心のままに





前編







センター試験も終わり、二次試験に向けて机に向かっていると、ベッドの上に放り出していたケータイの電子音が鳴り、すぐに消えた。



メールかよ・・・・・・



そのまま問題集に再び目を移して見たものの、どうも気になって仕方がない。
ベッドに腰を下ろし、ケータイを取り上げ、メールをチェックした。



あっ・・・・・・



片岡からだった。
先ほどまで片岡の部屋にいた。
あいつが授業の準備をしている隣りで、おれは参考書を開いていた。




なんの用だ・・・?



『18歳の誕生日おめでとう』



思わずカレンダーを見た。
日付がかわり、今日は2月2日。
おれの生まれた日。

おれはあまり自分の誕生日に興味はない。
弟たちの誕生日は忘れたことはないけれど・・・

毎年、弟たちにおめでとうと言われて思い出すぐらいだ。
ケータイのディスプレイをボーっと見ていると、着信を知らせる電子音と光。浮き出た名前は・・・
おれはすぐに通話ボタンを押した。




「―――はい・・・」
『おれ。メール見た・・・?』
「見たよ!勉強の邪魔すんなよな。明日でいいじゃんか」





ほんとはすっげーうれしいくせに、素直になれないおれ。
そんなおれを理解しているのか、おれの悪態を無視する片岡。



『おめでとう、亮』



セックスの時しか呼ばないおれの名前を口にされ、どくんと胸が鳴る。



『18歳か・・・やっと結婚できる歳だな』
「けど、あんたとはできないじゃん・・・」



言ってから、あっと思う。まるで、片岡と結婚したいみたいに聞こえるかも・・・



『―――そうだな・・・でも今後、法律だって改正されるかもしれないぜ?』
「そんな時まで、一緒にいるかわかんないけどな」



あわててさっきの言葉を打ち消すセリフ、でもこれは本音。
人の心なんてわからないから・・・おれは、期待しない。
この世のものすべてに・・・




『おれは、一緒にいるつもりだけどな』



耳元で囁かれる甘い言葉に、耳がざわざわした。



『じゃあ、無理せず寝ろよ。明日は来るか?』
「わかんねえ・・・」
『わかった。じゃあな』



ぶちっと音がして、通話が切れた。



なんだよ!無理にでも誘えよ!
すんなり引き下がるなよ!




机に戻る気分になれず、そのままベッドに寝転がる。
ほんとうはうれしかった。
だれよりも、何よりも片岡に祝福の言葉をもらえて、すごくうれしかった。

今まで、誕生日におめでとうって言われて、ありがとうとは返すけれど、別にうれしくなんてなかった。
何でみんな、うれしそうに歳を重ねるのか、理解できなかった。

けど、今年の誕生日は違う。
歳をとるのがうれしい。
いつも余裕の、オトナの片岡に一歩でも近づけるのがうれしい。

日付が変わってすぐにメールをくれた片岡。
きっと時計とにらめっこしていたに違いない。

そんな片岡に、お礼のひとつも言えないおれは・・・どうしようもないバカだ。
片岡と付き合うようになって、おれは自分がどうしようもないバカで、素直じゃないことを知った。
最後の会話が気になった。
飽きれたような口調に聞こえたのは、おれの勘違い・・・?

もし、もう付き合ってられないとか思われてたら・・・
もう、おまえなんて知らないって思われてたら・・・
おれは、片岡に許しを乞えるだろうか?
素直に悪かったと言えるだろうか?





***       ***       ***





結局、なかなか寝つけず、起きたのは昼過ぎだった。
今年に入ってから、学校も自由登校になった。
朝の新聞配達も受験が終わるまでは休みをもらっている。

それでも、おれはなるべく朝食を弟たちと共にすることに決めていた。
弟たちは気を使って、自分たちのことは自分でするようになった。
あの純平でさえも、家事を手伝う。

康介は、すでに推薦で、おれと同じ明倫館の成績優秀者学費免除枠に進学が決まっていたから、率先して家事を引き受けてくれる。
今日も起こさないでいてくれたようだった。
とりあえず起きて、リビングに行くと、メモ用紙に「亮兄ちゃんの誕生会をするから出かけないでください」と書かれていた。
冷蔵庫を開けると、いつ用意したのか、何やら料理の下準備がなされている。

