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【過去ログ(2005.1.1〜2010.10.25)】
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ペットを愛する
投稿者:リベル 投稿日:2009年 5月15日(金)18時38分5秒しかしゴンが寿命で死に、アロワナを極く僅かな不注意で死なせてから、私はペットを正確に言えば飼えなくなってしまいました。また再び彼等の死に接するのが怖いからでしょうか。
犬の場合を考えてみると、ペットに対する人間の感情には二種類有ると、私は思っています。一つは子犬の時の可愛さに対する「おお、可愛い」という「情動」的な思いであり、もう一つは成犬になってからの変わらぬ「忠誠心」に対する「敬意」に似た思いです。アッケラカンと「忠誠心」と表現すると抵抗を感じるお方もあると思います、「愛」なのだと。
しかし、あえて言います、「愛」ってそんなものでしょうか。ここだけの話ですが、大切な話だと思うので書きます。配偶者を持たずペットを「愛」してそれで・・・それで良い・・・としておられる人もいらっしゃる。それは違うと思うのです。たとえば星を見て花を見て美しいと共感し、「死」に接して悲しいと共感する、指を触れあいながら自分の若かりし頃の出来事を語り合う、そういうパートナーだからこそ相手を「愛」することが出来るのではないでしょうか。
人間は「錯覚する動物」だと誰かが言いました。「錯覚できるほど脳の発達した動物」と言うべきなのでしょう。
でも、ペットとのキスと愛する人とのキスをあなたは同様に感じられ(尊敬ではなく可能)ますか?
いえ、こんなことを書いたのはペットというのは人間のエゴの産物ではないかとフト実感したからなのです。そうです彼等は犠牲者なのではないか、原始時代の食べるための「家畜」を原初とするのではないかと・・・。
かわいいのですが・・・