beloved




第三話

「で、きみは私が誰だか聞かないのか?」
リビングのソファにゆったり腰を下ろし、おれの淹れたお茶に口をつけると、正面に座るように促された。
「聞かなくたってその見てくれですぐにわかります」
本当にそっくりだった。
一卵性双生児でも、歳を重ね個人のアイデンティティが確立されるにつれて、個性が活きてだんだんかけ離れたものになると言われるが、それが確かな説ではないことが証明されるほど、ふたりは似ていた。
しかし、おれにはわかる。
いくら目の前の男が片岡と同じ顔を持っていても、おれには見分ける自信があった。
非常に頭の切れる人だと聞いていた。
父親の後をついで選挙に出馬するのも時間の問題だとも聞いていた。
おれなりにイメージはしていたけれど、それ以上に迫力があって、おれのほうがかしこまってしまっている。
「ま、名乗らないのも礼儀に外れる・・・か。私は峻哉の兄で片岡俊哉だ。驚かそうと思ってね、髪を下ろしてきたのだが、君には通じなかったようだね」
「おれは―――」
「成瀬亮くんだろ?きみのことはすべて知っているから自己紹介は結構。無駄な時間を過ごすほどバカバカしいことはない」
全て知ってる・・・?
思考がついていかなくて黙り込んでしまったおれに、彼はクスリと笑いを漏らした。
「成瀬亮。大学4年。男ばかり四人兄弟の長男。父は他界、母親は看護婦。特別奨学金の枠を利用し明倫館高校へ入学。1年時に峻哉が担任となり、3年時から親密な付き合いが始まる。大学入学と同時に同棲。教員採用試験に合格し現在に至る。どうだい?間違いはあるかい?」
「―――調査済みってことですか?」
どういう手を使ったのか知らないが、勝手に身辺を調べられるのは不愉快きわまりない。不快感を隠さず表に出したおれの口調に、彼は意外そうな顔をした。
「かわいい弟のためにセッティングした見合いを、好きな人がいるからと断られたんだ。相手がどういう人なのか気になるのは当たり前だろ?きみにも兄弟がいるんだ、弟を思いやる兄の気持ちがわからなくもないだろう?」
二ノ宮から聞いた見合いの話は事実だったのだ。
しかし片岡が顔をあわすこともなく断ったことに、おれは少なからず安堵した。
それが顔に出たのだろうか。
おれを窺っていた彼の表情が少し歪み、刺すような視線をおれに向けた。
「まさか、相手がオトコだとはね。あいつも何考えてんだか」
そう言うと、彼は湯飲みに手を伸ばし一口すすり、もう一度聞こえよがしのため息をついた。
あまりの芝居じみた動作に、イライラが募る。
「で、わざわざそれを確かめに来たわけですか・・・」
おれは、片岡との関係を否定しなかった。今さら否定したところでどうしようもないことはわかっていた。目の前の何の隙もない男を誤魔化せるほど、おれの話術は長けてはいない。
雰囲気に飲み込まれないように、おれは精一杯虚勢を張った。
彼が訪ねてきた理由の察しはつく。
おれたちの関係を歓迎しているとは思えないし、おれの存在をただ確かめにきたわけでもないだろう。
「否定はしないのか?」
「否定したところで、あなたがそれを信じるとは思えない。無駄な時間を嫌っているのはあなたでしょう?さっきそういいましたよね?」
視線を逸らさずに正面からキッと見据えてそう言ってやると、彼はさもおかしそうにクククと笑い、ポケットから煙草を取り出し火をつけた。
フーッと白い息を吐き出すまでの一連の動作が片岡にそっくりで、おれは意に反して見とれてしまった。
「きみは・・・なかなか面白い。峻哉が気に入るのも無理はないかもな」
不躾な視線に不快感がいっそう強まり、拳をグッと握り締めた。
「では単刀直入に言おう。ここから出て行って欲しい。峻哉は実家に連れ戻し、しかるべき家の令嬢と結婚させる」
予想していた言葉だったが、さすがに面と向かって言われると胸に突き刺さる。
しかし、おれも負けるわけにはいかない。
「それは、あなたが勝手に決めたことでしょう?あいつ・・・いや峻哉さんがそれに従うとはおれは思いません!」
興奮したほうが負けだとわかってはいるが、どうしても声を荒げてしまう。
「そういいきれるほど、きみは峻哉に愛されているという自覚があるわけだな」
バカにされているような気分になって、おれも努めて冷静に、それでも強く言い返した。
「だてに4年半も一緒に暮らしているわけじゃありませんから」
「けど、きみは峻哉の何を理解しているというんだ?」
「何って・・・」
「あいつがしがない高校教師で一生を終わらすようなヤツだと思っているのか?もしそう思っているのなら、きみは峻哉を理解しているとはとうてい思えないな」
おれは言葉につまった。
それは、おれがここ数年考えていることでもあったから。





                                                                    









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