ということは、おれに任された用事が何もないということだ。
毎年、家族の誕生日はみんなでお祝いをするのが決まりだった。
祝ってもらうやつは準備ができるまで、部屋から出てはいけない。

おれは、自室にこもって勉強をはじめた。
とにかく合格しなければ、おれは前に進めない。

集中したら時間を忘れるおれは、ふと時計を見ると夕方なのにびっくりした。
階下では、がたがたと音がしている。
パーティーの準備でも始めたのだろう。

畳の上にごろんと寝そべった。
昨夜の片岡とのやりとりが頭をよぎる。





今日、会いに行ったほうがいいだろうか・・・?
けど、会って、また片岡を傷つけるようなことを言ってしまったら・・・





おれは、いつからこんなに臆病になったのだろう。
おれはもっと強い心の持ち主だったはずなのに。

こみあげる胸の痛みに、おれはのどを詰まらせた。





***       ***       ***





「亮兄ちゃん、お誕生日おめでとう〜」
三人の弟が口を揃えた。
テーブルの上には、ちらし寿司やらから揚げやら豪華な料理が並んでいる。
「おまえらが作ったのか?」
「おれたちもやりゃできるんだって!」
純平は自慢げにから揚げに手を出す。
「違うよ。弁当屋のおじさんに分けてもらったんだ」
正直な陸がちゃちゃを入れた。
「そしたらね、このケーキ、お祝いだってくれたんだ。おばさんの手作りだって」
康介の言う通り、大きな大きなデコレーションケーキがテーブルの真ん中を占めていた。
「おじさんもおばさんも亮兄ちゃんのこと褒めまくりなんだ。ぼく、何だか照れちゃったよ」
康介が笑いながらおれを見た。
「でね、高校生になってお兄さんみたいにバイトするんだったらここにおいでって。絶対バレないようにしてやるって」
うれしそうにそう言った。
「まっ、高校に慣れて余裕が出来たらな」
おれはそう言ってやった。
三人は、少ない小遣いから出し合って買ったのであろうマフラーをおれにくれた。
おれは、こんな家族に囲まれて幸せだと思う。
けど・・・

去年までなら、これでこの上なく満足していたはずなのに、今のおれには物足りない。
誕生日をともに祝ってほしい人がいる。
心から、おれがこの世に生まれたことを喜んでくれる人と、おれは一緒にいたい。
「亮兄ちゃんさ・・・付き合ってる人とかいないの?」
突然、康介がおれにそんなことを言い出した。
「な、なんで?」
「だって、亮兄ちゃんかっこいいし、モテルだろうし、いないほうがおかしいし」
「それに、なんだか帰り遅かったりするし、最近妙に色っぽいし」
色っぽいって・・・純平、おまえっ!
「亮兄ちゃん、彼女いるの?」
陸までそんなことを!
「みんなして急に何言ってんだよ!付き合ってるヤツいたら、ここにいないだろ?」





―――ピンポーン―――





「―――なんだ?今頃・・・」
玄関に出た康介が、戻ってきた。
「亮兄ちゃん、先生が来てるよ?」
「せ、先生・・・?」
「うん、話があるんだって。片岡先生だって」
か、片岡〜〜〜?
慌てて玄関にでると、「よお」と能天気に手をあげる。
「な、何しに来たんだよ」
何しにって、おまえに会いに―――」

「じゃあ、外行こう外!」
片岡をドアのほうに押しやると、後ろから声がした。
「亮兄ちゃん、上がってもらいなよ」
康介、な、何を言うんだ!
「あれ?先生、前に来たことあるよな。亮兄ちゃんと陸がケンカしたとき・・・」
純平!なんでそういうことだけ覚えてるんだ!
「あ〜かっこいいせんせだ〜こんばんは〜」
り、陸までも・・・
「どうぞ、先生上がってください。亮兄ちゃん、部屋でゆっくり話しなよ。後でケーキ持ってったげるから」
康介の声に、おれは仕方なく自室に片岡を通した。









back next novels top top