にがつじゅうよっか






<2>








「柿平の性格だとこれ渡すのも勇気が必要だったと思う。だからちゃんと食べてやれよ」
真っ直ぐな瞳はその言葉が本心だと語っている。
もしかして成瀬は平気なのだろうか。
おれが本命チョコを口にしても。
おれは成瀬を見かえした。
「食べてもいいのか?」
「いいんじゃねえの。今年アンタの唯一のチョコだろうから。ありがたく味わえば?」
自分の部屋に行こうと背を向ける成瀬の腕を掴む。
「怒ってるのか?」
「怒ってねえよ!」
怒っていないといいながらも語気が荒いのは怒っている証拠だ。
先ほど感じた罪悪感はどこへやら、明らかに妬いている成瀬に愛しさが込み上げる。
素直じゃないなぁと呆れつつ、そういうところがたまらなく魅力的でたまらない。
「じゃあ一緒に食うか?」
その一言に成瀬は一瞬黙り込み、そしておれの腕を振り解く。
「食わねえよ!アンタがもらったんだから、アンタひとりで処分しろ!」
そしてリビングを出て行こうとした。
「ほらやっぱり怒ってる」
成瀬が立ち止まり、おれの方にくるりと向きを変えると、バタバタとスリッパの音をたてておれに向かってきた。
おれを挟むようにソファに膝を突いて乗り上げると、おれの肩を背もたれに押し付けて身体を揺さぶる。
「あぁ怒ってるさ!嬉しそうに受け取って帰ってきたことも、当てつけのように置きっ放しにしておいたこともな!」
「おれは嬉しそうに受け取った覚えも、当て付けに置いておいたつもりもない」
「だったら何で受け取ったんだ?アンタだってこれが義理じゃないってことくらいわかってんだろ?柿平の気持ちわかってて受け取ったんだろ?」
「それは・・・」
言葉に詰まってしまった。
「ほらみろ。アンタは何もわかってない。柿平の気持ちも。おれの気持ちも」
そこでおれはふと思った。
成瀬は柿平のおれに対するアプローチも感情も知っていたのではないかと。
「圭・・・か・・・・・・」
情報通で卒業してからも学内のことについてアンテナを張り巡らせている従弟の圭を思い出す。
おそらく悪気なんてひとつもなく、ただ揶揄のネタとして成瀬にいろいろと話して聞かせたのだろう。
成瀬もさほど真剣に考えていなかったのだろうが、心に引っかかる何かがあったのかもしれない。
感情表現が下手で、特に人に弱みを見せることを嫌う成瀬。
恋愛に積極的かと思わせる反面、センティシブで傷つきやすい。
以前もおれが過去に付き合ったオンナのことでひとり悩んでいたことがあった。
「ちゃんと最初に説明すればよかったな」
視線を逸らしたままの成瀬をギュッと抱きしめると、成瀬は抵抗しなかった。
「柿平から最後にするから受け取って欲しいといわれて断れなかった。柿平からの好意はなんとなく感じていた。だけど受け入れることはできないから可哀相だけれども突き放したら、彼も理解してくれたようだった。これを受け取ったら元も子もないとわかっていたけれども、断りきれなかったんだ。悪い。悪かった。おまえの見えるところに置きっぱなしにしておいたことも謝る」
成瀬は黙っておれに抱かれていた。
何も言わず、おれの肩に頬を押し付けてるから、おれも成瀬の背中に回した腕に力をこめる。
「ごめん」
耳のそばで震える成瀬の声。
「なぜおまえがあやまる?悪いのはおれだろ」
目のつくところに置きっぱなしにしたのも、拗ねる態度が可愛くて少し意地悪いふるまいをしたのも、全部おれが悪い。
成瀬はおれが何も理解していないと言ったけれども、さすがにそこまで鈍感ではない。
「チョコを見つけて妬いてくれたのが嬉しかったんだ。可愛くてちょっと苛めたくなった」
「バカっ」
成瀬が背中をゴンと叩く。
そして続けた。
「おれも・・・変な態度とっちまって悪かったと思ってる」
「だからおまえは―――」
「腹が立ったのはあんたにじゃなくて。心の狭い自分にイライラしたんだ」
「成瀬・・・」
顔を見ようとしたおれの身体をぐっと引き寄せる。顔を見られたくないときの成瀬の所作だ。
