貴族が女王に贈った4つの宝石の一つと伝えられています。実はその4つの宝石は女王の死後、わたしの曾祖父が手に入れて日本に持ち帰り長い間三雲家の家宝となっていたそうです」

「三雲家?」

「礼子さんは生まれてすぐに山根家の養女になったんですよ」

「ああ、では本当なら三雲礼子さんというわけですな」

「・・・そうですね。でも、わたしはもう山根家を継いだ身ですから」

「あ、そうなんスか」

「山根家は千葉でも指折りの名家でしてね。倉には国宝クラスの古い物がたくさん収められていて、古美術マニアにはたまらないそうですよ」

「ほお」

「残念ながら、わたしはその方面は全く無知なもので、倉のものは全部叔父にまかせていますけど」

 そう答えた礼子の顔が、何かを思い出したようにふっと陰った。

 だが、礼子の美しい横顔に見とれていた小五郎はそれに気づかない。

 平次はというと、ある程度の事情は承知しているのか、黙って彼女を見つめているだけだった。

 おい、とシビレを切らしたコナンが催促するように平次の脇をこずく。

 わかってるて、と平次は小声で短気な子供に答える。

「ああ、なんか喉乾いてしもたわ。ちょっとロビーに戻ってなんか飲んでくるわ。ボウズも来いや。好きなもんおごったるで」

「ほんと!わ〜い、嬉しいな!」

 嬉しそうに子供らしく笑いながら、コナンは平次の後をついていった。

 平次は自動販売機でコーラを二本買い、一本をコナンの手に渡した。

 平次はすぐにプルトップをあけてコーラを一気に半分ほど飲み干した。

「おい、服部・・・」

「まあ、そう慌てんなや。まだ時間はあるんやし、冷たいうちにコーラ飲んどき」

「・・・・・」

 フンとコナンは鼻を鳴らしてから、持っていたコーラを一口だけ口に含んだ。

 子供らしくない態度だが、中身が自分と同じ高校生ならこんなものかと平次は思う。だが、見かけは可愛らしい子供だからつい苦笑が漏れてしまうが。

「あの山根礼子さんってのは、オレのおかんが最近通いだしたエアロビクスのインストラクターやねん」

「エアロビクスのインストラクター?」

「ああ。ウチのおかん、ここんとこ太りだしたてエライ大騒ぎしてな。んで、慌ててエアロビスクに通いだしたんや。そこで知りおうたのが彼女というわけや。なんやしらん、気がおうたのか話することが多うなって、ほんで、親父が府警本部長やとわかると、彼女、おかんに相談持ちかけたんや」

「相談・・三雲家のことか?」

「あ、やっぱピンときたか」

 目線が合うようにしゃがんでいた平次が、嬉しそうにコナンを見つめた。

「鈴木会長が、遺言状云々を口にしてたからな。もしかしたらと思っただけだ」

「でも、ボケのあのおっさんは気づかんかったみたいやけどな」

 ハハ・・あのオヤジは美人の顔しか見てねえよ。

「まあ、それも問題らしいんやけどな。なんしろ、三雲家の財産ってのは億がつくっちゅう話やし。なのに、今はその財産を継ぐ者がなくて宙ぶらりんやそうやしな」

「相続人がいない?」

 コナンは首を傾げた。

「ああ。ホンマは礼子さんの双子の兄さんがジイさんの死後に跡継いだそうやねんけど、8年前に突然行方がわからんようになってしもたらしい。すぐに捜索願いだして、で、探偵にも頼んで探したそうやねんけど今だに見つからず生死不明のまま去年その人の遺言状が公開されたいうわけや」

