武田芳明
(ギャラリー風)
 
 「穴」  あるいは、
 
 
「脱構築マルセル・デュシャン展~養生術としての芸術」に寄せて
 
 
   
(原文)

 

マルセル・デュシャン

秘密

 
 dao 芸術工房 
 DAO WORKSHOP 

 
随風舎

 
 
(抜粋)
 
 
   デュシャンはタオ(道)の教え(老荘思想)に傾倒していたという ユニークな説が唱えられた。随風庵石川虚舟先生の論考「マルセル・ デュシャンの秘密」(鐙出版、2004年)である。従来のあらゆる デュシャン解釈の盲点を突いた、まさに「穴場」のような興味深い説と言える。
 
  マルセル・デュシャン。1887年、フランス生まれ。キュビズムやダダイズムの影響を受け、 近代の特権的な芸術観を批判する先鋭な作品を作り続けて美術界を撹乱する。特に1917年、 ニューヨークで開催されたアンデパンダン展に既成の便器を「泉」と題して出品、物議を醸した事件は あまりにも有名である。
 
  今日、デュシャンについてさまざまな評価や賛辞が与えられる。 だがそうした論評が、西欧近代の芸術概念の文脈によって語られる限りにおいて、デュシャンが 示そうとしていたものを捉えそこなうことになるだろう。と言うのも、先の作品「泉」の否定性にみられるように、 デュシャンは近代の芸術観そのものを根こそぎに否定しようと試みた訳だから、 逆にその否定された芸術観に立ってデュシャンを語ることは出来ないからだ。・・・
 
  虚舟先生は、デュシャンがそうした芸術への懐疑の過程でタオと出会った、と直感した。 その研究は、まずデュシャンとタオとの接点を探ることから始まる。 虚舟先生の論の運びは極めて慎重である。・・・そして次第に私たちの前に、 デュシャンがつかんでいたタオの世界がくっきりと浮かび上がってくるのだ。 ところがそれは、意味も形もないうつろな「穴」であった。
 
  この「穴場」においては、彼方と此方、自我と他我の対立が融解し存在の区別がなくなる。 大きいとか小さいとか、重いとか軽いとか、比較計量する小賢しい自我意識があっさりと「穴」の中に捨てられる。 ・・・