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平成23年度 主な出来事 東日本大震災

12月28日(水) 平成23年もあと3日となりました。「ホームページの更新もせずになにやっとったん」と言われそうですが、遊んでいた訳ではありません。あっちもこっちも用事があり慌しいなか年末になりました。今日は9臼餅を搗いて明日は6臼、先ほど明日の分のもち米を洗いました。水が冷たいのでぬるま湯を少し入れて、、、頑張っています。雪が降ると畑のハウスまで行けないので雪が降る前に直売所や自家用の野菜はいっぱい取って来てあります。明日から年末特別警戒で私は分団長なので巡視を受けたり自警団へ陣中見舞いに行ったりで忙しくします。今年はお寺の役もしていますので元旦はお寺で賀詞交換です。一段と寒くなります。お体に気をつけて良い正月をお迎え下さい。

 11月23日(水) 雨の予報でしたが朝から良い天気。ハウスの掃除で久しぶりに汗をかきました。今年から私の所属する分団も新しく班編成を行いました。少し早いけど今夜は班長会での忘年会をしました。メニューはキムチ鍋。久しぶりに鍋を囲んで談に盛り上がりました。今年は何かと始めての事ばかりで一つひとつ前向きに受け入れながらやって来ました。まだ、年末特別警戒が終わるまでこの1年は終わりません。昨年は12月31日より大雪となり2ヶ月程続けて雪が降りました。毎年、突然に思いがけない事が起こっています。災害がない事を祈るばかりです。

 11月16日(水) 朝の温度が10℃を下回ると寒いのが体で感じるようになります。冬の到来です。豊岡では下旬には初霜が降りると思います。早い年で12月8日前後に雪がちらつく予定です。右の写真は3本足の大根です。地表から見える部分は綺麗でもひっぱって見たらこの通り、まぁ!こんなのもあります。とんでもないのが出てきます。今日は試に6本収穫、市場に出荷するほど作っていないのでお店にお披露目です。来月の10日頃に苗床のビニールを張替えて苗床の土を作ったり春夏野菜の苗作りが始まります。毎年同じ事の繰り返しですが毎年1年生でやっています。2週間前に山土を取って来てハウスの中で乾かしていました。この土を苗代用とポット土用にします。これがこれからの仕事です。

 11月7日(月) 土曜日から雨が続いています。昨日は、三江公民館で文化祭でした。各地区から演劇・合唱・踊りと1カ月ほどの練習を重ねた成果を披露します。楽しみな方、そうでない方もこの日は協力し合う日なのです。温度も低く秋も終わり冬の気配がしますね。白菜や大根・キャベツも先週の天気で大きくなりました。鍋の季節ですね。ここ豊岡は松葉ガニの本場です。香住港で荷揚げされた松葉ガニが競られます。庶民には手の届かないほど高いので皆さんに行き渡って安くなってから食べます。私はボイルしたのが好きです。

 10月22日(土) 秋の涼しさもなくまだ暑い日が続いています。季節の境もなく突然に夏から秋へ変な天候です。稲刈も終わりそろそろ冬支度です。まだ、早いか!。トマトを掃除した後に白菜・大根・キャベツを作っています。面積は自給自足程度、もっと沢山作りたいけど夏の暑さに負けてトマトの掃除が出来ずに作る場所がないのです。来年はもっと作りたい。今年は、初めて「天日干し」が出来なかった年としてとても残念な年でもあります。来年はどんな天候か分かりませんが、今年の分まで頑張りたいです。

