Are you happy?


そのいち





バイトから帰宅すると、テーブルの上に並んだ、食べきれないくらいのごちそうが目に入った。
「あ、おかえりなさい。先輩」
優がにっこり笑って、キッチンから顔を出した。
「これ・・・優が作ったのか?今日、誰かお客さんでも来るのか?」
優は、一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「今日は先輩のお誕生日ですよ!二十歳の!まさか、忘れてました?」



あぁ、今日は4月15日。おれの誕生日!すっかり忘れていた!



「―――忘れてた・・・」
おれのつぶやきに、くすっと笑った優は、「じゃあ、始めましょうか」と、テーブルにつくように促した。








テーブルには、おれの好物がところ狭しと並んでいた。
かぼちゃのスープ、まぐろと豆腐のサラダ、鶏の竜田揚げ、魚介類をふんだんに使ったパエリヤとパスタ。
優がワインを空ける。
「今日は魚介類が多いから、白にしてみました」
きれいに磨かれた、たまにしかお目見えしないバカラのワイングラス。優のオヤジさんの形見だ。


「先輩、お誕生日おめでとうございます」



カチンと響く透明感のある音。
目の前にあるのは優の笑顔。
この世でいちばん大切な人に、二十歳の誕生日を祝ってもらえるなんておれは本当に幸せだと、心から思う。

感謝のキスのひとつでもしたいくらいだが、優のあのくちびるにふれてしまったら、おそらくおれはそれだけじゃすまなくなる。
せっかくの料理が無駄になっては困るので、おれは我慢して、心を込めて礼を言った。




「優、ありがとう」



優は照れたように顔を伏せたが、すぐに顔を上げ、「いっぱい食べてくださいね」とお皿に取り分け始めた。








「先輩、どうですか?ハタチになった心境は・・・?」
あまりにウマくて、無言でバクバクごちそうにパクついていたおれを、楽しそうに眺めながら、優が問いかけた。
「今日だってことを忘れてたくらいだからな。それにまだ学生だし・・・けど、タバコ吸ったり、酒飲んだり、堂々とできるのはうれしいかも」
「でも先輩、いつだって堂々としてるじゃないですか!何か他に、目標とかないんですか?」
「目標ねぇ・・・」
おれが望むたったひとつのことは、優と一緒に生きていくことなんだけどなぁ。
いつもなら口にすることなのに、今日はなぜか照れくさくて言えなかった。
「ずっと音楽はやっていきたいかな?おれには音楽しかないからな。大学出て、普通のサラリーマンになる気は全くないし」
「先輩は、会社勤めって感じじゃないですね。すぐに上司とケンカしそうだし」
「何?おれってそんな風に見える?心外だな〜」
顔を見合わせて、くすくす笑った。
「だけど、そうかもな。やっぱ音楽で食べていけたら最高だろうな。ほら、最近路上でもギャラリー増えてきたじゃん?最近路上から出発する人って多いし。だから、誰か、おれのこの才能を買ってくれる人が出てくるかもしんないじゃん。人前で歌うのも好きだけど、それを狙ってるのもあるかな。だけど、こんな田舎じゃだめだな!」
ハハハとおれは笑ったのに、優は笑わなかった。



「―――どうした?」



「――ううん?初めて先輩の夢のお話聞いたなぁって思ったら、感動しちゃって・・・」



感動したと言いながらも、涙を堪えているように見えるのは、おれの気のせいだろうか?
「絶対、夢叶いますよ!ぼく、先輩の歌、大好きだし。素敵だと思うし。それに、毎週たくさんの人が聞きに来てくれるんですよ?みんなとっても楽しそうに先輩の歌聞いてるし、みんな幸せそうに帰って行くんですよ?」
「そう思うか?」
優の言葉は魔法のようだ。いつだって、おれは優の言葉に心地よくさせられる。

そして、そこに、嘘なんてひとつもない。
「ぼくは、自分に自信なんて何もないけれど、先輩の歌が最高だっていうことだけは、自信を持って言えるんです!」
いつになく熱弁をふるう優が、かわいくてたまらない。
「ほら、ぼく、勘がいいじゃないですか。ぼくには見えるな〜先輩が大きな会場で歌ってる姿が!」
目を閉じて、手を胸の前で組み、うっとり祈るような格好で、おどけてみせる優。
「なんだよ?エセ預言者みたいだぞ!当たりそうもない・・・」
ひどいなぁと笑う優は、いつもの優だった。やはり、さっき悲しそうに見えたのは気のせいだったんだろう。
おれ、別に、悲しませるようなこと、何も言ってないしな!
おれは、優が一生懸命作ってくれた料理があまりにうれしくて、すごい勢いで食べつくし、おまけに優が選んで買ってきた白ワインが、非常におれの口に合って、かなり飲んでしまった。
一段落着いた頃、優が小さな箱をおれに差し出した。



