消えた街(一部抜粋)

 

 バタバタと駅のホームへ駆け込んだ兄弟は、なんとか列車に間に合ったことを知り、はあ〜と安堵の息を吐き出した。

 あと数分遅かったら、明日の朝まで足止めをくう所だった。

 ったく、だから田舎はヤなんだよ、と真っ赤なコートを着た小柄な少年がブツブツ口の中で文句をたれる。

 セントラルのような都会と違い、人の少ない田舎の駅に止まる列車は極端に少ない。

 まだ昼を過ぎたばかりなのに、今ホームに停車している列車がこの駅では最終列車なのだ。

 暗くなってから通っては危険な場所があるからだというが、危険ってなんだ?と聞けば周辺の住民はさあ?と首を傾げるから怪しいもんだ。

 もっとも、この駅から乗車しようなんて人間は殆どいないそうだから、それも本数が少ない理由かもしれなかった。

 夜ともなれば、駅周辺は人の姿がなくなるそうだから。

「だから、カリスに行こうって言ったんだよ。あそこは乗り入れが多いから本数も多いし」

「だって、オレたちがいた町からだとこっちの方がどう考えたって近いじゃんか」

「近くても道に迷って乗り遅れたんじゃ目もあてられないよ」

 全く兄さんは・・・と鎧姿の弟が溜め息をつくと小柄な兄はムッと口を尖らせた。

「間に合ったんだからいいだろが!おまえは一々煩いんだよ!」

「はいはい。早く乗ろうよ、兄さん。ここで乗れなかったら泣くよ」

 わかってるって、と弟に軽くあしらわれたエドワード・エルリックは不満顔を見せながらも逆らわずにホームを歩いていった。

 あれ?とまず気付いたのはアルフォンス・エルリックだった。

「兄さん、あの子・・・・・」

 エドもすぐに気付いた。

 ホームに置かれたベンチに一人ポツンと小さな女の子が座っていたのだ。

 大きな白い帽子からは茶色いクルクル巻き毛が落ち背中を覆っていた。

 着ている服も、あまり見かけないフリルの一杯ついた、光沢のあるベルベットのワンピース。

 年は五〜六歳ってところ。

 気になったのは、ベンチに座っている女の子がピクリとも動かないことだった。

 ベンチに座った女の子は小さいため足が地についてなくて、ブラブラした状態。

 なんか、お人形みたいな子・・・とアルが呟いたが、確かにそんな感じだ。

 近づくにつれ、二人はその女の子が普通ではないことに気付いた。

 雪のような白い肌にバラ色の頬、ピンクの小さな唇。

 瞳を閉じているのでどんな色をしているのかはわからないが、とにかく滅茶苦茶かわいらしい顔をしていた。

 だが・・・・

 エドは眉をひそめ、腰を屈めると手袋をした手を伸ばし少女の華奢な首に触れた。

 指先からは命の脈動を感じたが、それは人の持つものとは違っていた。

 例えるならば、それは木や植物の中を流れる命の水。

「この子・・・・」

 エドが触れたせいか、少女の瞼がピクリと動きゆっくりと開かれていった。

 現れたのは光を一杯に浴びた草原の色。

 明るい緑の瞳。

 思わず手を引いたエドは、自分を見つめるその瞳に茫然となった。

「生きてんのか・・・?」

「そう。生きているよ」 

 ハッとして振り返ると、灰色のコートを着た初老の男が立っていた。

 白髪だが、男はそんなに高齢ではないだろう。

「この子・・・植物だよな?」

 エドが訊くと、男はそうだと頷いた。

「植物を人の形にしたのか?あんた・・・・錬金術師?」

 男はそれには答えず、少女の身体を腕に抱え上げた。

「あ、カバン持ちましょうか。この列車に乗るんですよね」

 アルが男の傍らにあった大きなカバンを指差すと、男はコクと頷いた。

「ありがとう。それじゃ頼むよ」

「はい」

 アルはカバンを持つと、少女を抱いた男の後をついていった。

 列車に乗ると男は自分の席に人形の少女を座らせた。

 アルはカバンを上の棚に載せる。

「どこまで行かれるんですか?ボクたちは終点までなんですけど」

 同じなら、またカバンを持つというアルに、男はいや、と首を振った。

「終点までは行かないんだ」

「そうですか。じゃあ、ボクたちの席は後ろなんで」

 お気をつけてとアルは男に軽く会釈し兄のエドと共に後ろの車両に向かった。

 

