あ〜あ、家に帰りたくね〜なあ、と元太はランドセルを担いだ肩をしょんぼりと落とした。

「そういうわけにはいきませんよ、元太くん」

 気持ちはわかるけど、と光彦は言う。

 実は、今日算数のテストを返してもらったのだが、その点数が目もあてられないほどのものだったのだ。

 まあ、自分でも出来たとは思ってなかったから、当然の点数といえばそうなのだが、それでも元太が落ち込むのは母親の怒る顔が目に浮かぶからで。

「僕だって、ホントは元太君と同じ気持ちなんですよ」

「ホント!だって、難しかったわよ、アレ。だから、先生も最悪の平均点だって言ってたし」

「・・・・・」

 ありゃ、確かに難しいよな、小1には、とコナンも思う。

「コナンくんだって、100点とれなかったのよ!」

「ま、まあな・・・」

 コナンはハハ・・と引きつったように笑う。

 いくら小1には難しくても、高校生にはお遊びのような問題だったからコナンはわざと間違えたのだが。

 まあ、あのくらいが普通だよな?とコナンは肩をすくめる。

「そっそうだよな!コナンの奴も100点とれなかったんだよな!」

 歩美の言葉に元太は俄然元気を取り戻す。

 一応、親たちの間では、江戸川コナンは頭のいい勉強のできる子供で通っているのだ。

 そのコナンが満点をとれないテストで、自分がいい点を取れる筈などないのだ!

「よおし!俺、母ちゃんに隠したりせず、堂々とテストを見せてやるぞお!」

 だいたい、隠し事など男のすることじゃねえよな!

 ハハ・・げんきんな奴・・・・

「じゃな、コナン!」

「さようなら!」

「また明日ね、コナンくん!」

 ああ、とコナンはいつもの交差点で3人のクラスメイトたちと別れた。

 そして・・・・

 ハア、と短く溜息をついてコナンは自宅ではない家に足を向けた。

 今、彼は幼なじみである毛利蘭の家で生活している。

 本来高校生である自分が、こうしてランドセルを背負って小学校に通っているこの現実はまるで悪夢のようだった。

 しかし、元に戻る方法が見つかるまでは不本意ながらもこの状態を保っていなくてはならない。

 工藤新一が生きていることがわかれば、蘭にも危険が及ぶ恐れがあるからだそれだけは、絶対に避けなければならなかった。

 コナンが同居するようになってから、毛利小五郎の名は名探偵として知られるようになった。それは全て高校生探偵として優れた能力を発揮していた工藤新一のおかげなのだが、当の小五郎はそのことに全く気づいていない。

 突然眠ってしまい、目を覚ましたら事件が解決していたという状況を何度も繰り返しながら、不思議に思うことはあっても謎を解明しようと考えない小五郎のあの能天気さは一種の才能かもしれなかった。

 だが、コナンは呆れることはあっても、自分の手柄を己のものとする小五郎に対してはなんのわだかまりもなかった。

 そんなことより、事件を解決できずに迷宮入りにしてしまうことの方が、彼コナンには重大なことだったのだ。

「ただいまあ」

 コナンが毛利探偵事務所のドアを開けた途端、聞き慣れたキンキン声が耳に飛び込んできた。

「今度こそ!今度こそ、わたしは王子さまに会ってみせるんだから!」

(なんだあ?劇の練習でもやってんのか?)

 そうコナンが思うのも当然で、事務所の中で王子さま云々を喚きたてているのは、高校の同級生でうるさい女の代表格である“鈴木園子”だったのだ。

(相変わらず元気のいい奴・・・)

 深々と溜息をつくコナンに蘭が気がついた。

「あら、コナンくん。お帰りなさい」

「なにしてんの?なんかの劇?」

「劇なんかじゃないわ!キッドさまよ!」

 ハ?とコナンは園子の顔を見上げる。

 キッドさまだあ?それって、もしかしなくても、あのキッドのことかよ・・・

「怪盗キッドから予告状が届いたんだと」

 自分のデスクに座った小五郎が、あまり関心のない顔で答える。

「園子姉ちゃんの所に予告状がきたの?」

「そうなのよ!あさってから米花博物館でビクトリア王朝展が開かれるんだけど、そこにうちのパパが知人から譲り受けたという、王朝ゆかりの宝石が展示されることになってんの」

「それをキッドが狙ってる?」

「決まってるでしょ!ウチの宝石が一番高価なんだから!」

 おいおい・・・・

「予告状にはなんて書いてあったの?」

「え・・・と、この素晴らしい時に招待された紳士淑女が全て揃った時、選ばれし、時の魔術師がゲーム開始を宣言しに参上する・・だったかしら?」

 さすがキッドさま!素敵な文句よねえ、と園子は感激する。

 が、コナンは、どこがだよ?と思いっきり鼻の頭に皺をよせた。

(いつもながら、キザな言い回しだぜ。いったい何が言いてえんだ?)

 確かにキッドの予告状だが、しかしそれには日時が指定されていない。

 ゲームだと?

「ふざけた野郎だぜ。盗みをゲームと一緒にしてやがんだ」

 そう吐き捨てるように言った小五郎の言葉に、コナンは首を傾げる。

 確かに予告状や、警察を翻弄するキッドの手口はゲーム感覚と言えなくもないが。

「それでね。明日一般公開の前に、特別に招待した人たちに宝石を見せることになってるんだけど」

 園子は、ハイと蘭に白い封筒を手渡した。

「何に?」

「決まってるでしょう。明日の招待状。ぜひとも、毛利のおじさまにキッドさまを捕まえてもらいたいのよ」

 コナンは引きつった笑みをうかべた。

(園子の野郎・・まだ諦めてねえのかよ・・)

 園子の魂胆など見え見えである。

 このミーハー娘は結局キッドに会いたいのだ。

 これまで何度か機会がありながら、会うことができなかったことがよほど悔しかったのだろう。もはや、執念ともいえるかもしれない。

 園子なら、父親の宝石をオトリにしてでもキッドに会おうとするかもしれない。

(・・ったく)

 園子も園子だが、名探偵のおじさまなら絶対にキッドさまを捕まえられるわとおだてられ、その気になっているおっちゃんもおっちゃんだ。

 ホント、大丈夫かよ?

 今回の予告状は、なんか胡散臭いぞ?

「ねえ、園子姉ちゃん。キッドの予告状は今どこにあるの?」

「え?さあ・・警察が持ってるんじゃない」

「ふ〜ん」

 まあ、あとで目暮警部に連絡とってみっか。

 

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