「柿平があんたに本気だろうとそんなことは関係ない。あんたはおれをちゃんと好きでいてくれる。だから余裕で構えていればいい。笑ってればいいのに、それができない自分にイライラして、あんたに当たるなんてみっともない。あんたの気持ちを信じてないわけじゃないんだ。ただ、ちょっとしたことで不安になる。そんな自分が嫌いだ。些細なことで感情を抑えきれないなんて、まるであんたを・・・信じてないみたいじゃないか」
成瀬はめったに自分の心のうちを明かさない。
しかし根が素直だからか、おれには成瀬の気持ちが手に取るようにわかる。わかっているつもりだ。
だが、わかっていても、成瀬の口から本音を聞きたい。
お互いの気持ちをぶつけ合い、ステップアップしていかないと、一緒に生きていく意味はないのだから。
「成瀬はおれが好きだろ?」
成瀬は答えなかったがおれは続けた。
「おれも成瀬が好きだ。お互いの気持ちが一致したからこうやって一緒に生活して、こうやって抱き合っている。でも・・・・・・」
ひとつ大きな息を吐く。
「人の気持ちなんてわからない。おれもそう思う」
成瀬がピクリと身体を震わせた。
「おれだって不安だ。いつお前の気持ちが変わってしまうのか、それは明日なのかもしれないし、1年後、数年度、遠い未来のことかもしれない」
「おれはっ、おれはずっとあんたを―――」
やっと顔を上げた成瀬を覗き込む。
「そうだと嬉しいけどな」
軽くキスをすると、顔を真っ赤にして怒る。いつもの成瀬だ。
「だから、不安なことがあったら、ひとりで溜めないで、お互いにぶつけ合おう。我慢していたっていいことなんてひとつもない。とにかく、今日のことはおれは全面的に悪い。だからおれが謝る。ごめん」
さ、この話は終わり、という意味をこめて、おれは膝から成瀬をおろし、隣に座らせた。
「で、おれにチョコはくれないのか?」
「え、あ・・・・・・」
言葉を詰まらせ視線を泳がせる。
その視線の先を探ると、紙袋が出てきた。
「ちょ、勝手に何やってんだよ!」
それは柿平のと同じ店のものだった。
柿平のそれよりも小ぶりだが、そのぶん愛情がこもっているようで、自然に顔がニヤけてしまう。
どうやら成瀬もきちんと予約しておいたらしい。だからやけに詳しかったのだ。
慌てる成瀬を尻目に包装をとくと、ひとつぶ口に含んだ。
シンプルな外見に反して、とても濃厚で舌に絡み付いてくる。それでいてしつこくないのは、きめが細やかだからか。
「さすがに美味いな。おまえを食ってみろ」
「ううん、いいよ、これはおれがあんたのために買ってきたんだから」
「そうか、じゃあ・・・・・・」
おれはもうひとつぶ口に含むと成瀬にくちづけた。
「ン・・・ぅ・・・・・・・」
舌を巧みに使ってチョコを成瀬の口に運ぶ。
そのまま熱くて柔らかい成瀬の口腔を味わった。
「あんた、エロいって!」
「なんだ?今頃気づいたのか?」
文句をいいながらもキスだけで目元を潤ませている成瀬をもっと味わいたくなる。
今度は口に含まずそれを咥えると、成瀬を口元に近づけた。
「な、なんだよ」
一瞬身体を引いた成瀬の後頭部と手のひらで引き寄せ、強引にくちづける。
成瀬は仕方なさそうにくちびるでそれを受け取った。
ふたりの間でチョコは蕩け、唾液と混ざり合う。
舌を絡め、零れないように時折吸い上げると、チュクチュクと小さな水音が室内に響いた。
チョコがとけてなくなってもキスは続く。
「ふぅ・・・ん、ン・・・・・・」
息を継ぐためにくちびるを離すと、ほわんとした目の成瀬を視線が絡み、赤く濡れたくちびるに煽られ、再びくちづける。
ソファに倒れこみ、覆いかぶさってさらに濃厚なキスをしかけると、成瀬もこれに応えてくれた。
くちびるを甘噛みしながら舌先でちろちろと愛撫をすれば、耐えられないように成瀬が舌を差し出す。
「ンンッ・・・・・・」
やっとのことでくちびるを離したころには、ふたりともすっかり興奮していた。
「あっち行くか?」
耳元で囁くと成瀬はおれの部屋着の裾をひっぱった。
「ふにゃふにゃのおれにあっちまで行けって?ここでいいから・・・」
『早くしろよ』
どんなチョコよりも甘い、小さな囁きにおれは再び成瀬にくちづけた。





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