「遺言状が公開されたんなら、三雲家の財産の行く先も決まったんじゃないのか?」

「普通の遺言ならな。でも、なんや、えろう奇妙な内容やったらしい」

「奇妙って、どんな?」

 さあ、と平次は肩をすくめる。

「まだ、オレもその内容をはっきり聞いてへんのや。双子の両親は早くに事故で亡くなってて、たった一人のジイさんが兄の方を育ててたらしい」

「もしかして、礼子さんが養女に出されたのは両親と死に別れたためか?」

「かもな。でも、三雲家は金持ちやからいくらでも双子を育てられる方法はあったんやないかと思うんやけど」

「・・・・・」

 確かにその通りだが、何か一緒に育てられない理由があったのか。

「8年前というと、20才前後だな」

「大学には通ってへんかったらしいで。なんしろ、彼女の兄さんは天才やったらしく、12か3でアメリカの大学を卒業し、5年ほど大学の研究室にいてから日本へ帰ってきたって話や」

「へえ、そいつはすげえな」

 アメリカでは7才で大学を卒業するという天才児もいるという話だが、そういう子供の思考回路というのはどうなってるのだろうとつい思ってしまう。

 しかし、それを言えば、10人が10人、僅か16才で手がけた事件は全て迷宮入りなしという高校生探偵の頭はどうなってるんだと逆に言われてしまうだろうが。

「もし、彼女の兄さんが殺されているとしたら、それは三雲家の財産問題とは別の理由かもしれへんで」

「何故そう思うんだ、服部?」

 彼女がな・・と平次は言いかけてから、グイっと残っていたコーラを飲み干して空き缶をゴミ箱へ投げ捨てる。

「その兄さんの行方がわからなくなる少し前に、彼女、おかしな男たちを見たそうなんや」

「おかしな男?」

「そうや。全身黒ずくめの背の高い二人連れやったらしい」

「何っ!ほんとか、服部!」

 コナンは驚きに瞳を見開いた。

 思わず力が入った手に、缶から飛び出したコーラがかかる。

 平次はGジャンのポケットからハンカチを取り出すと、コナンの手を拭いてやった。

「ホンマは和葉もついて来る言うてたんや。いくら依頼人や言うても、大人の女と二人っきりいうのんは心配やて。・・ったく、何を心配しよんのか。けど、そいつらおまえの言ってた組織の人間やったら、やっぱ危険やからな」

「・・・・」

「警察は疑いだけでは動けへん。まあ、自由に動けんのはオレらのような探偵くらいやし。ホンマはオヤジも今回のことは気になってんねやけど、東京は管轄外やからな。けど、わけわからん探偵紹介するのも考えもんやて、オヤジとおかんの二人が交互に話を持ってきたんや」

 それに・・と平次は言葉を続ける。

「こっちには工藤、おまえもおるしな。オレらが2人でかかれば、どんな事件やってもなんとかなるやろうし」

「・・・彼女の兄さんの名前は?」

「三雲礼司。さすが双子だけあって、彼女によう似た男前や」

「三雲礼司の専門は?」

 灰原の話では、黒服の男たちは優れた人材を世界中から捜して仲間にしていたらしい。もし、三雲礼司がその才能に目をつけられていたとしたら。

 あり得ない話ではない。

 12〜3で、アメリカの大学を卒業したという天才児だ。

「それがようわからんのや。アメリカに行く前は何度か会ってたらしいんやけど、その後は全く会う機会がなかったそうやし。手紙はもろてたそうなんやけど、そういう話は全然書いてこなかったそうや。ただ、一度だけ、無限エネルギーがあれば面白いだろうなと冗談のように言ってたことがあったらしい」

「無限エネルギーか。確かにそんなもんがあれば、世界中エネルギー問題で頭を悩ますことはなくなるな」

「逆に、どっかがその方法を独占すれば、世界を支配できるで」

「奴らの狙いはそれか」

「可能性はあるな。けど、あくまで仮定や。彼女の兄さんがホンマにそんな研究してたかどうか、わからへんしな」

「ああ・・そうだな」

 確かに今の段階では黒ずくめの男たちがいたというだけで、三雲礼司の失踪に関係しているとう確証はない。だいたい、それがコナンの追っている組織の人間とは限らないのだ。

 先入観は下手をすると真実を見落とす危険がある。

「そうそう。まずは調べてみるこっちゃ」

 笑ってうなずいている平次の顔をコナンが見つめる。

「・・・・服部」

「なんや?」

「おまえ、背、伸びたか?」

「あ、わかるかあ?そうやねん!この2ケ月で5センチも伸びたやで!ま、卒業する頃には180はラクに越えとるで」

「・・・・・」

 そう楽しげに答える平次を睨んでいたコナンは、思いっきりその足を踏んづけた。

イテーッ!何すんねん、工藤!

