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2006年1月2日(月)
bar 雫

人と人との縁というのは本当に不思議な力が働いているものだと、最近よく感じる。bar 雫との出会いも、そうした不思議な縁を感じるものの一つだった。
昨年の秋に淡い恋を失って、その憂さ晴らしに30年近く親友している友人を連れ出して飲みに行ったのがきっかけだった。最近結婚して子供まで生まれたその友人は、そうした理由でそうそう連れ出すわけにも行かず、ならばと一人でも飲みに行ける店を紹介して欲しいと、その日は久しぶりに京都に飲みに出かけた。
当初は以前その友人に連れてもらった祇園のお店にもう一度顔見せの意味で連れて行ってもらって、次回から一人で行こうと考えていたのだが、そのお店がその日たまたま休みだったので、急遽六角通り麩屋町にあるこの「雫」に連れて行ってもらうことになった。
京都に住んでいる者ならよく分かることだと思うが、飲食店、特に飲む店は祇園界隈と、木屋町という鴨川に近い通りに集中している。六角麩屋町といえば、昼間でさえも目立ったお店もなく、夜ともなれば随分寂しい通りなのだ。
夜は雫のブルーの看板が場所を教えてくれるが、昼間だと見過ごしてしまいそうなほどの間口を入ってすぐ右手にある階段を上がった2階に店はある。
初めてその店に連れて行ってもらったときに、まさか僕がこのお店とこれほど懇意になるなどとは思いもしていなかった。僕にしてみれば、最初に行きたいと思ったお店の代わりぐらいの軽い気持ちでしかなかったからだ。実際、翌日もう一度この友人に頼んで、最初に行きたいと思っていた祇園の方の店に連れて行ってくれるように、既に話も決まっていた。

この日の夜のことはよく覚えている。「雫」に来るまでに居酒屋で飲んで上機嫌に酔っていた僕たちは、「雫」に来ても、初めての店とは思えないぐらい快活におしゃべりを始めた。
話題は自然と僕の好きな映画の話題になった。「雫」のママはまだ20代の若い女性なのだが、それなりに古い映画などにも詳しい映画好きであることで話は弾んだのだったが、そのうちにベスト・マイ・シネマは何かということになった。

ここ十数年来、僕のベスト・マイ・シネマはパトルス・ル・コント監督の『髪結いの亭主』であることをやや得意気に話すと、友人もママもその時にいたもう一人のスタッフの女の子も、大爆笑したのだった。
その題名は有り得ないとか、昔の日本映画か?とか、聞いたこともないとか、地味な映画ちゃうのだとか、さんざんその場のみんなに揶揄された。もちろんその場の誰一人としてこの作品を見たものはいないわけで、ストーリーを簡単に「髪結いの亭主に子供のころからずっとなりたかった男が、大人になってその夢をかなえる話」だと説明したところで、火に油で失笑は収まらない。
ならばと、次回来る時に『髪結いの亭主』のDVDを持って来て、上げるからぜひ見て欲しいと公言して約束したのだった。
僕は好きな作品をついつい人にあげたくなってしまうので、好きな作品に限って安い時とかに買いためておくところがある。『髪結いの亭主』も確か家にもう一本あったはずだと思い出して言ったのだった。

でも、酒の上での約束である。その時はそれなりに本気で言ったが、翌日になると随分冷静になって、初めて行った店のママにそこまですることもないだろうと思った。そのことを友人に話すと、「あの時お前は真剣に言うてたで。行かへんかったら、そういう付き合いしかされへんで。」っと変な含み笑いをしながら言うのだった。
それでも、翌日にまた飲みに出かける予定がなかったら、友人の話は聞き流したことだったろう。友人の言葉を気にしたわけではなかったが、約束は約束かと翌日、祇園の店に行くために友人と待ち合わせしていた時間よりも早く行って、「雫」にDVDを届けに行ったのだった。
もちろん、本気にはしてなかったママたちもそれなりに驚き喜んでくれたことだと思う。
こうしたいきさつから僕が「雫」に通うようになったのかといえば、実はそうではない。話にはまだ続きがあるのだ。

