true love









その1








「めっちゃ似合ってるやん!かわいいぞ?かっけえぞ?」
玄関のドアを開けると同時に飛び込んできたボリューム満点の関西弁。
「やっぱおれの見立ては間違ってなかったな、うん!友樹サイコ〜」
ガバッと覆いかぶさるように抱きしめられ、後ろにひっくり返りそうになり、あわてて引きはがず。
「ひ、ひっつくな!暑いって!」
しかもここはおれん家の玄関。誰かに見られたら・・・・・・
「あ〜、さっきいこんばんわぁ。やだ、何やってんの?」
さ、さっきいだと・・・?
「あ、こんばんは、リカちん。お〜浴衣似合ってるやん。これからデートか?」
り、リカちん・・・?
こいつらそんなに親しかったっけな・・・?
弛められた腕からするりと抜けると、振り返ったそこには妹のリカが、おめかしして立っていた。
「そうだよ〜でえと。さっきいも?」
「もっちろん!今晩帰らなかったら、アリバイ工作頼むで。優くん家とか言うといたらええから。まぁオトコ同士やさかいおれん家でもかまへんか!」
笑い事じゃないっつうの!
「わかってるって!お兄ちゃん昨日からウキウキでどうしようもなかったんだから。見てるほうが恥ずかしいよ。リカの大切な本をたっくさん部屋に持ち込んでさ。何期待してんだか!」
ぞうりをつっかけると、「じゃあね〜」なんて暢気に手を振って、出て行ってしまった。
「リカちん、かわいいなぁ。でもおれは友樹がい・ち・ば・ん!」
にこりと微笑まれて、何だかくすぐったい。こういうこと、平気で口にできるのがこいつの凄いところなんだけど、冗談なのか本気なのか、みえにくい点がやっかいだ。
「だから〜ひっつくなって!」
再びしなだれかかってきた崎山を押しのける。
こいつのこんな風な、いささか激しすぎるスキンシップが・・・おれは苦手なのだ。
「おれらも行こうや」
エスコートされるように背中を押され、改めて崎山を見て、どきりとした。
落ち着いた紺地に白い小さな水玉柄の浴衣、濃紺の帯。
厚いのだろう、ちょっと着崩した襟元に目がいってしまう。






なんか・・・色っぽいんだけど・・・・・・





決して和風な顔立ちじゃないんだけど、どうにもこうにも似合っているのだ。
「なに?見とれるくらいおれってかっこええ?」
少しばかり見とれていたのを指摘されて、慌てて否定する。
「ば、ばかじゃねえの?誰が見とれてるってんだよ!ただ、ひとりで着付けしたのかな〜って思っただけ!」
自分でも驚くほど上手くごまかしの言葉がでた。でも、考えてみればそんな疑問がわいても不思議ではない。
おれは、母親に頼んで着せてもらったけど、温泉で身につける浴衣のように簡単にはいかなかったし。
「あぁ、おれ、着付けできるねん。母親が着付け教室してるさかいに」
あまり家族のことを話したがらない崎山から、母親の話題が出て驚いた。
「着付けだけちゃうで?お茶もできるし、生け花もな。おどりもやったな。オンナやったら見合いの釣書にことかかんなぁ」
「マ、マジで〜〜〜?」
あまりに意外で、おれは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ほんまやで。小さい頃から習い事ばっかりさせられたし。オトコのおれにはあんまり役にたたんけど」
カラカラと下駄を鳴らして歩きながら、崎山は楽しげに話をした。
その話を聞いて、なんとなく和装が様になっていた理由がわかった気がした。こういう浴衣も、おそらくは着物なんかも着慣れているに違いない。
おれの母親が、この浴衣を見たとき言っていた。
『友樹にしては、粋な買い物ねぇ。こんな趣味がいいとは思わなかったわ』
さすがに崎山から貰ったとはいえないから、自分で買ったんだと言ったおれを、母親は初めて趣味がいいと褒めた。
放任主義の我が家は、コドモのプライベートにほとんど口出ししないが、どっちかというとやんちゃ系の洋服を好んで着るおれに、母親も妹も手厳しかった。そんなおれが選んだと言った浴衣を褒めるなんて、よっぽどのことだったんだろう。何と、その浴衣に合うものをと、下駄まで買ってくれたのだ。
リカにも「やだ、それってリカ御用達のブランドじゃない!お兄ちゃんにしてはいい買い物だね」なんて言われた。
きっと、こいつの見立ては正しいんだ。
おれに似合ってるかどうかはわからないけれど、おれのために、おれのことを考えて選んでくれたことがうれしかった。
でも・・・・・・
こいつはすっかりおれのことわかってるようなんだけど、おれはこいつことをよく知らない。
実家が大阪で、親戚がこっちにいて・・・
実際それくらいしか知らないのだ。
母親のことだって、今初めて知ったくらいだ。
詳しくは知らないが、実家を出て、こんないなかの大学に進んだのには、こいつがゲイであることが絡んでいるようだった。先輩に聞いた話を優が教えてくれたんだけど、家族とうまくいっていないというわけでもないようだが、家に居辛くなったのは確かなようだ。
だから、おれはあまり家のことにはふれなかったし、こいつも話さなかった。
いつか、話してくれればいなあって思ってはいたんだけれど。
「友樹は習い事とかしてた?」
「まあね、スイミングとか、公文式とか・・・英会話はすぐにやめたけどな」
「そうやろ?普通はそういうのん習うよな。でもおれの家は違ったなぁ。お茶にお花におどりやで?何や厳しい家やったわ。メシんときも、しゃべったら怒られたし、食べてる気ぃせんかったもんな〜」
いろんなことを思い出しているのだろうか。まだほんのり明るい空を見上げる横顔が、少し寂しそうに見えた。
「その反動やろか。今メシのときうるさいやろ?」
その通り、こいつと一緒にメシを食うと、なかなか食べ終わることができない。目の前の料理のこと、それこそいつでも話せるようなことを、ほとんど途切れることなく話しまくるからだ。
「でも、楽しいし。おれ、あんたの話聞くの好きだし・・・」
時には笑いすぎてそれだけで腹がふくれることもあるくらい、楽しい食事なんだ。それは本当。
すると、崎山は驚いたように目を見開いて、おれを見やった。






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