 飛び上がった弾みで尻餅をついた平次が大声で喚くが、コナンは知らん顔で手に持っていたコーラの缶をゴミ箱に捨てた。

「ごっそさん。戻るぞ」

 コナンは踵を返し、さっさと蘭のいるホールへと戻っていく。

おいこら!ちょー待てや!何怒っとんねん?おい工藤!

  

 展示室に戻ると、コナンは毛利蘭と楽しそうに喋っていた。

 正体を知っている平次に対しては同年齢の工藤新一として接してくるが、あくまでコナンで通さなければならない蘭に対しては、その見かけ通り子供の無邪気さを全面に出している。

 さすがに女優の子だと感心するくらい、その演技は堂にいったものだ。

 これまでずっとバレないでいられた理由が納得できるほどに。

「それにしても、怪盗キッドは本当に今夜現れるんでしょうかねえ」

 小五郎が神秘の蒼と呼ばれるビッグジュエルを覗き込みながら言えば、当然だ!と茶木警視は拳を作って断言する。

 この人もキッド逮捕に情熱を燃やしている一人だ。

「奴の予告状には“招かれた紳士淑女が揃いし時”とあった。それは今夜行われる宝石のお披露目のことに違いない!」

「でも、予告状には宝石のことは書かれてなかったんでしょ?」

 コナンが訊くと小五郎は、またこいつ・・と眉間に皺を寄せた。

「盗みもせず、ただ挨拶だけしにくる泥棒がいるかってんだ!」

「え、でも・・・予告のための予告状って可能性だってあるでしょ?」

「ああ〜?」

 コナンの予想外とも思える仮説に、その場にいた大人たちは皆キョトンとなった。

「何をわけのわからんことを言ってやがる!予告のための予告状だあ?んなの誰がするってんだ!」

 小五郎は顔をしかめると、コナンの襟首を掴んで蘭の手に押しつけた。

「邪魔しねえように、しっかり面倒みてろよ!」

 コナンは蘭の腕の中で、むぅと頬を膨らませる。

 工藤新一だったら、どんな突飛な仮説をたてても真面目に聞いてくれるだろうが、コナンでは子供の戯れ言として殆ど無視されてしまう。

 慣れることのない悔しさが、コナンに言いようのないジレンマを覚えさせる。

 なんでそう簡単に結論を出しちまうんだ?

 確かにキッドはビッグジュエルを狙う泥棒だが、ただの愉快犯と異なって、何か彼なりの目的を感じさせる行動にどうして誰も変だと思わねえんだ?

