beloved




第一話

「峻に見合いの話出てるって、おまえ知ってるのか?」
久しぶりに会おうと言う話になり、駅前に新しくオープンした居酒屋で待ち合わせをした二ノ宮が、少し酔いが回ってきた頃にそんなことを言い出した。
あいつに・・・見合いだって?
「あ、やべ、言うつもりなかったのに・・・」
おれの強張った表情を見てとった二ノ宮は、チッと舌打ちした。
「あ、でもさ、まだあいつのとこにまで言ってない話かもしんないし。それに・・・あいつは断るって」
「―――そうだな・・・」
おれはグラスについた水滴を指でぬぐった。瞬く間にテーブルに水滴が溜まってゆくのを、おれは視線で追っていた。








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あんなに流れの遅かった小中高校時代とは打って変わって、大学時代は瞬く間に過ぎていった。
通った日数よりも休みの日数のほうが多いような感覚さえおぼえ、あっという間におれは最終学年を迎えていた。

根が真面目だからだと自分では思っているのだが、友人からは要領がいいと言われるこの性格が功を奏してか、難なく希望の単位は取得できたし、二回にわたった教育実習の手ごたえもよかった。
今は、採用試験に向けて猛勉強中の身である。
先日、母校の明倫館高校での実習を終え、卒業後にとりあえず講師として採用してのよいとの連絡を教頭から貰った。ちょうど国語教師がひとり、定年退職するらしく、ひとつ席が空くらしい。
もし、公務員の採用試験を受けるなら、返事はその結果待ちでいいという、破格の条件だった。
教職につこうと思ったのは、別段片岡の影響ではない。
小学校の時の担任に憧れていたのだ。
おれたちにモノを教えてやっている、そんな態度を示したことは一度もなく、おれたちと同じ目線から物事を見ることができる人だった。
授業も楽しく自由で、ほとんど授業らしい授業はなかった気がする。
それでも、保護者の評判は良かったし、クラスの成績だって悪くはなかった。自由の中の秩序を教え、母子家庭で兄弟の多いおれを理解しながらも、他の一般家庭のヤツラと差をつけることもなく、同じように扱ってくれた。
おれの卒業後も、純平と陸の担任をしてくれた、いわば成瀬家ゆかりの教師である。

その出会いが、おれを教職へと導いたわけだが、最初は同じように小学校の教師を目標にしていた。
しかし、中学・高校と成長するにつれて、教師との繋がりも薄くなり、鬱陶しいものに変化していった自分の気持ちを思えば、なぜそうなるのだろうと疑問に変わり、そしておれはそんな教師になりたくないと、目標を変更した。

それに、小学校だと全科目の知識が必要となるが、中高だと専門科目がメインとなる。その分、心理学などを深く学びたかったのだ。
あいつと同じ職場で働く。関心のない話ではない。
しかし、先日の二週間の教育実習で、それはうれしくもあり、心苦しいことでもあると自覚した。
おれの在学中と同じく、他人にバレずに付き合うという点では全く変わりはないけれど、当時は教師と生徒という、違う立場であったし、一線を引いていた。授業の時しか顔を合わさない時もあったし、関わらなければバレることなんてなかった。
だが、同僚となると話は別である。科目は違えど、職員室に机を並べるわけで、もし同じ学年を受け持つことにでもなったら関わることは必至で。
付き合い始めて約五年。同居を始めて約四年。
すでに倦怠期に突入してもいいくらいの年月を一緒に過ごしてきたけれど、おれたちにその倦怠期なるものが訪れる気配もなく、いい年こいていまだラブラブ状態を保っているのである。
二ノ宮いわく、「気持ち悪いくらい仲が良い」らしい。

そんな状態で、同じ職場で、知らん顔できそうになかった。
それに、そうなったらほとんど丸一日、一緒に過ごすことになる。
それはさすがにどうかと思う。

片岡に教頭からの打診の話を聞かせると、ひとつの選択肢として考えるべきだと言われた。
きっとあいつには、おれと同じ職場になっても平静でいられるだけの忍耐力があるに違いない。
そう、自信がないのはおれのほうなのだ。

そんなこんなで、おれは公務員試験を受験することにしたのだった。
                                                                      









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