ポニョは宮崎駿の終幕?


NHKで放映されていた「プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル▽宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日」を、たまたま観た。宮崎駿は終幕にふさわしいアニメを作りたいと思っていたそうだ。それがポニョとなって姿を現した。そういうドキュメント番組だった。

帰宅したらカミさんが「10時からポニョを観る」というので新聞のテレビ欄を確認すると、上記の番組。最近の宮崎駿は映画で語らず、映画パンフやテレビ番組で語るのか、と半ば幻滅した。作品で勝負してほしいと思いながら観てしまった。

ハンディカムでの撮影ということで許された密着取材番組。まずカメラマンの腕のよさに敬服した。肩にかつぐタイプの大きなカメラと同等の品質。さすがにプロのカメラマンはちがうなあと実感。

宮崎駿の映画の作り方は、ストーリーが先にあってそれから絵コンテを描く普通の映画とは逆のスタイル。まず宮崎駿自身が描きたいシーンを描いて、それを絵コンテにして、ようやくストーリーが出来上がっていく過程をみていると、ポニョが完全に宮崎駿オリジナルであることがわかる。それを知って少し安堵。



アニメーターを叱る場面。叱り方が印象的だった。

「このキャラクターよくないですね。別なもんになっている。」

宗介の顔がアニメの典型的な顔として描かれ、本気で人間を描こうとしていない、と指摘したそうだ。

「作品の全否定になりますよ」(怒気を含んだ声)

「(鳥の絵をさして)これ、鳥描こうと努力していないと思いますね。なんか態度がぶれていると思いますね。描けないものは努力して描かないとだめだから。自分が描けるものに引きずり込んじゃだめですよ。これじゃ飛ばないですよ。」

そのまま昨年指導した学生にいいたい台詞だった。

「オレはやりたくないっていうレイアウトですよ。」じっと相手の顔をみて、「そうですか?」
アニメータはすぐに「いいえ、違います」と応えるが、監督は納得しない。
「これをいじるなら、これより良くしてください。悪くなってますよ。」

けんかを売られているようだとアニメータに対して不快感を示していた。

しばらくのちにアニメータが自ら修正するチャンスを求めにいくと、
「わかんないまま放置して描くのは良くないですよ」
と戒めていた。

そして、気を鎮めてからもう一度やり直すから、今日ははちょっとだけ勘弁してくださいと、それ以上そのアニメータと関わることを避けた。感情的に指示を出さないためだ。

この対応がすばらしい。作品の全否定になる、けんかを売られているようだ、とまで言い放ったので、そのまま対面し続けるとより激高すると感じて、自らを律して気を鎮めようとしている。

手描きアニメが典型的アニメ化してしまっては本当の人間を描けない。結局、宮崎駿を継ぐものはいないということなんだろうか。

モーションキャプチャーしてデジタル処理してみてもキャラクターの動きがぎこちないのはドリームワークスのCGアニメ。技巧にはしって本質を見失っている点で,宮崎が叱責したアニメーターと同じかな。


(映画は)「どんなに隠蔽してつくっても自分がみえてしまう」という言葉が印象に残った。

私が、この映画に感じた最初の印象が、息子吾郎へのあてつけだったというのもまんざらではなさそうだ。手描きにこだわって作り上げたこの作品は、手法としていもこれまでの集大成だが、宮崎駿の思い入れとしても集大成だったのだから。

手描きアニメでしか表現し得ないものがある。そのこだわりは持ち続けてほしいが、今回の作品はそれを強調しすぎている。



この番組は、かなり意図的に宮崎駿を読みとこうとして編集されているように思えた。
あまりにも宮崎駿の母への思いを強調しすぎている。
息子、宮崎吾郎は抹殺していた。

しかし、登場人物のなかで、唯一毒気のある人物トキ。
トキさんだけが妙にリアルだったのは宮崎が自分の母のイメージとして描いたからだった。


この番組で、宮崎駿はやっぱり偉いと思う。
でも、自分のしたいことをし放題でわがまますぎるポニョには、私は共感しない。
嵐の海の恐怖や、津波の恐ろしさを、あんなに毒気をぬいて描いてしまったら、だめだ。あの嵐で誰もしなない。町が水没しても誰もしなない。それが海なる母のしわざであるという必然性がない。説明不足だ。だから、ポニョを観て、嵐の海でサーフィンしたくなる子どもが出てくるかもしれない。

子ども向けのファンタジーならば、危険なもの、恐ろしいことは、そのまま伝えないとだめだ。

はたして、宮崎駿自身は、この映画を終幕にふさわしい映画とみとめるのだろうか。

違うと思うなあ。

やっぱり宮崎の真髄は、飛行機が飛び交う冒険活劇物。メッセージ性はなくてもいいから、ラピュタのような純粋冒険活劇をもういちど作ってほしい。


火 - 8 月 5, 2008   11:21 午後