それは、久しぶりに元太のゲタ箱に入っていた
一枚の依頼書から始まった・・・

 

 

三月ウサギと小悪魔

【前編】

 

 豪華客船『明日香』の乗っ取り事件から5日が過ぎ、新聞での事件の扱いが小さくなった日の午後、ジョシュア・圭・ベネットはホテルを出て警視庁に向かった。

「おお、ベネットくんか。この前の事件ではホントに世話になったね」

「いえ、それほどお役には立てませんでしたよ」

 そう答えるジョシュアの肩を目暮はポンと叩く。

「そんなことはない。船長からも話しを聞いたが、相当な腕を持っとるそうだな。空手・・かね?」

「いえ・・中国拳法を少し・・・・・」

 香港のアクション映画にかぶれまして、とジョシュアは苦笑した。

「とにかく、君の協力には感謝するよ。ところで、彼女たちは元気かね?」

 目暮の言う彼女たちが、あの双子のようによく似た少年たちのことだとわかり、ジョシュアはええ、と頷いた。

 キッドの方は元気だろうが、もう一人の“姫君”と呼ばれていた彼はどうかわからない。

 なにしろ、一度息が止まっていたのだ。

 元気でいると思いたい。

 一晩だけのつきあいだったが、彼はジョシュアの心に忘れられない印象を残した少年だった。

(それに、あの瞳・・・・・)

 今も目に焼き付いている。

 雲の切れ目から覗いた月の光が当たった瞬間、少年の瞳が蒼く光った。

 人間の瞳は光を受けてあんな風にヒカルことはない。

 いろんな可能性を考えてみた。

 義眼だったのか、それともそういう性質をもったコンタクトをしていたのかと。

 だが、ありそうでいてどれも違うような気がした。

 あの瞳はどう考えても作り物とは思えないのだ。

 では、いったいアレは・・・?

「警部、例の被害者の身元がわかりました」

 声をかけてきたのは、目暮警部と一緒に『明日香』に乗船していた若い刑事だった。

 確か、高木・・・といったか。

「事件ですか?」

「ああ、この所立て続けで起こっとる通り魔事件でな。これまでは怪我ですんどったんだが、昨夜ついに死亡者が出たんだ」

「通り魔、ですか」

「目撃者はおるんだが、犯人特定の決めてに欠けてな」

「こういう時、工藤くんがいてくれたらいいんですけどね」

 以前はどこかで事件を知った彼が電話で助言をしてくれたりしたのだが、ここひと月ばかりパッタリと連絡が途絶えていた。

「工藤くんというのは?」

「ああ、君は知らんか。彼はまだ高校生だが、推理にかけては天才的な才能を持っていてな。以前はよく我々に協力し事件を解決してくれたんだよ」

 日本警察の救世主と言われる名探偵です、と高木刑事が自慢げに言った。

 日本警察の救世主?

 高校生が?

 なんだそれは、とジョシュアは目をパチクリさせる。

 が、目暮も高木も冗談を言っている風ではない。

 では、本当にそんな少年がいるのか?

 とりあえず挨拶をすませ、忙しい捜査一課を後にしたジョシュアは警視庁の廊下で交通課の婦警に捕まった。

 写真を撮らせて欲しいと頼まれ、ジョシュアは苦笑いしながら1枚だけつきあった。

 その後、明るくよく喋る彼女の質問ぜめをかわすために、ジョシュアはさっき目暮の話に出てきた高校生探偵のことを話題に出してみた。

 すると彼女は質問をやめ、すぐにその話題にのってきた。

「それって工藤くんのことでしょ?あの子も可愛いのよねえvなにしろ母親が美人で有名なもと女優でしょ?顔はもうバッチリだし、スタイルはいいし、おまけに頭脳明晰で欠点が見あたらないって子だから警視庁でもファンが多いのよ」

「ハハ・・そうですか」

 殆どアイドルのノリだな、とジョシュアは思う。

「あ、写真があるわよ。工藤くんがここへ来た時に隠し撮りしたものの1枚」

 いやもう、ホントよく売れたのよ〜vと嬉しそうに言う彼女を見て、ここは本当に警視庁か?と思わずジョシュアは思ってしまった。

 だが彼女が出した写真を受け取って見たジョシュアは驚いた。

 確かに隠し撮りしたのだろう。

 カメラの方には向いておらず、学校の制服らしいブレザーを着た、ほっそりした印象の少年の上半身が写っていた。

 漆黒の短い髪に、青みがかった瞳の少年。

 一瞬黒羽快斗と見間違えるほどよく似た顔立ち。

 だが、雰囲気が違う。

 この少年は・・・・!

