のびたスパゲッティ


昔LD(レーザーディスク)で発売された小沢征爾のドキュメンタリー映画で、指揮者を目指す若者を指導しているシーンがある。下條アトム風の若者の棒の振り方をみて小沢が発した言葉が印象的だった。

30 minutes coocked spaghetti !

字幕がどのように訳していたか忘れたので「のびたスパゲティ」ではなかったかもしれない。しかし「30分も茹でたスパゲティのようだ」とは訳していなかったのだけは覚えている。

小沢の表現力と、翻訳の妙を知った。

30分という具体的数値をあげながら、30分という数字そのものには深い意味がない。しかし、ふつう10分程度ゆでればすむスパゲティを、30分も茹でたらどうなるかくらい誰でも簡単に想像がつく。かといってそれを、茹ですぎたスパゲティと言ってしまうと、どのくらいフニャフニャなのかが想像できない。30分だからふにゃふにゃ具合まで想像できるのだ。

それを字幕では、30分という言葉を訳さずに表現した。画面をみていて小沢が何を言いたいか、それで十分に伝わってきた。字幕をみながら、30 minutes coocked という言葉が聴こえてきて、小沢の比喩力に感服した。

その場に居合わせた皆が笑った。

スパゲティだけでなく、のびた麺類は、ほぼどれもまずい。とくに、アルデンテのコリコリ感がないだけでなく、フニャフニャで歯ごたえのないスパゲティは、スパゲティではない。それが共通認識だから、笑える。

炒めるときは少し硬めに茹でるのがコツ。テーブルに出したときにアルデンテになるように…

20年ほど前、天満橋に勤務していた頃、スパゲティハウスという店での話。はじめてこの店を訪れた客が、カウンター席に座って、炒めたスパゲティが欲しいと注文した。茹でたてのスパゲティもおいしいですよ、と店員は説得しようとした。客は、茹でた麺にソースを絡めるだけでなく、少し焦げ目がつくほどに炒めたスパゲティが欲しかった。それはそれでおいしいのだが、そういうスパゲティが欲しいときは別の喫茶店に行っていた。メニューにない注文にも店員は対応していた。実は私もそれを食べてみたかった。


土 - 10 月 25, 2008   02:21 午前