高経年マンションのコミュニティ論


今日、くらしすまい塾という勉強会に参加して、竹井隆人『集合住宅と日本人―新たな「共同性」を求めて』(平凡社、2007年10月)の紹介をうけた。政治学研究者の著者は、建築工学者への「コミュニティ」という語の乱用について痛烈な批判をしているとのこと。つまり、「コミュニティには義務が伴う筈なのにそれを軽視していないか」という内容だという。

「痛烈な批判」というのが気になったが、「コミュニティには義務が伴う」という言葉をきいてピンときた。

実は、先日からコミュニティ論を調べなおしていくうちに気づいたことがある(倉田和四生『都市コミュニティ論』(法律文化社、1985)がいい勉強になった)。

コミュニティという言葉には、それがもつ本来の意味をやわらげる効果があるのではないか、ということ。従来の日本語訳は「共同体」。共同体という響きからは、何かしら拘束力を感じるが、コミュニティという響きからはもっとやわらかいつながりを意識していまう。

学生が農園のあるコレクティブ住宅を設計したいと言い出したので、どうして農園のあるマンションなのか、そのコンセプトを彼女と一緒に熟考していくうちにたどり着いたのは、日本の伝統的村落共同体に対する郷愁の念だった。郷愁の念であって、村落共同体の復元ではないところが重要。

都会における匿名性のなかで失われて行く近隣関係の人間らしさを回復したいという意識があって、それを村落共同体のなかに求めているがわかった。だから共同作業としての農作業の擬似的体験として農園というのを持ち込んできたということだ。

さて、では村落共同体(農村コミュニティ)は理想的なのか。

中林先生は、どのコミュニティに属するかで個人の関わり方が必然的に規定されるという。

つまり農村社会においての「つきあい」は、単に親睦を深めるだけのものではなく、村社会を維持していくための厳しい約束事があるということです。農作業を共同で行うのは、単に一緒に作業するということではなく、村落を維持するためにしなければならない「義務」である。

ただし農村社会を維持して行くための義務が存在してたというのは、戦後の農地改革以前の農村社会のこと。地主と小作農で構成されていた農村。それが小作農民に土地が払い下げられたことで自作農となり、村落共同体の義務が希薄していった。ただし共同作業が必要なことは全国に農協があることにも現れている。

村落共同体としての共同作業が必要な点では、漁村のほうがまだ濃厚にのこっているのかもしれない。

江戸や京都という都市部でも共同体の義務は存在した。幕府の強権的支配のもとで都市生活の秩序を守ること。町火消の存在。

現代の都市生活において、本来は個人個人が持ち合わせている筈のコミュニティ意識が、日本において希薄なのは、封建社会の中で、威圧的支配のなかでしか確立できなかった自治意識だったためではだろうか。

これに対して、ヨーロッパの封建社会は領主との契約によって成り立っていたということ。その自治意識は市民革命によって、市民意識として引き継がれている。欧米の都市計画が住民協議会による審議方式を採用していたり、アメリカのHOA(House Orners Assosiation)に自治意識が強いのはそのためだろう。

日本は市民革命を経ていない。政治はお上によって行われるものという意識。投票率の低さは自分たちの地域のことを真剣に考えていない証。そこに積極的なコミュニティ意識をもとめるのは歴史的に見てむずかしい。


つまり、現代日本の都会の地域コミュニティには、かつて農村にあった共同体意識がない。

ところが、マンションにはそれがある。

農園などを持ち込まなくても、すでにマンション自体が共有資産を維持管理してく義務を負っている(区分所有法)。

今回、行った調査研究の原点は、運命共同体としてのマンション居住者が、マンションの維持管理を通して共同作業しなければいけないことを、共用施設の再整備という点に絞り込んで、より高度な次元(公共の福祉)に昇華させようとした試みであるいえるのではないか。

高経年マンションだからできる、ということには、大前提としてマンション全体の資産管理ということが含まれている。それをあたりまえだと思ってきたのだが、『集合住宅と日本人』を紹介されて、再認識した。


金 - 2 月 22, 2008   11:38 午後