俳句日記Ⅰ
2017年  2018年  2019年  2020年   俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ 




2017年
 


1月の俳句

正月や 孫待つ妻の 背筋たち
三学期 踊る背中の ランドセル
福男 開門せかす 湯気がたつ      (西宮恵比寿神社)
日が暮れて 積もる後悔 雪見酒

ひっそりと咲く紅い花 小正月      (山茶花)
道しるべ無かったように 雪は降る
茶の湯気に まぎれて淡し 午の雪
氷雪の轍は何を 運ぶやら 

手招きが居丈だかなり 枯木立

冬セキレイ 誘うがごとく 歩みより 
咳こんだ 我をにらむか 白セキレイ
かしましく 餌を撒けよと 寒すずめ

陽だまりに 夢ふくらます 子雀や

寒ゆるむ 百人力を 得たごとし
目の奥で 赤子をあやす マスクママ


2月の俳句

涙目で 耐へる雀や 春の雪
鬼退治 豆もつ子らが 逃げまどう
里山に 名のみの春と 告げられし
首塚に二月の雨の 古刹かな       (足利義教の首塚がある古い禅寺がある)

蒼天に 梅一輪のおくゆかし
風雪が 時計の針を戻したり       (2月9日雪)
ローカル線 車窓ににじむ 紅い梅
立春を 過ぎても日々のコタツかな

シクラメン 優しい影の窓辺かな

春雪に 帰西の娘 見送りし
春冷えの夕日に染まる 古畳
早春の月の明かりの 一人寝や

無遠慮に 窓叩きおる 春一番 

春三番 珈琲かほり立つ暇もなし
ハシブトも 飛びそこなうか 春の風
ツーリング 菜の花を見て 折り返す


3月の俳句

桃の花 青いバケツに 投げ込まれ
街灯の やせた狐の 背が怯え       (季語は狐)
背くらべや 土手のつくしが 孫見上ぐ


無我の人 花も無縁の 身となりし 

父は認知症闘病10数年、享年86歳、二度の従軍、苦労に苦労を重ね真面目を貫いた人であった


大松明 燃やし尽くせよ 春は来る

雪代の 渓の濁りの 竿納め 
蒼天を 突き抜けていく 初雲雀
遠吠えを 重ねてむなし おぼろ月

あてもなく 誘い出される 春彼岸

山道の 心ぼそさよ 月おぼろ
北帰行 乱れぬ群れの けなげさ

下生えの 白水仙の 艶めかし


樹々の間に 山桜独り 自惚れる

冬枯れのしげみの奥の 春化粧
間道の 孤高の花の 息づかい
雨上がり侘しき雉の 一鳴きや


4月の俳句

花寂し 野良はあくびの 紀三井寺      (紀三井寺の参道に通じる桜並木は荒れていた)
ファミリーの銀輪ゆらす 春うらら
桜木をうつす早瀬や 万華鏡
それぞれの 想い散りたる 花の下 

花見上げ 歩み忘れる 人の背や
花二つ三つ 朽ちゆく古木 労わん

月の夜は 妖し桜花の うす化粧
バス停に 赤い傘一つ 春の雨

いもぼうを くふて八坂の 花見かな     (八坂で亡き父と喰った「いもぼう」を思い出す)

好きにせよ 邪魔にはならぬ 雨蛙
雨蛙 そら豆ほどの 背で語る        (季重ね「そら豆」と「雨ガエル」)
背を伸ばし吊るす簾も 齢を食い

陽炎や 赤いポストの千鳥足

ステレオの 輪唱きそう 鶯や
谷渡り 山の彼方の 里までも        (繁殖期の鶯(オス)の鳴き声を「谷渡り鳴き」という)


5月の俳句

唱忘れたか 電線の夏雲雀
耕うん機 白さぎ三羽 引き連れて      (耕した後にミミズや虫の子が出てくる。サギなどの野鳥がそれをついばむ。)
大空も狭し 主役は鯉のぼり
緑雨かな ガーデニングの ティータイム

