奇妙な夜



 こおぉぉんの〜〜!と、親の敵のように快斗は金槌を振り下ろし続けた。

 運動会が終わると即行始まるのが文化祭の準備だ。

 いい加減、どっちかを春にやってくれれば、こんなに忙しい思いをすることないのに、とそうグチりたくなるのは決して黒羽快斗だけではない筈だ。

「ったくもう!誰だよ、こいつを壊したのは!」

 毎年使うものは文化祭終了後に倉庫に保管するのだが、今年快斗のクラスが使うことになっていた飾り付け用の門が何故か運ぼうと持ち上げた途端バラバラになってしまったのである。

 どうやら去年使ったクラスの誰かが壊して、そのまま修理もせずに倉庫に放り込んでいたらしい。

 ちゃんと直してから入れとけよな!このくそ忙しい時に!

 文化祭まで時間がない。土日の休みを削ってまで学校に来て準備してるってーのに、余計な仕事まで増やされてはたまったものではない。

 一応土曜と日曜で割り当てを決めてやっていたのだが、快斗は今年の文化祭実行委員なんぞになったばかりに両日学校に来るハメになった。

 しかも、みんな自分の受け持ちで手一杯のため結局この壊れた門を快斗一人が修理することになり、もう頭にくるやら泣きたいやらであった。

 やれやれ、と腰を伸ばし金槌を持ったまま肩を拳でトントン叩いた時にはもう午後三時を回っていた。

「おお〜さっすが、黒羽!ちゃんと直ったじゃん!」

 様子を見に来たクラスメートが、パチパチと拍手して労をねぎらった。

「もう絶対壊れねえぞ。気合入れて直したからな。そっちはどうだ?」

「こっちも、だいたい予定してたとこまでやったぜ。先生も、今日はもういいから帰れっつったからみんな後片付けやってる。おまえも帰れば?用があったんだろ?」

「ああ、ちょっとな」

「後はオレがやっとくから帰れよ。おまえ、昨日は結構遅くまでやってたんだし」

「サンキューv」

 んじゃ、お言葉に甘えて、と快斗はよっと言って立ち上がると、持っていた金槌を彼に手渡し教室を出ていった。

 学校を出ると快斗はまっすぐスーパーに足を向けた。

 入り口に重なっているカゴを掴んで食糧を入れていく。

 店内を回ってると、目と口のついた大きな赤いカボチャが視界に入った。

「ハロウィンかあ」

 日本の風習ではないが、根っから行事好きなのか、はたまた購買意欲促進のためなのか、宣伝はバッチリで今や日本の秋の風物詩となりつつあった。

 とはいえ、アチラのようにお化けの格好して町中を練り歩くというところまではいかないが。

 しかし、カボチャのお化けってのは面白いと思う。

 とりあえず今夜の分として買い込んだ食糧を両手に持って快斗が向かったのは、米花町にある工藤邸。

 門を開け、玄関のドアを開けようと手を伸ばしたその時、唐突に内側から開けられ快斗は目を瞬かせた。

「おお〜ホンマに帰ってきよったわ」

 開けた当人も瞳を丸くしている快斗に負けずに大きく瞳を見開いていた。

「なに、平ちゃん?えらくタイミングがいいじゃん」

 平次は、肩をすくめながら快斗の手からスーパーの袋を受け取る。

「工藤がな、おまえが帰ってきたから戸開け言うから」

 え?

 リビングの方に顎をしゃくった平次に、快斗はびっくりした顔で中へはいっていった。

「新一!」

 この家の主である工藤新一は、大きめの長ソファに横になっていた。

 よく昼寝に使ってるソファで、普通の時なら快斗も何も言わないのだが。

「なんでベッドで寝てないのさ!」

 快斗は怒ったように眉間を寄せながら長ソファに歩み寄った。

「部屋にいると退屈でさあ。おまえ、読書禁止だって本片付けちまったし」

 な〜んにもすることないと余計疲れんだぜ、と新一は口を尖らせて反論した。

「熱は?」

 快斗は横になっている新一の方に屈みこんで額に手をあてた。

 今朝よりは下がっているだろうか?

