I wonder which horse Victory
will smile on





<6>


〜side




「優、席戻ろう!本場馬入場見逃すぞ?」
ゴッチャンを見つめていたぼくの手を引っ張って走り出す先輩の後ろを追いかける。
エスカレーターを走りのぼり、席に着くと、ちょうど入場の始まるところだった。
ガラス張りで、外の歓声は聞こえないけれど、午前中静かだった指定席にもどよめきが響く。
白い誘導馬に導かれて、先頭を切って入場するゴッチャン。
肉眼では、それはとても小さくてはっきり見えないけれど、声援に包まれ待機場所のコーナーへと走っていくゴッチャンはとても気持ちよさそうだった。
「せ、先輩っ、どうしよっ。緊張してきた・・・」
隣りにすわる先輩のシャツをぎゅっと握る。
「優が緊張してちゃだめだよ。ゴッチャンに移っちまうだろ?」
リラックスさせるかのようにぼくの頭をぽんぽんと叩く。
スタンド前では、吹奏楽隊とチアガールのパレード。
だけど、そんなの見てる余裕なんてない。
ゴッチャンは逃げるかな?目の前の長い長い直線。先頭で走り抜けるかな?
皐月賞が甦る。
もう少し、あと少しでかわされてしまったあの瞬間を、この逆周りのゴール前にダブらせてしまう。

どうしてだろう・・・どうして負けてしまうことばかり考えてしまうんだろう・・・?
さらに、昨日聞いた成田さんの自信ありげのコメント・・・
なんで、成田さん、本命にしちゃうんだよ!
それだけで、ゴッチャンはデメリットを背負うんだよ!

大きなターフビジョンには、ゴッチャンとブラックジョーカーが交互に映し出される。
歓声と同時に、ゲート付近に出走各馬が集まり、輪乗りを始める。
正面スタンド前からのスタート。
一番に戻ってくるのは、一体どいつなんだろう?



「優、もう時間だ」
先輩の声に、ドキドキがバクバクに変わる。
スターターが映ると同時に、大きな声援があがり、ファンファーレが鳴り響いた。
ゴッチャンっ!頑張って!
次から次へとゲートに誘導され、最後の馬がすんなりとゲートにおさまった。
「日本ダービーのスタートです」
場内放送のアナウンサーがそう言った瞬間ゲートが開いて、大きな歓声が・・・悲鳴に変わった。
なんと、単騎で逃げると思われていたゴッチャンが、大きく出遅れてしまったんだ!
「あぁっっ!」
ぼくも思わず声が出た。
なんで?なんで?なんで出遅れちゃうんだよ!
今まで一度だってそんなことなかったのに!
ゴッチャンは、逃げの競馬しかしたことがない。
「せんぱ・・・どうしよ・・・・・・」
後ろから2・3頭目を追走するゴッチャン。
対照的に8番のあいつは中段よりやや前のいい位置をキープしている。
結局、名前も覚えていない3番が、単騎で逃げていた。かなり飛ばしてる模様。
「大丈夫だって。ゴッチャンは焦ったりしないから。優も焦らず最後まで見てやれ。ほら、場内放送でも言ってる。ハイペースだって。直線の長いここじゃ前はつぶれる。ゴッチャンがいい脚使えば差しきれる」
ゴッチャンはまだ後ろにいる。
欅(けやき)の向こうを通過するあたりから、歓声が一段と大きくなる。
このガラス張りの空間も、外と負けず劣らずの歓声が湧き上がる。
「先輩っ、まだ動かないよっ」
先頭だった馬が馬群に飲み込まれ、一団になってもまだ動かないゴッチャン。
そして、最後の直線500メートル。
勝利の女神から祝福をうけることができるのは、たったの一頭。
ゴッチャンはまだ後ろから4・5番手。
早く!ゴッチャン!間に合わなくなるよ!
視界に漆黒の馬体のあいつが入った。
ずっと好ポジションの中段をキープしていた彼が、追い出しにかかる。
明らかに彼の前にいるどの馬よりも脚色がいい。
あっという間に先頭に立った。他に差してくるヤツもいない。
「ほらほら、優!」
「あっ!」
いつの間にやら、外に追い出されていたゴッチャンが、どんどん他の馬をかわして行く。
それは、ビデオで見た、姉のハピネスのオークスの時のようだった。
「ゴッチャン!!」
どんどん、前にせまる。
ゴッチャンだけが、ターボエンジンを搭載してるかのように、すごいスピードだ。
もはや独走かと思われたブラックジョーカーにどんどん迫っていく。
だけど、あいつの脚色もなかなか衰えない。
ゴッチャン!ゴッチャン!
何度も叫んだ。
声に出していたかもしれないけど、そんなこともわからないくらい、ゴッチャンだけを見ていた。