小糠雨 けむる紫 桐の花

雉の声 ケトルの音を かき消して
昼飯の 箸休めたり 青嵐          (青嵐は5~6月に青葉をゆすり、乾燥した強い風を言う)
六甲の青葉の波の 港町

青い芽をそえてほおばる かやく飯

三日月に 夜鳴き届けん 不如帰
代田かな 野辺の白煙 畦の青        (この辺りは酒米「山田錦」の産地でとにかく美しい)
道の駅 なごむ旅人 つばめの子 

何気なく 木綿のシャツに 衣替え

高揚の 孤独なトビの 五月晴れ
野の花に 紛れて生きる 五月かな
苗運ぶ農婦は 紅の日よけ帽



6月の俳句

棟上げの 祝いの花や 五月晴れ

贅沢な 白あじさいの 乱れ咲き       (3株のアナベル満開)
遠雷や しまい支度の野良仕事
梅雨晴れに 道行く子らの 声高く

なま脚の ペダルかろやか 梅雨の晴れ

風冷えや たまには休め 雨蛙
隅っこの 山あじさいが 際立ちて
迷い子の 蛍火一つ 酒の友

蒸籠蒸(せいろむし)のような 梅雨の晴れ間かな

てきぱきと 動けぬ齢よ カタツムリ
七転びして八起きの朝の 衣替え
腹の虫 告げる夕餉や 夏至る

足元のあやし参道 夏木立

曇天に 五分の隙間の夏日かな

蚊帳の内 猫の目光る 小宇宙

ガキのころ、家に帰れば一人。黒猫が唯一無二の話し相手
だった。


2017年  2018年  2019年  2020年   俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ 



7月の俳句

クリニックを出て 心は五月晴れ

はな歌もそぞろ出にけり 梅雨の晴
青芝に あわれミミズのサバイバル
枇杷の葉に 親子雀の雨宿り

涼し気に 微笑かえす 日傘美女
アランブラ 弾じきし夏の三畳間  

カルカッシギターの名曲「アルハンブラの想い出」。受験勉強の合間に練習した。ポピュラーで通俗的という者もいるが、名曲だからこそポピュラーなのだろう。


簾ごし 途切れとぎれの雨の音
梅雨明けを告げるや 月の青さかな
どこまでも トビ追いちらす 夏鴉
焼酎の グラスをなめる 夜半の風

幽霊に愚痴を肴に 独り酒    
幽霊に出囃子いらぬ 丑三つ時

夕立の 虹の向こうが わが住処
梅雨明けて この世の色が蘇る

黄昏の 水面(みなも)さわがし 群ツバメ  

燕の群れが盛んにえさを追う。渡りの準備だろう?何処にいくのだろう。夏の終わりがすこし寂しい。



8月の俳句

夕焼けが 荒ぶる天を 宥めおり

蜘蛛の巣を 払いて憂さを 晴らしたり
山あいに ちょいと顔出す 花火かな
引き籠り オンザロックと 扇風機

猛々し嵐のあとに 秋立ちぬ
月あかり 虫の声おし寄せる
信心に縁なき者も 盆の入り
幼子は 虫とり網を もてあまし

古寺の処々綻びて 夏行かん        (鬼灯=ほおずき)

菩提寺は興禅寺。
応仁の乱の後に、都の戦火の廃材を使ってご先祖が再建した由緒ある寺だが、跡継ぎもなく寂びれる一方。臨済宗大本山妙心寺の一派であるが、その歴史600年も儚い

曇天に 色とりどりの 百日紅(さるすべり)
甲子園 歴史を刻む 泣き笑い
その涙 無駄にはならぬ 甲子園

鵜一羽 さすらう旅の 処暑となり
古狸然 手のかかる扇風機

砂時計みたいに 過ぎる夏休み

虫の音を 聞き分けるほどの風流
身を擬して 生命つなぐや 秋の虫
理由(わけ)もなくグラス上げたり 秋の月

耳鳴りに かき消されたり 虫のこえ

チェンバロの響き 秋風がすこし
気まぐれに雀群れおる 稲田かな
鼻の先 一期一会の赤とんぼ



9月の俳句


ぼろ簾 落とせば清し 新世界

朝冷えや 手に温もりの 楽茶碗
誕生日 九月の雨に 流される
蒼天に 透けて消へ入る 昼の月

鬼の子といふても 邪気のなきものを     (蓑虫を鬼の子というらしい)
夕焼けの なにか懐かし町にいる
鈴なりの ちょっと色づく 柿の実や
空想は尽きてしまいし 天の川