「まだちょー熱あるけど、あったかくしとったらええかと思ってな」

 ちゃんと毛布にくるんで抱えて降りたからええやろ?

 うーん、と快斗は唸る。

「気分は?」

「悪くねえ。ちょっとばかし、頭がぼぉ〜っとしてっけど平気だ」

「ならいいけど」

 快斗は落ちかけていた毛布を首まで引き上げると、やや汗ばんだ前髪をを指ですき白い額に軽くキスを落とした。

「じゃ、早めに夕飯の支度するから」

「宴会はしないのか?今日はハロウィンだろ?」

「酒はなしだけど、美味しいの作るよ。料理、こっちに持ってくるからさあ、摘みながらハロウィンの夜を楽しもうぜv」

 快斗はウィンク一つすると、リビングを出ていった。

 キッチンに入ると、先にきていた平次が快斗の仕入れてきた食糧の仕分けをやっていた。

「今夜、何作るんや?」

「簡単に摘めるもんにしようかと思ってる。あと、あったかいもんね」

 クリームシチューとか。

「油っこいのは今夜はやめにするから」

「工藤のやつ。いつから具合悪いんや?」

「一昨日の朝からかな。結構冷えたろ?その日、オレ学祭の準備で朝早かったから寄らずに学校行ったんだ。で、帰りに寄ったら新一熱出してて」

 まだ体温調節がうまくいかないんだよ、新一。

 まあ、コナンから新一に戻った頃に比べたらだいぶマシになったけど。

「良くなっとんのか?」

「なってるよ。哀ちゃんの見立てだと、悪くなることはないだろうって」

 ただし、時間はかかるよね。

「助かったよ、平ちゃんが来てくれて。この土日って最後の追い込みだからサボれなくてさ」

「オレんとこはそない忙しないからな。休日削ってまでやるほどのもんやないし」

「うん、良かった。熱出してる新一、一人で置いておけないから。哀ちゃんは博士と沖縄に行ちゃってるしさ」

「沖縄かあ。工藤に聞いたけど、阿笠博士の発明が売れたんやってな」

 玩具だけどね、と快斗はクスッと笑う。

「それよりさあ、なんでオレがドア開けるタイミングがわかったんだ?」

「工藤が言うたんやで。てっきり眠ってるかと思ってたら、いきまり”快斗がドアの外にいる”とか言い出して」

 半信半疑で玄関行ってドア開けたら、ホンマにおまえ立っとったし驚いたわ、と平次は首をすくめる。

「なんで新一にわかったんだろ?呼び鈴も鳴らしてねえのにさ」

「おまえが門を開ける音が聞こえたんやないか?あいつ、わりと耳ええし、それに寝とって静かにしとったから気配とか感じ取ったんかも」

 う〜ん、そうかなあ?

