伝わった・・・?





 

第十話







いつもとはまるで違う顔を見せる賢悟に大志はすっかりイチコロで、あれから2度も挑んでしまった。
そしてそんな大志に呆れながらも、賢悟が拒むことはなかった。
ぐったりとなった賢悟をシャワーで綺麗にして、体液でグシャグシャになった布団のシーツも取り替えて、快適に冷房の効いた部屋で布団に包まったころには、すっかり外は白んでいた。
疲れた、おまえに最後まで付き合うと身体が壊れる、もう寝る、なんていいながらも、ロフトに上がらず、大志と同じ布団に入る賢悟が愛しくてたまらない。
照れているのか、背中を向けてしまった賢悟を、大志は背中から抱き締めた。
「暑い」
「暑くないですよ。クーラー効いてるからこれでちょうどいいんです」
大志が切り返すと、賢悟は黙ってしまったけれど、無理に腕を解こうとしないから、きっと本気で嫌がっているわけではないのだろう。
「ねぇ、賢悟さん」
呼びかけても返事はないが、腕の中の賢悟が眠っていないのを知っているから、大志は続けた。
「突然押しかけてきて、ほんと、ごめんなさい。だけど、来てよかったって思ってるのも事実なんだ。まさか賢悟さんを・・・」
抱けるなんて思わなかったけど、と耳元で囁いた。
「賢悟さんはおれを好きだって言ってくれたけど、おれはまだ賢悟さんにそう言ってもらえるほど自分に自身もないし、男としてもまだまだだって思ってる。だから、おれ、賢悟さんに、おれにしときなって自信持って言えるくらいの男になるから」
あと数時間経ったら、また離れ離れの生活になる。
会いたくて、触れたくてたまらない夜も、ひとりで過ごさなければならない日々。
抱き合うことでこの関係が一歩前進したからといって、不安がすっかり消えることはないだろう。
特に賢悟は大志よりも広い世界の中にいる。視野を広げるために、いろんな人と出会うだろう。
大志よりも素敵な誰かと出会う確率は高いはずだ。
今この腕の中の存在を離したくはないけれど、縛りつけたくもなかった。
大志にできることは賢悟を好きでい続けること。
いつも先を行く賢悟に追いつくこと。
そして賢悟に追いかけてもらえるほどの男になること。
大志は決意を伝えるかのように、賢悟をギュッと抱き締めた。
「それにしても賢悟さん、忙しそうだね」
しんみりとなった空気を変えたくて、大志は軽い口調で問いかける。
「メールの返事も遅いし・・・あ、べ、別に遅くてもいいんだよ?読んでくれてるなら」
「免許」
「めん・・・きょ?何の?」
「免許っつったら車の免許に決まってるだろ?」
「だって、賢悟さん、以前おれが訪ねた時、『人の命を奪うかもしれない凶器を操るなんて考えられない』とか『なくても困らないもののために費やす時間がもったいない』とか言ってたじゃない」
通っている高校では18歳の誕生日を迎えた時点で教習所に通うことが許されていた。免許を取得しても在学中には車を運転しないのが前提だが。
だから3年の先輩はこぞって教習所に通っていた。男なら車の運転ができて当たり前というこのご時世だ。だから賢悟の言い草に驚かされたのを覚えている。
「それなのに・・・」
こっちにきて心境の変化でもあったのだろうかと大志は疑問に思わざるを得ない。
「車、あった方が便利だろ」
「だけどこっちじゃ交通機関ハンパじゃないほど充実してるし・・・あ、でも大学生だもんね。いろいろと事情があるよね」
賢悟はもう自分と同じ高校生ではない。大学生には大学生の付き合いっていうのがあるんだろう。
ゼミやサークルのメンバーで車を出し合って出かけたり。
そんな時免許がないようじゃバカにされるのかもしれない。
自分の知らない賢悟の生活。
そんなものを想像して、そしてそれのためにあれほど無意味だと言っていた免許を取得したのだと考えると、大志は寂しさを感じた。
それを紛らわそうと、賢悟の身体に回した腕の力を強める。
「夏休みまでに免許取って、車で帰省しようと思ったんだ」
「車で?わざわざ?」
どう考えても新幹線の方が早いし、車でなんて疲れるだけなのに。
「夏休み、そっちでゆっくりできるように、今のうちにバイトも詰め込んだ」
賢悟は淡々と語っているが、大志にはその意図が理解できない。
「賢悟さん・・・・・・?」
「おれに追いつくんだろ?」
「う、ん・・・」
それと車の免許とバイトとどういう関係があるのだろう。
戸惑う大志に気づいたのか、賢悟は大志の腕の中で小さく身じろぎして、話を続けた。
「夏休みに入ったらすぐに帰省して、つきっきりでおまえの勉強を見てやろうと思ったんだ。おまえの勉強のやり方だと、予備校のような一斉授業よりも個人指導のほうが効率がいい」
「ほ、ほんとに???」
まさか賢悟がそんなに大志のことを考えていてくれたなんて。
「け、賢悟さん、マジでおれの勉強見てくれるの?」
「嫌ならかまわないが」
「そ、そんなわけないだろ!お、お願いいます!ぜひぜひお願いします!」
夢のような申し出に大志の心はうきうきどころは天にも昇る思いだ。
しかしそれだけではなかった。
「それに・・・車だと息抜きにいろんなところに行けるだろ?おまえが行きたがってたあの海岸にも」
そっけない物言いだけれど、すっごく嬉しいことを言われてないか?
賢悟は勉強の時間だけでなく、休養の時間も一緒に過ごそうと言っているのだ。
小さな頃に一度だけ連れて行ってもらった隣県の海岸。
夕日がとても綺麗で子供心にすっかり焼きついていた。
忘れられなくて、賢悟にもあの素晴しい夕焼けを見せたかったけれど、電車とバスを乗り継いで、さらにタクシーを使わないといけないというとんでもなく辺鄙な場所だから、ちょっと無理だねって話したことがあったのだ。
そんなことを覚えていてくれたなんて。
不安が無くなってしまったわけじゃない。
だけど、大志が思っている以上に、賢悟は大志を大切に思ってくれているのだ。
心が満たされてゆく。
「賢悟さん、おれ、絶対こっちに来るから・・・・・・賢悟さん・・・・・・?」
耳を澄ませば、スースーと気持ちよさげな寝息が聞こえた。
大志の腕の中で眠っている賢悟。
そのぬくもりを感じながら、大志は賢悟が安心していられる場所になりたいと、心に誓った。
「猪突猛進・・・か」
賢悟のうなじに鼻先を埋めて、大志も目を閉じた。
優しいこの時間を、今日という日を忘れないように。













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