「しょうがないわねえ・・・まだ少し時間あるからどこかで軽くなんか食べよっか?」

 蘭がコナンにそう話しかけると、平次もすぐにのってきた。

「あ、オレもつきあうわ。丁度腹減ってたとこやねん」

「アレ?服部くん、お昼まだだったの?」

 いんや、と平次は肩をすくめ、

「駅弁食ったけど、あんなじゃ、やっぱ足らへんもん」

 ニマッと笑って答える平次にコナンは渋い顔をする。

 なんといっても17才。

 今だ成長期の彼だからそれは当たり前のことなのだろうが。

 しかし、同じ年だった新一もそうだったかというと、ちょっとうなずけない。

 もともと、美味しいものを食べるのは好きだが、旺盛な食欲というものには縁がなかったからだ。

 ほな行こかぁ、と平次はコナンを蘭からバトンタッチするように抱き取った。

「おい?」

「ええやん。久しぶりなんやし。それとも、やっぱねーちゃんの胸の方がええのんか?」

 平次がからかうように言うと、コナンは嫌そうな表情で色黒の関西人を睨んだ。

「でもホンマ、子供って軽いもんやなあ。まるでヌイグルミ抱いてるみたいやわ」

 蘭がクスクスと笑う。

「そうね。コナン君って小柄だから。でもそうやってると、コナン君と服部くん、兄弟みたい」

 楽しそうに笑っている蘭は、みとれるくらい可愛かったが、この野郎は・・・とコナンは間近にある顔を見て眉間を寄せた。

「ぶん殴られてえのかよ?」

 自分の小さな手では殴ってもたかがしれてるが、それでも言わずにいられないくらいむかついた。

「そう怒りなや。この方が話しやすいやろ?」

「なんの話だ?」

「決まってるやん。固定観念に凝り固まった大人にはわからん話や」

 平次はチラッと宝石のまわりに立つ警視や小五郎たちに視線をやる。

「オレも予告状を見せてもろたんやけど、なんか変やと思とったんや。キッドのことはよう知らんのやけど、一応ここに来るまでに資料読んどったし。今までとはちょっとちゃう感じがする」

「ふ・ん。おまえもそう感じるんだったら勘違いってことはねえかもな。気になるのは・・・」

 ゲームと二人の口から同じ言葉が同時に出る。

「奴にとって盗みは一種のショータイムだ。それは予告状を出して観客〈警官〉を集めておくことでもわかる。警察はあくまで観客であって障害じゃない」

「それってむかつく話やけどな」

 府警本部長を父親に持つ服部平次にとってはもっともな感想だ。

(奴はいったい、なんのために現れるんだ?)

 

 

 宝石が展示されているフロアは二階と三階の吹き抜けで博物館の展示室の中では一番広い場所だった。

 招待されたのは鈴木会長と懇意にしている会社の社長や大学教授、TV局の人間や美術愛好家として知られる作家など様々であるが、一言でいえば・・・

「さすが鈴木財閥が招待した客やな。上流階級ばっかりや」

 ハハ・・・・

 客たちに混じって警備の警官がフロアを回っているが、それ以上に浮いて見えるのは、自分たちより名探偵(?)毛利小五郎の方かもしれなかった。

 さっきから彼は山根礼子のそばを離れずに、歯の浮くようなセリフを繰り返している。

 ったく、美人には目がねえんだからな、このおっさんはよ・・・

 蘭は遅れてやってきた園子とお喋りに夢中だ。

 いや夢中なのは園子の方か。

 まあ、小五郎には礼子が、コナンには平次がいるから大丈夫だと思ったのかどうか・・・蘭がこっちに気を回さないのは助かる。

 ずっとそばにいられては動きがとれやしないからだ。

 蘭は事件が起こるとすぐにいなくなってしまうコナンに対し、最近神経過敏になっているのだ。

 無理もない。

 つい先日強盗犯と出くわして大けがをし大いに心配させてしまったのだから。

 なので、極力コナンを事件現場にはいかせまいとしている。

 少年探偵団の面々も例の事件のせいで親に泣きつかれたのか、ここしばらくおとなしい。

 このまま事件から遠ざかってくれればいいんだが、とこっちは勝手にそう思っていたが。

(ま、いつまで続くかってとこかもしんねえけど・・・)

