夏のある日







その2






カランコロンと下駄がなる。
隆弘はカキ氷をふたつ買うと、メインストリートを外れた小さな古めかしいビルに凛を連れて入った。
7階建てのビルには1フロアごとにオフィスがテナントとして入っているが、半分くらいは明かりも消え、すでに無人となっているようだ。
シンと静まり返ったエントランスの奥にある階段を、凛の手を引いて上をめざす。
「ここは・・・?」
階段を上りながら凛が問う。
「知り合いのビル。本来屋上は立ち入り禁止らしいんだけど、ほらこれ」
隆弘は銀色の鍵を凛に掲げて見せた。
このビルは母方の遠い親戚が所有している。
昨年祖父の法事の際に数年ぶりかに顔を合わせたのだが、隆弘の得意先のひとつであるオフィスがその親戚の所有しているビルのテナントだとわかり、ちょうど季節が夏だったこともあり、夏祭りの話題で盛り上がった際に、屋上から花火がよく見えると語っていたのだった。
よかったら鍵を貸すよ、なんて社交辞令だったのかもしれないが、せっかくの夏祭りにこれを利用しない手はない。
先日連絡を取ってみたところ、快く隆弘の願いを聞き入れてくれたのだった。
『彼女と花火見物かい?いいムードになったからって野外で無茶するなよ』
なんて下世話な忠告もありがたくいただいておいた。
「絶好のビューポイントらしいよ。古いビルだからエレベーターが設置されてないのがちょっと・・・ね」
7階まで階段はかなりキツイ。
ひとりだったらどれだけ花火が一望できようとごめんだけれども、凛と一緒だとそんな苦労も飛んでいってしまう。
手のひらから伝わる凛のぬくもりが隆弘の歩を進めた。
「はい、着いた」
鍵を使い鉄の重い扉を押し開けると、そこは狭いスペースになっていて、2メートルほどの鉄梯子が上に向かって伸びている。
その先には、人がひとり通れるくらいの扉があり、施錠はされていないようだった。
隆弘は梯子に足をかけると先に上り、扉を横にずらして外にでた。
「凛、おいで」
手を伸ばして金魚の袋とカキ氷のカップを受け取ると、梯子を上ってきた凛を引き上げてやる。
群青色に染まりつつある空が目に飛び込んできて、凛が「ワッ」と小さな歓声を上げたのが聞こえた。
ざっと見回して思った。
なるほど道理で立ち入り禁止にしているはずだ。
四方ともフェンスもなければ柵もない。50センチばかりの段差に囲まれているだけだ。
屋上といってもおそらくは使用目的のあるフロアではないのだろう、屋根に近い感覚だが、オーナーが言っていたとおり古いビルの割には綺麗に保たれていた。
「わっ、涼しい」
地上よりも少しばかり低温の微風がさっと身体をなでる。
裾や袂から風が入ってきて洋服を着ている時よりも涼しい。
「隆弘さん」
「ん?」
「夏を浴衣で過ごすのも風流でいいですね」
凛は大きく深呼吸をして身体を伸ばしている。
ん〜〜っとうなって伸ばされた袂の隙間からチラリと白い二の腕が顔を出す。
仕事は一日屋内での活動だし、普段からアウトドア派でない凛の肌は夏でも焼けることなく白い。
赤くなるだけで焼けないのだと言っていた。
(おいおい、今さらだろ)
そう言い聞かせるものの、隆弘はそこから目が離せなくなる。
(男はチラリズムに弱いからな〜)
痕が残りやすい白い肌は目に毒だ。
いろんなことが脳裏を駆け巡るのを振り払うように、隆弘も凛と同じように伸びをすると、ビルの階段下に隠しておいた布バッグからござを取り出した。
「凛、座って氷を食べよう。溶けてなくなりそうだ」
「うん」
素直にうなずくと隆弘の横にちょこんと座ってカキ氷に手を伸ばした。
ゆるやかな風に当たりながら、ふたりは無言でカキ氷を食べる。
隆弘は何度か凛に話しかけようかと思ったけれど、時折空を見上げながらのんびりしているもんだから、そっとしておいた。
「隆弘さん、はい」
