久しぶりだった。毎日のように電話していたのに、ふとしたことで仲違いし、三ヶ月は電話していなかったろうか。会わなくてもしょっちゅう電話で話していれば緊密な関係は保たれる、それが男と女である、そう思っていたけれど、まさか、一週間も電話しないとこわれるとは思ってもみなかった。三日かけそびれると変になる。五日かかってこないと疑いだす。七日かけないと億劫になる。そのまま一ヶ月たち、モヤモヤ、イライラしながら三ヶ月過ぎていた。 
  
 「久しぶりだね、元気だった?」 「えっ?」 「オレだよ」 「‥なんだ‥お久しぶり」 
  
 「かけよう、かけようと思って三ヶ月だよ」 「‥忘れたんじゃない、あたしのこと」 
  
 「バカ言うなよ、元気なんだろ」 「もち、元気‥」 「そお、よかった」 「‥‥‥」 
  
 「どうしてた?」 「どうって、別にどうもしないよ」 「変わったことなかった?」 「変わったことって?」  
  
 「‥からだの具合とか」 「だから、元気」 「そお、よかった」 「‥‥」 
  
 「先月寒い日が多かったろ、風邪ひかなかった?」 「だいじょうぶ、からだはヤワじゃないから」 
  
 「そうだよね」 「‥‥。‥」 「お母さんも元気?」 「‥うん、特に変わりないみたい」 
  
 「そお、よかった」 「先月出てきたけど、元気だったよ」 「そお‥か」 「きのう干柿送ってきた」 
  
 「干柿?」 「いつものあれ、つるし柿」 「‥‥あっ、そうだったね」 「取りに来る?」 
  
 「‥あぁ。それより明日会わない?」 「‥そうね、久しぶりだしね」 「会おうよ」 「いいよ」 
  
 「じゃあ、いつものところで7時に」 「7時は無理だよ」 「どうして?」 「だって、終わるの7時だよ」 
  
 「そうだっけ」 「そうだよ、いやね」 「‥‥」 「じゃあ7時半」 「うん、わかった」 「じゃあ、明日」 
  
 ‥‥‥‥‥‥‥‥。 
  
 声が低く、かすれていたから最初は気づかなかったが、話の途中の干柿で気づいた。でも気づかないふりをした。 
それにしても似ていた。そそるような声のかすれ具合、けだるい様子、思わせぶりな話し方、短い会話。 
「変わったことなかった?」ときいたのがなぜか分かっていたはずだ。モヤモヤしたら向かうところは一つ、アレだ。 
代用品でごまかしたのは一度や二度ではないはずである。とぼけるのもウソをつくのも別れたくないからだ。 
  
 何度もこわれそうになった。こわれたときもあった。こわれてもまた修復し、修復してもまたこわれた。お互いが必要じゃないのに必要だった。終わりにしたほうがよいと何度か思った。もうこれで終わりかと思った。そうして5年が過ぎた。 
  
 こんなことがあってよいのか、下四桁の0669を0069と押し間違えたのに、押し間違えなかったときより親密な会話が成立するとは。 
   
 明日行かなかったらどうなるのだろう。それより、行ったらどうなるのだろう。 
だが、いつものところがどこか分からない。それさえ分かれば行ってみたい。どんな女なのだろう。 
女はまったく気づいていなかった、私に。私ではない別の男にひどく会いたがっていた。 
  
 はやる心をもてあまして「351−0669」に電話した。三ヶ月会っていない女だった。録音でもしたかのような会話‥さっきとほとんど変わらぬ会話だった。ちがうのは干柿の部分と、女は口に出さなかったが、私の気持が上の空と気づいたことくらいである。 
  
 そそくさと電話を切ったあと「351−0069」にかけた。すぐあの女が出た。 
電話のすぐそばで幼い子供の声がした。その声は女に似ず、あかるく澄んだ声だった。私は水をさされたような気がして電話を置いた。 
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