 突然キャッと小さな悲鳴が聞こえたので何事かと見れば、園子が招待客の一人とぶつかったらしかった。

 こんな広いとこで、なんでぶつかるかなあ・・

「きゃあん!口紅取れちゃった!」

 園子の悲痛な叫びに、コナンは何っ?と思わずついさっき彼女とぶつかった客の姿を探してしまった。

「コレ、簡単には取れないっていう最新の口紅なのにぃ〜」

 こらこら・・泣くのは口紅つけられた方だろうが〜

 とりあえず化粧を直しにいくのか、園子が蘭を引っ張ってフロアを出ていくのが見えた。

 女子高生には必需品と言われてても普段はしないくせに、今日はしたということは、もしかしなくても怪盗キッドのため。

 ミーハー娘め・・・

「ええキャラクターやな、あの子」

 面白そうに言う平次にコナンは、ああとだけ言って溜息を吐く。

 世話焼きの蘭以上にあいつは面倒な奴と言えるかもしれない。

「宝石の方、見てなくてええのんか?」

「いくらオレたちでも、警備員ががっちりガードしてる場所に近づくわけにはいかねえだろ。ま、注意はしてっけど多分・・・今回の奴の狙いは別」

「予告状の内容を素直に受け取ったらな。警察はそれがでけへんらしいけど」

「・・・・・」

 キッドの予告状があって、奴がいつも狙っているビッグジュエルがあればそりゃ盗み意外の目的があるとは誰も考えないだろう。

 しかも、いつもキッドにまんまと宝石を盗まれている二課の刑事らであればなおさらだ。

「なあ服部・・・おまえ何故キッドが宝石ばかり狙うのか疑問に思うことねえか?」

「それもビッグジュエルばかりやな。泥棒にも好みってのがあるんやないか?現金ばかり盗む奴もおれば美術品ばかり狙う奴もおるし」

「怪盗キッドは宝石が好き・・てか。そのわりにはすぐに返したりしてるよな」

「あ、オレもそれ変や思てんねん。もしかしたら宝石に関心があるんやのうて、盗むことを楽しんでんのやないんかって。今時予告状送りつけて警官を集めた中で派手に盗むやなんて面白がっとるとしか思えんもんなあ」

「奴の盗みの特徴はマジックを使うこと。派手な衣装はめくらましか、でなければ奴のステージ衣装。そして、もう一つの特徴は、ここ最近の奴の予告日が満月の夜だってことだ」

 平次は、アレ?という顔でコナンを見る。

「そうやったんか?資料には、んなこと書いてへんかったから・・・ああ、月日でわかるかあ。気ぃつかんかったわ。けど、今日は満月やなかったんちゃうか」

「ああ・・」

 つまりや、と平次は顎に手を当てる。

「それからしても、キッドの狙いが宝石やないっちゅうことか」

「そう断言するのは早急だが可能性は高いよな」

「ほんじゃ、さっきおまえが言うた通り、予告のための予告状やったんか」

「暗号と考えずにそのまま受け取れば、ゲーム開始・・のな」

「ゲームって、なんなんや?」

「それは奴が教えてくれるだろうよ」

 コナンが答えたその時、突然フロアの四隅から白い煙が立ち上った。

「・・・・!」

 火事だあ!と誰かの悲鳴が上がると、フロアにいた客たちは騒然となった。

「違う!火事なんかじゃない!煙幕だ!」

 コナンがそう叫ぶが、パニックになりかけた人々の声にそれはかき消されてしまう。

 このままじゃ怪我人が出ると危ぶんだその時だった。

レディース アンド  ジェントルメン!

 突然よく通る澄んだ声がフロア内に響き渡った。

「何っ!」

 声がしたフロア中央の方を見ると、煙幕でぼやけた中にシルクハットと長いマントがはっきりとわかるシルエットが浮かび上がっていた。

 怪盗キッド!

「お集まりの皆さん!これより時の魔術師がゲーム開始を宣言致します!参加は自由!制約もなし!そして謎を解いた勝者には素晴らしい商品が用意されている!ただし、参加される方にはそれなりの覚悟をしてもらわなくてはならない。何故なら、このゲームは今世紀末を締めくくるにふさわしいものであり、勝者は選ばれし者としての資格を試されることとなるので」