 まあ、他に理由は考えられないか。オカルトじゃあるまいし。

「そういやさあ、平ちゃん幽霊嫌いだったよね?」

 突然そんなことを言い出した快斗に、平次は太い眉を寄せた。

「嫌いとかそないなもんやないやろ。オレは理解でけへんもんはイヤなんじゃ」

「理解できないけど、信じてはいるんだ」

 むぅ・・・と平次は包丁を持ったまま口を尖らせた。

 快斗はというと、カチャカチャ音をたてながら料理に使う鍋を出している。

「いったいなんやねん?」

「何って、今日はハロウィンだからさ」

 奇妙なことが起こっても不思議じゃない日。

「ブギーマンは願いさげだけど、キャスパーみたいなのは可愛いよなあ・・・とか」

「あいにく、オレんとこは仏教やねん」

「信仰の問題というより、やっぱりお祭りだよね」

 快斗はそう言うと、平次が切っていた野菜を鍋に入れた。

 その後、快斗はカボチャをまな板の上にのせて目と口のところを綺麗にくりぬいていった。

「こういうのもさ、日本の提灯オバケとかわんないしぃ」

 平次はさらに眉間に皺を寄せた。

「何か言いたいことがあんのか、おまえ?」

 うん、まあね、と快斗は笑う。

「ちょっと面白いネタがあるんだ」

 なんだ?と平次は問いかけようとして口をつぐんだ。

 どうせ、ろくなことじゃないに決まってるからだ。

 だが、快斗の口は止まらない。

「今夜は平ちゃんがいるし、確かめるにはいい夜かなあって」

「何をや?」

「実はさあ、一昨日の夜、玄関の戸を誰かがノックしたんだ。オレ、まだ起きてたから誰だろうって出てみたんだよね」

 おい・・・と平次は顔をしかめる。

「インターフォンあるやろ?出るより先に確認しろや」

「だって、玄関開ける方が早かったもん」

 でも、外には誰もいなかったんだと快斗は言った。

「そして、ゆうべもノックされたんだ」

「で、やっぱ誰も立ってへんかったんか」

 そう、と快斗は頷く。

「それで、今夜もあるかなあって」

 おい・・・と今度は平次は引いた。

 顔が引きつってる。

「ねえ、やっぱ人外の仕業だと思う?」

 可愛らしくニッコリ笑って聞いてくる快斗に、平次は殴ってやりたいと密かに拳を握り締めた。

 

 

「幽霊っていえばさあ、結局見られなかったわけ?アレ」

 そう快斗が聞いてきたのは、新一の父親工藤優作が友人から買った別荘のことだ。

 一時身を隠す場所として使っていたその別荘は、持ち主が幽霊に襲われて逃げ出したといういわく付きのもので、優作が面白がった買い取ったのだ。

 だが、さまざまな恐怖体験を聞いてはいたものの、結局新一がそれを目撃することはなかった。

 勿論、興味深々だった優作も、そしてそこに泊まったことのある連中も。

「幽霊も人を選ぶんとちゃうか」

「オレって、幽霊に嫌われてるってえのかよ」

「オヤジさんも、それに黒羽も見てへんのやろ?見たって言ってんのは、別荘の前の持ち主だけやし。まあ、そういうもんやないか」

 ちなみに、平次もそこに泊まったことがあるが、幽霊とは出会っていない。

(見たくもあらへんけどな)

 テーブルの上にのっていた快斗の作った料理は大半がなくなっていた。

 さすがにまだ本調子でない新一の食べる量は少ないが、それでも結構食べた方である。

「寒くないか、新一?」

 ソファに座っている新一は、厚手のカーディガンにウールのひざ掛けで防寒されている。

 これで寒いわけないだろが、と新一は思う。

 とにかく、早く風邪を治したいがため、新一は快斗に逆らわないことにしていた。

「宴会できないのがつまんねえよな」

「今度来る時はまたええ酒持ってくるから、今夜は我慢しい、工藤」

「今度はカウントダウン?」

 快斗が言うと、二ヶ月先じゃねえか、と新一は拗ねる。

 二人は苦笑する。

 新一は結構三人で宴会するのが好きなようだ。

 勿論、快斗も平次も好きなのだが、しかし、彼らは新一が楽しそうにしているのを見るのが好きだった。

 いつまでも、三人こうして一緒にいられたら。

「そういえばさ、新一。さっき、なんでオレがドア開けるのがわかったわけ?」

 ん?と新一は瞳を細めた。

 お腹も一杯になり、言われた通り薬も飲んだので少し眠くなったらしい。

「眠くなった?部屋で寝る?」

「いや・・・まだここにいる・・・・・」

 新一が答えると快斗は立ち上がってカーディガンを脱がせるとそのまま横にならせた。

 毛布を身体にかけ、寒くないようにする。

「見えた・・・」

 え?と快斗は目を瞬かす。

「おまえがドアの前に立ってるのが見えたんだ・・・・つっても夢だけどさ」

 夢?