「どう?綺麗な子でしょうv」

「・・・彼のフルネームはなんというんですか?」

「工藤新一よ」

 工藤・・新一・・・・

 確かキッドが呼んでいた名前も“新一”だった。

 だが、こんなことがあるのだろうか。

「工藤くんはどこに住んでいるんです?」

「え?確か米花町だったと思うけど」

「米花町・・・そう遠くはないか」

「行っても工藤くんはいないわよ。なんか事件でずっと家に帰ってないらしいから」

 事件でって・・・高校生が〜〜?

 ジョシュアにはちょっと考えられない。

「でも、行ってみますよ。日本警察の救世主ということですからね」

「あ、じゃあこれからパトロールに出るから送ってってあげるわ。ミニパトだけど」

 ハハ・・どうも、とジョシュアは礼を言う。

 由美と呼んでね!と明るく言った若い婦警は、助手席の相方ともう大はしゃぎだった。

 だが、近くでひき逃げが発生との連絡を受けると、さすがにただのミーハーではないことを証明するように表情が引き締まった。

「ごめんなさい、送ってあげられなくて!」

 いいんですよ、とジョシュアは笑って車から降りた。

 ミニパトはサイレンを鳴らし、猛スピードで現場に向かって走り去った。

 さて、とミニパトを見送ったジョシュアはまわりを見回した。

 丁度、空きのタクシーが走ってくるのを見つけた彼は、手を上げて呼び止めた。

 黄色いタクシーがすぐにジョシュアの前に止まった。

 そして開いた後部のドアから乗り込んだ時、いきなり3人の小さな子供が、まだ開いたままだったドアから入ってきた。

 え?

「兄ちゃん、もうちょっと詰めてくれよ。乗れねえじゃんか」

 子供たちにぎゅうぎゅう押されてジョシュアは反対側のドアの方へと追いやられていく。

(ちょ、ちょっと・・・・)

 なんなんだ?

「運転手さん!あそこの信号で止まっているシルバーグレーの車の後を追いかけて下さい!」

 気付かれないようにね、と言ったのは一番小柄な男の子だった。

 大きな眼鏡がまず目につくが、よく見ると目鼻立ちの整った、女の子のように可愛らしい男の子だ。

 眼鏡の男の子はジョシュアの視線を受けるとニコリと笑った。

(あれ?どこかで見たことがある?)

