8万打記念

グリーングリーン




side kataoka




やっぱりここがいちばん落ち着くな・・・・・・
風呂で一日の汗を流した後、リビングのソファにもたれながら、隅に置かれた観葉植物を眺めながら思った。
成瀬がここに越してきてすぐ、「この部屋にはグリーンがない」という主張のもと、一緒に買いにいったイングリッシュアイビー。
成瀬が世話をしているらしく、枯葉の一枚もなく、元気に生長している。
何かの世話をすることに面倒を感じない性格だからか、一緒に暮らすようになってから殺風景だったこの家にもいろんなものが増えた。
広いルーフバルコニーには様々な形のプランターが並べられ、色とりどりの花やハーブが植えられている。採れたハーブを使った料理がが食卓に並ぶこともしばしばだ。
さらに次の休日には熱帯魚を買いに行く予定だ。本当は犬が飼いたかったのだが、朝から夜まで誰もいないこの部屋に子犬に留守番させるのはかわいそうだからと諦めたのだ。
残念そうな成瀬に「そんなに飼いたいのなら、ふたりとも年取って隠居生活するようになったら飼えばいい」と言ったら、「ジジイになっても一緒にいる気かよ」って呆れ顔ながらもうれしそうに笑っていた。
そういえば成瀬は・・・・・・?
トイレにでも行っているのかと思っていたのだが、それにしては戻ってくるのが遅すぎる。
成瀬にも個人部屋を与えてはいるしおれも書斎を持ってはいるが、ふたりともほとんどの時間をこのリビングで過ごす。
共同作業をするわけもなく、おれは持ち帰った仕事をして成瀬は大学のレポートを書く、本を読んだりうつらうつらと惰眠をむさぼったり、お互い勝手気ままなものだが、同じ時間を同じ空間で過ごすことに意義があるとそれぞれが理解しているのだろう、そのスタンスが崩されることはなかった。
たまに起こる些細なケンカの間でさえ、お互い無言のままでもここにいるのだから。
今日は久しぶりにコドモの相手をして疲れたのだろうか。
先に寝室のベッドに入っているのかもしれない。
グラスに注いだミネラルウォーターを一気に飲み干すと、おれは寝室へと向かった。
しかし、そこに成瀬の姿はなかった。
もしかしてと思いながら成瀬の部屋のドアをノックしてみても返事がない。
静かにドアを開けると、開けたままのカーテンのおかげで部屋はさほど暗くもなく、こんもり盛り上がったベッドを認めることができた。
ここに住むようになってから一度も使われたことのないベッド。
もともとこの部屋にはなかったものだが、一度成瀬の弟たちが遊びに来たときに指摘され、そのときは苦し紛れに布団を敷いて寝ているのだと言い訳したものの、やっぱり不自然だからと購入したのだ。