風流というか 煩(うるさい)というか 秋の虫
間を空けて また荒れ狂う 野分かな
台風は ヤンキー女の名が似合う       (占領軍がいた頃、台風にアメリカ女の名がついた)
虫食いの一葉はらり 秋の風

カルメンも 嫉妬するよな 曼珠沙華     (彼岸花)
時計仕掛けのように 彼岸花終わる
窓あけて 胸いっぱいに 金木犀
初ものの 栗一粒の おすそわけ


10月の俳句

静けさや 鬱の気配のうす月夜        (引きこもりは楽だが、時に孤独、鬱か?)

月明かり 母に習いしハーモニカ       (ガキの頃、停電の月明りに母がハーモニカを)
冷たくて 傘放り出す 白驟雨
柿ひとつもぎり 小腹のたしにする

野ぎつねの 通りすがりの 苅田かな
中秋や 一人歩の平々凡々
秋風の 便りは悲し レクイエム
すれちがふ猫の一鳴き 秋の声

コスモスが うなだれている         (ご近所のお一人が逝った)
平らかな 池にさざなみ 雁渡る

キホーテが ロバと夢見る夜長かな      (妄想の英雄ドン・キ・ホーテ、ラ・マンチャの男)

ありがたや 栗南瓜のおすそわけ

投票日 鬼台風のお通りじゃ

忘れ物 見つけたような 秋日向
嵐たえ 阿修羅となりし 大楓        (人気の楓並木が酷いことになってしまった)
花芒(はなすすき) たった一束もてあまし

秋深し 土の恵みを 喰らわねば

縄文の 暮らしもさぞや 栗を焼く
ハロウィンの くそ悲しさよ 空騒ぎ


11月の俳句


小春日や ふらり立ち寄る人のあり

ボロ着ても心浮かれる 小春かな
ほろ酔いの 足おぼつかぬ 夜露かな
片隅の明りが嬉し 秋深し

草ひきの猫背に日差し 秋惜しむ
日が昇り おだやかにして冬立ちぬ
冬に入る 手のひらで日を受けてみる
夕時雨 疲れ知らずの 孫を追う

高齢のその先あるや 枯れすすき        (もうすぐ後期高齢者と呼ばれる)

霧深し ダンプカーが突きぬけて行く
気休めの 貧乏ゆすり 夜寒かな
枯葉はく 寂び行く庭を 繕わん

くもの糸 枯葉一枚 吊るしおり
日向ぼこ ミーアキャットを まねてみる
ジグソーを 蹴散らすように 落ち葉ふむ
朝霧や 現像写真の絵のごとく

人待ち顔の熟柿が一つ 
ぶら下がる


12月の俳句

冬ごもり 三度の飯と 炬燵かな
天高く 親子トンビの 輪が三つ        (親を追う2羽の子鳶の必死さ。けなげだ。)
夜なべして 胸の内で聞く 夜想曲
残照の 電線渡る 冬の月           (今年最後のスーパームーン、残照に白い月が美しい)

冬支度 面倒くさい老後かな

手抜きでも 形だけでも 大掃除
母の味 茄子の古漬け 冬大根
お囃子に 調子はずれの 杵の音        (にぎやかに町内会の餅つきが催さる)


炭火鉢 囲みし日々は 遠くなり
紅白のシクラメン 窓辺のX’mas
冬空に イヌの声色 はぐれ鴉         (カラスの声色に驚いた)
ひもじかろ 群れて耐へるや 寒すずめ

窓のぞく 帰省列車の 泣き笑い
宝くじ 年越す前の 神頼み
騒いでも あがいても 大晦日
やり残し積もり積もって 除夜の鐘


いにしへの時の流れや 百八つ

一年を呆けて 明日は師走かな


2017年  2018年  2019年  2020年  俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ



2018

1月の俳句 


にぎやかに集う 二日のカレーかな       (季語は二日・姪の家族もあつまりにぎやか)

残りもの さらへて太る 松の内
大寒や 話はずまぬマスク越し        (大寒1月20日 晴)


