愛するキモチ



<1>



おれの隣りで、ノートパソコンに何やら入力をしているこのオトコ。
片岡峻哉。25歳。おれの学校の数学教師。そして・・・おれの恋人。
ここは、片岡のマンション。おれたちのデートの場所。
教師と生徒という関係のおれたちは、昼間外で会うことはしない。いつだれに見られるかわかったもんじゃないから。
だから、もっぱらデートはこのマンション。バイトがない日おれはだいたいここにいる。
こうやって、仕事をしている片岡の隣りで受験勉強をする。

パソコンの画面を見つめる眼鏡の奥の真剣な眼差し、少し目にかかる前髪、すうっと通った鼻筋にシャープな輪郭、キーボードを操る指はきれいな顔に似合わず、節くれ立っていて、仕事をしてるオトナって感じで・・・・・・
「成瀬、おれがかっこいいからって、見とれんな。それとも誘ってるのか?」
フフンと鼻で笑って、おれの反応をうかがう。
「さ、誘ってるって・・・」
おれがあたふたすると、満足そうにディスプレイに目を戻す。
何だか、いつだってこいつのペースなんだ。
付き合うきっかけになったのだって、こいつから告白してきて、一ヶ月のお試し期間の間に上手く乗せられて、最後にOKしたのだって、こいつの思う壺だったような・・・・・・
だけど、おれはこいつが嫌いじゃない。
こいつとは、1年の時からの付き合いで、普通の教師と生徒として2年ちょい、お試し期間が1ヶ月、そして本格的に恋人という関係になって1ヶ月、どんどん好きになっていく・・・気がする。
優しいし、オトナだし、気が利くし、ルックスもいい。おれの家庭の事情も知っているから、無理は言わない。
おれを愛しちゃってくれてるって、すごく感じる。
それに・・・こいつ、経験豊富だから、キスがうまい。
オトコと口くっつけて、舌絡められて(最初はビビッたけど)、何がうれしいんだと思うけど、イヤじゃないし、キモチいいんだ。
おれは、こいつ以外知らないけれど、かなりテクニシャンだと思う。

だけど・・・それ以上はまだ未経験。
最初の告白の時に、「抱きたいのはおまえだ」なんて言っておきながら、手を出してこない。
いや、正確に言えば、一度だけヤラれそうになったことがある。
おれは、必死で抵抗した。なぜなら、車の中だったから!

初めてがカーセックスなんて、絶対イヤだった
。おれはオンナじゃないから、海が見えるロマンチックなホテルがいいわ〜なんて言わないけれど、いくらなんでも車は・・・イヤだろ?

あまりに暴れたもんで、片岡がフロントボードに置いていた眼鏡を蹴り倒して壊しちまった。
なんせ、片岡も大きいが、おれだって175センチはある。
せまい車内でセックスしようってのが間違ってるんだ。

あれからしばらく、片岡はコンタクトで過ごしていた。
それはそれでかっこよかったけれど、キスのときにおれしか見ることがなかった素顔を、世間にさらしたことが悔しかった。
抵抗しなけりゃよかったかななんて思うくらいには。

それ以来、おれにキスこそすれ、身体には手をふれない。
二ノ宮は毎日のように、したかしたかと尋ねてくる。
うるせーと怒鳴るおれの口調でわかるのだろう、あの手の早い性欲マシーンの峻がよくガマンしてるね〜と感嘆の声をあげる。

おれも、セックスをするのはイヤじゃない。恋人同士なら当たり前だろうし、減るもんじゃない
。キモチいいならむしろ歓迎したい。
ただ、相手がオトコで、どう考えてもおれがされる側ってのが・・・踏み切れない原因。

されるってことは、おれのケツの穴に、あいつのペニスが突っ込まれるってことで・・・それは、オトコとしてどうしても抵抗があった。
だけど、おれがあいつの穴に突っ込む・・・あいつがあんあん喘ぐ・・・
想像できなかった。




「おい成瀬、鉛筆が止まってるぞ?何考えてる?」
目の前に片岡の顔。びっくりして身体を引いた。
「やっぱおれのこと考えてんだ」
にやりと笑うその顔を見ると、おれは憎まれ口をたたいてしまう。
「何で、おれがあんたのこと考えなきゃならねえんだよ!弟たちのことを考えてたんだよ!」
おれには3人の弟がいる。
父親は小さいころに亡くなり、母親と暮らしていたんだけれど、ついこの間、なんと母親がアメリカに行ってしまった。
勤めている病院の研修とやらで。
そりゃ看護婦としてはベテランの域に達してはいるが、医師でもないのに海外研修なんてあるのかと甚だ疑問だったが、そうだというのなら仕方がない。
しかも期間は1年。

