【後編】
階段を上って、入り口のドア脇に吊ってある鐘を鳴らすと黒いスーツ姿の若い男がドアを開けた。 彼は外に立っていた外国人と小さな子供を見て、ちょっと驚いたような顔になる。 「どちらさまですか?」 「あ、私は・・・」 「ボクたち、ドライブしてて道に迷っちゃったんだ。グルグル回ってたら車が故障して動かなくなっちゃって」 舌足らずの可愛い声。 ちょっと甘えたような声は、まるで子犬にじゃれつかれたような気分にさせて警戒心を一気に取り去る効果があった。 本来、それはどんな子供も持っているものだが、意識して使っているとすれば末恐ろしいものを感じる。 「故障?」 「ええ、そうなんです。どうしようかと思ってたら、この子がここを見つけまして・・申し訳ないんですが、国道へ出る道とできれば工具を貸して頂けないかと」 どうしたんだ?と奥から声がし、男が振り返る。 「車が故障したんで工具を貸してほしいそうなんですが」 奥にいた男がドアの方へやってきた。 40代半ばくらいの、やはりきっちりとスーツを着た男だった。 どうやら、この男がログハウスの持ち主らしい。 彼もジョシュアと小さなコナンを見て目を瞬かせた。 「こんな所で故障とは大変だな。工具は貸してあげるが、一人で直せますか?」 「ええ、大丈夫です。すみません、助かります」 ありがとう、おじちゃん!とコナンが笑顔全開で男に礼を言うと、当然というか男の表情が緩んだ。 「そういえばジュースがあったな。一緒に持ってきなさい」 はい、と若い男は答えると奥に入っていた。 「ありがとうございます」 中へ招かれたジョシュアとコナンはもう一度男に礼を言う。 ここまでは男になんの疑いも抱かれてはいないようだった。 しかし、ホントにこの男が誘拐犯なのか? どう見ても、どこかの会社の社長という感じだが。 とても金目当てで子供を誘拐するような人物には見えない。 (いや、違うな・・・) 子供が誘拐されたと子供らは言ったが、金目当てとは言ってない。 誘拐は金が目当てという他に、脅しやもしくは品物が狙いの場合もあるのだ。 「あの絵は・・・」 ジョシュアは階段脇の壁にかかっている絵に思わず目を留めた。 小さな白いポーチに裸足の、長い銀髪の少女が真新しい赤い靴を手に持って嬉しそうに笑っている絵だった。 誰の絵なのかはすぐにわかる。 「あれはイーヴァ?」 「その通り。よくご存知ですね」 男は笑みを浮かべ、眩しそうに絵を見つめた。 「私はあのイーヴァに一目惚れしましてね。なんとしても手に入れたくてオークションにも何度も足を運んだんですが、結局偽物を掴まされてしまいました」 「偽物なんですか?」 「ビジュー・サンダラの絵を主に手がけている画家の模写だということです。確かによく見たらビジュー・サンダラが描いたイーヴァとは少し印象が違っています」 てっきり本物だと思い大金を出して買ったんですがね、と男は苦笑する。 「でも、とっても綺麗な絵だと思うよ」 そうコナンが言うが、男のとっては本物のイーヴァでないことが残念でならないらしい。 「本当はオークションで本物のイーヴァを手に入れられた筈なんです。だが、ある男が参加するというので予定より早くオークションに出され、私は買うことができなかった・・・」 その後、彼はこの偽物を売りつけられたのだという。 本物はこの偽物より安い値段だったんですよ、と男は苦い笑いを浮かべた。 本当に欲しかったのなら、さぞ悔しかったろう。 「ふ〜ん。だから本物を手に入れようと三宅俊也を誘拐したんだ」 三宅社長があの絵を売ろうとしなかったから。 「な・・・!」 コナンの言葉に男はびっくりしたように目を剥いた。 「あなたが何度も三宅社長に絵を売ってくれるよう頼んでいたことは確認済みだよ。それでも三宅社長は承知しなかった。一度は諦めかけていたよね?でも『明日香』の事件であなたは強引に手に入れることを考えたんだ。