「先輩、これ、お誕生日のプレゼントです」



「サンキュー、開けていい・・・?」



頷く優に、おれは包みをほどいた。



「あっ、ピアスじゃん」



小さな箱に、銀色の輝きを放つそれはちょこんと鎮座していた。
「先輩、よく雑誌見てたでしょ?いろいろ種類があって、どれがいいか迷ったんだけど・・・」
「これ、高かっただろ?」
「そんなことないです!先輩には、この間もハウステンボスに連れてってもらったし・・・それに先輩に喜んでもらえるなら、ぼくはうれしいです」
おれは、ピアスを手に取った。
「うん、やっぱクロムハーツはいいなあ。こんなちっちゃいのに、重厚感がある。優、ほんっとありがと」
優は、やっと満足したように笑みを浮かべた。
ああ〜抱きしめたい!だけど、このテーブルが・・・あっそうだ!
「優、これ、つけてよ・・・」
えっ?と一瞬戸惑ったようだが、優の手でつけて欲しいと請うと、腰を上げ、おれのそばにやってきた。
差し出された優の手のひらにピアスを落とし、髪をかきあげ、左耳のピアスを外した。
優の指が、おれの耳朶ふれる。



優からふれられるのって初めてかも・・・・・・



おれが優の耳朶にふれるのはいつものことだ。
その耳に何度となく、愛の言葉を囁いたこともある。

穴が見えるように、顔を近づける優の息が、頬にかかる。
「先輩、これでいい――」
おれは、もう我慢ならず、優の腰を抱きよせ、力いっぱい抱きしめた。
「優、ありがとう・・・さっきからずっとこうしたかった・・・・・・」
おれはすわったままのため、優の胸に顔を埋めるかたちとなる。
優は、おれの髪をゆっくりなでながら、「先輩に甘えられてるみたい」と、くすっと笑った。



キスしたいのに、くちびるが遠い・・・・・・



優の身体をくるっと回転させ、おれの膝の上にすわらせると、一気に距離が縮まった。
「どう?」
ピアスをした左耳を、優のほうに向ける。
「うん・・・似合ってる・・・・・・」
そう言って、目を伏せた優の、睫毛の長さに見とれてしまう。
白い雪のような頬、ふっくらしたくちびる、小さなかわいい鼻、すべてがかわいく、愛しくてたまらない。

「優・・・かわいい・・・・・・」



どうして、こんなにかわいいんだ?
高校3年のオトコとは思えない!
友樹なんか、もうオッサンだぞ?




おれが、かわいいと言うことに、優は最初のうちは抵抗があったらしいが、まあ、わからないでもない。
オトコがかわいいと言われてうれしいかと言われれば、あまりうれしくないだろう。

だけど、かわいいものはかわいい!
最近では、慣れたのか、諦めたのか、おれの言葉を素直に受け入れるようになった。
「優・・・」
呼ぶと、先ほどまで長い睫毛で隠れていた、漆黒の瞳におれが映る。
たまらず、キスをおとした。
くちびるをとがらせて、軽くふれるだけ・・・そこで止めようと思ったのに・・・ダメだった。

そのマシュマロのように柔らかなくちびるがもっとほしくなる。
何度も啄むように繰り返しているうちに、どんどん重ね合う時間が長くなる。
くちびるを舌先で舐めると、おれの首にまわされた優の腕に力がこもるのがわかる。

そしてどんどん夢中になる。
どんなオンナとだって、キスごときでこんなに夢中になったことはない。
いつだって、先の快感を求め、急いでいたから、キスなんて行為は、ほんのお遊びだった。

なのに、優となら、いつまでだってしていたい。
くちびるが腫れ上がってしまったっていいとさえ思う。

おれが、舌をすべりこませると、優はすぐに歯列を割った。
舌先でつつくと、優の舌が応えるように波打ち始める。おれは、その動きを追いかけ、つかまえる。
熱い、優の温度をもっともっと感じたくて、奥へ奥へと侵入する。

時折、「・・んっ・・・・」と吐息まじりに漏らす声が、さらに煽り立てる。
おれの膝にすわっている優は、おれの下半身の反応に気づいているのだろうか・・・?
おれは、くちびるは離さないまま、ズボンからシャツを引っ張り出し、シャツの中に手を忍ばせた。
脇から背中に指を這わせる。
オトコとは思えない、すべすべした肌を味わう。

優の身体がびくりと反応したのがわかった・・・
途端、優はおれの首から腕を離し、おれの身体を押した。




「せ、先輩・・・ここじゃ―――」



そう言った優の目が潤んでいた。
しかし、おれは知っている。
それが、嫌悪のためではなく、快楽のためであることを。

「だめ。今日はおれの誕生日なんだから、おれの言うとおりに―――」
もう一度、キスをしようとした時、優が立ち上がった。
「だけどっ、ぼく、ケーキも焼いたからっ、先輩に食べてもらおうと思ってっ!」
必死に自分を抑え、おれを納得させようとする優。



やっぱ、おれは優にだけは弱いなぁ。
まっ、夜はまだまだだし、優のケーキも食いたいし・・・




「優、わかった。お楽しみは後にしような」
真っ赤になる優がこれまたかわいくて、たまらなくなる。
優・・・おまえってやつは・・・・・・
「じゃあ、ケーキ食わせてくれよ・・・リビングで待ってるから」
立ち上がって、優の髪にキスをすると、優はうれしそうにキッチンに消えていった。








それにしても、優は何やってんだ・・・?
ソファに身を沈め、楽しみにしているのに、待ち人はやってこない。ケーキを取りに行っただけなのに・・・
優、早く来ないとおれ・・・・・・






                                                                       










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