月の俳句 


クローゼット ひっくり返す 春一番

静けさや 地上に影の初鳶 
おずおずと 声しのばせる初ひばり
強東風や 梢の鳶の 思案顔


襟あしをくすぐる風や 春や春

如月かな 田舎暮らしの十余年

頬そめて への字の口の受験生
木の芽風 にわか大工の友となる 


3月の俳句

雛かざり インスタ映えの 緋毛氈
春の字を頂く風の 猛々し


春三月はライオンのように(荒々しく)やってきて、子羊のように(穏やかに)去っていくという英語のことわざがある。

March comes in like a lion and goes out like a lamb.


なにもかも 叩き起こすか 春嵐         (3月6日晴 啓蟄)

涙目も 口もと凛々し 祝卒業
七年を 巻き戻したり 「花は咲く」       (東日本大震災の「花は咲く」は応援歌) 
花ごよみ 紅い蕾に浮かれおる      


群れ咲いて ともに果てるか 黄水仙
空襲に 焼かれし跡の 菜花かな         (戦後、疎開先から帰阪した時の情景)
渋い茶を すする合間の ホーホケキョ
風ととも 砕け散りたり 紫木蓮


4月の俳句

窓際の整理整頓 山嗤う

嫁とりも 哀しピエロの 揚げ雲雀 
風吹かば 大地を掴め シジミチョウ 
八重桜 見上げる人も なかりけり

筍で三日三晩が 過ぎにけり
満天に 百鳥さわぐ 夏日かな
長風呂に水差さす奴め 初蛙
スイトピー 十頭身が 混み合いて


月の俳句 

藤の房ゆれて 赤子のほほ緩む

泥の巣の主(ぬし)にあれかし つばくらめ
楽しみはあと半年や 柿の花
和みいる嫁姑の カーネーション

蒼天に一筆 飛行雲

身のほどを 星に懺悔か ほととぎす        (ホトトギスの托卵は有名。世知辛い奴め!)

薫風や 天に背伸びや欠伸やら
道草の子ら 楽しからずや 風かほる

夏の雨 忍者走りの 狐かな

十年を 洗いざらした 夏のシャツ
新じゃがに土のにほいの 置土産          (新じゃがはの夏の、馬鈴薯は秋の季語)


月の俳句

ジーパンと 裸足でたりる 夏の芝 

叢雲の 月に寄り添う 星一つ           (金星かな?)
梅雨走り 黄色い傘跳ねまわる
青葉冷 星さんざめく音もなし

薔薇にほふ 大きな空に ひとりぼち
四畳半 真っ赤なバラの 残り香や
ふるさとに地震ありとて 夏雲雀          (6月21日晴 夏至 大阪北部で震度6の地震、当地では5弱)

青空に
 終わりを告げし 紫陽花や
緑のカーテンとやら 花や実に虫もつき


月の俳句

くたびれても ちょうど身に合ふ 夏のシャツ

無愛想な野バラよこ目に 午睡かな
青笹と塩の化粧の 鮎かほる
古扇風機 飾り物でもあるまいに

人の波 団扇の波も コンチキチン

薙刀が行く 千年の修羅の址            (京都祇園祭)
喰えねども 土用鰻の香ばしく
しーんとして 耳疑いし 大暑かな

穏やかな朝の一服 麦藁帽
青春は 色あせしかな アロハオエ

青春時代に何故かハワイアン音楽が流行していた。戦後のアメリカ文化への憧れか?



月の俳句

電線に 三々五々の 夏つばめ

埒もない世間話に セミの声
サイレンの響き 百年の甲子園           (夏の高校野球百回目の記念大会)
空蝉や 時の流れを止めしまま


秋風の まざりし朝の 気だるさや

風に乗り 風に止まるる 糸蜻蛉
糸とんぼ 今をかぎりの 生命かな
流れ星 コメットといえば懐かし

おもろうて ちょっと孤独な 蚊やり豚

白めしに 茄子の浅漬け 目玉焼き

満月の 兎を指で なぞりたり
道端の 塵となりしか 秋の蝶


月の俳句

こんちくしょう 手加減しろよ鬼台風        (巨大台風21号襲来)