あの事件の犯人の振りをして三宅社長のイーヴァを手に入れよう、とね」 「な・・なんで・・・おまえはなんなんだ!」 さっきまでの無邪気な子供ではない。 大人を相手に厳しく糾弾する様子は、とても小さな子供のすることとは思えなかった。 「江戸川コナン。探偵だよ」 「そう!オレたちは少年探偵団だぜえ!」 コナンの声に被るように元気のいい声が響く。 おまえらなあ・・とコナンは脱力し肩を落とした。 階段を半ば下りた所に、さっきの若い男に捕まった少年探偵団の面々が立っていた。 コナンくん!と、可愛らしい女の子が嬉しそうな顔でコナンを呼ぶ。 女の子の隣に立っているのが三宅俊也だろう。 「とっ捕まったんなら、もっと神妙な顔をしてろよ」 すみませ〜ん、と光彦が申し訳なさそうに言う。 「けどさあ、注意を引きつけとくって言ったのはコナンなんだぜえ」 「元太くんがトイレに行きたいなんて言わなければ、逃げられたんですよ!」 「しょーがねえじゃん、生理現象なんだもんよぉ」 「どうして・・・・」 「俊也はあなたの顔は見てなかったけど、あなたが乗ってきた車は覚えていたんだ。ナンバーが自分の誕生日と同じだったから」 「あとは、一緒に歩美ちゃんを連れていったからです。ボクたち少年探偵団が持ってるバッジには発信器がついてるんですよ」 光彦と元太、そして歩美はニッコリ笑って自分の探偵バッジを男に見せた。 「・・・・・・」 「観念した方がいいですよ。私や子供たちまで拘束することは不可能ですから。絵を手に入れてもすぐに捕まる」 ジョシュアがそう言うと、男はガックリ膝をついた。 「社長!」 「・・・沢口くん、子供たちを離してやりなさい」 はい、と沢口と呼ばれた男が三宅俊也を離した。 子供たちは、わっとばかりにコナンの方へ走っていった。 「ありがとう、コナンくん!」 真っ先に歩美がコナンの首に抱きついた。 「怪我ない?歩美ちゃん」 うん、と歩美は優しいコナンの言葉に頬を染めて頷いた。 それを見て、元太と光彦は面白くなさそうに口を尖らせる。 「なんかボクたちと態度が違うと思いませんか?」 「おう。オレは面白くねえぞ!」 「しょーがないじゃない。吉田さんは江戸川くんのことが好きなんだから」 なんだとお! 二人は、そう答えた三宅俊也を思いっきり睨みつけた。 え・だって・・・と二人の反感を買った俊也は弱ったように身を引くと、そのままコナンの後ろに避難した。 結局頼りになるのが誰なのか子供たちはちゃんと知っているのだ。 それが、こんな小さな子供というのが大人には奇妙なことだが。 「本当はもっと時間をかけて頼むつもりだったんでしょ?でも三宅社長の持つイーヴァが狙われているとわかって焦ったんだよね」 「ああ・・・怪盗シルバーフォックスに狙われた絵は必ず奪われるというからね。盗まれてどこに行くかわからなくなる前にどうしても手に入れたかったんだ・・・・」 (シルバーフォックス・・) ジョシュアは眉根を寄せる。 「怪盗って、キッドのことじゃねえの?」 「やだなあ、元太くん。キッドが盗むのは宝石ですよ」 アレ?そうだっけ?と元太は首を傾げる。 ねえ、とコナンはうなだれている男に再び可愛らしく声をかけた。 「あの絵、売ってくれない?」 「え?」 「なんだ、コナン。おまえ、絵に興味あったのかよ?」 「買うのはオレじゃねーよ。世の中には偽物を集めてる物好きもいるってこと」 「ええ〜!偽物をですかあ?」 「ホント物好きな奴。おまえの知り合いかよ?」 まあね、とコナンは首をすくめる。 「あなたが買った値段で買うと思うよ。それで、また本物のイーヴァを探せば?おじさん」 とはいえ、あいつは全部手に入れるだろうけどよ。 (まあ、正当な持ち主はあいつなんだけどさ) イーヴァの絵はビジュー・サンダラが行方不明になった時、本当は娘の手に渡る筈であったのに、ある画商によって勝手に売りに出されたものなのだ。 「とにかく、少年探偵団が受けた依頼は無事完了ということですね」 光彦が言うと、元太もそして歩美までもが右手を高く挙げ、おおーっと高く凱旋の声を張り上げた。
