ジャックの説得


「24」のジャックではありません。このジャックは「天使のくれた時間」の主人公。学生に感想をきいたら、良い映画だけど号泣するほどではないと言った。たしかに号泣はしない。

その学生と話していてピンときた。この映画は子育てを体験した男にしか分からないかもしれないと。しかしこの映画の監督は独身。脚本に惚れ込んでプロデューサを懸命に口説いたらしいので、必ずしもそうではないようだ。

いずれにしても、この映画は男の視点で描かれている。男が主人公だから当然かもしれない。表層的にみると「こんなにできた奥さんがいてくれたら、きっと男はみんな家庭を大切にする」というふうに描かれている。ケイトは誰もが羨む理想の妻であり、ケイトの包容力は、ふつうは誰も持ち得ないだろうから。

逆に女性の立場からすると、いくらなんでも、あんなにすばらしい人間にはなれないのではないか? 女でも男でも、ケイトのような人格者にはなれないと思う。そもそもニュージャージーのケイトは天使が与えたものであり、ジャックの空想上のケイトだ。だから極端に理想化されているのだろう。そう考えるとまた、この映画の良いところがわかった気がした。ケイトの視点で観るのだ。

13年前に振られた男の私物を整理して、気持ちも整理してパリに立とうとしたとき、いきなり、13年前に別れなかったらどうなったかという話を、人前で大きな声で語られるときの彼女の心境を考えてみよう。

言葉ではあのときハートブレイクしたけど、もう大丈夫。と、いったんは突き放すものの、ジャックが大声で語る架空の家族像が、妙にリアルで、その語り口に家族への愛情がたっぷり感じられる。ケイトは13年前の自分を思い出したにちがいない。

結婚せずに仕事に打ち込んできたのは、失恋への反動もあるかもしれないが、その間、13年前の自分の思いさえも忘れていたのだろう。それを思い出させるジャックの説得。

観客はジャックがなぜ空港でそういうことが言えるのかすべて承知だ。しかし、NYのケイトにはわからない。なのに、とても説得力があるのだ。なぜならジャックは愛する人といっしょに生活する幸せを実感したからだ。それがあの長い台詞のなかに込められている。

なんて見事な演技だ! あの台詞のために延々2時間のドラマがある。

ケイトはジャックの言葉に、惹き付けられてしまうが、それと同じ結婚生活がこれから始まるなんてことは思わないだろう。もちろん、ジャックもそう思ってはいない。コーヒー一杯だけつきあえ、というジャックは、きっとあのとき選択を捨てた二人の愛について語り、また新しい人生を歩めるかもしれないと思うだけだろう。

それに呼応するかどうかは、ケイトがそれまでの13年間どんな人生を送ってきたかによる。でもジャックの私物をほかさずにおいておき、電話して取りにこさせるあたりは、観客がもっとも望むだろう結末になることを暗示している。

観れば観るほど良い映画です。


火 - 10 月 11, 2005   10:27 午後