8万打記念

グリーングリーン




side naruse




「ねぇ〜〜〜〜お願いだから」
「ダメだって」
「えーっ、亮にいちゃん、お・ね・が・い!」
「だから、何度言ってもダメだっつってんだろ」
「え〜〜〜〜っ」
ぷーっとふくれっつらの陸を尻目に、おれは茶碗の中のご飯をかきこむ。
一体何の騒ぎかというと、陸が同じクラスの友達と動物園に行きたいという。
目的は動物の絵を描くこと。
何やら動物をモチーフにした絵の作品展があるらしく、夏休みの宿題のひとつになっているらしい。
動物といっても多種多様で、近所のイヌ・ネコでも学校のニワトリ・ウサギでも構わないらしいのだが。
とにかく陸は動物園に行きたがっていた。
一緒に行きたい友達は5人。だけど引率する大人がいない。最近の家庭は共働きが多いのか、どの親も無理だと言うのだ。
かといって動物園は結構遠い。小学生ばかりで電車を何回も乗り継いで行かせることもできず、大学生で時間の融通が利くおれに白羽の矢が立ったのだ。
コドモを引き連れて動物園・・・・・・
陸だけでも大変だというのに、他所様の大切な坊ちゃん孃ちゃんを預かるなんてとんでもないし絶対無理だ。
「ほら、隣の磯部さんところのハンナとか、裏の山中さんところのミーだとか、動物園に行かなくたって動物の絵は描けるだろ」
「えーっ、そんなのカッコ悪いよ!ライオンとかトラとか、もっとカッコいいの描きたいよぉ〜」
しつこく粘る陸に、おれは茶碗と箸をテーブルに置いた。
「とにかく無理!おれひとりで8人も面倒見切れるわけないだろ!はいっ、この話は終わり!」
片岡が研修で留守にするからと、久しぶりに家に帰ってきたらこれかよと、辟易しながら皿を台所に運んだ。
背中に突き刺さる未練がましい視線を無視して。
「さ、おまえたちもさっさと食ってくれよ。でないといつまで経っても片付かない―――」
ブツブツいいながら戻ってみれば、弟三人が頭をつき合わせてこそこそと話をしている。
嫌な予感にドキリとした瞬間、陸が無邪気に声を上げた。
「じゃあさ、先生連れてくればいいじゃん!」
「せ、先生〜〜〜?」
「亮にいちゃん、ひとりじゃ無理っていうなら先生と一緒に来てよ。それならいいでしょ?」
名案だと誇らしげに胸を張る陸に、おれは頭を抱えた。
「なんでアイツが出てるんだよ!」
「アイツじゃなくって片岡先生だよ。先生のことアイツなんて呼んじゃダメだよ!」
どういうわけだか陸は片岡に懐いていて、片岡も陸をかわいがってくれる。
いや、陸だけでなく、康介のことも純平のことも、自分の弟のように思ってくれている。
しかし、何でここでアイツがでてくるんだ???
「片岡先生は忙しくって無理だって!それなら康介、おまえはどうなんだ?」
おれは他人事のような態度の弟に矛先を向けた。
「ぼくは学校で補講があるから。お金も払い込んであるし」
「純平は?」
「おれは部活。試合前だから絶対休めないからな!」
「・・・・・・・・・・」
押し黙るおれに純平が追い打ちをかける。
「この夏休み、他に何も予定ないんだからさ。陸だってどこかに出かけたいよな?動物園くらいお安いもんじゃん。兄ちゃん、連れてってやれよ。夏休みの思い出がな〜んいもないなんてかわいそうだろ?」
それはおれだってそう思うさ。
痛いところを突かれておれの心が揺らぐ。
「友達、み〜んないいヤツばっかりだから。亮兄ちゃんの言うことちゃんときくから!」
陸が身を乗り出して訴えるのに、おれはもうダメだとは言えなかった。










**********










「ふぅ・・・・・・」
自然に漏れてしまった溜息に驚き、誰かに聞かれやしなかったかと慌てて口元を押さえた。
どうやら周りの騒がしさにかき消されたようだと安心したのもつかの間。
「どうした?もう疲れた?」
気遣いの含まれた優しい声に、ぼくは驚いて顔を上げた。
「あ、だ、大丈夫です」
「そう?まだまだ時間あるから、目を閉じていてもいいんだよ」
そう言ったっきり、片岡先生は黙り込んで目を閉じてしまった。
少し向こうには、ワイワイと騒ぐコドモたちと、それに混じって目立つ男性がふたり。
先輩と、先輩の友達の成瀬さんだ。
男女混ざったコドモたちに囲まれていても全く違和感がない。
『明日、動物園に行かないか?』
先輩に誘ってもらった時、とても嬉しかった。
なぜ動物園?って疑問がないわけでもなかったけれど、先輩と一緒ならどこでもよかった。
夏休みといえども先輩もぼくもそれなりに忙しく、この夏まだ出かけたことがなかったから。
外で食べるのは格別だろうと、朝からふたり分にしては多めのお弁当をこしらえて、最寄り駅に着いて驚いた。
成瀬さんと先生、そして数名のコドモたちがぼくたちに手を振ったから。
先輩に尋ねてみれば、今回の動物園行きは、成瀬さんに頼まれての計画だという。
連れていくコドモたちの数が増えたからと頼み込まれ、学食1週間のおごりを報酬に引き受けたらしい。
それならそうと言ってくれればよかったのに・・・・・・
ふたりっきりでデートだなんて浮かれていたぼくには、ある意味ショックだった。
しかも、成瀬さんと片岡先生だけでなく、知らないコドモたちも一緒だなんて。
それは沈んだ心をさらに深く沈めるのには十分だった。
ぼくは結構人見知りをするタイプだ。
初対面の人にはどういうわけだか警戒心が働いてしまい、上手に立ち回ることが出来ない。
おとなしい子・・・たいていの人にはそう思われがちだ。
そんなぼくには珍しく、成瀬さんにはすぐに打ち解けることができた。それはきっと成瀬さんの飾り気のない明るい性格のおかげだと思う。
片岡先生は、ぼくたちよりも大人で落ち着いていて、最初は少し戸惑ったけれど、何回か会ううちにとても気遣いのある優しい人なんだとわかってからは、自然に接することができるようになった。
成瀬さんと恋人同士だって知ってしまったからかもしれないけれど。
だからといって、ぼくの人見知りが改善されるわけもなく、特に今回のような不意打ちは完全にぼくの心を重くした。
実は、ぼくは・・・コドモが大の苦手なのだ。
末っ子だったこともあるし親戚もいなかったから、小さなコドモと接する機会がほとんどなく、どう相手をしていいのか全くわからない。
それは今に始まったことではなく、例えば通学電車の中で小さなコドモと向かい合わせになった時なんか、できるだけ目を合わさないようにしてしまう。友樹なんかは上手に相手になって笑わしたりするのに。
中学の時の職場体験で保育園に行った時なんて、ワイワイと楽しく遊ぶ同級生に混じって、ただただ苦痛な時間が終わるのを待つばかりでちっとも楽しめなかった。
こんな言葉使ったってきっと理解できないだろう、そう思ったら何を話していいのかわからなくなる。
それに全く先の読めない予想外の行動をとることも多く、ぼくは混乱するばかりで愛想笑いを繰り返すのが精一杯だったのだ。
それ以来、苦手意識がさらに高まった気がする。
それなのに、今日一日一緒に行動しなくちゃいけないなんて・・・・・・
ぼくはしかめっ面をしながらもコドモたちの相手を何なくこなしている先輩に視線を向け、再びこっそり溜息をついた。







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