「びっくりしたよねえ、兄さん。女の子の形をした植物なんて初めて見たよ」

 自分たちの席に落ち着くと、アルが先ほどのことを話題に出した。

 確かに驚いた。

「多分、あれはプランツドールだ」

「プランツドール?」

「ああ。確かどっかの研究所が観賞用の植物人形を作ったって噂を耳にしたことがある。オレも本物は見たことがないから断言はできねえけど、おそらく・・・・間違いねえ」

「人形って、あの子目を開けたし手も動かしてたよ」

 あの人形は抱き上げた男の首に自分の意思で腕を回していた。

「生きてんだから当然だろうが」

 ま、確かに信じられねえよな。

 しかし普通の植物が好き勝手に動いてたら気味悪いが、人の形をした植物、それもあんな可愛い人形なら誰もが微笑ましく思うだろう。

「ねえ、あれって錬金術使ってるよね?」

「民間の錬金術師が開発に関わってるって話もあるからそうなんだろ」

「ふうん。凄いなあ」

 ほんとに間近で見てもあの人形は生身の少女にしか見えなかった。

 自分たちだからこそ、すぐに気がついたのだ。

「ま、どっちにしてもオレたちには関係ねえもんさ」

「え?どうして?」

「ありゃあ、すげえ高価なんだ。それこそ目ん玉が飛び出ちまうほどの値段さ。金持ちの道楽用だよ」

「そうなんだあ」

 まあ、確かに手軽に買えるものだったら自分たちもとっくに目にしていた筈だ。

 高価だからこそ、めったに見ることができないものなのだ。

「あの人形、あの人の持ち物なのかなあ?」

 そんな金持ちには見えなかったが。

「製作者じゃねえのか」

 じゃ、錬金術師?とアルフォンスが問うがエドワードは肩をすくめただけで答えなかった。

 初めて会った人間が錬金術師かどうかなんて見ただけでわかるものではない。

 

 

 列車の窓から見える景色が赤く染まっていった頃になると、エドワードは窓枠に肘をついてうつらうつらしだした。

 昨夜は殆ど寝てないし、道に迷って余計な体力を使ったせいで実は座席についた途端眠気に襲われていたのだ。

 おまけに列車のほどよい振動がさらに眠気を加速させた。

 すうすうと寝息をたて出した兄を、向かい側の席に座った弟が見守った。

 一才違いの兄弟なんて、殆ど双子のようなもので年齢差というものは感じない。

 それでもエドワードは兄だという自覚をしっかり持って弟を守ろうとする。

 兄がどんなに苦しんでいたかをアルフォンスは知っている。

 どんな思いで自らの右腕を犠牲にして弟の魂を呼び戻したのかを知っている。

(ボクたちはただ、あの生活に戻りたかっただけなんだよね)

 お母さんと、兄さんと、ボクたち三人の・・・あの幸せだった日に。

 ふいにエドワードの瞳が開いた。

 パチッと音がしそうなその目覚め方にアルフォンスは驚いた。

「どうしたの、兄さん?」

「前の方で変な音がしなかったか?」

 それに、妙な気配も・・・・

「音?別に何も聞こえなかったけど」

 アルフォンスに聞こえていたのは、車輪が線路の上を走る音に紛れて聞こえる兄の寝息だけだった。

 エドワードは形のいい金色の眉をひそめると、腰を捻って振り返り前の車両へと続く扉を見つめた。

 最後尾となるこの車両には兄弟二人しか乗っていない。

 実際のところ、今この列車には数えるほどしか乗客がいないだろう。

「なんか気になる」

 行ってみる、とエドワードは言って席を立った。

「ちょっと兄さん・・・!」

 アルフォンスも慌てて立ち上がった。

 すでに兄エドワードは閉じられた扉に手をかけている。

 誰も乗っていない車両を通り抜け、そして次の車両に向かおうとした時、その匂いを感じた。

(血の匂い・・・!)

 緊張を漂わせた兄に、アルフォンスも何かが起こっていることを悟る。

 次の車両にはあの人形を連れていた男がいる筈だった。

「・・・・・・!」

 扉を開き、真っ先に目に入ったのは血溜まりの中、床に仰向けに倒れている男の姿だった。

「兄さん!」

 ふいに目の前に出現した黒い影が兄弟に襲い掛かってきた。

 ギンッと金属が触れ合う音が車両内に響き渡る。

 現れた二人を見た相手は、身体の大きな鎧姿のアルフォンスを強敵と見たか、先に攻撃をしかけてきた。

 黒いフードを頭からかぶった黒ずくめの男。

 いや、顔がハッキリ見えない上にマントが身体を覆っているので男か女かはわからない。

 だが、そいつが手にしている剣は大きく、見るからに重量がありそうだった。

 とっさに腕でその攻撃を受けたアルフォンスが、押されてやや後退ったほどに。

 エドワードは二人の横をすり抜け、倒れている男の方へ駆け寄った。

「おっさん!」

 エドワードは男のそばに屈みこんだ。

 肩口から斜めに裂かれた男は既に瀕死の状態だ。

 男はエドワードの声を聞き取ったのか、顎をくんと上げて唇を動かした。

 声は出なかったが、唇の動きで”頼む”と言っているのだとわかる。

 頼むって、いったい何を・・・と首を傾げかけたエドワードは、この場にいないものに気がついた。

 あの人形か!

