箸と懐石料理

 世界では、箸を使う民族が3割、フォーク・スプーンを使う民族が3割、残りの4割は
手で食べる民族でありますが、フォークを使うようになったのも200年ほど前のことで、それ以前は、肉などナイフで切り、それを手でつかんで食べていました。そのときあまり
料理の中に深く指を突っ込まないのがマナーとされておりました。しかしそれではどうし
ても、手が汚れるので、汚れた手を洗うためにフィンガーボールが、用意されていたので
あります。フィンガーボールはフォークのない手づかみの時代の遺物だったのであります。フィンガーボールの水を飲み物と勘違いして飲んだりしたのもつい最近の話でした。それと、テーブルクロスでも手をふいたりして汚れるため、食事中何回か替えたようであります。外国人がテーブルクロスにボールペンで書き物をするのはその名残でしょうか。

 世界の箸食民族で、日本ほど箸の種類が多い国はありません。木製、竹製、塗り箸、プ
ラスチック製などありますが、韓国でよく使われる金属製は現在ほとんどありません。こ
れは、韓国では、“銀は毒を予知し、銅は薬を生ず”の言い伝えを忠実に守っているから
でしょうか。それに何といっても日本は木材が豊富で、文化財の仏像の9割以上が木製で
あります。それと、箸を使う国と俎板を使う国がほぼ一致しております。

 箸を指先のごとく使い、料理を切る、さばく、むく、つかむ、はさむ、まぜる、くるむ
などの器用な使い方をするのは、箸食民族では日本だけであります。それに、箸と匙を使
う時代もありましたが、藤原時代あたりから箸だけになったのも、日本の特徴でありまし
ょう。中国や韓国ではいぜん箸と匙を使用していますのに。

 それから、一度使った箸は自分の霊が箸に移って、箸をそのまま捨てると、鳥や獣がい
たずらして、その禍が自分に降りかかると考えられていたそうです。昔の人が、箸を折っ
たのは、箸に移った霊を自分に戻すためでした。それだけに日本では箸にまつわる食事作法、風習や伝説も数多くあります。

 それと、箸を数えるのに一膳、二膳といいますのは、いにしえは、本膳料理で一つの膳
に一対の箸がついてきたからです。しかし、それも現在では「膳」から「本」となりつつ
あります。

 正式な日本料理である本膳料理を簡略化したのが会席料理で、同じ呼び方でも 懐石料
理とは大変な違いがありました。昔、禅宗の僧たちは、天井粥といって水分が多く米粒が
数えるほどしかないため、天井が写るくらいのお粥を食べて
おりました。しかも一日二食
であるため、どうしても空腹を覚えそれを紛らわすために温めた石を懐に入れ、腹部に当
てたのが “温石(おんじゃく)”であ
 り、“懐石”だったのであります。時も移り、禅
僧もささやかな夜食を取るようになり、その食事が懐石と呼ばれるようになったのであり
ます。

 茶会での濃いお茶による胃の刺激をやわらげるための「懐石料理」は、千利休の一汁三
菜がベースにあり、「旬」の食材を使いますが、「はしり」の食材は使わない質素なもの
です。最近、高級料亭で頂く魚などいろんな材料を使うフルコースのような「懐石料理」
とは、同じ名前でも料理の献立内容には大きな違いがあります。
 
懐石料理は最初に「ご飯」が出てきますが、酒が主体の会席料理は最後に「ご飯」が出
てまいります。