微かな想い
『悲しみの果て』
〜康介side〜


第一話







「なぁ、おれも康介も進路が決まったことだし、旅行しないか?」
受験が終わり、お弁当屋でもバイトを再開した亮にいが持ち帰ったおかずで、少し遅い夕食を摂っているとき、亮にいが突然そんなことを言い出した。
「旅行〜?」
純平が久しぶりのから揚げをつつきながら大声を上げた。
驚くのも無理はない。ぼくたちは、家族で旅行なんてしたことがないから。
ぼくが小学生の頃にお父さんが亡くなり、お母さんは看護師なんていう休みなんてあってないような仕事をしていたし、家族五人で旅行なんてそんな余裕もなかった。
だから、旅行だなんて、小学校と中学校での行事でしか体験したことがない。
ぼくも驚いて箸を止め、亮にいを見た。
「ああ、春休みに入ってすぐだけど、みんなでな」
なぜだか、みんなでのところを不自然に強調している。
「みんなで?ほんとに?」
陸がうれしさのあまりテーブルに身を乗り出した。
「おれたちだけじゃなくて、二ノ宮と・・・」
圭さんは、亮にいの唯一の友人で親友だ。仲良さそうなふたりを何回か見かけたことがあるし、会話をかわしたこともあった。
中学に入ってからはあまり友達とのつきあいがないようだった亮にいから、高校に入ってから時々圭さんの名前を聞くようになった。どっちかというとひとりが好きで、ぼくたちにもあまり自分のことを話さない亮にいの口から語られるその友達に、ぼくはとても興味を持っていた。
圭さんは、自分でも言っているけれどかなりモテるようで、それが納得できるくらいにかっこいい。
亮にいだってかなりかっこいいと思うんだけど、違う魅力に溢れた人だった。モテる人にありがちな気取ったところもない、逆にオヤジギャグを平気で飛ばすような、とても楽しい人だ。
この間の亮にいの卒業式の日も、なんでも卒業式後の打ち上げを圭さんの家でやっていて、飲みすぎで動けなくなった亮にいを自分のベッドに寝かせて、ぼくたちのことを心配して家に来てくれた。変なところで真面目な亮にいが、未成年のくせに動けないほどお酒を飲むなんてちょっと意外だったけれど。
そして、卒業祝いにと作っておいた料理を一緒に食べてくれただけでなく、泊まっていってくれたんだ。
圭さんと一緒なら、楽しい旅行になりそう!
でも亮にいの言葉には続きがあった。
「・・・あと何回か来たことあるだろ?おれの先生」
その言葉にドキリとした。





おれの・・・先生・・・?





ぼくが知っている亮にいの先生はひとりしかいない。
「片岡・・・先生?」
ぼくがその先生の名前を口にすると、少し不思議そうな顔をした。
たったの二回しか会ったことのない、しかも口を利いたのは一回きりのその先生のことを、ぼくが名前まで覚えていることに驚いたようだった。
それでも、さほど気にすることもなく、話を続けた。
「そうそう。兄ちゃんさ、4月から一人暮らしするじゃん?一人暮らしじゃなくて、その片岡先生の家に居候させてもらうんだ。だからさっ、おまえらが気軽に遊びに来れるように仲良くなりたいんだって」





えっ?





「片岡ってあのかっこいい先生だろ?亮兄ちゃん先生と仲良いんだな」
「圭も来るの?ぼく、うれしいな〜」
純平の言葉も、陸の言葉も、ぼくにはどうでもよかった。
ぼくは・・・知らなかった。
亮にいが大学生になったら一人暮らしを始めることは知っていた。
それは母の希望でもあったし、ぼくも高校生になるのだから、亮にいにばかり甘えていられないと思い、大賛成した。
いつだってぼくたちのことをいちばんに考え、面倒をみてくれた亮にいに、もう少し自由をあげたかったから。
そんなに遠くないところに住むということも知っていた。
おそらく、気になって何度も帰ってくるんだろうななんて想像もしていた。
たまには泊めてもらったりできるかなってうれしくもあった。
でも・・・知らなかった。





片岡先生の家に居候させてもらうだなんて・・・
片岡先生と一緒に住むんだなんて・・・





「二ノ宮と片岡先生が車を出してくれるし、交通費の心配はない」
「つうかどこに行くのか肝心なことを言ってないよ、亮兄ちゃん」
「軽井沢の別荘だって」
「別荘〜?」
再び純平の素っ頓狂な声。
「だから宿泊代もゼロ。すごいだろ?つうわけだから」
「旅行〜旅行〜」
純平と陸は浮かれ気分で、夕食も中途半端に騒いでいる。
「康介は・・・気が乗らないのか?」
亮にいの問いかけに我にかえった。心配そうな顔でぼくの様子を覗っている。
「えっ?ううん?旅行なんて・・・いつぶりだろうって考えちゃった」
自分でも感心するほど、すんなりとごまかしの台詞が口をついた。
今度は逆に亮にいの様子を覗うと、ほっとしたように「そうだな」って呟いた。
「別荘広いらしいから・・・ゆっくり好きなことすればいい。無理に出かけたりしなくても、したいことをすればいいから。あんまり深く考えるなよ」
ぼくが頷くと、にこりと笑って残りのゴハンに箸を伸ばした。









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