もちろんベッドはただのインテリアと化し、いつもはおれの寝室にあるデカイベッドで一緒に眠っている。
セックスするときもしないときも。
なのになぜ今日はこんなところで寝てるんだ・・・?
「成瀬・・・?」
問いかけてみても返事がない。
ベッドサイドまで近寄って、今度はもう少し大きな声で呼んでみた。
「成瀬・・・?」
ビクリと成瀬が身じろいだ。どうやら眠っているわけではないらしい。
「ほら、寝るんだったらあっちの部屋で寝ろ」
布団をはがそうと手を触れると、さらにもぐりこんでしまった。
これは・・・もしかして拗ねているのか?
何に対してへそを曲げているのかわからないが、無言の抗議であることくらいおれにだってわかる。
もしそうだとするなら・・・・・・
「成瀬」
呼びかけてベッドの端に腰を下ろしたら、その気配がわかったのだろう、布団にくるまったまま、もぞもぞと壁側に移動し、おれに背を向けたようだった。
どうやらおれが傍にいることに抵抗はないらしい。
「どうした?おれが何かしたか?」
問いかけてはみたが、おれには少々心当たりがあった。
そしてもしそれが当たっているなら、成瀬が自分からそれを言わないことも。
「優くんとはたいした話をしてないぞ?」
成瀬は黙ったままだ。
「おれたちの関係を話しただけだ」
「なっなんだって?あ、あんたっ、おれたちの関係って―――」
ガバリと起き上がり大声を上げた成瀬に、おれは笑みを浮かべた。
「やっと顔を出したか・・・」
「だっ、騙したのか!?」
再度ベッドに潜り込もうとした成瀬の腕をすかさず掴み、動きを封じれば、成瀬も素直に従うわけがなく、ベッドの上で揉み合いとなる。
「離せよっ」
「離さない」
「おれは疲れてるんだ!寝かせろよっ!」
「それならあっちのベッドで寝ろ」
「今日はひとりでゆっくり眠りたいんだって!」
「おれはひとりで眠りたくない。おまえが傍にいるのに。おれにひとり寝をさせるつもりか?」
一瞬動きを止めた成瀬にとにかく話をしようと語りかけると、おとなしくベッドの上に座り込んだ。
「騙してなんかないぞ?おれはおまえにはウソをつかないからな」
「他人にはウソをつくのかよ」
「ウソも方便って言葉があるだろ?たまにはな」
食えねえヤツ、と小さな呟きが聞こえたが、成瀬のそんな雑言にはすっかり慣れてしまって気にならない。
「優くんにおれたちのことを話したのは本当だ」
静まり返った部屋、おれの声だけが響く中、成瀬の返事を待っていると、しばしの沈黙の後、やっと成瀬が口を開いた。
「なんで・・・?」
どうやらおれの言葉の意味を考えていたようだ。
おれは優くんと三上くんの関係に気づいていたし、前回の旅行の際に三上くんからも直接聞いていた。
だが、こいつはまったく気づいてないらしく、ただの先輩と後輩だと思っているらしい。
まったくもって鈍感というかなんというか・・・
別に成瀬が彼らのことを知ってもかまわないだろう。
おそらく三上くんも優くんも付き合いやすくなるだろうし。

ただ、おれの口からそれを成瀬に伝えることは憚られた。
どうせなら三上くんの口から直接聞くのが一番良いだろうと。
「優くんがちょっと悩んでるようだったからな。大人のおれがアドバイスをしてやったんだ」
「オトナって・・・あんた、自分でよく言うよ」
やっと笑った成瀬に安心する。
「ただそれだけだ。おまえが気にするようなことじゃない」
優くんと話し終わって成瀬といたベンチに戻ってみると、置きっぱなしだった荷物のそばに生ぬるくなった飲み物が置かれていた。
おれの好きなグレープフルーツジュースだった。

しばらくして戻ってきた成瀬に礼を言うと、いつも以上にそっけなくあしらわれた。
しかも、優くんはひとりでどこにいるんだろうとか、さみしくないだろうかとか、突然気にする素振りを見せるし、帰りに至ってはコドモたちの面倒を全部引き受け、三上くんと優くんが一緒にいれるように気を遣う始末だ。
おれに対しては変わりなく接してるつもりだっただろうが、どこかしら気がそぞろだった。
だから、もしかして・・・とは思っていたのだが。
「おれは別に気にしてない。おれだって優くんのことかわいいと思ってるし、あんたが優くんに優しくしようが笑いかけようが、おれには、べ、別に関係ないし」
やっぱり見てたのか・・・そう思ったが、一生懸命隠してる成瀬のために言わないことにした。
別に関係ないと思ってるならこんな行動はとらないだろうに・・・
おれはそっと成瀬の肩を抱き引き寄せた。
成瀬も抵抗せず、おれの身体に体重を預けてきた。
こいつは自分のこういうところがおれの心をくすぐるってことをわかっているのだろうか。
強がったり意地を張ったり、素直に悲しいとか寂しいとか口にできずにいるくせに、構ってくれ甘やかしてくれと無言のまま全身でアピールしていることに当の本人は気づかずにいる。
「おれは気にしてほしいけどな。おれのことをいつだって考えていてほしい」
おれの心はいまやこの8つも年下の、恋愛慣れしていない、同性の男に囚われている。
愛しく思う気持ちの片隅に、おれが誑かしてしまったという罪悪感がないわけじゃない。
『そういうの・・・負担か?』
続けようとした言葉をおれは飲み込んだ。
そしてかわりの言葉で成瀬を包む。
「おれにとって一番はおまえだ。いい加減に学習しろよ」
薄暗闇の中、成瀬の顔が赤くなるのが・・・見えた気がした。










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