微かな想い
『悲しみの果て』
〜康介side〜


第九話







「康介くん・・・?」
聞きなれた声で名前を呼ばれる。
「圭さん・・・?」
ふっと光が地面に落ちると、懐中電灯を照らした圭さんが立っていた。
「なんで・・・?」
「日も落ちてもうすぐ夕飯だっていうのにどこにもいないからさ、心配になって。そしたら平蔵さんが森のほうに歩いていくのを夕方に見かけたって言うから、探しにきたんだ。さっ帰ろう」
圭さんはぼくの腕をつかんで、さっさと屋敷のほうに向かっていくから、ぼくも少し後ろをひっぱられるように歩いた。朝の先生との散歩を思い出した。
従兄弟だから・・・こういうところも似てるのかな・・・?
「そんな薄着じゃ寒いだろ?」
腕を引っ張られて、肩を抱かれて感じた圭さんの体温が温かくて、すごく心地よい。
こんな風に誰かと歩くのは初めてで、ドキドキというよりこそばゆい。
「ここに来る時に、峻と成瀬に会ってさ、森を散歩してたとか言ってたけど・・・ふたりに出会った?」
ぼくはドキリとした。何でそんなこと聞くんだろう。
「いいえ。会わなかったですよ?この森も結構広いみたいだから・・・」
「康介くんはどうしてこんなとこに来たんだ?しかもひとりで」
さらなるツッコミに一瞬押し黙ってしまったけれど、ぼくは悟られないように懸命に答えた。
「た、多恵子さんが、森の奥の池がきれいだって教えてくれたから・・・最後に見とこうかなって・・・」
圭さんは、「そうか」と言うと、その後は無言のままだった。
圭さんは、亮にいと先生の関係を知っているんだろうか。
聞いてみたかったけれど、聞くのをやめた。もし圭さんが何も知らなかったら・・・ぼくは誤魔化し通す自信がない。
それにぼくの気持ちまでも見透かされそうだったから・・・
屋敷について、一旦部屋に戻ろうとしたぼくを圭さんは引き止めた。
「康介くんは・・・峻のことをどう思った?」
返事に困るぼくに圭さんは答えやすい質問に変えてくれる。
「いい人だと思う?」
ぼくは大きく頷いた。
「第一印象は、冷たそうだと思ったけど、陸や純平の相手もしてくれるし、優しいし、亮にいが引っ越したら家に遊びに行きたいなって思いました」
優等生のような発言に、圭さんはどう思ったのかわからないけれど、「早く来いよ」と言い残してリビングへと去っていった。
圭さんは一体何を聞きたかったのだろうか?
圭さんは一体何をどこまで知っているのだろうか?
ぼくは新たな疑問を抱えることとなった。











次の朝、お世話になった西山さん夫妻に別れを告げて、ぼくたちは別荘を後にした。
神様の好意か悪意か、行きと同じく片岡先生と亮にいと同乗することになってしまった。
昨日池のほとりで見た時のような甘い雰囲気は全く感じられず、人に隠した恋愛ってものはこういう風にするもんなのかと、ぼくは変に納得してしまった。
ぼくも見習わなくちゃいけないな・・・
斜め後ろから見る先生は、やっぱりかっこよくって、ぼくはミラー越しに目が合うたびにドキドキしてしまった。
このドキドキにもなれなくちゃいけない。
誰にもぼくの心を知られちゃいけないから・・・
それを前提に、ぼくは先生への恋心を持ち続けることにしたんだから・・・
ふと、亮にいのうなじが赤くなっているのに気がついた。
「亮にいちゃん、虫にさされてるよ?」
昨日、あんな森の中にいたから刺されたんじゃないの、なんて心の中で思いながら。
「え〜っ?でも何も痒くないぞ?」
何を言ってるんだというような口調に、ぼくはその箇所を指で示した。
「ほらここ、赤くなってるもん!」
すると、亮にいは急にあわてふためいた。
「へ?ま、マジで?そういえば、何かムズムズする!」
その箇所をぼりぼりかきながら、意味深に先生を横目で睨んで、それを感じた先生はクスクス笑っていた。
その笑顔がとても幸せそうで・・・・・・
もう少しだけ、先生を好きでいさせてね?
何だか揉め始めたふたりに向かって、ぼくは心の中で語りかけた。









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