1   株のはなし(一)
更新日時:
2006/07/22(土)
 
 日本は欧米とちがい、個人が株や投資信託で資金を運用する比率はきわめて少ないという。小株主である個人投資家の意向が株価に反映されることは稀であり、株価が暴落しても、この国の大企業トップが責任を取って辞任することはまったくといってよいほど無く、辞任するとすれば、国民に背信行為をし、メディアや世論、政治家の非難にさらされたときか、違法行為で逮捕起訴され、被告人になったときくらいであろう。
 
 つい最近まで株の売買で生計を立てている者は胡散臭い目で見られていた。大量の株の売買にたずさわっている証券会社や銀行員はそういう目で見られることはなかったようであるが。私は昔の人間なので、株で生計を立てることに違和感があり、なんとなくヤクザな商売と思ってきた。
 
 この国の場合、たいがいの株は大企業同士が持ち合いしていて、A社の株はB社、C社、D社が多く保有し、B社の株はA社、C社などが保有といったぐあいである。こうした企業が株を持ち合うと、かりに株が暴落しても、簿価が下がり、決算上数字が変わるだけのことで、企業の存続にまで影響をおよぼさないと考える。むろん、そう考えるのは企業の経営責任者たちである。
 
 東京証券取引所(東証)の一部上場企業の多くがそうした認識しかなく、100万円〜500万円程度の株を保有する個人投資家は問題外というか、ゴミ扱いしているのがこの国の現状である。ゴミ扱いといえば、都銀とか大手地銀では1千万円以下の預金者もゴミと呼ばれている。ほんとうかと疑う人もいようが、証券会社や銀行の社員、行員から直に聞いた話である。
 
 なに、ホンネとタテマエのちがうのは彼らだけではない、私たちの多くは日常茶飯、意識しようがすまいがホンネとタテマエを使い分けている。自分のことを棚上げして正義漢面をするのはテレビ、新聞などメディアだけでたくさん、タテマエを語ることで支持や共感を得ることは少ない。ホンネのみを吐露して支持を得ることが少ないように。
 
 さて、株は買い時より売り時のほうが難しい。買い時を失して悔やむことより、売り時を逸して悔やむことは多い。長期的にトヨタのような値崩れの少ない優良企業株を保有し、配当金をもらいつづけるか、値動きの盛んな企業の株を短期で売り買いして、当面の利益を確保するか。どちらかを優先させるのは頭が痛むゆえ、両方の方法を適宜おこなってみるのもよい。
 
 買い時より売り時のほうが難しいのは、買い時は底値で買ったつもりでも、買った先から上昇下落を繰り返し、底値を更新することは日常茶飯。上昇つづける株はどこが頭(高値のピーク)か判断しにくく、そこに欲が絡んで、いったん頭に達した値が徐々に値を下げると売り時を逸しやすい。下落の早さが緩慢で、高値よもう一度と期待する時間がたっぷり在るからだ。
 
 高値がどの程度かにも個人差があって、頭が高値と判断すれば、売り時を絞るのはさらに難しい。株で失敗するタイプは、頭の夢を捨てきれない人に多い。そのうちにと構えていると、上下動を何回か繰り返し、いつの間にか底なしの沼となる。そうなればますます売れなくなる。
 
 NTT株を一株180万円で数株買って、過去のご威光(NTT株は一時、一株300万円前後まで値を上げた)を待ちつづけていたら、とうとう30万円まで値が下がり、売るに売れなくなったという人を私は二人知っている。あの株、どうするのでしょう。墓場まで持ってゆくのでしょうか。
                             
                             (未完)



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