しかし、結局また目暮警部に大目玉をくらった少年探偵団であったが。
約束の時間にホテルの前に現れたのは、ジョシュアが待っていた人物ではなかった。 赤のキャミソールに白のカーディガンを羽織った金髪の美女。 ジョシュアは困惑しながらもその美女が運転する車に乗り込んだ。 キッドの変装かとも思ったが、白い胸の膨らみが半分見える大胆な服では、それが男の変装だとは考えられない。 謎の美女は郊外にある別荘の前で車を止めた。 「どうぞ。彼は中で待っています」 「あなたは彼の仲間?」 黒のサングラスをかけた金髪美女はジョシュアの問いに、さああ?と赤い唇を歪めて笑った。 「その判断は彼に会ってからあなた自身でして下さい」 「・・・・・・・・」 ジョシュアは二階建ての白い別荘の扉を開けると中へ入った。 吐いたt正面に階段があり、左には広いリビングが見える。 驚いたのは、リビングの一人用のソファにたてかけるようにして置かれていた絵だった。 あれは・・・・ 確か、コナンという子供が持ち帰った筈のビジュー・サンダラの絵だ。 「何故、ここにあの偽物があるんだ?」 「あの絵は本物だよ」 「・・・・!」 絵に気を取られていたジョシュアは突然聞こえた声に驚いて振り向いた。 声の主は会談を半分ほど降りた所で立ち止まり、ジョシュアの顔をじっと見つめた。 大きな黒い眼鏡をかけた、愛らしい顔立ちのまだ幼い男の子。 ジョシュアは驚いて瞳を瞬かせた。 「コナンくん?どうして君がここに」 コナンは、ふっと笑った。 大人びた笑い方に、ジョシュアの眉がひそめられる。 「あの絵が本物だって?」 「そう。本物のイーヴァの絵の上に、模写された絵が被せられていたんだ。まさか偽物の下に本物の絵が隠されているなんて誰も思わないよね」 「何故そんなことを・・・」 「多分、その縁を偽物として海外に持ち出させたかった人間がいるんだ。だからオークションに出さずにあの男にこっそり売った」 そうだろ?フォックス。 (・・・!フォックス?) ハッとして振り向いたジョシュアの目に、彼をこの場所に連れてきた金髪美女が映る。 「ええ、その通りですよ、ミスティ」 扉脇に立っていた金髪美女はサングラスを取ると、微笑して頷いた。 その顔は確かにあの『明日香』に乗っていた青年の顔だった。 「シルバーフォックスか・・・?」 ええ、と美女はニッコリ笑う。 「つまり、男女逆のカップルだったわけv」 そうクスクス笑いながら、あの夜のことをバラしたのは、フォックスとは反対側の壁にもたれて立っていた少年だった。 「キッド!」 「ハ〜イvこの前は世話になったね、ムッシュウ」 快斗はジョシュアに向け陽気にウインクする。 「オレってさあ、姫君には逆らえないんだよね〜」 「姫城もはやめろと言ってんだろが、快斗」 コナンが顔をしかめて睨むと、快斗は苦笑し首をすくめた。 ここにきて、ようやくジョシュアはこの子供が誰であるのかわかりかけてきた。 シルバーフォックスが“ミスティ”と呼び、キッドが“姫君”と呼ぶ人間は一人しかいない。 だが、そんなことが有り得るのか? 彼は間違いなく、黒羽快斗と同じ年頃の少年だった。 こんな小さな子供ではなかった。 コナンはゆっくり階段を降りてくると、混乱した顔で立っているジョシュアの前に立つ。 「約束通り自己紹介します」 コナンはかけていた眼鏡をはずすと右手を彼に向けて差しのばした。 「工藤新一です」 「・・・・・!」 コナンは、あの婦警からもらった写真の少年とそっくり同じ笑みを彼の前で浮かべてみせる。 「よろしく、ムッシュウ・ベネット」 end
結局仲間になっちゃうベネット氏。 この後の話は春に発行を予定している「ミステリアスブルー5」 に入れますのでよろしく。 今度こそ、ベネット君のお仕事とアッシュを追う理由を書きますね(^^) |