2026-01-14 Wednesday
久米宏の功績
 
 報道をお茶の間に運んだ最大の功労者・久米宏が2026年元旦に亡くなった。ニュースステーション(1985−2004)が画期的だったのは、それまでニュース番組をほとんどみなかった主婦層に目を向けさせたことである。政治社会の目まぐるしい動きをテレビで芸能番組のごとく敷衍(ふえん)。語り口のテンポの良さは特筆に値した。
 
 2、3日前、亭主が同じことを言っていたのに、ロクに聴こうとせず生返事だったのを、久米宏が番組で言ったからそうなんだと思う女性が増えた。ニュースステーションが好調というので他局も報道番組に力を入れはじめる。スポンサーは世情に敏感、番組の予算が増えればテレビ局幹部も安心する。
 
 政治、外交、金融は難しいと考えていた人たちに難しくないと理屈や講釈ではなく生の声で語りかけ、しかるべきゲストを招き、ゲストが専門用語をまじえながら話すとき久米宏は、「私のような素人にもわかるよう説明してください」とゲストに求めた。
ときには芸能人へのびっくり発言も飛び出した。有名なのは、松たか子に対する「松さん、たばこ吸うんですよね」。彼女が番組の控え室でたばこを吸うのを見たのだ。
 
 総選挙でゲストになった回数が多かったのは福岡政行氏。ずいぶん以前、福岡氏の講演が宝恷s・西公民館でおこなわれ、聴きに行った。内容はおぼえていないが、「久米さんはカメラが回っていると福岡さんとか福岡先生と言います。終わった途端、おい福岡と呼び捨てです」。会場は笑いにつつまれた。福岡氏は早稲田大学政経学部で久米宏の1年後輩。
 
 福岡氏の話がわかりやすいのも、上記のような笑い話をするのも結局、ニュースステーション出演で会得したと思われる。まじめな顔して語るのが福岡流。経験談をまじえつつ政界、選挙戦、メディアを漫談ふうに語り、聴衆は満足気に会場をあとにした。
 
 福岡氏の選挙予想はほとんど的中した。現場主義の彼は自腹を切って地方選挙区を行脚、選挙民や各党事務所スタッフを取材。生の声を可能なかぎり集約したから予想は当たる。ジャーナリストや専門家のように資料、情報ペーパーの分析によって予想するより的中率が高いのは当然である。
 
 久米宏がテレビ報道史上稀有な存在であるのは、報道をお茶の間に受け入れてもらったという理由だけではない。彼は政治家やその道の熟達者の人間性をカメラにさらけ出させるからだ。
打ち合わせになかった質問を投げかけてゲストがどう応えるか。彼らの人となりが表情にあらわれ、吉と出るか凶と出るかは視聴者にゆだねられ、政治家の場合は選挙に影響する。大物政治家もただの人間ではないか、この人を応援しようと思われれば吉、なにを横柄な、こんな人に政治を任されないとみなされれば凶。
 
 元自民党幹事長・野中広務氏だったか、久米さんの番組に出たくなかったと言ったのは。出演しても見せたくない部分は見せず、見られたいところを見せ、聞いてもらいたい話を聞かせる自信が野中氏にあったからだろう。「「出たくなかった」と言ったのはある意味反語。たたき上げの人間はただのエリートにない自負がある。久米宏もそれを承知している。
 
 ニュースステーションのアンカーマンを長期にわたってつとめた久米宏はほぼ毎年、8月〜9月に2〜3週間の休暇をとって、奥方とふたりでヨーロッパのどこかに滞在する。イタリアがお気に入りだったようだけれど、スペインや英国に滞在することもあった。
大事件はなぜか8月から9月にかけておきる。ソ連解体も湾岸戦争も。ダイアナさんの交通事故も8月末。ニュースステーションが誰をゲストに呼び、久米宏が彼らから何を引き出すのか。それが楽しみで番組をみていたので肩すかしを食った気分だった。
 
 しかし2001年9月11日、ニューヨークで同時多発テロがおきたとき、久米宏は3週間の夏期休暇中だったが、途中で切り上げ、9月12日に帰国した。「帰ってきた久米宏」(「きょうのトピック」2001年9月13日掲載)。
メディアの本分は何か、よくわからない。伝達なら小鳥でも猫でもできる。敵の正体を暴くのは鞍馬天狗や月光仮面の領分。裁くのは大岡越前にお任せを。私たちが報道番組に求めているのは庶民目線のわかりやすさ、簡潔でムダのない発言なのだ。そしてムダな部分で笑いをさそう。有名人の失言や暴言の批評は子どもでもやる。
 
 2011年の東日本大震災直後、久米氏宏は救援募金として2億円を寄付する。外野席はやっかみ半分で、かまびすしかった。あなた、資産に余裕があったとして、2億円寄付できますか? 100億円寄付した人もいた。孫正義だった。久米宏もすごいけど、上には上がいる。
 
 メディアのありきたりの記事、お高くとまった発言に対して成程と思う人は少ない。久米宏がうまいことゲストを誘導して発言させたり、自らの発言に私たちは成程と納得した。庶民も主婦も番組を支持した理由はおおむねそういうことである。彼のようなアンカーマンは当分あらわれないだろう。記憶に残る方だった。

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