残り100メートル。あいつの影を捕まえた。



残り50メートル。あいつの身体を捕まえた。





だけど、残りの距離が少なすぎた。
ゴール盤を先頭で駆け抜けたのは、一番人気のあいつ、ブラックジョーカーだった。
ゴッチャンは、届かなかった。
たったの頭差だけ、届かなかった。








「―――優?」
優しく呼ばれて、はたと気がついた。
馬場内では、表彰式の準備が行われていた。

ターフビジョンでは、繰りかえし流されるリプレイ。場内放送で聞こえる実況。
「せんぱ・・・ゴッチャン負けちゃったね・・・・・・」
「やっぱあの出遅れは痛かったな・・・・・・」
リプレイが終わり、ブラックジョーカーが映し出された。
誇らしげな漆黒の馬体。
悔しい悔しい悔しい〜超悔しい〜〜〜
悲しいとかそういう気持ちはなくて、とにかく悔しい!
「先輩、すっごい悔しいっ!」
先輩は、すわったまま立とうともしないぼくの手を、何にも言わず、あやすかのようにポンポンとたたいていた。
表彰式が始まった。
関係者が順番に表彰され、インタビューが始まる。
スムーズな競馬が出来たと語る騎手。
逆にゴッチャンは、きつい競馬だったと思う。
「優、ダービーは運の強い馬が勝つって言われてるの知ってるか?」
表彰式を眺めながらの先輩の問いにぼくは首を振った。
「皐月賞は速い馬が、ダービーは運のいい馬が、そして菊花賞は本当に強い馬が勝つんだって」
「―――本当に強い馬・・・?」
「ゴッチャンは出遅れた。何でかわからないけど出遅れた。逆にブラックジョーカーは楽な楽な競馬だった。ブラックのほうが運を持ってたんだよ、たぶん・・・」
「そっかな・・・」
「だけど、ゴッチャンは頑張ったよ。最後、スゲー脚使ったし。逃げるだけじゃないってとこを見せたんだ。ゴッチャンはいい経験をした。だから、今度は菊花賞。ほんとに強い馬が勝つ菊花賞だ」
「―――そうだね。皐月賞馬も復帰してくるもんね」
ゴッチャンは、今度は皐月賞馬とダービー馬と戦わなくてはならない。
菊花賞馬の称号をかけて。

「素直に負けを認めるのも、オトコにとっちゃ大事だよ、優」
飛行機の時間もあるし、そろそろ行こうと、先輩が腰を上げた。
記念撮影が始まっている馬場内。
誰もが憧れる、日本ダービーのレイを首からかけて、たくさんの人とカメラにおさまっているブラックジョーカーは、勝利の女神に祝福されて、とても輝いていた。
悔しいけれど、仕方ない。それが競馬だもんね。
「優、行くぞ」
差し出された手をとり、競馬場を後にする。
「先輩、ほんと来てよかったです。負けちゃったけど、ますますゴッチャンが好きになったし楽しかったです」
先輩は、笑ってこう言った。
「今日は、儲けちゃったから、秋は絶対菊花賞、見に行こうな。約束な」



ぼくは、先の約束をするのが嫌いだ。
先のことなんてわからないから。
約束を楽しみにしていて、それが実現できなかったとき、とってもつらいから。
それなら、最初から約束なんてしないほうがいいと思っている。
菊花賞まで、五ヶ月。
何があるかわからないから。絶対なんていいたくないけど・・・
あまりに先輩が楽しそうに約束なんて言うから、ぼくも笑顔で答えた。
「はい。菊花賞は、ゴッチャンが勝つといいですね」




〜おしまい〜
次は菊花賞編(まだやるんかいっ)






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