ストローの先の小さなスプーンに乗ったピンク色の氷を口元に差し出されて、隆弘は躊躇うことなくパクリと食らいついた。
「うん、イチゴも美味いな。懐かしい味がする」
「隆弘さんのレモン味おいしい?」
容器を覗き込んだ凛は、すでに空になっていたそれを認めて残念そうな表情を浮かべた。
「味見させてもらおうかと思ってたのに・・・隆弘さん食べるの早すぎ」
プクリと膨れる凛があまりにかわいくて、隆弘がクスリと笑うと、それを見た凛はさらに頬を膨らませた。
「あ、今、子供みたいだって思ったでしょ!」
「思ってないよ」
「ウソだ。だって隆弘さん、笑ったもん!」
「笑ってないって」
「笑ったってば!」
言葉遊びのような言い合いも、最近やっとできるようになった。
凛は隆弘に対していまだに基本は敬語であり、所々に遠慮が見え隠れすることもある。
それは隆弘にとって残念でありもどかしい部分でもあったが、あえて凛に馴れ合いを強制しようとは思わない。
そのうち自然とふたりのあり方も変わっていくだろうと信じているから。
だからこそ、こんな風にじゃれあえる時間は貴重で、大切なひと時なのである。
きっと凛のほうも、今日は普段の生活とは違う開放感を得ているのだろう。
「凛」
シャカシャカと溶かしながら氷を掬う凛の手からカップを奪うと、その肩を抱き寄せる。
「レモン味、味わわせてやるよ」
顔を覗き込んで、そのままくちびるを合わせた。
突然のキスに凛は驚いたようだったが、すぐに力を抜き、隆弘に身を預けてくる。
薄く開いたくちびるから舌を忍び込ませると、ついさっきまで氷を口にしていた凛の口内は冷たくて思った以上に心地よい。
「ンッ・・・・・・、・・・・・・」
舌を絡ませればシンクロするかのように凛の舌も隆弘に絡み付いてくる。
上手くなったな、と思う。
何も知らなかった凛をこんな風に応えるまでにしたのは自分だということが嬉しくてたまらない。
イチゴ味のする粘膜を味わいながら、抱き寄せた腕にいっそう力を込めると、凛は身体を捻って隆弘の正面に回りこんできた。
隆弘の膝に乗りあがって、首に腕を巻きつけてくる。
いつにない積極的な凛に、隆弘も負けじとくちづけを一層深めた。
「・・・ん・・・・ンッ・・・・・・・」
ため息にも似た凛の吐息が隆弘の耳をくすぐる。
名残惜しげにくちびるを離すと、目の前にある凛の顔は少し上気していて何とも色っぽい。
キスに夢中になってしまったことを恥らっているようなその表情もかわいらしく、隆弘はもう一度軽く凛のくちびるを吸った。
「レモン味、味わえた?」
チュッっと音を立ててくちびるを離すと、恥ずかしくなったのか、隆弘の首筋に顔をうずめてしまった。
「隆弘さんのいじわる」
小さな声で囁かれて、隆弘の中の凛への愛しさがマックスに達した。
そしてその愛しさはそのまま欲望へと変化する。
ちょうど口元にあった凛の耳朶をやんわり咬むと、凛がピクリと身体を震わせる。
顔をずらして鼻先をこすり合わせた。
「凛の舌はイチゴ味がした。甘酸っぱくて、おれの好きな味。もう一度味わわせて?」
再度キスをしかけて口腔を貪ると、抱きしめる凛の身体が熱くなるのを感じた。
浴衣の合わせに手のひらを滑り込ませ、素肌を撫でる。
少し汗ばんだ肌のしっとり感は、さらに不埒な行動へと隆弘をいざなう。
「や、やだっ、隆弘さんっ、こんなっ・・・」
「大丈夫。誰も見てない。おれしか見てないから」
このビルより高い建物はひとつもなく、覗かれる心配なんてひとつもないからと凛を宥めすかせた。
指先が見つけた小さな尖りを引っ掻きながら、顔中にキスの雨を降らせる。
セックスに対して恥じらいは忘れないがそこそこ大胆な凛が抵抗したのはほんの少しで、隆弘の愛撫にどんどん夢中になってくるのがわかった。
浴衣を肩から抜いて、指先で弄ばれてすでに赤く膨らんでいる乳首を口に含むと、凛はあえかな声を上げた。
「んんっ、あ・・・あっ・・・・・・」
