ブレードランナー(ファイナルカット)


ファイナルカット版のDVDを観た。ブレードランナーをパソコンで観るの初めてだ。美しい映像に、初めてレーザディスクで観た時の感動が蘇る。久々に観る「ブレードランナー」に、ちょっと興奮気味。このところ仕事が忙しかったのと体調が悪かったのが重なって憂鬱な気分だったが、すっかり気分が良くなった。

もっとも、この退廃的な世紀末的世界観の映像で気分がほぐれるなんて、初めて見る人には信じられないかもしれない。終始雨が降りしきる暗い陽の当たらない近未来世界。何度もこの映画を観てきた私には、聞き慣れた台詞と役者たちの表情に、何度も同じ芝居を見にいくような、なんとも言えない安堵感がある。ヴァンゲリスの音楽も最高。

冒頭のフォークトカンプフ検査をするホールデン。
検査を受けるレオンの表情。
レイチェルにフォークトカンプフ検査を受けさせるタイレル。
レプリカントであることを知らされたときのレイチェル。
それを言ってしまったことを後悔するデッカード。
プリスのところを訪れたときのロイ。
デッカードと戦うロイ。
にげまどうデッカード。
死に逝くロイとそれを呆然と見つめるデッカード。

このファイナルカット版では、ロイが死んだあとのハトが飛び立つ背景が、青空から降りしきる雨空に修正されていた。「青空」に意味があるといっていたのは、私の弟。その解釈に賛同していたのに、監督は予算の都合で青空のままだったと言ってさっさと差し替えた。監督の意図していなかった映像だったわけだが、それとは別に観客はこのシーンの意義を見いだしてた。公開から25年経って人口に膾炙された作品とはそういものだろう。いまさら監督が手を入れ直すというのもどうかということかもしれない。

「おれはお前たち人間が信じられないようなものを見てきた」「やがてそれらの瞬間も時の中に消えていく。雨に流れる涙のように。その時が来た。」

この映画の暗いシーンの連続のすべてが、この台詞で救われる。この場面、ルドガー・ハウアの名演だ。

「その時が来た」は"Time to die"の訳。この台詞はレオンがデッカードを殺そうとしたときにも使われる。
同じ台詞なのに、一方は攻撃的で死の恐怖を煽るが、一方は生きるとはどういうことかと哲学的思考へと誘う。

3種類の音声解説(監督、脚本家たち、美術フタッフら)と、特典映像として3時間半におよぶメイキング映像がついていた。ブレードランナーのファンとしては嬉しい映像だ。いろいろな裏話が分って、長らく忘れていたブレードランナーの世界に引き戻されて行った。


土 - 6 月 21, 2008   03:58 午後