瞬間風速
60m/sのモンスター台風21号が近畿・東海に上陸。さらに北海道でも大地震最大震度7。大雨、洪水、大地震、
巨大台風やハリケーンなど列島を息つく間もなくなく襲う。


頼りない吾が身にとまる シオカラや
秋つばめ よほく太って 旅立てり
親不孝 詫びてせんなし 彼岸花

やや寒の 裸足の指で ぐうちょきぱ

身の周り 少し片づく 良夜かな
人知れず寂し あだ花かへり花

名月を めでる手酌の ほろ苦し

犬の尻 追へど届かぬ 萩の原

食卓の 灯り落とせば 秋のこゑ

丹波路や 焼くのがよろし旬の栗


10月の俳句

鰯雲 宇宙の広さ 覚へたり

木犀の 薫る好日 こともなし
吹き返しも やがて秋の風になり          (台風25号)
柿ドロボー 嘴の太さの 憎たらし

香り立つぬる茶の 青の爽やか
足早に 百歩行く間の 初時雨
どんぐりの 三つばかりの 孫の手や
愛犬と 駆けし野原の 秋桜


1
1月の俳句


汐かほる リストランテの 秋喰らふ

布団干し にほい懐かし 去年の秋
小春日や 寝間のカーテン そよとして 
貼りかへて 毅(キッ)と立ちたり 古障子     (障子は冬の季語、貼り替えは秋の季語とか)

酒瓶の 底が気になる 夜長かな
音のない世界に入りぬ 白い月
一人飯 作る夕べの うそ寒く


四つ切りの 二ついただく 冬林檎

古池をめぐる小鳥の 播州路            (俳句でいう小鳥は渡り鳥のこと)


1
2月の俳句

底冷えの 空の青さの よそよそし
継ぎあてのダウンベストは一張羅
着膨れて行くか いつもの散歩道

ミカン箱届き 紀の国がにほふ

湯に浸かり 柚子くふ猿の 冬至かな        (22日がこの年の冬至)

孫の風邪もらいて辛し 熱と咳
平成を 見送る日々の 歳暮かな

初雪や 南天おおふ 一糎
千日の 俳句徘徊 大晦日


2017年  2018年  2019年  2020年  俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ


2019
(令和元年)


9月の俳句

秋の夜は 女々しいといわれてもショパン

デラウエア 夫婦二人の 実はなりぬ
無住寺に 線香けぶる 彼岸花

しわくちゃの 古新聞に松茸
筋骨がきしむ 秋空に楕円球             (2019年ラグビーのワールドカップが日本初開催)


10月の俳句

朽ちはじむウッドデッキの そぞろ寒

身にしみる 壁のチクタク 十五年
ベートーヴェンに酔ふ ヌーボーの一人酒
泥水に 沈む稲田や 嗚呼千曲            (千曲川氾濫)

空腹に ドンと堪える 鳥威し
大阪で喰ふか「てっちり」 新世界



11月の俳句

たこ焼きのアッアッアチチ 秋深し

掌で そっと転がす 赤リンゴ

子供の頃、喉をはらし高熱がでたことが度々あった。いわゆる扁桃腺炎である。そんな時枕もとで母が赤いリンゴをすりおろして口にはこんでくれたこと、そんな情景を思い出す。


松茸の かほりと湯気の炊飯器

末枯れの世は 増税にキャッシュレス
来年も きっと逢へるさ 散紅葉
パソコンの青い光の 夜寒かな


12月の俳句

コンビニの 熱いコーヒ― 十二月

すれ違うたれか呟く おほ寒ぶぅ 
夜更けの救急車 犬の遠吠へうそ寒し
墨書きの白い張り紙 冬至の湯

年の瀬に買う かぜの薬と胃腸薬

思い出は切なきものよ クリスマス          (戦後復興の中で、みんな貧しかった)
身勝手な苦情あるらし 除夜の鐘


2017年  2018年  2019年  2020年  俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ


2020年
(令和2年)



1月の俳句


声色が大げさな奴 初鴉

コーヒーと 目覚めのジャズで 寒の入り
なぁお前 ワシは味方じゃ 寒すずめ (1月6日小寒)