隆弘の髪を掻き乱して、もっとといわんばかりに背中をしならせ胸を突き出してくる。
普段ストイックな印象を受けるだけに、こういう痴態を見せつけられると、そのギャップがたまらなくてついついいじめてしまう。
「凛はココ、好きなんだよな」
「ん・・・好き・・・好き・・・・・・」
舌先で弾きこね回して吸い、微かに歯を当てると、凛は「反対も・・・して?」とねだってきた。
隆弘の膝に乗り上げている凛の反応している欲望に手を伸ばす。
「もう濡れてる。凛はいやらしいな」
乳首へのキスはそのままに、パンツの上からやんわり揉みこむと、凛も隆弘の下半身に手を伸ばしてきた。
「隆弘さんだって、おっきくなってる・・・」
外見とは裏腹に負けず嫌いの凛は、自分だけが昂ぶってしまうことに抵抗があるようで、こんな風に切り返してくることがよくある。
そんな凛を隆弘は気に入っているし、そういうところを見たいがためにわざと煽る言葉を口走ることがあった。
お互いの気持ちが同一方向に向かっていかないと、セックスを楽しむことはできないと隆弘は思っている。
「凛のせいだろ。凛がいやらしい姿を見せつけるからこうなったんだ」
「やぁぁっ、ア・・・」
カリッと乳首を咬んでやると、凛は嬌声を上げた。
「も、たかひろさ、ってば・・・・・・」
潤んだ目で咎められて、隆弘は濡れたくちびるにくちづけた。
「じゃあ、今度は凛が・・・してくれる?」
凛はこくんと頷くと、隆弘の膝の上に座り込んだまま、下からくちびるに吸いついてきた。
そのまま顎や首筋、鎖骨、胸へとくちびるを滑らせると、隆弘の下半身に顔を埋める。
浴衣の合わせをめくり、パンツの中からすでに硬く形を変えた雄を引っ張り出すと、躊躇うことなく口に含んだ。
さきほどキスした時には冷んやりしていた凛の口腔はすでに熱く、柔らかい粘膜が隆弘の雄を包み込む。
「ン・・・ぅ・・・」
凛の口よりもはるかに大きな隆弘の雄に一生懸命奉仕する凛が愛しくて、隆弘は優しく髪を撫でた。
「凛、上手だ・・・・・・」
口を窄めて舌を茎に絡めながら雄を扱いてゆく。
亀頭の括れに舌先を這わせ吸い上げられて、隆弘は腹筋に力を入れた。
「たかひろさん、気持ちいい?」
咥えたまま舌足らずな声音で問いかけられ、隆弘は返事の変わりに頬を優しく撫でてやる。
上目遣いで隆弘の様子をうかがっていた凛は、満足そうに頬を染めると、今度は根元の袋をしゃぶり始めた。
その間も手で茎の部分を撫でさすり、隆弘の雄をはちきれんばかりに成長させてゆく。
「凛・・・もういいよ。ありがとう」
凛の脇に手を入れてひょいとすくい上げると、凛のくちびるは唾液と隆弘の先走りとで濡れていた。
恍惚とした表情の半開きのくちびるに誘われるようにくちづける。
青臭い体液の味も全く気にならないのが不思議でたまらない。
自分の体液の味なんて瑣末なことで、それよりも凛の官能的な表情のほうが隆弘を揺さぶるのだ。
「でも、隆弘さん、まだ・・・・・・」
「凛のココでイカせてくれる?」
「エッ・・・」
凛が初めて躊躇いを見せた。ここは外だし、家やホテルのように繋がるための道具が準備されているわけではない。
それでも隆弘は凛の中に挿りたかった。
「大丈夫。痛くしないから。凛はおれにまかせておいて?」
優しく囁くと観念したのか凛は小さく頷いた。
先ほどからもじもじと腰を揺すっていたのを隆弘は知っている。おそらく凛もここまできて触るだけでは物足りないに違いなかった。
隆弘は指を2本凛の口に含ませて唾液を絡めさせると、裾を捲り上げ下着を膝までずらして凛の後孔に指を立てた。
「う・・・あ、あぅ・・・・・」
「痛いか?」
凛は隆弘の首にギュッとしがみついたまま首を横に振った。
片方の手でで割れ目を広げながら、ゆっくり指を進めてゆく。
「やっぱり無理・・か」
やはり指先に唾液を絡めてくらいではすぐに乾いてしまう。
何よりも凛に無理をさせたくなかった。