 おわかりかな?とキッドは薄く笑みを浮かべた。

「キッドッ!」

「これは中森警部。そのようにコワイ顔をなさらなくても私はすぐに退散致しますよ」

「何ーっ!すると貴様、もう“神秘の蒼”を盗んだのか!」

 おやおや、とキッドはおかしそうに笑う。

「私が宝石を盗みに来たと思っていたのですか?予告状には、そんなことは書いてなかった筈ですが」

「なんだと!じゃあ、貴様は女王の宝石を盗みに来たわけじゃないと言うのか!?」

 驚いた茶木警視が叫ぶと、キッドはニッコリと微笑んだ。

「今更何を?ビクトリア女王への献上品だった宝石は、既に我が手の中にあるというのに」

「何ーっっ!」

 目を剥く彼等の前で、キッドはスッと右手を挙げる。

 白い手袋をした彼の指の間には3つの宝石があった。

“神秘の蒼”に比べればいささか小振りだが、それぞれが美しい輝きを放っていた。

「“帝王の白”“貴婦人の赤”“蠱惑の碧”・・・この美しい宝石たちはとうに私のもの」

 そう言ってキッドは宝石の一つ一つに口づける。

 その気障な仕草がさまになって見えるのも、悔しいが怪盗キッドだからだろう。

 園子がいれば狂喜し黄色い歓声をあげるのは間違いないだろうが、一向に聞こえてこない所をみると、またも外してしまったらしい。

 また後でうるせえだろうな、とコナンは溜息・・・

 それにしても・・・どういうことだ?

 三雲家秘蔵の女王の宝石は4つだった筈。 

 何故残りの一つを狙わない?ここにあるのは偽物だっていうのか?

 宝石の鑑定は専門外で、しかもガラスケースの中にあっては本物か偽物かの判断はつきにくいが、それでもコナンの目にはイミテーションに見えなかった。

 キッドが好むビッグジュエル。なのに何故?

「偽もんなんか、アレ?」

 平次もコナンと同じ疑問を覚えているようだ。

 ミステリアスブルー・・・とキッドの口から唐突に漏れ出た言葉に、コナンはハッとなった。何故なのかはわからないが、何か重要なキーワードを聞かされたような気がしたのだ。

「それが謎を解く切り札となる。ゲームに参加したい者は、これより十日の間に蒼の館へ入ること」

 では。参加される方々の健闘を祈ります、とキッドは優雅に一礼した。

「待てよ、キッド!おまえの立つ位置はどこなんだっ?」

 コナンが前に走り出て問いかけると、キッドの表情が奇妙に歪んだ。

 数秒の間を開けてキッドは答えた。

「私の立つ位置はあくまでオブザーバーだが、場合によっては切り札を守る者にもなる。

 その答えでいいかな?小さな名探偵くん」

「・・・・・・・・」

「捕まえろーっっ!」

 その声を合図に警官たちがワッとキッドに飛びかかった。

 だがキッドの姿は幻のように消え失せ、けたたましい音と共に警官たちが折り重なるように倒れていった。

 ようやく煙が薄くなってまわりが見えてくると、フロアにいた客たちは唖然となった。なにしろ、さっきまでいた筈のキッドの姿はどこにもなく、資料が置いてあったテーブルをひっくり返した警官たちが山になっていたのだから。

「何?何?どうしたのっ?何があったのよ〜!」

 マジずれたタイミングで化粧室から戻ってきた園子のカン高い声にコナンはいっぺんに緊張が解けた。

 うっそーっ!

 そうして予想通り、園子の悲痛な叫びが響き渡ったのだった。

 

 

 

 地下駐車場に止まっていた車の後部シートに一人座っていた少年が、クスリと笑って膝の上のノートパソコンを閉じた。

 殆ど予想した通りに中森たちが動いてくれたので修正はごく僅かですんだ。

 まあ毎度パターンが決まってんだもんなあ、予測はラクチンだぜvと少年はクスクス笑う。

 まあ、思いがけないイレギュラーはあったけどな、と彼は小さな子供の姿を思い浮かべた。

 それが唯一の修正理由だ。

 追加と言ってもいいか。

 本当はあそこまで言う予定ではなかったのだが。

「オッケ。寺井ちゃん、用事はすんだ。出ていいぜ」

「このまま坊ちゃまのお宅に戻られますか?」

「う〜ん、そうだな。ちょっとスーパーに寄ってくれる?ついでだし晩飯の材料仕入れとく」

「奥様は今日も遅いのですか」

「忙しいみたい。でもま、あの人結構仕事楽しんでるようだしいいんじゃない?」

「それではずっと坊ちゃまが食事のお支度を?」

「腕上げたぜv今度オレの手料理食ってみる?」

「それは嬉しいですなあ」

 運転席に座る老人は、本当に嬉しそうに笑うと車を地下駐車場から出した。

 

