true love









その3








「あかん。もう苦しいっ」
「そりゃそうだろうよ。あんなに食ってまだ入るっつうほうがおかしい」
きゅっと帯で締まった腹をパンッと叩いてやると、大袈裟にウッとうなり声を上げた。
「とにかく、どっかで休もうや」
そう言われて、おれもホッとした。実は、なれない下駄のせいで、足も限界にきていたのだ。
露店の並ぶ大通りから外れて、海沿いをゆっくり歩く。ぽつんぽつんと立つ街頭の明かりしか光源はなく、風に乗ってやってくる潮の香りが鼻をつく。
街中の人があの大通りに集結しているのかと思うくらいに、ほんの少し離れただけで祭りの喧騒から解放され、祭りの熱に高揚していた気持ちが、どんどん落ち着きを取り戻していった。
「この辺でええか」
崎山の合図に歩を止め、防波堤のコンクリートに腰を下ろした。
寂しいほどの静けさに、微かな波の音だけが響き、おれは大きく息を吐いた。
「疲れたか?」
優しい声音に心が揺れる。
いつも大声で冗談ばかり言っているのに、たまにこういう声を聞くと、どうしてか恥ずかしい気分になる。
「全然!それよりあんた、食べすぎだって!」
「ええやん、友樹のオススメ全部うまいねんもん」
「それにしたってさ〜」
何しろ、焼きそばにフランクフルト、焼きとうもろこし、イカ焼き、焼き鳥、口直しにと綿菓子、ゲームをした景品のたこせん、最後にはチョコバナナとチョコパイナップルだ。よく胃袋に入ったもんだと驚く。
「でも、おれは関西人やからな、たこ焼きとお好み焼きは食べんかったで。おっさんの作り方見たか?あんなんあかん!邪道や!だいたいやな―――」
「はいはい、あんたの焼くのがいちばんウマイって」
長くなりそうなので、適当なところで切り上げると、ブツブツ言いながらも、クスクスと笑う。
「友樹は、おれの扱いがうまなったな〜」
ひとりごとのように呟くと、さっき寄ったコンビニの袋から小さな瓶と紙コップを取りだした。
「げっ、そんなの買ってたのか?あんた腹いっぱいなんだろ?」
コンビニで立ち読みしていたおれは、こいつが何を買っていたのか知らなかったんだ。
「でものどは渇いてるし。おまえもやろ?」
そういえば、たくさん食いはしたが、飲んだのは昔懐かしい冷やしあめ一杯だった。
崎山は、小さくて細い小瓶を開けると、黄色い液体を紙コップに注ぎ込んだ。
「なに、これ・・・」
鼻をつけると、パイナップルの香りにほんのりアルコールが混じっているようだ。
「フルーツワイン。。あそこのコンビにはアルコールが豊富やから迷ったけど、缶ビールってのも色気ないしな」
「気取っちゃって〜いっつもビールのくせにさ」
「てか、おれ、おまえが未成年やっちゅうことすっかり忘れてるやん!」
自分の行動に自分でツッこんだあと、突然崎山は黙り込み、一呼吸置いた。
「でも、今日が初デートやろ?初めての時くらいキメたいやん」
からかうような口調なおれとは反対に、いたく真面目な口調で崎山は言った。
紙コップに落としていた視線を思わず上げると、おれを見ていたのかいとも簡単に視線が絡んだ。その眦は熱く優しく、おれを捕らえて離さない。
しばらく見つめ合っていたかもしれない。
打ち上げ花火の音が、その沈黙を破った。

この花火は夏祭りのメインイベントだ。これを見るために、朝から場所取り戦争が勃発するくらいに・・・
「こっからでも見えるんやな」
さほど大きくないけれど、夜空に打ちあがっては花を咲かす、色とりどりの閃光が形作る花火をまるまる見ることができた。おまけに少し打ち上げ地点から離れているからだろう、あの身体に響くような大きな音も僅かながら小さい気がする。
「とりあえず、乾杯しようや」
崎山に促され、合わせても音のしない紙コップを気持ち合わせると、崎山が選んだというワインに口をつけた。
フルーティーでジューシーな味わいが口の中いっぱいに広がってゆく。
「これ、うまいじゃん」
「ほんまやな。よっしゃ当たりでよかった」
うれしそうな崎山を確認すると、投げ出していた脚を胸の前で抱え込むように、防波堤の上で三角すわりをして、引っ切り無しに打ちあがる花火のほうに身体を向けた。
花火って不思議だと思う。見ていると会話なんて要らなくなり、沈黙さえも恐くなくなる。
夜空を飾る花火を無言で眺めていると、背中にぬくもりを感じた瞬間、後ろから抱きしめられた。
「お、おい―――」
振り返ろうとすると、さらに腕に力を込められ、苦しいほどに身体を密着させられる。
おれの肩の上に顎を乗せているのだろう、吐息を耳元で感じ、心臓が高鳴った。
「ええやん。誰もいてへんし・・・ちょっとだけこのまま・・・な?」
低く優しい囁きと、最後の「な?」に甘えを感じ、おれは抵抗するのを止めた。
崎山の脚の間に挟まれるように抱きしめられ、強張った力を抜くと、体重をそっと後ろに預けてみた。すると、崎山も前に体重をかけるから、おれもその重みを感じることができる。
どちらかが支えるでもなく、お互いがお互いに身体を預け、ちょうどいいバランスを保ちながら、花火を楽しんだ。
真夏にこんなに身体を寄せ合って、しかも大のオトコ同士で、むさ苦しくて暑いはずなのに、浴衣越しに感じる体温が心地よくてたまらない。
「友樹、風呂入ってきた?」
指摘されて、羞恥に顔が赤らんだ。一緒に出かける前に風呂に入るなんて、何だか・・・期待してるみたいだ。
「いい香りがする・・・」
首筋に鼻を擦りつけられ、くすぐったさに身体が震えた。
実は、リカが大事に使っている、ボディソープを拝借したんだ。それは人工的な香りではなく、自然な石鹸の香りがするという、ある意味石鹸の中の石鹸だった。
「あんただって、いつもコロンつけてるじゃんか」
「おれのは煙草のにおい消しや。友樹のは・・・なんか懐かしいにおい・・・」
「ママの石鹸のにおいなんて、恥ずかしいこと言うなよ」
照れ隠しにからかってやると、さらにもっと恥ずかしいことを言いやがった。
「これが・・・友樹のにおいなんだな・・・」
「違うだろ?これはリカに借りた―――」
「そうやない。石鹸かコロンか知らんけど、それと友樹のにおいがミックスされて・・・なんかそそられる」





そ、そそられるだと・・・?





刹那、耳朶に柔らかいものがふれ、そこから全身に震えが走った。同時に、耳の後ろにざらりと濡れたものを感じた。
リラックスして預けていた体が強張り、さすがにおれは身を捩った。
「やめ・・・ろって・・・・・・」
強く言えないのは・・・感じているから・・・?
それでも、頭の中はしっかりしていて、きちんと思考回路は働いている。





まだ、キ、キスもしてないのに・・・っ!





おれは結構固い頭の持ち主らしい。やはり、きちんと順番をふんで、ステップアップしていきたいではないか!
調子に乗って首筋にまで舌を這わせた崎山の腕が、前あわせを割って素肌にふれた瞬間、おれは渾身の力を込めて身体を捻った。









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