「いやだ隆弘さん、止めないで?」
「だけどな、凛―――」
このままじゃ無理だからとあきらめようとした隆弘の視界に、すっかり溶けてしまったかき氷のカップが写った。
「凛、ちょっと冷たいけどガマンできるか?」
「ん」
隆弘は後孔から指を抜くと、カップに指先を浸して、再度挑んだ。
「あ、や、な、なに・・・・・?」
「心配するな。ほら、身体の力抜いておれに預けて」
しがみつく凛の首筋から耳の下あたりを舐めながら、隆弘は後孔に沈めた指を抜き差しする。
「やあっ、んん・・・・・あ、アッ・・・・・・」
濡らしては挿入し指を動かす。繰り返しているとだんだん緩んできたのがわかった。
「凛、いい子だ・・・だいぶん柔らかくなってきた」
粘膜の熱によって温められたシロップの甘い香りが鼻先を掠める。
「ね、たかひろさ、ね・・・もういいから・・・・・・ね?」
「凛はおねだりが上手だな。それじゃそこのバッグから白い袋出して」
隆弘の脇に置いてあるバッグから凛が言われたものを取り出した。
「隆弘さん、なんでコレ・・・」
凛が戸惑うのも無理はない。袋から出てきたのはコンドームの箱だったのだから。
まさかこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
「いや、このビルに荷物を仕込みにくる途中で買っただけだよ。家の常備が無くなったから」
隆弘の言葉に凛は顔を真っ赤にした。
先日隆弘の部屋で抱き合ったとき、ゴムがないからもうだめだと言った隆弘に、ナマでもいいからお願いと3度目を懇願したことでも思い出したのだろう。
「凛、顔が赤いぞ?」
隆弘がからかうと、箱を持ったまま俯いてしまった。
さっきまでの大胆さはなんだったんだと疑うくらいに、こういう時の凛はかわいらしくて可憐だ。
「凛、かわいい」
俯く顔を上げさせて濃厚なキスを仕掛ければ、凛の身体はすぐに熱さを取り戻した。
「隆弘さん、続き・・・しよ?」
凛はパッケージを破って隆弘の昂ぶりにスルスルとゴムを装着した。
「凛、おまえもだ」
隆弘は箱からゴムを取り出すとパッケージを破り、凛の昂ぶりにゴムを装着した。
どうして自分のなのかと納得しきっていない凛に隆弘は「浴衣が汚れるから」と説明した。
「凛、挿れるぞ。ゆっくり腰を落とすんだ」
「い・・・あぁ・・・・、アッ・・・ん・・・・・」
新製品のコンドームは極薄がセールスポイントらしく、何もつけていないかのような感覚に襲われる。
ゴムにコーティングされた潤滑剤の助けを借りて、解れて蕩かされた粘膜はクプクプと隆弘の雄を飲み込んでいった。
隆弘も凛もすっかり浴衣ははだけてしまっている。いっそのこと脱いでしまえばいいのだろうが、全裸になるには抵抗があった。
それに、裾は捲くれ上がり胸合わせはすっかりはだけてしまったあられもない姿の凛は壮絶に色っぽく、隆弘の目を楽しませてくれる。
「動いていい?たかひろさん動いてもいい?」
視線を合わせて隆弘の返事を待つ凛の瞳は快楽を求めていた。
「いいよ。凛の好きなように動いてごらん?」
「ん・・・・・・」
隆弘の首に腕を巻きつけて凛は腰を揺すり始める。最初は遠慮だちに、そして徐々に情熱的に。
「あぁ・・・っ、あっあっ・・・・・・」
貪欲に隆弘を貪る凛の粘膜に締め付けられ、隆弘も浅く深く息を吐く。
「ね、隆弘さ・・・イイ?気持ちイイ・・・・・・?」
「あぁ、凛の中がおれに熱く絡んできて・・・すごくイイよ」
上手だよ、そう囁いて、揺れる凛の肌に掌を滑らせる。
乳首を摘んでコリコリと揉んでやると、さらに凛の中が締まった。
「イヤ・・・イヤだたかひろさんっ、ソコ、イヤッ・・・ン・・・」
「じゃあこっちのほうが好きか?」
さほど触れていないのにすっかり形を変え、腰の動きに合わせて揺れている凛の昂ぶりを扱いてやる。
「好き・・・好き・・・どっちも好き・・・・・・」
「欲張りだな凛。それならしっかりおれにつかまっておけよ」