 

 とりあえず警察による現場検証を終え招待客が帰った後、博物館内の応接室に残ったのは鈴木会長と毛利小五郎、服部平次とコナン、そして山根礼子の五人だった。

 蘭は、今回もキッドに会えず悔しがる親友の園子につきあって近くのカラオケボックスに行っている。

「煙幕とホログラフを映し出す装置に録音テープ、ほんでマイク。フロアの様子は備え付けられとった防犯カメラに細工してわかってたみたいやし・・・用意周到やったってわけや」

「まったくふざけた野郎だぜ!」

 相変わらず状況がわかっておらず憤っている小五郎は放っておき、コナンはひっそりとソファに腰掛けている山根礼子に疑問をぶつけてみた。

「ねえ、お姉さん。どうしてキッドは“神秘の蒼”を盗んでいかなかったの?」

 礼子はハッとしたように顔を上げたが、小五郎は何を言ってやがるとばかりにコナンを睨む。

「おまえバカか?んなことはあの泥棒に訊け!礼子さんに聞いてどうすんだ!」

 だいたい、なんで蘭と一緒に行かなかったんだと小五郎はぶつぶつ文句を連ねた。

 二人の間に平次がいなければ、コナンはいつものように襟首を掴まれ外に放り出されていたろう。

 長椅子で小五郎の隣に座っていた平次は、アホはあんたやで、おっさん・・・とばかりに冷ややかな視線を向けている。

 探偵が、あの場にいて何の疑問も覚えんやなんてどうかしてるわ。

「すみません!」

 礼子は揃えた膝の上で両手をきつく握りしめながら、突然謝罪の言葉を口にし頭を下げた。

 小五郎は、ギョッっとなって礼子を見る。

「それじゃ礼子さん、あれは・・・」

「三雲の祖父は知りません。祖父はあの宝石を本物の“神秘の蒼”だと信じていましたから」

「どういうことなんです?」

「・・・宝石を持ち帰った三雲の曾祖父が、日本へ戻る旅費をつくるために“神秘の蒼”を砕いて売ってしまったそうなんです」

「砕いた〜っ!女王の宝石を!」

 小五郎は目を剥いて仰天する。

「当時、曾祖父はまだ十代でしたから宝石の価値をよくわかっていなかったようです」

「・・・・・・」

 一瞬応接室はシン・・と静まりかえった。

 そんなガキが、何故女王の宝石を四つとも手に入れることができたんだ?

 小五郎でなくとも納得がいかない。

 盗んだというなら別だが。

 しかし、宝石の価値もわからない人間が危険をおかしてまで盗むというのも変だし、もしそうならイギリス側が返還を要求してくる筈だ。

 それがないというのは、間違いなく正式に手に入れたものなのだろう。

(しかし、それを砕かれちゃなあ・・・)

「そやったら、あの展示されとった“神秘の蒼”は偽もんやったっちゅうわけやな」

 そのことをキッドは知っていたのだ。だから盗らなかった。

「確かに“神秘の蒼”ではありませんが、宝石の価値から言えばあの宝石の方が高い筈です」

 え?

「あれはイミテーションじゃありませんよ。宝石の鑑定をしている友人が太鼓判を押していましたから」

 そう鈴木会長が断言すると、小五郎はへえ〜という顔になった。

「帰国後、曾祖父は自分のしでかした過ちに気づき“神秘の蒼”に似た宝石を買い求めたんです。曾祖父はそのことを家族にも秘密にしていたようなんですけど、曾祖母だけは気がついていたらしく、そのことを暗号にして日記に書き残していました。