「あ、走り出した!早く!見失っちゃうぜぇ!」

「ちょっと君たち。探偵ごっこか何か知らないが、先に乗ったのはそこの人なんだよ」

「あ、いいです。行って下さい」

「そうですか?」

 お客さんがそう言うなら、と運転手はタクシーを走らせた。

「すみません、ご迷惑をおかけします」

 反対側のドアの所に座る男の子が、ジョシュアに向けペコンと丁寧に頭を下げた。

「兄ちゃん、日本語話せるんだな」

 最初に乗り込んできた一番大柄な男の子が、目をパチパチさせながら話しかけてきた。

 一応日本人の血は混じっているが、見かけは西洋人なので顔を見た時、子供たちはちょっと驚いたらしい。

「何か事件かい?」

「そうなんだ!オレたち少年探偵団でさあ、依頼を受けて調査してんだ!」

 調査ねえ・・・

 どう見ても6才か7才くらいなんだが。

「君たちは学校の友達?」

「はい。みんな帝丹小学校の1年B組です」

 君たち、と運転手が子供たちに声をかけた。

「このまま行くと郊外に出てしまうがいいのかい?」

 構わないから行って下さい、と眼鏡の子供が答える。

「でもコナン・・料金だいぶ上がってきてんぜ」

 身体の大きな男の子が、今更だがどんどん上がっていく料金メーターを見てちょっと心配げに呟く。

 確かに小学生にはキツイかもしれない。

「んなこと気にする必要はねえよ」

 コナンと呼ばれた男の子はそっけなく返した。

「・・・・・」

 なんだか、この子だけ子供らしくない・・

 タクシーは市街地を離れ郊外へ出ていく。

 そうして民家もまばらになって走る車も少なくなっていくと、気付かれないで追いかけるのは少々ムリそうになってきた。

 ふとコナンが、かけていた眼鏡の縁に触れる。

「よし、捕らえたぞ!ここから近い!」

「ホントかコナン!」

「目暮警部に知らせなくても本当にいいんでしょうか」

 ドアの所の男の子が言うと、大柄な男の子が、これはオレたち少年探偵団の仕事なんだぜ!と大声で言い返した。

 思いがけず子供たちの口から、先ほど会ってきた警部の名前が出てきたのでジョシュアは驚いた。

 この子たちは・・・・

「でも、この前の誘拐事件の時、スゴク怒られちゃったじゃないですか」

「心配しなくても、この人がいたら大丈夫だよ」

 コナンと呼ばれた眼鏡の男の子が、ジョシュアの方を見、ニッと笑った。

(エ・・?)

「なんだ、コナン。おまえ、この兄ちゃんのこと知ってんのか?」

 まあね、と言ってコナンは自分の財布からタクシー代を出し運転手に支払った。

 財布の中身は、小学生が持つには少々多すぎるのではないかと思うほどある。

 奇妙な子供。

 子供たちはさっさとタクシーを降りていった。

 ジョシュアもタクシーを降りる。

「アレ?お客さんも降りるんですか?」

「ああ・・暇だし、この子たちの探偵ごっこにつきあうことにするよ」

 物好きですねえ、とタクシーの運転手は苦笑いし、車をUターンさせると走り去っていった。

 ふと強い視線を感じて振り向くと、そこに眼鏡をかけた子供の顔があった。

 ああ、とジョシュアは思い出した。

 見覚えがあるのも同然。

 子供は、あの黒羽快斗と工藤新一に似ているのだ。

「本当にボクたちにつきあってくれるんですか、お兄さん?」

「危ねえかもしんねえぞ。なにしろ相手は誘拐犯だからさあ」

「誘拐犯?」

 子供たちの話にジョシュアは瞳を瞬かせた。

「何言ってやがる。ホントはオメーらも連れていきたくはねえんだよ」

「そういうわけにはいきませんよ、コナンくん!歩美ちゃんも一緒にさらわれたんですよ!」

「そうだ、そうだ!歩美を助けなきゃいけねえんだからよ!こればっかりは抜け駆けなしだぜ、コナン!」

 へえへえ、とコナンは溜息をつく。

 それが、ジョシュアには子供の我が儘に辟易する大人のような印象を受けた。

 妙な違和感・・・

 そして、自分のことを知っているらしい子供。

 まさか、あの二人の身内?

「君たち、名前は?」

「あ、ボクは円谷光彦といいます」

「オレは小嶋元太!で、こいつは江戸川コナンってんだ。変な名前だろ」

 変な名前で悪かったな、とコナンは元太の顔をジト・・と睨む。

 江戸川コナン?あの二人と名字が違う。

 では、兄弟じゃないのか。

「誘拐されたのは歩美という子なのかい?」

「いえ・・誘拐されたのは三宅俊也っていう隣のクラスの子です。歩美ちゃんは三宅くんと一緒に連れていかれてしまったんです」

「歩美も少年探偵団なんだ。俊也は今回の依頼人でさ。あいつ、昨日変な大人につけられたって言うんで、オレたちがボディガードを引き受けたんだ」

 元太がそう説明する。

 で、メンバーの一人である歩美という女の子がその三宅俊也という子と一緒にいた時、無理矢理車に乗せられ連れていかれたのだという。

 忘れ物をした俊也が歩美と一緒に学校に戻ろうとした所を狙われたらしい。

 ボディガード・・ね。

 大人には理解し難いが、この子供たちの目は真剣だった。

 自分がこの子たちと同じくらいの頃、こんなに真剣な目をしていたろうか。

「で、その子たちを連れ去ったのが、さっきの車だったのか?」

「違うよ。でも、昨日三宅俊也をつけていた男の一人をあいつは知ってたんだ。前に家に来て父親と話しをしていた男の車を運転してた奴だってね。それが、あのシルバーグレーの車」

「三宅くんは、たまたま自分の誕生日と同じだったんでナンバーを覚えていたんです」

「で、後はコレ!」

 元太は小さなピンバッチをジョシュアに見せた。

「コレはオレたち少年探偵団のバッジで発信器にもなってんだ。歩美もメンバーだからこいつを持ってる」

「それをコナンくんの眼鏡が受信して居場所がわかるという仕掛けです」

「犯人の野郎〜、歩美が少年探偵団だと知らずに連れていったのが運のつきだぜえ!」

 へ・・へえ〜〜??