-回想-阪神淡路大震災について


1995年1月17日の記憶はできれば消してしまいたいが、あれからも各地で巨大地震が頻発している。東北、北海道、熊本など日本国中例外はない。被災者としてその経験は決して忘れてはならないと、あらためて再確認。加筆 
2024/1/1石川・能登でも。


凍えたね あの震災は夜明け前          涙目にしみる湯気あり 鍋うどん

      また
あの定位置に水仙花              鍋焼を吹いて 正気にもどりおり







2月の俳句


人影は消へて 武漢に冬の月          (コロナ発生の地といわれるのは中国の武漢)

猫の手の 恐るおそるの 薄氷
春めいて 百均マグにネスカフェ

春告魚 母の塩焼き 塩加減


鰆は春告魚という、文字通りである。冬から春が旬で、瀬戸内でとれた鮮度の良いサワラは生もよし塩焼も良し。鮮度が落ちる前に味噌や酒糟に漬ければまた味わい深い。


春愁は深し 二月をもて余す
枯芝を焼ひて 気持ちにひと区切り

 

3月の俳句

悠然と残る鴨らの おらが池

高ひばり あれよあれよと春の雲
啓蟄に 空港バスを見送りぬ          (帰郷を終えた娘をスペインに送り返す)
日々混沌 足もとにタンポポ
頑張ってマスク手洗い 山嗤ふ


4月の俳句


花卯木にほへど 閉ざす天王寺


令和
2年4月16日、各地にコロナ緊急事態宣言。四天王寺は1400年の歴史で初めて参拝客を閉め出し、大阪造幣局の通り抜けは禁止という。

花の香や 来年きたれ 通り抜け        (大阪造幣局の桜の通抜け中止)

かげろうや 去る人もあり来る人もある
 

5月の俳句

夏みかん分けて 二人のステイホーム      (世界中にコロナ蔓延)

アマガエル
 いつまで続く長ばなし 

アクセルは踏まず緩めず 目に青葉
衣更へ 想へばとほし土佐の海  


6月の俳句


梅つみ女 大福笑みを ふるまひぬ       (京都の北野天満宮)

気まぐれなあのノラどこに 五月雨れる
襟つきの長袖シャツに 青葉令 
黄昏て グラスに注ぐ缶ビール

焼酎に 小魚の干したるものを
長芋のザクに ワサビ醤油あわせてみ

黒いチェリーより やっぱ紅いサクランボ

 

7月の俳句

若鮎を遡らせたまへ 闘龍灘

何もかも知っている この親知らず 半夏生
コンコンとは鳴かぬよ 夏の狐かな
鰻より 鱧の口なり 土用かな

寝たような 寝足らぬような 昼寝さめ

梅雨明けや さあ大掃除 模様替


8月の俳句

台風のかすめし後の 月凄む

路地裏の室外機さわぐ 立秋           (立秋2020/8/


11月の俳句

夜寒かな 傷ついた猫 頼りこし 

鴉に襲われたらしき野良の子ネコが我が家に現れた。生後数か月というところか。左眼がつぶれ腰を落として弱り切った姿が痛ましい。何とかしてやらねば、と情をかけたが、それが腐れ縁の始まりとなってしまった。

かさかさと 音して散りぬ 楓かな
カラス奴に 柿の実ふたつ残しおり
顔のしみ増へて 今年の冬に入る
半年を無為にすごせり 返り花 


短日や ノラの寝床をととのへる
古物屋に まだござ候や 欠火鉢



12月の俳句


金欠に追い打ち 師走の第三波             (世界中にコロナの第三波が)
十二月のカレンダー 健診日に〇(まる)        (立冬 令和2年11月21日)

もの言はぬモアイの像や 冬木立


聖夜かな 祝う人なきシャンゼリゼ

今年はベートーベン生誕250周年らしい。パンデミックで、あの華やかなパリの街がまたロックダウンという。この二つのニュースに
何の関連もないが、楽聖のソナタ「悲愴」を聞きながら昔のサンジェルマンやシャンゼリゼ通りを思い出す。

あれこれと 愚痴に出にけり 大晦日



2020年12月31日



2017年  2018年  2019年  2020年  俳句日記Ⅱ  俳句で脳トレ