 9月17日 今年は、大変な猛暑で8月に入って野菜の管理が出来ず終わってしまいました。台風12号が通り過ぎてから稲刈をする予定でした。しかし体調と機械が壊れたり田んぼが乾かなかったりでイナキも建てずに遅くなってしまいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。今週からイナキを建てたり田んぼが乾かない所はコンバインで刈りました。そんな訳で「天日干しコシヒカリ」もう少し後となります。コンバインで刈った「我が家のコシヒカリ」を先発発売とさせて頂きます。これが普通の「コシヒカリ」なのですが味の方は、個人的にそんなに変わらないと思うのです。勝手に「我が家のコシヒカリ」などと付けましたが、今まで販売用と自家用なんて区別した事無いのでご注文があって精米して残れば我が家が食べている状態なのでみんな「我が家のお米」なのです。「天日干しコシヒカリ」は来週に稲刈して1週間「天日干し」して脱穀すれば今月末になる予定です。「天日干しもち米」はその後となりますので10月中旬には販売できます。気長に食味を味わって頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
 8月13日 毎日暑い日が続いています。野菜は直売所に出す程度でなくなってしまいました。これだけ暑い日が続くと田んぼも畑もカラカラで人間も夏バテです。お盆を過ぎると秋野菜を作付けします。しかし暑いです。どこから手をつけて良いのか判らない状態です。子供達はお盆が過ぎてから帰ってくるのでお盆はのんびりと過ごします。しかしお盆を過ぎると!!。毎年、お講さん(下記参照)と言う行事がありお札を頂に20日伊勢神宮まで子供達と行く予定にしています。朝早出発し途中で奈良にいる子供を連れて行きます。その前に18日施餓鬼があってこれも今年は役に当たっているので和尚さんと一緒に食事をします。これも10年に一度の持ち回りです。年を取る度にいろいろと教わる事があり、まぁボケ防止に良いかなと思っています。左の写真は我が家の田んぼです。穂に実が入り少し垂れて来ました。また、忙しくなります。
 7月15日 毎日、暑い日が続いています。夏バテを何回した事か、暑さに弱いです。ナス畑も乾燥して2日置きに潅水しています。トマトは暑過ぎてとても管理ができません。前回の更新から2カ月が過ぎようとしています。サボり過ぎました。5月30日は台風2号でハウスに水が入って一時は全滅かと思いました。しかし何とか復活して収穫を続けています。でも、根が傷んで枯れたトマトもありました。毎年、お盆までは収穫をしていますが、今年は7月末で終わりそうな予感がします。こんなに暑い日が続くと人間の方が先に駄目になります。この7月の日曜日は村日役や消防団の訓練があり休む暇もありません。トマトのハウスは消毒をする動噴機が壊れて新調するまで殆ど消毒が出来ず灰色カビ病が蔓延し収量が減りました。稲は順調と思います。水管理をちゃんとしていたのに何故かヒエが多い、今年は、あんまり良い年になっていませんね。

 5月28日 田植えは25日にもち米を最後に終わりました。なるべく晴れの日に植えたいので雨の日を除くと植え始めて1週間も掛かってしまいました。苗も十分ありました。上の写真左から水が多くて苗の頭しか見えない所もあります。この面積で10アールです。玄米にして30`袋が14〜16袋の収量がありますが年によって違います。真ん中は最後に植えたトマトです。右が最初に植えたトマト、4段目の花が咲いています。5段目の花が着果すると1段目が赤くるので収穫はもうすぐですね。しかし、まだナスやカボチャの苗を植えていません。忙しく手が回らないと言い訳にはなりませんがトマトの消毒も一度もしていないし困りました。台風2号が近づいているので過ぎてから植えます。苗は植え頃です。
 5月5日 久々の更新、皆さんお元気ですか。毎日、大変忙しくしています。稲の苗もこんなに大きくなって今月の中旬に田植え、面積が少ないので4〜5日で終わってしまいます。しかし先月、右手親指を鉄板にはさんで2針縫うと言う怪我をしてしまいました。麻酔が取れても痛くないけどトマトの誘引や定植の時に難儀です。早く直らないと田植えが待っています。正月の第一週より来週まで週一飲み会が続きました。飲み会は嫌です。


 東北地方太平洋沖地震に被災された
     皆様におかれましては心よりお見舞い申し上げます。
 一日も早く復旧をされますよう、お祈り申し上げます。

 
 3月15日 毎日、被災されたニュースを見る度に胸の痛いでいます。行方不明になっておられる方が一刻も早く救出されますようお祈り申し上げます。
トマトやナスの苗もすくすくと大きくなりもうすぐ定植をします。食を守るために今年も頑張ります。