隆弘は凛の腰をささえていた手を乳首に移動させた。
「や・・・そんなっ、ダメッ、ダメッ、隆弘さ・・・イジワルしないで・・・・・」
乳首と昂ぶりを同時に責められて、凛はブワッと睫をにじませるけれども、それが快感からきているとわかっているから、隆弘は止めない。
下から器用に突き上げると、凛はもはや自ら動く余裕もないようで、隆弘の肩に額を預け、ギュッと抱きついてくる。
「ココが・・・いいの・・・・?」
「イ・・イイッ・・・、アッ、あっあっ・・・・ダメ、もうダメ・・・・・・」
凛の快感がダイレクトに中の粘膜に伝わり、うねりながら隆弘を締め付ける。
その気持ちよさは絶品で、隆弘は突き上げる動きを早めた。
「凛、イキそう・・・?」
隆弘の問いかけにカクカクと頷くと、凛は腰をグッと押し付けてきた。
「隆弘さ、イクッ、イッちゃう!」
交合が一層深まった瞬間、凛の中で動いていた隆弘の雄は粘膜にキュッと絞られた。
「ウッ・・・・・・」
その刺激で隆弘も凛の中に欲望を放った。
凭れ掛かる凛を抱きしめ、愛しげに背中を擦ると、凛は強くしがみついてきた。
「恥ずかしい・・・」
どうやら突然羞恥に襲われているらしい。
「いまさらだぞ、凛」
「でも!でも・・・こんな、こんな空の下で・・・・・・」
見上げると空はすっかり群青色に染まっている。
「でもよかっただろ?」
「それはっ・・・よかったけど・・・」
尻すぼみに声が小さくなるのがかわいい。
もう少し余韻に浸りたいところだが、家とは違いそういうわけにもいかず、隆弘は後始末をすると、タオルで凛の身体を拭いて浴衣の乱れを直した。
帯は適当にしか結べないけれども仕方がない。凛が浴衣を着せてもらっているのを見ておいてよかったと思った。
ゴザの上に敷いていた大きめのタオルはもやは使い物にならないから、脇に丸めた。
「凛、おいで」
足の間に凛を座らせて後ろから抱きしめると、首筋からにおい立つ汗の香りに触発され、再度妖しい気分になりそうだった。
「あ、隆弘さん、始まった!」
ちょうど正面にドーンと花火が打ちあがる。
「綺麗だねぇ〜」
隆弘の胸に背中を預けて無邪気に花火に見とれる凛からは、さっきの艶かしさは微塵も感じられない。
凛はたくさんの顔を持っている。
夢に向かって一生懸命働く姿も。
失敗しても歯を食いしばって這い上がろうとする姿も。
隆弘に優しく笑いかける姿も。
欲望に支配されて隆弘を貪欲に求める姿も。
子供のように目を輝かせて無邪気に花火を楽しむ姿も。
どれもが隆弘にとって大切であり共に進んでゆく凛の姿だ。
失くしたくない。
隆弘は抱きしめる腕に力を込めた。
以前の隆弘を知っている誰かが今の隆弘を知ったなら、きっと笑い飛ばすだろう。
だけど隆弘は見つけてしまったのだ。
もう昔の自分に戻ることなんてできないだろう。
「隆弘さん・・・・・・?」
凛が黙り込んでしまった隆弘を心配そうに振り返る。
「いや、どうしてこんなに凛のことが好きなんだろうなって思って」
突然の隆弘の言葉に、凛が息を飲んだのがわかった。
「もう、隆弘さんってば」
照れてそっぽを向いてしまったけれども、身体に回っていた隆弘の手をギュッと握ってくれた。
後ろからでは少し長めの髪が顔にかかってその表情を見ることはできないが、首筋が赤く染まっているのがわかる。
「隆弘さん」
「ん?」
「今日はありがとう。すごくすごく楽しかった」
視線は花火に向けたままだけれども、その言葉には凛のありったけの気持ちが込められているのを感じた。
凛はちゃんとわかっているのだ。
隆弘が夏祭りに誘った理由を。
ひときわ大きな花火が夜空を彩る。
「明日、金魚鉢を買いに行こうな」
嫌いな夏が、少しだけ好きになれそうな気がした。








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