「寝てばかりで寝付けない時があるからさ。やることなくて暇だし。で・・・外に出て歩くのを頭の中で思い浮かべるんだ。学校に行ったり、本屋に行ったり・・・で、さっきもそれやりながら寝てたら、おまえがドアの前に立ってるのが見えた・・・・」

 見えたって?

「ん・・・門開く音が聞こえたから、そうじゃないかなあって思ったのかもな」

 実は新一は外から帰ってきて門を開けドアに向かってるとき、快斗の後ろ姿を見つけたのだ。

 勿論、実際の新一はリビングのソファに寝ていて、それは頭の中で思い浮かべたことであったが。

「変なんだよなあ・・・そん時のオレ、自分ちなのにドアをノックしようとするんだぜ・・・・」

 は?

 快斗と平次は思わず顔を見合わせた。

 ドアをノック?

 新一はスーっと息を吐くとそのまま眠ってしまった。

「どういうことや?ノック?」

 首を傾げる平次に、快斗は考え込む。

 新一に奇妙なノックの話はしてない。

 だから、新一がそのことを口にするようなことはありえなかった。

 偶然か?

「平ちゃん、なんか飲む?」

「そうやな、紅茶もらおか。ブランディちょびっとたらしてくれたらウレシわ」

 オッケーオッケーv

 快斗は立ち上がると軽い足どりでキッチンに入っていった。

 

 

 新一が眠ってから一時間ほどたった。

 覗きこむと、どうも起きる様子はみられない。

「なんも起こらへんな」

 快斗が二日続けて聞いたノックは、今夜は時間が過ぎても聞こえてこなかった。

「おまえの気のせいやなかったんか?」

 そうかもね、と快斗は肩をすくめる。

「とりあえず、新一をベッドに寝かせてくるよ」

 それから二人でもうちょっとここにいて様子見てもいいか、と快斗がソファの上の新一を抱き上げようとしたその時だった。玄関のドアがノックされた。

 コツコツ・・・と二回。

 ダッと駆け出したのは平次だった。

誰や!

 平次は乱暴にドアを開ける。

 もし、本当に誰かが立っていたのなら、ひっくり返って驚いたかもしれない勢いだった。

 だが、開かれたドアの向こうには誰も立っていなかった。

 平次は外に出て、キョロキョロとあたりを見回す。

 ノックがして、平次がドアを開けるまで数秒しかたってない。

 誰かがいたとしても、身を隠す時間などない筈だ。

 だが誰もいない。気配すらなかった。

 狐につままれたような気分で平次はドアを閉め、リビングに戻る。

 不思議と幽霊の仕業と思うことはなかった。

 奇妙な現象だとは思うが。

「誰かいた?」

 毛布にくるんだ新一を抱き上げていた快斗が、戻ってきた平次に尋ねる。

 平次は首を振った。

「誰もおらへんかったわ。けど、確かにノックの音は聞こえた」

「そうだね。オレも聞いたよ」

 ん〜と快斗の腕の中で新一が身じろいだ。

「新一?」

「あ・・・なに」

「やっぱりちゃんとベッドで寝た方がいいからさ。これから連れてくとこ」

 快斗が答えると、新一はそうか、と舌がまわってない口調で返事を返した。

 寝惚けているのかもしれない。

「そうだ、新一。今、ドアをノックした?」

 思いついたように快斗が訊くと、新一はああと小さく頷いた。

「ノック・・・した。さっき、おまえがいたから出来なかったし・・・・・」

 新一の答えに平次は目を丸くする。

 快斗は突っ立ったまま絶句している平次を見てクスッと笑った。

「だってさ。謎は解決v」

 どこがやあ!と喚きかけて平次は口を押さえた。

 喚いて新一を起こすわけにはいかない。

 快斗は眠っている新一を抱え二階に上がっていった。

 一人残された平次は、大きく息を吐き出しながらその場にしゃがみ込んだ。

「ホンマかいな〜〜」

 

 その日はハロウィン。

 怖くはないが奇妙な体験をした夜だった。               (終わり)

 

 


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