リトル・ダンサー(原題:BILLY ELLIOT)


ちょっとバレエづいてしまったので『リトル・ダンサー』を観たくなった。近場のレンタル屋には置いてなくて、DVD自体が廃盤で入荷の見込みもないと言われたので、ネットでDVDを買ってしまった。観終えて、このタイトルは間違っていると思った。カタカナ表記で別名タイトルつけるくらいなら、原題のままビリー・エリオットのほうがいい。2000年のイギリス映画。

イギリスの北東地方の炭鉱町の話。クラシックバレエの素質をもつ少年ビリーを見いだしたバレエ教師ウィルキンソンが、ビリーの指導にのめり込むでしまう。ビリーの父親に見つかって練習はやめさせられるが、ロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けさせようとして二人でこっそり練習を始める。

二人の関係には、ビリーの亡き母への想いと、自分にない才能を見いだしたときの教師の胸の高まりをうまく表現されてる。ウィルキンソン先生の過去はいっさい語られないが、終始不機嫌でイライラしているのは夫の浮気のせいだけじゃない。一方、ビリーはまだ11才、失った母を慕う気持ちでいっぱいだ。

ピアノを我流で弾いて父親に叱られるが、亡き母はそれを許してくれた。父と成人した兄と徘徊癖のある祖母と4人暮らしのなかで、小学生のビリーは祖母の世話をまかされていたが、ビリー自身はまだ母性愛を必要とする子どもにすぎない。ウィルキンソン先生には亡き母のやさしさこそない(本当はあるけど表面上感じられない)けど、ビリーは本能的に母性愛を感じた。

家族の複雑な事情から練習に集中できないビリーがウィルキンソン先生に反抗してののしったあと、頬をぶたれる。お互いに気まずい雰囲気。ビリーはウィルキンソンの肩に顔をうずめ、それを優しく抱擁するウィルキンソン。この無言の仕草の中に、二人のきづなを感じ取ることができるいいシーンだ。

ウィルキンソン先生の車のなかで『白鳥の湖』の音楽を聴き、ビリーがそのストーリーを教わるところでは、淡々と語るウィルキンソン先生に、何か過去に禍根を残した一抹の寂しさを感じる。その一方で、最後には白鳥が死ぬと知ったビリーの心に、何か将来を暗示するものが芽生えたように感じる。その「情景」は、ゆっくりと運河をわたりはじめる無骨なリフト(船が往来するためだろうか、タッパのある高い橋を架けてそれに荷台を吊るし、車を運搬していた)の映像として表現されるが、白鳥の湖の音楽「情景」が妙にハマった官能的なシーンだ。

夜、ビリーが冷蔵庫の牛乳を口飲みしようとすると、台所に母が現れて、食器を拭きながら、やさしく注意される。叱られるのではない。諭すようにやさしい口調で「瓶に口つけて飲まないでって言ったじゃない」という。それがビリーの母。

困ったときに現れて賢明なこどばを言ってくれる「レット・イット・ビー」の母のようだ。

そうして二人の息のあった練習が再開されていく。ビリーがバレエの基礎技術を修得していく様子は、地味だが、それまで興味本位で踊っていたのとは異なって新たな決意を感じさせる場面だ。

オーディション前日に、ストを決行していた労働組合の長としての兄トニーが逮捕される。(このあたりの話は、英国の歴史を知らないとまったく理解できない。あとで解説ビデオを見てようやく理解した。)この事件があってビリーはオーディションを断念せざるを得なくなった。心配してビリーの自宅を訪れるウィルキンソン先生と、兄と一緒に戻ってきたところに鉢合わせる。オーディションの一件が家族に知れる。激怒する兄にダンスを強要されるが、先生には踊るなと言われる。挙げ句の果てに、それぞれの階級(炭鉱夫と中流)をののしり合う。

ビリーがその無念さをダンスで表現するところは見せ場。

そして、クリスマスの日、母の遺品であるピアノを粉砕して薪にしてしまう父。薪をくべた暖炉の前で、メリークリスマスといいながら無念にすすり泣く父。クリスマスが遺品を壊してでも祝うべき特別な日であることと、労働者階級の貧困の苦悩を、さりげなく、しかし深刻に描いたいいシーンだ。

そのあとマイケルと公民館で遊んでいると突然父親が現れる。ビリーが意を決して父の前で自分のダンスを披露するシーンは圧巻。父親は我に返り、息子の才能に気づき、親としての役目を果たそうとして、バレエ教師の家にいって、オーディションを受けさせると告げる。

終盤はビリーと父親の信頼関係の回復劇。子を思う親の姿に涙する。ビリーも父を慕うようになる。

ハリウッド的な大感動を呼ぶような派手な展開はない。しかし、それぞれのシーンがよく計算され、じわーっとしみ入るような感情を起こさせる。

解説によると、社会背景としての1984年、イギリスではサッチャー政権が全国の炭鉱を閉鎖した年だそうだ。強硬な政府の姿勢と労働者階級との対立がヒドくなり、戦後最大規模のストライキが決行されたそうだ。その英国事情が分からないと家族の事情も理解しにくい。



ところで、このDVD、日本語吹き替えで家族で一緒にみたのだが、音声と字幕にかなり食い違いがあることに気づく。ひょっとして戸田奈津子? と思ったらやっぱり そうだった。

字幕は表示のタイミングと文字数に制限があるし、日本語吹き替えは口パクに合わせないといけないので、必ずしも同じ訳語にならないことは承知の上でも、やっぱりおかしい。

■はじめてピルエットを決めたあとピアノ奏者が寄ってきて耳打ちするシーン
吹替「お前もずいぶん物好きだな」
字幕「やってもムダだぜ、坊や」
英語 You look like a right wanker to me, son.

バレエ技術の向上を皮肉りながら褒めているのに、字幕では完全に否定している。これでは喜んで大はしゃぎして帰宅する次のシーンにつながらない。


■父親にバレエの練習のことがバレて叱られるシーン。
吹替「大嫌いだ!」「父さんなんて、大っ嫌いだ!」
字幕「大嫌いだ!」「父さんはクソ野郎だ!」
英語 I hate you! You're a bastard!

いくら激昂しているとはいえ、この少年の性格からして親に向かって「クソ野郎」はちょっとひどい。まあ、吹替えの「大嫌いだ」程度で父親が殴り掛かろうとするのも変だけど。


■父親が兄を殴った日の練習がうまくできないシーン
吹替「ダンスに集中していないからできないんでしょ」
字幕「やる気がないからよ」
英語 That's because you're not concentration.

同じような台詞は別にもあったが、そのときは「もっと集中して」訳していた。このシーンでは「やる気がない」と言われるとビリーの全否定になり、ほんとうにやる気がなくなるものだ。指導者の言葉としても不適切だ。



この映画の公開後はミュージカルとしてリメイクされ、『BILLY ELLIOT THE MUSICAL』として2005年5月にロンドンで初演されている。作曲はエルトン・ジョン。オフィシャルサイト (http://www.billyelliotthemusical.com/)をのぞいてみると、2008年10月にブロードウェイでも上演開始だそうだ。

こちらも魅力的。日本で上演してほしい。


金 - 8 月 22, 2008   02:15 午前