第2回 社会問題シリーズ@「教育制度と職業訓練」

日時:2005年5月28日(土)15:00〜16:30
場所:兵庫学校厚生会館
講師:元駐日ドイツ大使館翻訳部長 Dr.ロエーダ(Heidrun Maike Roeder)

ロエーダ女史のプロフィールを拝見すると、幼い頃、岐阜県の小学校に2年間通った経験を持ち、ドイツに帰国してシュタイナー学校へ戻った後、ボン大学へと進学、日本学を学ぶ。その後も、研究のために東京に滞在するかたわら、ボン大学で博士号を取得。最近では、NHKドイツ語ラジオ講座を担当、また、駐日ドイツ大使館の通訳・翻訳部長も勤められた。そのような訳で、日本語はとても流暢で、講演は大変わかりやすかった。以下は、その講演の要旨である。

(1) ドイツは連邦制のため、日本の文部科学省のような国の機関はない。教育は各州が行うので、州によって教育課程に若干の違いがある。また、ドイツの学校は、日本や欧米諸国の学校と違って半日制であり、子供達は昼過ぎに家に帰ってくる。
(2) 子供達は、6歳で日本の小学校にあたる基礎学校(Grundschule)に入学する。この学校は4年制で、基礎学校を終えた児童は、基幹学校(Hauptschule)、実科学校(Realschule)、ギムナジウム(Gymnasium)のうち、いずれかの学校に進学する。つまり10歳で自分が進む学校が決まり、将来も決まってしまう。
(3) 基幹学校は、職人になるための学校で、昔は多くの子供達が進学した。実科学校は、幅広い勉強をする学校で、卒業すると銀行や官庁などに就職する。ギムナジウムは、大学進学を目指す子供達が進学する学校である。各学校への進学比率は、基幹学校が26%、実科学校が40%、ギムナジウムが26%。この他、早くに子供の進路を決めてしまうことを批判して、総合制学校(Integrierte Gesamtschule)もできている。
(4) 外国語の学習は、実科学校では英語だけだが、ギムナジウムでは、5年生(基礎学校からの通算)から英語かラテン語を履修する。7年生になると、第2外国語として、ラテン語か英語かフランス語を履修する。ラテン語は、いわば日本の漢文のようなもので、昔の教育のなごりと言える。
(5) 11年生になると、クラス制がなくなり、コース制に変わる。同時に、先生の生徒に対する話し方も、duからSieに変わり、大人の仲間入りをした気分になる。
(6) 大学は、今まで授業料は基本的に無料だったが、この制度は崩壊した。最近では、授業料をとる大学も出てきた。
(7) ドイツでは、大学入学資格(アビトゥーア)があれば誰でも大学に入学できるが、卒業試験に受からないと大学卒業の資格が与えられない。卒業資格の種類としては、Dipl.(Diplom)、M.A.(Magister Artium)、Dr.(Doktor)がある。
(8) ドイツの大学進学率は、30%程度であるが、ドイツには、働きながら教育を受けられる職業教育制度があるので、必ずしも大学に進学する必要がない。職業教育制度は、企業にとっても、自社に適した人材かを事前に見極めることができ、メリットがある。
(9) 数年前、世界の15歳の生徒を対象にした学力調査(ピーザ調査)があり、ドイツは悲惨な結果となった。その原因として、基礎学校の4年生(10歳)で進路を決めてしまう現行の教育制度が挙げられた。
(10) ドイツでは、外国人の割合が人口の10%を占め、都市部では、ドイツ語の授業が成立しない学校も出現し、外国人のためのドイツ語学習が課題となっている。

<講演を聞いて>
(1) 2000年に、OECD加盟32か国の15歳の生徒を対象に行われたPISA調査(Program me for International Student Assessment)の結果は、ドイツは中位以下の成績(読解21位、数学20位、科学20位)で、ヨーロッパ諸国と比べて大きく遅れをとった。戦後からの復興、東西ドイツの統合と、常に上昇気流にあったドイツにとって、現行の教育制度の欠陥を露呈したことは、大きなショックであったに違いない。ましてや、これからの国を担う子供達の学力低下は、技術立国ドイツにとっては致命的とも言える。それ故、ドイツでは、教育制度の見直しが急務となっているようだ。
(2) 第2回のPISA調査は2003年に実施された。この時の日本の調査結果を第1回と比較すると、読解8位→14位、数学1位→6位、科学2位→2位という結果だった。“ゆとり教育”とあいまって、学力低下が危惧される契機となったが、読解力の低下は、学習塾では養えない学校本来の教育のあり方を問いかけているのではないだろうか。
(3) ドイツでは、労働力不足を補うため、政策として1960年代から外国人労働者を受け入れたが、多くの外国人は帰国せずにドイツに定着し、今や3世が学校に通う時代になっている。ドイツ社会の中で、教育をはじめ、雇用や失業問題、宗教上の問題など、さまざまな課題を抱えながらも、今や外国人労働者は、ドイツ経済に無くてはならない存在になっている。
(4) このほか、正しくは外国人ではないが、東西ドイツ統合の結果、ポーランドや旧ソ連などの東欧諸国に居住していたドイツ系市民の帰還や、紛争の旧ユーゴスラビア地域からの難民受け入れもある。EU諸国の中で、外国人の人口割合が10%と最も高く、ドイツは、多民族国家に近づきつつあると言える。