ダ・ヴィンチ・コード


ベストセラーのミステリー小説で、映画化もすでに決定している。モナリザが表紙になっていて、興味をそそるので、文庫本になったら読もうと思っていたが、未だに本やに横積みされている。待ちきれなくて、とうとう古本屋で買った。

どうしてこの本を知ったのかも思い出せないが、普段本屋にはあまり出かけないので、横積みのベストセラーということもしらなかった。ずいぶん前だが、この本を知ってから、本屋に行くと横積みになっていた。大ヒット中なので、当分、文庫本にはならないだろうと察した。

一週間ほど前、古本屋に「のだめカンタービレ」を探しにいった際に、「ダ・ヴィンチ・コード」を発見。「のだめカンタービレ」と一緒に買った。のだめは既に借りて読んだが、ママも読みたいというので、とりあえず1・2のみ。ダビンチは上下巻とも買った。

その日の晩から読み始めたが、ハマってしまった。そして久々に休みがとれた土日を使って読み切った。おもしろい。キリスト教には詳しくないけど、こういう話はあり得ていい。キリストの教えを宗教ではなく人生哲学と受け取るなら、キリストはギリシャ時代の哲人たちと同じでもおかしくないからだ。

最初は何を追い求めているかさっぱり検討もつかないが、聖杯伝説であることがわかると、どうしてもインディージョーズを思い出す。インディの世界もキリスト教的世界観が分からないと楽しめないとおもったが、この本もキリスト教がわからないと何もおもしろくないだおろう。そこにはキリスト教社会に生きる欧米人には常識的なことをことごとく覆そうとしているようでもある。

仮にクリスチャンでなくても、キリスト教にそれほど詳しくなくても、暗号解読など通常のミステリー要素も十分におもしろい。それに同時進行している事柄を実にうまく書き表しているので緊迫感がある。TVドラマ「24」的な展開を感じた。「ロードオブザリング」の監督は、アラゴルンが黒門に突入するとき原作では読者はフロドの生死が分からない状態であるが、映画では時間進行を合わせために観客はフロドの状態を知り得てその場面をみる、と言っていた。知ると知らないのとでは、アラゴルンに対する感情移入の仕方が異なるというのだ。これは逆に言うと小説では同時進行を同時に表現するのが難しいということだろう。でもこれは十分にそれぞれの場面が同時に進行しているのを感じられて、みごとな緊迫感を生み出している。

歴史、考古学、キリスト教、美術、暗号、数学、建築などの様ざまな専門知識も分かりやすく、かつおもしろく解説してあるので、素人の私でも楽しめる。ミステリー小説はこうでなくっちゃ。それに政治や軍事が舞台ではないのがいい。誰も死なないならもっといいけど、この種の小説にそれは無理な注文か。どちらかというと大人のファンタジー。大人版ハリーポッターという感じ(ハリーポッターでさえ多くの人が死ぬ)。いたるところに、いろいろな知識がひけらかされていて、それぞれに興味を持ち始めるととんでもないことになる。ついついいろいろ調べたくなるが、ここは軽く読み流そう。

映画的なシーン展開と一気に巻くしたけるストーリの速さに後半はハラハラドキドキしながら読み進むが、最後の謎解きの段階で複雑などんでん返しがある。複雑でもないか。複雑に思えるのは、あの人物とこの人物のつながりはどうだったか、と遡って確かめても解せないところがあるからだ。ファージってなんやったん?

そう思うと、布石とか論理性とか小説の構成に関して、なんとなく荒削りなところがある。ところどころ簡単に推察できる内容を、登場人物たちはわざと避けているような感じがしないでもない。たとえばニュートンときてりんごを思いつかない人はいないだろう。まあ、読者(または観客)だけが分かっていて登場人物たちが気づかないのをイライラしながら読む(観る)のも面白い。昔、祖母がテレビ番組の主人公に向かって悪者を教えたり、危ないって叫んだりしながら観ていたのを思い出す。

最も共感したのは、キリスト教が女性を蔑視しつづけたきた欺瞞を見事に説明している点だ。もっともこれは学術書ではなくて小説だ。つい学術書を読んで納得してるような気になるが要注意。しかし悪とされる性的なもの、もしくは女性が、異端の宗教では讃えられていたものであり、キリスト教はそれを隠蔽することによって成立したという内容は、キリスト教批判としてもおもしろい。原始宗教はほとんどすべてそうではなかったのかとか、キリスト教に限らす世界宗教のどれも聖職者は禁欲生活を強いられるのではないかとか、思いながらも充分説得力がある。

最後はお決まりのハッピーエンド。すべての謎解きがソフィーを導くためだった、ということでも十分に楽しめた。エピローグは、蛇足かな。それでも暗号解読の立場からは必要だったということだ。そういえば、小学生のとき探偵小説を読み始めたのは江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが最初だったが、かならずエピローグという章で終わるのが気になっていた。当時は意味も分からなかったが、これは探偵もののキマリだと思っていた。

読み終わると、一気に駆け抜けた謎解きの楽しさの余韻が心地よい。翻訳もうまいからだろう。おそらく学術的内容はちゃんと裏をとっているのだろう。そう思いながらも、いろんなことを調べたくなる。でもそんなことより、映画にするとヒットするだろうけど、エンターテイメントに仕上げる監督はだれだろう。


火 - 8 月 9, 2005   01:06 午前