テレンスマンとサリンジャー


 映画に出てくる黒人作家のテレンス・マンは、どうも映画の中の創造上の人物のようで、原作においては、J・D・サリンジャーとして描かれている。

 J・D・サリンジャーは、1960年代「ライ麦畑でつかまえて」などの著作を発表し、あまりにも鋭敏繊細な感受性のゆえに人間嫌いに陥って"世捨て人"同然の生活を送り、あまつさえ、その著作が一部で追放の憂き目を見ている文学史上の伝説的存在である。彼は、常に非難と賛美の的になったあげく、その後は筆を折り、隠遁生活を余儀なくされている。

 一方、映画の中のテレンス・マンは、1960年代に若者達の思想的リーダーとして活躍したが、その後の社会に対する失望と無力感から、サリンジャー同じく執筆活動を止め、現在は子供向けテレビゲームのプログラミングをして、争いの平和的解決方法を教えていることになっている。

 レイが14才の時に読み大きな影響を受け、映画の中のPTA集会で槍玉に挙げられた「船を揺らす人 "The boat rocker" 」なる本は、間違いなくサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」のことである。


.
J・D・サリンジャー(左)と ジェームズアールジョーンズ演じるテレンス・マン(右)




J・D・サジンジャーと「ライ麦畑でつかまえて」


 J・D・サリンジャーは謎に満ちた作家である。1965年に最後の発表作「ハプワース16 1924」を出して以来、ニューハンプシャー州コーニッシュにある高い塀に囲まれた平屋建ての家の中でひっそりと暮らし、ほとんどアメリカの文学界やマスコミの前にその姿を現すことがなくなったからだ。この理由について尋ねようと、今までも多くのジャーナリストがコンタクトしてきたが、サリンジャーはそれらを拒否し続けており、その真相は今もって不明である。

 そんな謎めいた私生活とは裏腹にサリンジャーの作品はアメリカはもとよりヨーロッパや日本でも賞賛を受け、現代アメリカ文学界において不動の地位を築いている。特に代表作「ライ麦畑でつかまえて」は1951年に発表され、すでに半世紀がたつというのに、その人気は衰えず世界各国で毎年平均して25万部も売れ続けているという超ロングセラーになっている。

.
野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』(左)と
村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(右)

 なぜこの作品がこれほど多くの人に読まれ続けているのか?その理由はさまざま考えられるが、特徴として、この物語の主人公であるホールデン・コーフィールドに共感する若者が多いことがあげられる。

 成績不振で学校を追い出された若者が、純粋な気持ちで世の中の虚偽をバッサリと、しかも軽妙な口調で持って断罪するストーリーを胸をすく思いで読めるからである。出版後に数々の書評で絶賛され、その影響からか、この小説を教科書に載せようとした学校まで現われたこともある。

 しかしその反面、否定的な反応が少数ながらあったこともまた事実である。つまり、ホールデンのような青年が増加することは危険という意味からである。いずれにしても出版直後から、かなりの反響を得てきたことは事実で、その影響力はいまだに衰えていないともいえるだろう。


<以上、サリンジャー研究会編 「「ライ麦畑」をつかまえる!」(青春出版社)からの抜粋でした。>



「ライ麦畑でつかまえて」の原題は、"Catcher in the rye" といい、「ライ麦畑で捕まえる人(キャッチャー)」が正確な訳であろうが、これでは日本語にならない。訳者は相当悩んだことであろう。

 物語の中では、この題名の由来が書かれている。
 スコットランド民謡の「麦畑」

  ”誰かさんと誰かさんが麦畑”

で始まる有名な歌がその由来で、この原語は、

  " If a body meet a body coming through the rye "

であるが、ホールデンはこの歌詞の中の "meet" を "catch" と間違えて覚えていた。
 彼は、これを妹のフィービーに指摘されて間違いに気づくが、「自分のやりたいことはこれしかない」とフィービーに告げている。

 四方を崖にかこまれたライ麦畑で子供たちが遊んでいる。あたりには大人は一人もいない。そこで彼は、危ない崖のふちに立って、その崖(ライ麦畑)から子供が転がり落ちそうになったら、さっと飛び出して「つかまえる」キャッチャーになりたいという。
 つまり、インチキでえらそうなふりをするだけの大人の社会から離れ、子供のような「少年の魂=イノセンス」をもっている人が崖から落ちてしまうのをつかまえて救う人、それが「ライ麦畑のキャッチャー」である。

 サリンジャーは、このような「キャッチャー」を描くための表現手段として、ホールデンを登場させているのだが、逆に、彼の言動や言葉使いが、一部の人々から不評をかうこととなり、その後、彼は人々の非難と好奇心の的になる。

 「欲望という名の電車」や「エデンの東」と撮った巨匠エリア・カザン監督が「ライ麦畑でつかまえて」の映画化を打診したとき、サリンジャーはホールデンが映画に出たくないそうなので、といって断ったと伝えられる。


 また、1980年、ニューヨークのダコタハウス前でジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンが、犯行後に逃げもせず「ライ麦畑・・・」を読んでいたとされている。
 このほか、フランソワ・トリュフォー監督のSF映画「華氏451」。この映画は焚書をテーマにしているが、焼かれる本の中に「ライ麦畑」がみられる。
 また、スタンリー・キューブリック監督でスティーブンキング原作の映画「シャイニング」のなかでも、主人公の妻が「ライ麦畑」を読んでいるシーンがある。

このように、「ライ麦畑でつかまえて」は、なにかと話題にのぼる作品なのです。




トップ に もどる
まえ へ もどる