母親が帰ってくるまで、おれは一家の長として、弟たちを守らないといけないのは事実なんだけど・・・
「ふ〜ん、そうか・・・残念だな・・・」
本当に残念そうな表情に、きりりと胸が痛む。
おれは、こいつの前では自分でもあきれるくらいに素直になれない。好きだなんて言ったこともない。
まあ、キスしても嫌がらないおれに、嫌われてるとは思っていないだろうけど。
それにしてもどうしたものか・・・やっぱりおれがすんなりされてしまえばいいいのか・・・・・・
ネットのゲイサイトで得た知識によれば、オトコの穴の奥にある前立腺というやつを刺激されると、とんでもなくキモチいいらしい。
ヘルスなんかに行くと、ペニスと前立腺を一度に刺激するコースもあるらしい。

っつうことは、ホモじゃなくても、そこ使ってるヤツいるのか・・・
けど、突っ込まれるのは・・・どう考えたって、ケツの穴ってのは、言いたかないが汚いブツを出すところなのだ。
そこに指やらペニスやら挿れられて・・・汚くないのか?もちろんゴムくらいつけるだろうが・・・・・・

穴を使わずに、お互いさわり合って絶頂へとイク方法もあるらしいが、おれだったら挿れたくなるだろうし、片岡だってそうだろうと思ってしまう。
それが、おれの目下の悩み。
もうすぐ、夏休み。おれは、バイトをするつもりだけど、今よりも都合はつくし、会う回数も増えるだろう。
そうなると、とうとうってことも予想される。
それに、正直言うと、キスだけで、結構身体が疼いてしまったりするのだ。
おれって、欲求不満か・・・?そう言えば、最近ひとりえっちもしていない・・・つうか、オンナの写真じゃヌケない!
だけど、片岡をオカズになんて・・・自分が穢れるようで嫌だった。
おれも、とうとう本格的にホモの世界に足を踏み入れてしまったのか・・・あ〜!
ぱたんとノートパソコンの閉まる音に、現実に引き戻された。
「今日は、心ここにあらずって感じだな。もう帰るか?」
時計を見ると、8時。9時までに帰ればいいからもう少しいられる。
おれが黙っていると、片岡が眼鏡を外し、おれの肩を引き寄せた。
熱い舌がおれの舌を絡めとる。それだけで、身体が疼き、熱を帯びてくる。
その情熱に、後ろに押し倒されたけれど、片岡のくちびるは離れることなく、おれを犯し続ける。
身体に片岡の重みを感じ、その重みが愛しくて、おれはいつの間にか首の後ろに手を廻し、片岡が離れていかないように押さえつけていた。

腰を押し付ける片岡のペニスがかたくなっているのを感じ、おれ自身もかたさを増す。
このまま流されても・・・と思った瞬間、片岡の身体が離れた。
「―――悪い・・・ちょっとサカっちまった・・・・・・」
おれの手を引っ張り上げ、身体を起こしてくれた。
けど・・・おれの半勃ちのナニはどうしてくれんだよ!おまえもだろうが!
生理現象はどうしようもない。感じてしまったものは仕方ない。
そして、いつも強引なこいつが・・・こんな中途半端でやめるのは・・・らしくない。

テーブルに置いていた眼鏡をかけ直す。っつうことは、今日は終わりっつうことね。
さっきまで、ああだのこうだの悩んでいたくせに、途中で止められると腹が立つ。
かといって、流されても途中で抵抗してしまいそうだけれど。

「成瀬」
呼ぶ声に、少し怒りを含んだ声で答えた。
「何だよ!」
「―――夏休み、おれと旅行しないか・・・?」
「り、旅行?」
突然の申し出に聞き返してしまった。
「二日間、おれのために割く時間は・・・ないか?」
バイトは休めるけど・・・弟たち残して・・・おれ、行けるか?
どう返事しようか迷っていると、片岡は淋しそうに笑った。
「まっ、だめだろな。弟たち放っておけないよな」
悪い悪いと謝る片岡を見ているといたたまれなくなった。
とか言いながら、実はおれ自身が行きたかったりして。片岡と旅行に。

「い、いいぜ。あんたのために二日間、身体開けてやるよ」
見る見るうれしそうな顔をして、がばっとおれを包み込み、耳元でこう言った。
「そのとき、おまえを抱きたい・・・」
甘く囁かれ、身体が疼いた。何せ、他人に求められたのは初めてだったから。
おれは、思った。
やっぱり、おれがされる側なわけだな・・・・・・
だけど、そこにもう迷いはなかった。片岡なら・・・いいと思った。





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