 エドワードはすぐに立ち上がると、次の車両に繋がる扉を開けた。

「おい・・・!」

 エドワードはギョッとして金色の瞳を瞠った。

 外へ出る扉が開いていて、その端に今にも飛び降りそうな人形の背中が見えたのだ。

「こら、ちょっと待て!危ねぇ・・」

 って、と叫ぶ前に小さな人形の足はフワリと列車から離れた。

 ゲ・・・!

 ヤバイと思った時にはもう飛び降りる人形の身体を捕まえたエドワードの身体は走る列車から離れていた。

「わわっ!」

 嘘だろう・・・!

 丁度カーブに差し掛かり、ややスピードが緩んだ時だったが、人形を腕に抱えたエドは草が生い茂るスロープに向かって転げ落ちていった。

 

 列車内で謎の黒ずくめの人間と戦っていたアルフォンスはエドワードの身に起こったことに気付いていなかった。

 いったいなんなんだ?と首を捻りつつも、負けるわけにはいかないアルフォンスは、右手を突き出した。

 だが、相手はその攻撃をサラリとかわした。

 攻撃が空振りに終わったアルフォンスは、すぐに防御の体制を取ったが、何故か相手は下がった体勢のまま仕掛けてこなかった。

 フッと相手の唇が意味ありげな笑みを刻む。

「面白い身体をしているな」

 アルフォンスはハッとなった。

 気付いた?

「あなたは誰!どうしてその人を・・・・!」

「その男は、裏切り者の手先だ」

 死んで当然、と相手は答えると、くるりと向きを変えて駆け出した。

「待て!」

 後を追いかけたアルフォンスは、開かれたままだった扉をくぐった黒ずくめのその姿が列車の外へと消えるのを見た。

 既にあたりが闇となっていたため、アルフォンスは列車から飛び降りた黒ずくめの姿を見失った。

 しばらく、その場に立って外を見ていたアルフォンスは、ようやく兄のことを思い出す。

「そうだ、兄さんは!」

 エドワードの姿を求めて向きを変えたアルフォンスは、コンと何かを蹴飛ばした。

 なんだ?と下を見たアルフォンスは「嘘だろう〜〜!」と叫んだ。

 自分が蹴飛ばしたもの。

 それは、兄エドワードが国家錬金術師であることを証明する金時計だった。

 

 いてえ〜〜とエドワードは頭を抱えて起き上がった。

 長く伸びた草の上を転がり落ちたおかげで、走る列車から飛び降りたわりには衝撃が少なかったのが幸いだった。

 後は、訓練のたまものか。

 身体を鍛えていたので、怪我らしい怪我は免れていた。

 それでも、一瞬意識がぶっ飛んだようだった。

 気がついて周りを見た時には、捕まえていた筈のあの人形の姿はなかった。

「あいつ!どこ行った!」

 暗くなったまわりを見回したエドワードは、月明かりで浮かび上がった走る小さなその姿を見つけた。

 いた!

「おい、待て!どこへ行く!」

 エドワードは痛む身体を無理やり起こすと人形の後を追いかけた。

 まさか、人形が走れるなんて思ってもみなかったエドワードには驚きだった。

 確かに、あの人形は歩いて乗降口のある場所まで行き、扉を開けた。

 まるっきり人間のようだ。

 プランツドールというのは、そういうものだったのか?

 それとも、あの人形だけ別なのか。

「待てって!」

 人形を追いかけていたエドワードは、両手を伸ばした。

 捕まえた!

 エドワードは人形を後ろから両手で抱え込んだ。

 逃げられないように持ち上げると、人形は足をパタパタと動かした。

「全く・・・おまえ、どこ行くつもりだったんだよ?」

 いったい、ここは・・・と自分が立っている場所を見たエドワードはギクリと身体を強張らせた。

 月明かりに照らされた足元の地面に図形が描かれていることにエドワードは気付いた。

「これは・・・・」

 練成陣!

 マズイ!と思った時には既に遅く、足元にある練成陣から金色の光が迸った。

 エドワードは人形を腕に抱えたままその光に包まれていく。

 なんなんだ、これはあぁぁぁぁっ!

 

 


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