僕と妻は今から13、4年前に、京都の北山に出来たあるお店の店長とスタッフとして知り合ったのだが、まだ僕たちが関係を持つ前からよく利用していた居酒屋が店の近くにあった。「甲斐座」という名前のこの店は、ビルの4階のカウンター席が10席ほどの小さなお店だったが、マスターの人柄の良さと、美味しい京風の白出汁のおでんを食べさせてくれる店と言うことで、僕たちは気に入ってよく利用していた。もちろん二人が男と女になってからも、マスターの前だけは取り繕う必要も感じることなく、隠れ家的な場所として使ったし、そうしたことを自然に受け入れてくれるマスターの居心地の良さが有難かった。
この「甲斐座」、今から5年ほど前に、マスターの一大決心で北山から烏丸三条を東に入ったビルの2階に移った。お店も座敷なども増えて広くなり、相変わらず美味い料理と酒を出してくれる店ということで、仕事を変わった妻も僕もずっと利用し続けたのだった。僕なんかはむしろ京都に来ればこの店しか使わないようなところさえあったぐらいだ。単にお店とお客の関係だと言えば確かにそうなのだが、妻が亡くなったことを後々人づてに聞いたマスターは、わざわざ滋賀県の僕の家にまで来て妻に手を合わせてくれたりもした。一人になった僕を、どこかで気にかけてくれていたりもした。そうしたことは、口で言わなくても伝わってくるものだ。
ある日、京都に出てきた僕は、いつものように「甲斐座」に寄った後、3度目か4度目の「雫」に寄ることにした。
既にお酒の入ったご機嫌な僕は、ママに「どこかで飲んで来はったん?」と聞かれたので、烏丸三条の方で焼酎を飲んで来たと応えると、一瞬怪訝な表情を浮かべて、「なんていうお店?」とまた聞かれたのだった。「甲斐座」って応えると、「やっぱり。あの辺で焼酎のお店って聞いてそんな気がしたわ」と妙に納得の表情をした。
ママが「甲斐座」を知っていることでなんとなく嬉しい気持ちがして、僕も「甲斐座」は北山の頃から、もう10年以上通い続けている店であること、マスターには懇意にしてもらっていることなどを自然な流れの中で話をしたら、今度はママのほうが驚いた声を上げた。
「ホンマに?実はこの店を始める前に焼酎のことを一から教えてもらおうって思って、飛込みで甲斐座のパパにお願いしてん。そうやし、私のお師匠さんなんよ。もちろん今も可愛がってもらってるで」と話してくれた。これには僕も驚いてしまった。
僕がいろいろな店を渡り歩いていて、その中のお店の一つがたまたま知り合いだったと言うのではない。ほとんどピンポイント同士のお店が、決して因縁浅からぬ関係でつながっていたということが、不思議な縁と言わずして何と言えばいいのだろう。
このことをきっかけに、僕は「雫」を「甲斐座」と同じくらいにお気に入りの店にしてしまったし、お店のほうでも急速に僕と言う客を受け入れてくれたような気がする。
結局、年末のカウントダウンも「雫」でして、その後、「甲斐座」のマスターも合流して店を終えてからみんなで初詣に八坂神社に行って元旦の朝を迎えたのだった。

ちなみに当初一人で行こうと思っていた祇園のほうのお店は、ほとんど行っていない。女の子が接待してくれるお店なのだが、静かに一人で飲むと言う雰囲気ではなく、「雫」で飲むよりも随分と割高な感じなので、そういう雰囲気を求めていない限りは「雫」がいいやって思ってしまうからだ。
「雫」のバーテンダーはママをはじめみんな女性で、いつもみんな着物姿である。当然BARなので、女性が酒を飲ませる店と違ってベタベタした感じがない。焼酎の種類は豊富で、大体の好みを言えば、好みに合ったものをチョイスしてくれる。もちろん日本酒から洋酒、カクテルにソフトドリンクと大概の飲み物はある。女性客はノーチャージで、会計も明朗だから安心して飲むことが出来る。興味のある方、また京都に来られたあかつきには、ぜひ一度足を運んでみて欲しい。そして、そこで映画や小説や漫画の話をしている男がいたら、僕である可能性があるので声をかけてください(*^o^*)
「甲斐座」のほうはおでんのほかに、最後のお茶漬け代わりに温麺を食されることをお勧め。なんとも不思議な食感の麺で、ゴマの香りの利いたスープも美味!いつも一杯なので前もって電話してから行かれることをお勧めします。

電話番号は以下の通り。

「bar 雫」   :075-241-2525
「甲斐座」  :075-211-6210