(なんで、こんな小さな子供がそんなものを持ってんだ?)

「でも心配です。犯人が歩美ちゃんたちに危害を加えたりしたら・・・・・」

「心配いらねえって。そんなことができる奴じゃねーよ」

「なんでそんなことが言えんだよ、コナン!オメー、犯人を知ってんのか?」

「まあな。見当はついてるよ」

 ええーっ!

 また抜け駆けだあ〜〜!と二人は喚くがコナンは慣れているのか平然と聞き流している。

「ほら行くぞ」

 コナンが歩き出すと元太と光彦は慌てて後に続いた。

 ジョシュアも、今一つ状況を把握できなかったが、とにかく彼等だけで行かせるわけにはいかないので後についていく。

 不思議な子供たちだ・・・

 いや、一番不思議なのはコナンという子供か。

 誘拐犯のもとへ行こうとしているのに、何故か、あのコナンという子供がいれば大丈夫だという気にさせられる。

 大人びた目と自信に満ちたあの顔がそう思わせるのか。

 だとしたら、たいしたものだとジョシュアは思う。

 そういえばあの、警官を相手に無敗を誇る怪盗キッドも十代の子供であったことを思い出した。

(平和日本と言われながら、いつのまに日本の子供はこんなにたくましくなったんだ?)

 

 

 

 

 道路を外れ、木々の間を抜けると目の前に大きなログハウスが見えてきた。

 別荘地でよく見かけるログハウスより数倍デカイ。

 おそらくカナダあたりから輸入した特注ものだろう。

「あ!あの車ですよ!」

 光彦がログハウスの前に止まっているシルバーグレーの車を指さした。

 間違いなく彼等が追ってきた車だ。

「あそこに歩美がいるんだな!」

 よおし!と元太が勢い込んでそのまま飛び込んでいこうとするのを、コナンが止めた。

「待てよ、元太。正面から行ってもとぼけられたら無駄に時間くうだけだぜ」

「ええ〜?じゃあ、どうすんだよコナン!」

 コナンはかけていた自分の眼鏡を光彦に渡した。

「居場所はこいつで分かるから、元太と一緒に先に歩美たちを外に連れ出すんだ」

「おう!わかったぜ!」

「コナンくんはどうするんです?」

「オレはこの人と一緒に中へ入って犯人たちの注意を引きつけとく」

「あ、わかりました!」

 納得した光彦は大きく頷くと、元太と二人でログハウスの裏へと回っていった。

 二人の姿が見えなくなると、コナンはジョシュアの顔を見上げニコッと笑った。

「・・・・・・・」

 ハッとなったようにジョシュアは瞳を見開く。

 眼鏡がなくなった子供の素顔が、さらにあの二人の少年の顔と重なってみえたのだ。

 気のせいでもなんでもない。

 この子供はあの二人にそっくりだ。

「コナンくん・・・君は彼等の身内なのか?」

 自分のことを知ってるらしいことも、それなら納得がいく。だが・・・

 彼等って?とコナンは小首を傾げ面白そうに笑った。

 唇を僅かに引き上げたその笑い方は、見かけの幼さにそぐわないものだ。

 まるで大人のような笑い方。

「・・・・・・・・・・・」

「ボクはあなたに会ったことがあるんだよ。でも、あなたはボクが誰なのか決してわからないだろうけど」

 会ったことがある?

 いったいいつ!?

「そのうち、改めて自己紹介するよ。あなたはボクの命の恩人でもあるし」

「命の恩人?」

 ジョシュアには、この子供の言ってることが全く理解できなかった。

 いったいこのコナンという子供は何者だ?

「じゃ、行こうか」

 コナンは一変して無邪気な笑顔を見せるとジョシュアの手に小さな自分の手を絡ませた。

 本当に小さくて柔らかで暖かい手だった。

 自分が守ってやらなければ壊れてしまうようなもろさを感じる小さな子供・・・・

 それなのに、何故この子がいれば大丈夫だという気になったのだろうか?

 

後編    
 

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