「暗号?」

「三雲の曾祖母はミステリーファンだったそうです。でも、その暗号があまりにもよく出来ていたために誰も気がつかなかったようですが」

「誰が解いたの、その暗号?」

 コナンが興味津々の顔で尋ねる。

「兄が・・・わたしの双子の兄なんですけど、彼が子供の頃に曾祖母の日記を見つけ、面白がって解いたそうなんです。でも兄は、いずれは自分のものになるものだからとわたし以外の誰にも言わなかったみたいです」

「知ってて黙っとったんか?」

「・・・・ええ。わたしはあまり三雲の祖父と顔を合わせることはありませんでしたから。祖父が宝石の一つを鈴木会長に贈ったことを知ったのは、ロンドンから戻ってからでした。多分、あの宝石が一番大きくて価値があると祖父が思って会長に。本当なら、知った時すぐにお話すべきだったのですが・・・」

「気にされることはありませんよ、礼子さん。女王の宝石ではなくても、あれはあれで本当に素晴らしいものですし」

「でも今度の展示から外さなくちゃ駄目なんでしょ?それにパンフレットにも既に紹介文が載っていたし」

 コナンがそう言うと、人のいい鈴木会長は心配ないと言って笑った。

「宝石は私のコレクションに加えますし、パンフレットも修正がききますからね」

 簡単なことのように言ってはいるが損害は大きい筈だ。

 しかし、あの宝石がイミテーションでなく本物であるなら、損害をカバーするだけの価値は確かにあるかもしれなかった。

「ほんじゃ、それはそれでええとして・・・わからんのはなんでキッドが残りの三つの女王の宝石を持っとったかいうことや」

 確かにそうだと小五郎も頷く。

「どういうことですか、礼子さん?宝石は三雲家を継いだあなたのお兄さんが持っていたのではないのですか?それとも、鈴木会長のようにあなたの亡くなったお祖父さんが誰かに譲ってしまったとか」

 礼子は、わかりませんと首を横に振った。

「先ほども言った通り、わたしは祖父のことは何も知らないんです。兄からも宝石のことは聞いていませんし」

「お祖父さんとは会ってなくても、お兄さんとは会われていたのでしょう?」

「初めて兄に会ったのは、わたしが中学に入ったばかりの頃でした。アメリカの大学を卒業した兄が一時帰国し会いにきてくれたんです。それまで双子の兄がいることは知っていましたが、顔すら知らなかったので本当に驚いてしまいました。でも、兄と会ったのはその一回だけで、後は手紙やEメールだけのやりとりでした。兄はすぐにアメリカの大学へ戻ってしまいましたし、わたしは高校を卒業後イギリスの大学に留学したものですから」

「ほおう。ご兄妹そろって優秀だったのですなあ」

 小五郎が感心したように言うと、彼女は苦笑を浮かべた。

「わたしは兄のような天才ではありませんわ。三雲の母方の家系は時々兄のような天才が生まれるそうなんです。兄は亡くなった母にそっくりでした。でも、わたしは顔も頭の出来も父親似で。三雲の祖父はそのことを気にかけ、わたしを山根家の養女にしたんです」

「え?それってどうしてなの?」

 コナンが尋ねると、彼女は目を伏せた。

「母の家系は天才が多い反面、狂気に走る者も多かったそうなんです。そのせいで直系の血は絶えてしまったと聞いています」

「・・・・」

 さすがに鈴木会長もそのことは初耳だったらしく、眼鏡の奥の目がびっくりしたように丸くなった。

 小五郎は勿論、コナンや平次もその話にはゾッとなった。

 直系の血が絶えるような狂気とはいったいどんなものなのか。

 結局彼女は何も知らず、いったいどういう経路で三つの宝石が怪盗キッドの手に渡ったのかわからずじまいだった。

「じゃあ後は、キッドが言うてたゲームと・・・」

 蒼の館だね、とコナンが続ける。

「心当たりはありますか、礼子さん?」

「ゲームのことはわかりませんが、蒼の館というのは多分、母が生まれ育った家のことだと思います。今はもう誰も住んでいない筈ですが」

「場所はわかりますか?」

 ええ、と礼子はうなずいた。

「わかると思います」

 

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