 2月18日 やっと新年会の時期が終わったと思ったら次は総会が続き、1月から毎週のように飲み会があります。飲めない者にとってはちょっと辛いですが、情報交換の場として大切な時でもあります。この数日で道路などの雪が溶けた。畑や田んぼには行けないけど春を感じる。寒いけど段々と春に近づいているのが分かる。トマトの苗もすくすくと育ち、接木をした苗のならしをしている。毎年の事だけどこの時期はとても神経を使う。たかが苗と言うけどこの時期で収量を左右すると言っても過言でない。今日、誕生日の子がいる。おめでとうとメールした。まだ学生だけど一生懸命一人で生活しています。

 1月31日 昨日から大雪警報が出て日本海側は大荒れの天気になりました。畑にはビニールを張ったハウスが2ハウスありますが、農道は腰まで雪があり行けなくなりました。でも遠くから見ると屋根が見えているので何とか大丈夫かと、でも心配です。写真は母屋の前、屋根の下を行き来します。今日は晴れ間が続いき明日から気温も上がるようで峠は過ぎた模様。トマトの苗は日照が無いので大きくはなっていません。温度が低く日照が少ない、野菜にはとんでもない条件です。畑には行けないので野菜はスーパーで買っています。野菜農家でも一年中野菜を買わないなんて事はありません。テレビや新聞で大丈夫ですかと電話もらったりしています。大丈夫ですよ。ご心配なく。

 1月15日 トマトが発芽し昨日から移植しています。天候の合間を見ては雪かきをしてヒニールハウスの雪もサイドまで落としました。雪はもう要りません。今日からセンター試験ですね。昨年を思い出します。「青年よ、大志を抱け」です。50才を過ぎても70才を過ぎても与えられた試練を成し遂げるために大志を抱くのです。受験生のみなさん頑張って下さい。明日は地区の初総会、あちらこちらで新年会が催されます。苦手な酒の席、一難去ってまた一難です。

 1月11日
分団長となって初めての年賀です。
豊岡消防団の出初式での一斉放水です。
今年、一年よろしくお願いします。

今年も野菜にお米と精一杯頑張ります。
火災や災害のない一年であればと願うばかりです。


 謹賀新年、明けましておめでとうございます。
 旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします。


1月2日 
12月31日にから大雪となり左は1日朝の写真です。元旦も降り続き木の枝が折れたりで突然の雪にビックリです。今日一日正月気分で休ませて頂きました。じっとしているのも何かつまらないなと思いながらレコードやCDをたっぷりと聞きました。子供も31日に一人4日に一人と親は待ちに待った日を過ごしています。今日、誕生日の子供がいて親戚も一緒にクリスマスから一週間経ってまた正月にケーキを食べている変な家庭です。私は餅ばかり食べて正月を過ごします。

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お講さん
地方によって様々な呼び方をされたり風習も異なると思います。
私の所では年1回に10軒前後でこの行事を9月第二土曜日夜に行います。
まだ、関所があった頃に地方の大名はよほどの事情が無い限り関所を出る事を許されませんでした。しかし、お伊勢参りは特別に許されて神棚に祭るお札を持ち回りで頂いてくる訳ですが、伊勢までは遠くて途中の宿場に泊まる事になり多額の旅費が必要となります。そこでみんなで1年間かけて積み立てをして当番に当たった家がその旅費で伊勢にお参りしたそうな。
年貢の取立てで貧しい時代に伊勢までの旅は苦労の方が多かったのではと思います。お札を頂いて帰りご馳走して旅の話をしたりお札を配り御礼をしたそうです。今では、京都の元伊勢でお札を買ってお弁当を頼んで酒を飲んで貰う程の簡単になりましたが昔と似てますね。当番に当たった家は、お伊勢参りは大変なお役目でもあり、また10年に一度の関所を通り他国に行ける楽しみでもあったそうです。行く末も村に引き継いだ行事を語り継がれ残っていくようにしたいです。