true love









その5








「も、もういい―――」
「ようないねん。過去なんて関係ないっていうけど、おれは隠し事はしとうないし」
崎山は、ゲイがノンケにホレることほど不毛なことはないこと、それで受け入れてもらえず何度も苦しい思いをしたこと、やっぱりゲイはゲイ同士しか付き合えないんだと数人と関係を持ったこと、時には性欲処理のためだけに寝たことなどを、まるで他人事のように穏やかに話した。
その苦しみや気持ちは、本人にしかわからないだろうし、おれは同情なんてするつもりもないけれど、あまりに悟りきったような口調が、崎山の深い悲しみを表しているようで、途中で耳を覆いたくなった。
それでも、崎山は、自分がそういう性癖を持って生まれたことを恨んだりはしていないときっぱり言った。
そして、最後に優しく言った。
「友樹はノンケやねんから、おれのこと全部知ってから、それでもよかったら受け入れてくれたらええねん。うん、こういうのは最初に話すべきやってんな。自分の想い、受け入れてもらえたん初めてやったから、あまりに嬉しいて、もう友樹のこと離したら、二度と恋愛できんかもしれんと思ってなぁ。舞い上がりすぎてたわ。友樹の気持ち考えんと、おれの気持ちばっかり押し付けてたな。ごめんな」
そう言って、おれの髪にふれる手は、いつも通り優しかったけれど、もうさっきのように、おれの頬にふれることはなかった。
「三上と優くんがうまくいったからって、おれもおれもって勘違いしてたわ。あいつらはノンケやっちゅうねんな。好きになったんがたまたま同性ってやつで、根本的におれとは違うわ。ほんま、呆れるな〜」
防波堤の上で、おれと向かい合っていた身体を海のほうに向けると、真っ暗で何も見えない向こう岸を静かに見つめていた。
おれも海に向かって足を投げ出して、風に漂う水面に目を落とした。
おれがこいつを好きになったのは、こいつがオトコを愛せるからじゃない。こいつ自身に惹かれたんだ。もちろんゲイだなんて知らなかったし、だからこそ想いを封印していた。そばにいれて楽しいこともあったけれど、苦しいこともあった。
報われるはずがない恋など、あきらめた方がいいと何度も思った。
こいつは、そんな思いをずっとしてきたんだよな・・・・・・
何人のオトコにマジに惚れたのか知らないけれど、その度にツライ思いをしたに違いない。
一度も受け入れてもらえなかったと言っていた。

そして、おれが初めてだと言っていたっけ・・・
何だか胸が熱くなった。
今日の崎山は本当に楽しそうだった。
おれの浴衣姿を見たときも、露店で口のまわりを汚しながらとうもろこしを食っているときも、金魚すくいで一発で紙が破れた時も、綿菓子がすれ違った人にくっついて半分もげた時も・・・

そして、ここにやってきてワインで乾杯した時も、一緒にじゃれあって花火を見たときも・・・
あの行為はその場の雰囲気に流された、ほんの少し大胆なスキンシップだっただけなのに、おれは声を荒げて抵抗した。
いつものように冗談ぽくかわせばよかったのに、敏感に感じてしまった自分がイヤだという理由だけで、その手を振り払った。

そのときの崎山の悲しそうな声が甦る。
『こんな風におれにさわられるの・・・イヤか・・・?』
おれは否定したけれど、もしかして崎山を傷つけたのだろうか。
おれと一緒にいたいから、まだ帰らないと言ったけれど、それ以来おれの肌にふれることはない。
キスもまだなのにふれるなと言ったのはおれなのに、そのことで不安になるなんてバカじゃん、おれ・・・・・・
そして、認めたくはないが認めざるを得ない気持ちが湧き上がってきた。
もしかしておれは、崎山にイニシアチブがあると言いながらも、深層心理では崎山より優位に立っていたんだ、たぶん。
おれは普通の恋愛もできるけど、崎山は同性しか愛せない。
その事実が、おれに優越感を与えていたのかもしれない。
そんな醜い心がおれを苛立たせたんだ。
どうして、おれの思うとおりにことを運んでくれないんだ、なんて高飛車な態度で・・・
恋愛にはステップがあるだなんて、いっぱしの持論を作り上げて、その醜い心を隠そうとしていた。
そんなものありゃしないのに!
崎山は、おれにふれたいと思ったから、おれにふれた。
それは喜ぶべきことであり、否定すべきことでないのに。









どれくらい時間が経ったのだろう。
ふと見上げると、さっきとは輝く月の位置がまるで違う。

おれの動きを敏感に察したのか、崎山がやっと口を開いた。
「帰ろっか!」
防波堤から飛び降りると、おれに背を向けた。
おれのほうを見ない崎山に寂しさを覚えた時、優しい声が耳に響いた。
「おぶったるわ」
腕を後ろ手に差し出し、早くと言わんばかりに促す。
「な、なんでだよ」
訳のわからない行動に戸惑うおれを振り返ると、腰をおろしたままのおれの足元から下駄を脱がせた。
「慣れへん下駄で足痛かったやろ?鼻緒で擦れて皮剥けてる・・・」
おれは驚いた。知られるのがイヤで、歩を弛めることはなかったし、足を引きずることもないように努めた。
途中で帰ろうかなんて言われるのがイヤだったから・・・
「どうして・・・」
「わかるよ、それくらい。でも友樹気付かれるのイヤやったろ?一生懸命平静を装ってたし、可哀想や思いながら気付いてへんふりして連れ回した。痛かったやろ?ごめんな。せやし、帰りはおぶったるし。裏道から帰ったら誰にも会わんやろ。まだみんな大通りで騒いでるわ」
そして、ガサガサとコンビニの袋を探ると、救急バンを取り出し、赤く擦れた部分に貼ってくれた。
買い物したいからコンビニに寄ろうと崎山は言った。
帰りでいいじゃんと言ったおれを無視するものだから、呆れておれは立ち読みをしてふてくされた。
きっとこれを買いたかったに違いないのに・・・

「風呂入ったら張り替えるんやで?これやるから。さ、これ持って」
袂に小さな箱を入れられ、下駄を差し出され、もう我慢できなくなった。
「友樹・・・?」
突然、崎山の首に手を回し抱きついたおれの名前を、驚いたように呟く。
それでもおれの背中に腕を回そうとしない崎山がもどかしくて、さらにきつくしがみついた。












back next novels top top